名古屋市中村区に木下長嘯子の邸宅跡がある。
木下長嘯子?誰だそれ?
木下長嘯子は、豊臣秀吉の妻ねねの兄の嫡男である木下勝俊のことらしい。
小早川家に養子にいった小早川秀秋の兄でもある。
関ヶ原の合戦では、弟の小早川秀秋の裏切りを察知し西軍からさっさと逃亡したらしい。
兄弟なのに、どうなってるのだ?
関ヶ原の合戦後、岡山の足守藩主になったが、また別の弟の利房ともめ所領を没収されたそうだ。
木下兄弟…。ダメじゃないか。
後に木下家は弟の利房が復活し、足守藩は続いたようだが。
所領没収後は、京都で木下長嘯子として得意の和歌で文化人として活躍。
意外な転進だ!
けどなんで尾張中村の出身で、そんな教養があるのだ??
あとキリシタンでもあったらしく洗礼名がペテロだそうだ。
全然知らなかったけど案外話題豊富じゃないか!木下長嘯子。
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木下勝俊 |
この人の行動に関する私の意見は多少エキセントリックかも知れませんが、安土桃山という江戸時代に比べれば遙かに近代的?な時代の人らしさを感じています。
こちらからもTBします。
私は下記のブログで「小早川秀秋」について紹
介しています。
「関ヶ原の合戦を演出した小早川秀秋」
http://ykblog.ameblo.jp/
今まで愚鈍な裏切り者として扱われた小早川秀
秋ですが、まったく正反対の人物像として紹介
しています。