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懸念されていた分業と医療体制

2025-04-08 23:33:29 | 日記

昭和の産業は、機械生産に象徴されます。

なんといっても江戸時代まで90%は農民で、飢饉による人命落としだけは避けねばと総力をあげたから、家業を引き継ぐことが大半を占めた昭和初期まで、会う人皆日本人は農民ってくらいだったでしょう。

この農業を 第一次産業と位置付けていました。

で、第三次産業は 広くサービス業、

第二次産業は、おもに工業的な、農業以外の生産を意味していて、イギリスの産業革命(すでに労働階級の疲弊、下層化などの問題がみられたので、労働組合の義務や労働者への補償安全対策がとられていましたが💧)よろしく時代の流れを示していました。

農業も、農業協同組合や主力生産である米の政府買い上げ管理など、労働や産業の下支えが約束されていたはずです。

しかし、収入の安定のうえでは、企業に多くとられた終身雇用制のほうが 魅力、専業農家に対し兼業農家が増えて、母ちゃんはじめとする三ちゃん農業などと言われたようです。

工業生産の効率化をはかってベルトコンベヤーの導入、生産者は部品や工程のほんのわずかな部分を修業して分担、これを分業とよび、けっきょく総合的な生産を直に知る人がほとんどいなくなってしまう、そんな懸念がありました。

私が1977年に帰国してすぐ観た(せられた?)映画が「ああ 野麦峠」。

女工たちを襲った過酷な労働顚末を描いていたのですが、こんな映画も変えられたり無くされたりされていることでしょう。今思えば、そのときと何ら変わっていないか、時代の変化で考えようによっては もっとひどくなってしまったわけです。

チャップリンの映画 ナントカ狂時代(映画の題名すぐ出なかったので💦)でも、人間が物の歯車⚙️にも劣る存在になっていると、視覚的に訴える映画がありました。

分業、分け分け⋯

この弊害は、人権にとっても技術や知識の伝承や発展にとっても、社会的にいいことなしが多いのです。これが人間ではなく委託回しになっても、類似の事や もっと知る人バラバラいなくなるの世界なのです。

工業生産にみられる一見、(計画的)大型産業は、相当優れた大変責任の重い人的管理体制がないと、継続すらできませんが、これを互いに理解しない人が次第に増えてきたように思えます。(私自身、極端に起こってくるトラブルの多さと こぼさずやっていた身近で起こる人のしりぬぐいだらけ等の負担増大と 隠されていく身体負担と我慢ごと…。次第にこれでもかと短期間で変わってたトップとの間に、頼りなさ等 疑問が生じていたものです)

こういう、まさか が、医療のほうにも。

いつのまにか悪によって ~科 にこだわりや敷居限定をつくられるということは、
人間の体をばらばらに分割してしまうばかりか、大切な初診の場であり諸問題の原因の見極めを、クランケに丸投げしていくように仕向けられていたのです。

優秀な医師を、逆理由で懲罰にして。。。😭😨

当然、そんなバカなことが起こらないように、私が習った医師免状の条件はありました。

昔の医者は、人道的に優れていること、人の身体すべてを統合的に網羅、対処できることが資格の最低条件です。~科を名乗るのは、そのうち得意とする分野を持っている二次承認にすぎませんが。

おそろしく逆にされていたわけです。


  以上「懸念されていた分業と医療体制」
 
 
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