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報告ときどきピアノ

事実継承した時代証言者/永い目のリアルタイムでご覧を

認知することは 消さない

2025-08-06 11:39:43 | 日記

    戦争の惨禍は筆舌に尽くしがたいが、なかでも原水爆は、悪の兵器と呼ばれます。

    かつて、未知の爆弾を運ばされたほう(米国兵士)も、そのような物と 知らされてはおらず(規模からして自らも被害圏内だ)、その若者は 騙されるようにして任務の指令を受けた のです。また、その後そのときの被爆で身体は蝕まれ、非常に苦しんできている と、こんなことは絶対だめだと(当人のインタビューより)。

アインシュタインは無関係ではいられなかったことに反省の意を表明し、最後まで原爆の反対を訴える活動をしていたものの、ただ一度きりの報道、消滅になってた‥

(安部元首相のことも、生前の活動や考え方で報じられていたことが、二度と出てきたりはしない)

ヒロシマ、ナガサキ 後の (遠隔操作であろう)核実験で、日本の漁船は、2度も被害を受けていますが、学校ではその被害実態についてあまり語られずほとんど知れてはいません。

のちに関連を知らされている方から、「(人的被害だけでも)ものすごくひどいものであった」と補足を受けています。

 

自然の頑丈な体制、原子を破ることは、表だって人間が扱うには原爆以前にありません。

 

   東北地震のときの原発事故よりも前の チェルノブイリの原発事故では、尊い命が ただ失われるだけではなく、壮絶な苦しみが続く 非常に痛ましいものである実態がテレビで扱われたことが ありましたが、そういう重要情報は、

テレビ運営の変化 の以前も、あっても単発で終わったようで、のちに万人に意識されることはありません。

 

しかし当然、最高の 安全第一で築かれ、運用、制御したらしい、原子力発電所。

( 運用にまで至ってたことは、あまり明確には認知しなかった私。

今やあって当然の如し。

このスピードや微妙なタイミングというのも、従来の建設ものだけで構成されてないことだけは、 うかがえます。 )

 

危険性や規模から、人が安全な場所で コックピット作業のようにして守っている(いた)はずで、チェルノブイリで疑われた危険性を克服し、万全を期していたはずですが、

実際は何があっても完璧であったものだとしても、地震のありうるであろう最大規模を上回る保証の値(マグニチュード)や回数を、わざわざ超えたのが、その巨大地震。

 

 悪の地震 の被害とは、ゆれ だけの被害よりも、火災や水害、そして荒れた治安の各種犯罪被害等のほうが圧倒的に多いのが実態で、さらに悪の手段で 物質は全部悪用され、自然災害では全くおさまらない結果に。

 

極悪の顕著な性質の1つ、手段を選ばない 卑怯

  何でもありの 戦争や、争い志向に つきものの えげつなさ が これ。

スポーツのルールの範囲内などにきちんと限らないような 区別をつけれない人間が まねては、即、多種多様な人間破壊しゃの極悪犯罪に。

 

 いにしへより 大被害の代表的なものが火災。

わずかな例外を除いて 日本の大寺院など書物や重要な物事を所蔵する所は、何度も大火災が起きています。

  恩恵を受けるだけの人間が わざわざ火を付けたケースなど、不始末ですら無きに等しかったらしい。

 

江戸時代の 火消し は、幕府直轄 で、治安を預る 名誉ある地位でした。

 

火事の被害は非常に多かったといいます。

そのたびに、大事な 人命や証拠物は  極悪側のいいように失わされてきてる歴史があります。

国や人類の死活問題。

 

火事は、極悪反映の原形 とみます。

 

  熊など一般的な動物は火を恐れていました。

でも人間の生きていく主食などには火が欠かせない。

 

「火の用心! カチッ カチッ」 警備も兼ねていたらしい(← 家の周りで わざわざ実演やってくれたっけ、昭和ではまだやっていたところも ; 失礼、現在もやっているところあるんだそうです ;友談

 

(安全を)有意義に保っていく ほうが 必要不可欠であり、たいへん。

 

壊すのは 考えずに 極悪に任せていたら、誰にでもできてしまうが、ぜったいに、

誰にも 望まぬ結果になる。

 

犠牲が深刻なほど、何もかも 知られにくく、

   さらなる必要不可欠が、さらに忘れ去られていく

 

