戦争の惨禍は筆舌に尽くしがたいが、なかでも原水爆は、悪の兵器と呼ばれます。
かつて、未知の爆弾を運ばされたほう(米国兵士)も、そのような物と 知らされてはおらず(規模からして自らも被害圏内だ)、その若者は 騙されるようにして任務の指令を受けた のです。また、その後そのときの被爆で身体は蝕まれ、非常に苦しんできている と、こんなことは絶対だめだと(当人のインタビューより)。
アインシュタインは無関係ではいられなかったことに反省の意を表明し、最後まで原爆の反対を訴える活動をしていたものの、ただ一度きりの報道、消滅になってた‥
(安部元首相のことも、生前の活動や考え方で報じられていたことが、二度と出てきたりはしない)
ヒロシマ、ナガサキ 後の (遠隔操作であろう)核実験で、日本の漁船は、2度も被害を受けていますが、学校ではその被害実態についてあまり語られずほとんど知れてはいません。
のちに関連を知らされている方から、「(人的被害だけでも)ものすごくひどいものであった」と補足を受けています。
自然の頑丈な体制、原子を破ることは、表だって人間が扱うには原爆以前にありません。
東北地震のときの原発事故よりも前の チェルノブイリの原発事故では、尊い命が ただ失われるだけではなく、壮絶な苦しみが続く 非常に痛ましいものである実態がテレビで扱われたことが ありましたが、そういう重要情報は、
テレビ運営の変化 の以前も、あっても単発で終わったようで、のちに万人に意識されることはありません。
しかし当然、最高の 安全第一で築かれ、運用、制御したらしい、原子力発電所。
( 運用にまで至ってたことは、あまり明確には認知しなかった私。
今やあって当然の如し。
このスピードや微妙なタイミングというのも、従来の建設ものだけで構成されてないことだけは、 うかがえます。 )
危険性や規模から、人が安全な場所で コックピット作業のようにして守っている(いた)はずで、チェルノブイリで疑われた危険性を克服し、万全を期していたはずですが、
実際は何があっても完璧であったものだとしても、地震のありうるであろう最大規模を上回る保証の値(マグニチュード)や回数を、わざわざ超えたのが、その巨大地震。
悪の地震 の被害とは、ゆれ だけの被害よりも、火災や水害、そして荒れた治安の各種犯罪被害等のほうが圧倒的に多いのが実態で、さらに悪の手段で 物質は全部悪用され、自然災害では全くおさまらない結果に。
極悪の顕著な性質の1つ、手段を選ばない 卑怯
何でもありの 戦争や、争い志向に つきものの えげつなさ が これ。
スポーツのルールの範囲内などにきちんと限らないような 区別をつけれない人間が まねては、即、多種多様な人間破壊しゃの極悪犯罪に。
いにしへより 大被害の代表的なものが火災。
わずかな例外を除いて 日本の大寺院など書物や重要な物事を所蔵する所は、何度も大火災が起きています。
恩恵を受けるだけの人間が わざわざ火を付けたケースなど、不始末ですら無きに等しかったらしい。
江戸時代の 火消し は、幕府直轄 で、治安を預る 名誉ある地位でした。
火事の被害は非常に多かったといいます。
そのたびに、大事な 人命や証拠物は 極悪側のいいように失わされてきてる歴史があります。
国や人類の死活問題。
火事は、極悪反映の原形 とみます。
熊など一般的な動物は火を恐れていました。
でも人間の生きていく主食などには火が欠かせない。
「火の用心! カチッ カチッ」 警備も兼ねていたらしい(← 家の周りで わざわざ実演やってくれたっけ、昭和ではまだやっていたところも ; 失礼、現在もやっているところあるんだそうです ;友談)
(安全を)有意義に保っていく ほうが 必要不可欠であり、たいへん。
壊すのは 考えずに 極悪に任せていたら、誰にでもできてしまうが、ぜったいに、
誰にも 望まぬ結果になる。
犠牲が深刻なほど、何もかも 知られにくく、
さらなる必要不可欠が、さらに忘れ去られていく