私の大好きな「水曜どうでしょう」のHPで本日の日記コーナーから引用してきました。
そちらのHPを見ていただくのが一番いいのですが、時間がたつと消えてしまうのでコピーして掲載します。
http://www.htb.co.jp/suidou/index.html
どうぞ読んでください。
2008年8月12日(火)
嬉野です。
今日の未明、スタイリスト小松さんのお父さんが、
長く、御病気だったお父さんが、
亡くなられたとのことです。
小松さんの御実家は、札幌から遠く。
飛行機に乗って、
それからまたバスに乗って行かねばならないほど遠く。
ですが小松さんは、昨日札幌を発たれて、御実家に向かわれ、
亡くなられる前に、帰り着くことができ、
お父さんの最期に、立ち会うことができたのだそうです。
その時、お父さんは、小松さんの顔を見て、
笑っておられたのだそうです。
小松さんは、HTBのドラマ「歓喜の歌」の衣装も担当してくれていましたが、その撮影が無事終了した頃、お父さんが危篤ということで一度御実家に帰られていました。
しかし、危篤とのことだったお父さんは、その山を越えられ、
でも、その山を越えてもまた新たな山が押し寄せ、
けれど、その山もまた越えられ、
「きっともう、父はこの世からいなくなる準備をしているんだけど…でもまだなんかイケない理由があるんだと思う。父ちゃんの頑張ってる姿に日々尊敬と感謝」と、
メールで、けなげに言っておられました。
そのうち、今度は小松さんにはオフィスCUEさんのジャンボリーの仕事が近づき、小松さんは、未整理の気持ちのまま、再び札幌へ戻ってこられたのだと思います。
そして先日の土日、札幌はジャンボリーにお見えになったお客さんで大混雑、ジャンボリーも大盛況だったわけでございます。
そして、小松さんは仕事が全部終わった昨日、
再び飛行機に乗って、やっとお父さんのもとへ。
そしてお父さんは、今朝、亡くなられたのだそうです。
お父さんの「イケなかった理由」というのは、このことだったのだろうかと、ぼくは思いました。
いや、たんなる偶然なのでしょうけど、
それでもぼくは思うのです。
お父さんは、娘に迷惑のかからないよう、
娘の仕事が終わるこの日まで頑張ってこられたのだ、と。
親は、やっぱり最後まで子供のことが気がかりなのです。
自分の最期の時まで。
それは、ありがたいことです。
この年になってみれば、しみじみ思います。
親はいつまでも親であってくれる、
だから子は、いつまでたっても子でいられるのです。
小松さん、
心よりお父様の御冥福をお祈りいたします。
小松さんには、なんの許諾も得ず、
こういうことを、
このような場に書くのが適切か否か、
わかりませんが、
一言、書いておきたかったから、書きました。
それでは、また明日。
(15:01 嬉野)
そちらのHPを見ていただくのが一番いいのですが、時間がたつと消えてしまうのでコピーして掲載します。
http://www.htb.co.jp/suidou/index.html
どうぞ読んでください。
2008年8月12日(火)
嬉野です。
今日の未明、スタイリスト小松さんのお父さんが、
長く、御病気だったお父さんが、
亡くなられたとのことです。
小松さんの御実家は、札幌から遠く。
飛行機に乗って、
それからまたバスに乗って行かねばならないほど遠く。
ですが小松さんは、昨日札幌を発たれて、御実家に向かわれ、
亡くなられる前に、帰り着くことができ、
お父さんの最期に、立ち会うことができたのだそうです。
その時、お父さんは、小松さんの顔を見て、
笑っておられたのだそうです。
小松さんは、HTBのドラマ「歓喜の歌」の衣装も担当してくれていましたが、その撮影が無事終了した頃、お父さんが危篤ということで一度御実家に帰られていました。
しかし、危篤とのことだったお父さんは、その山を越えられ、
でも、その山を越えてもまた新たな山が押し寄せ、
けれど、その山もまた越えられ、
「きっともう、父はこの世からいなくなる準備をしているんだけど…でもまだなんかイケない理由があるんだと思う。父ちゃんの頑張ってる姿に日々尊敬と感謝」と、
メールで、けなげに言っておられました。
そのうち、今度は小松さんにはオフィスCUEさんのジャンボリーの仕事が近づき、小松さんは、未整理の気持ちのまま、再び札幌へ戻ってこられたのだと思います。
そして先日の土日、札幌はジャンボリーにお見えになったお客さんで大混雑、ジャンボリーも大盛況だったわけでございます。
そして、小松さんは仕事が全部終わった昨日、
再び飛行機に乗って、やっとお父さんのもとへ。
そしてお父さんは、今朝、亡くなられたのだそうです。
お父さんの「イケなかった理由」というのは、このことだったのだろうかと、ぼくは思いました。
いや、たんなる偶然なのでしょうけど、
それでもぼくは思うのです。
お父さんは、娘に迷惑のかからないよう、
娘の仕事が終わるこの日まで頑張ってこられたのだ、と。
親は、やっぱり最後まで子供のことが気がかりなのです。
自分の最期の時まで。
それは、ありがたいことです。
この年になってみれば、しみじみ思います。
親はいつまでも親であってくれる、
だから子は、いつまでたっても子でいられるのです。
小松さん、
心よりお父様の御冥福をお祈りいたします。
小松さんには、なんの許諾も得ず、
こういうことを、
このような場に書くのが適切か否か、
わかりませんが、
一言、書いておきたかったから、書きました。
それでは、また明日。
(15:01 嬉野)