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じょうぶ

2025-08-05 14:22:44 | 日記

ほぼ全快に近いかな

ピアノもちょっと弾いただけでヘトヘトだったのが、体動かしても痛みも走らなくなって

⋯あ、この2ヵ月ほどのことです。

身体は かなり丈夫なほうです。

父方の祖母は病気で早かったけれど、祖母の兄にあたる方に会いに行ったことあり、当時90才、農家現役、頭は髪の毛真っ黒、山道をバイク乗り回していました。

ついでに、そのときのことを・・

    地図の形で見る限り、そこ(房総半島のつけ根)は、(父方の)祖父の実家同様か💦 場所が存在しなくなっていますが💧😭

その山中の各所で農業を営んでいました。

自宅のそばには、六畳ひと間ほどの かわいい空間が設けられてあって、

その2箇所に、山の地の神様 など を祀ってありました。

奉納に、収穫、精米された米粒を、きれいに並べて置かれてあり、

訪ねているときも、いつものルーティンとして、またお米を並べていました。

特に屋根も壁も無いのに、整然とした自然が保たれていて、

道から少しくだった場所にある そこは、箱庭の元祖かなと思えるような場所でした。

 

さて、どうでもいい話に戻りまして、

やられごと最先端みたいな私は、極端な病気も多くやりましたが、

もともと じょうぶ。

産まれてきたら、母に

あんなんで生きてるなんて、とんでもなく丈夫な子

と、あきれられ 思われた

のでした。

   食欲もちょっとやそっとで衰えないから、食べれないのは よほどでないと と、自分なりに基準もってます。

 

とんでもない出だしの姉妹 3人ですが、3人めだけが夏の奈良生まれです。

母にとって、その前の大阪では あまり苦労しなかったそうです

(出産以外は・・・。)

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目だたない残されない

2025-08-04 13:18:15 | 日記

   前世紀頃まで、たとえば被雇用者や部下に何かミス等あっても、雇用者側や管理職などがおもてになって責任をとるのが、常識であったけれど

さまざまにつくられるケースの理由からでしょう

部下や現場に原因は無いことに対し、むしろ功労者が  冤罪(えんざい)かぶせられて 生涯を棒にふらされる事が、増えていました。

   管理職と完全に二分していたわけではありませんが、もともと 部下を信頼し  何かあれば上で責任をとるという、昭和気質の管理職の人々には別途、取外しが起こっていて、消息がつかめるだけでもマシであるようなことになっていきました。

 残る社員にすれば、ますます 正当な働きを守ってもらえる人間が不在となっているので、せっかく万事最善解決にしても、わざわざ別途、 逆(冤罪)に つくりこまれてしまうわけ。

 

   我が親世代の 企業組織 概念と、私が企業人としての中年にさしかかる頃のとでは、180度違うといってもよいけれど、こういったことを親が理解してくれるには 業務業種等々 ただでさえ難しいところ、もともと一般的な守るべき娘(女)の意識が わが親には無きに等しく(笑)、離れごと多く通信も違えられていた親は しまいに激しく騙されては誤解していく⋯。

 

社会的にけっこう、激烈なことなんですけど、各当事者たちは幾多の口封じ状態にされているし、

 メディア実質最強には極悪犯側 都合の伝えられかた にしかされない

ので、

迷信由来(悪質な投入言葉)が、おおでをふるって偽理解と注目を集める のに対し、

注視すべき 幾万の心傷つく 大事件に対しては、「ああ あの事ね 」と、言ってもらえることはない。

 

 すでに 45年前には言われていたことですが ;

  隠された事実(情報)こそは、真実を読み解くカギ。

今や、まず見聞に残らないことこそが、情報です。

   波及占拠された見聞は、ぜったいに 一事が万事 的には とらえないこと。

冤罪の被害や、前提条件の誤解に結びつかないか をチェックする必要があるんです。

もはや、言わされてる人 やらされてる人や、事実違えの合成物でしか見聞きできていないことも忘れないようにしないと。

    警戒 忘れたころに 間隙をぬって やられてしまいます。

 

    情報の取捨選択は 必要だけど、非常に難しいもの、そこへ です。

日本国は、日本国憲法を守っている国や個々人のこと。

そういうとらえ方をする指標が、日本国憲法、

万人に理にかなっているか 1977年までの憲法体制にあるものであるか

日本国憲法に綿密な照らし合わせが無い事を支持したり従ってはいけません。

 

  さて、   優れた人やお手本となる人 の再起不能型ハズシで、

降ろされる階段の 踏みしろ(人間継続による悪化防御)を無くされていたことが、

最近までの 氷山の一角 情報に通じます。

   目に見える 飴と鞭も、もう激しい逆に近いことは言うまでもありません。

 

再度、責任をとるのが上の仕事 というのがトップの心得で常識だった

前世紀や昭和の時代に 戻しましょう。

 

   文字通り 行く意思ないのに 第一次世界大戦 (としか習っていないかな)のあと、

   扇動された大衆の突き上げ と、防御のためならありうる対軍事施設への1,2発投下 のために始まってしまった第二次世界大戦(同盟国の変遷と 太平洋戦争の入り交じり を総称しております)

内心、もっとも戦争を避けたかった 当時の日本政府、なかでも軍部(当時は士気を上げるため先陣となったり 狙われる対象になる危険を覚悟せねばならなかった)が、

  立場上、自ら 重責をとることで 戦犯 と呼ばれることになったこと…

また、それを 当時の国内や周辺国 関係者のほうが、経緯、内情を 理解していたことを、

けして忘れてはいけません。

 

   とぶかもしれませんが、つづきます

 

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「日曜 結論」

2025-08-03 10:27:39 | 日記

   万事に一致した 結論から言えば(もうしてきたとおり)

人類に対する 極悪の意図の存在が 確固として あります。

 

   こんなふうに、最初から言ってしまうのは、私にしては珍しいことなんです。

できるだけ、体験の一つ一つから きちんと 納得してもらったほうが、

次にも つながるであろう

と思って進めようとしていたから。

 

    このブログで示してきたことは、自分で言うのもですが、最も現況を見すえてきた者からのリアルタイム、一期一会で述べていること。(体裁は全然ですが)

さらに、このブログを進めるなか、昨年には

教育テロによって できなくされていた正しい教育が、

とんでもなく誤った教育にすりかわっていたことを知り、

あらためて本当の事実教育を 速やかに提示する必要を感じての 必死の内容。

是非とも、とりこぼしなく、どなたにも理解しておいてもらわなくてはならないことを書いているところですので、そのように求めてほしいところでした。

(なにかと なめて受けがちになったり不快になる 出かたに なってしまうこと多くとも で、恐縮でしたが。)

 

  一事が万事でしかないことも、 世が(これまで 1980年頃前までの かつての警察トップにしか知らされてこなかった)真相

に口をつぐまされ、触れないがばかりに、怖しい誤解が はびこり、

その誤解による行動、対処の選択が、

ものすごい後退につながっています。

   1970年代後半には すでに、風前のともしび と言われた

人間が 発展できなくなる膠着は過ぎ

それを人間 自らが さらに負の状態にと とおりこしてしまっていた‥

正しい憲法が機能していない状態。

   正しい憲法とは

いくらなんでも これだけは守らなければ  明日は無い

という最低限の境界のこと

 

そのうえ、悪の意図は牙を向き、

地球が すでに 元の地球とは かけ離れた状態になってくること

年数にして20年あまり

   その1つが、したくもない想像を上回る 時間の収束。

 

   慎重で、のんびり屋のところが多分にある 私も、

   重要な 基礎理解を 回避されている場合では ない 

と、感じており

   どうやらもう自分にしか言えないらしい事柄が、まだ多々 ひしめいているなか

        ことを知った 先人たちが 見送ってきた 発言を、全 国民に向け

こちら冒頭に いたします。

 

;  ♫ オバケなんて 無いさ ~ っていう、稚拙な

思い込みを 大人が している場合ではない と。

 

 

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万博 国立民俗学博物館

2025-08-02 03:45:45 | 日記

    訪れたのは ずいぶん昔からとびとびで 3回くらいは足を運んだかもしれません。

なにしろまったく見たこともない物が品数とめどなくあったわけで、見れていたときは、まだまだ未知の世界にふれていくことができると、贅沢な気持ちになれました。

あれだけ収集するバイタリティーのわりに、そんなに人目にされていなかったかも💧

あまりにも珍しすぎて、言葉に変えるのが難しいからかな。

そのせいか、私も今はほとんど覚えておらず😥

 

  「これはなくなると思う、見ておいて」と、例のご案内者が言ったものだけは

さすがに まあまあ覚えています。

展示物の中でも、ひときわ大きい

あのような公共の場の広々とした階段スペースの吹き抜けの高さのある壁いっぱいに 広げていたものは、アフリカの地で代々残されてきたものだと‥

編み込んだ部分が記憶に残っていますが、知識もないので特定は できませんが さまざまな材料で、しっかりとつなぎ合わせて、装飾的にもこっているのに、大きさもあって堂々としている‥かなり古いものではあろうけれど、色落ちのようなものはそんなに見られない。

用途は明かされず; インテリアではなく服飾に見える‥

答えはありませんが 仮説 申します。

① 相当、身体の大きい部族の衣装

② 湿度の高かった日本と違って物持ちに適した気候のもと、大昔の人間の体が大きかった頃の衣装

象(✕ のような大きな動物に衣装を用いた

 

  いかがでしょう?

私としては、全部あり得ると思っているんです。

 

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ボーズ、ビシ!

2025-08-01 19:00:00 | 日記

教えられた 有名な言葉

ボーイズ  ビー  アンビシャス

言わずと知れた? アンビシャス を、野心としてしまうと 違って

ありがたみの無い言葉に なり下がってしまう。

「少年 よ大志をいだけ」

という意味

TOKIO♫ じゃなくて 中川大志だ(かどうだか)

 

「 野心 の意味を まったく含まないわけでもないけれど‥」

本意は別なのです。

現世では、いかにも、野望、野心 だけに吸いつきそうだから、

あらためて 違いを 書きとめたい

 

日本語で 野心 と言えば、どちらかというと よい意味ではありません。

相手を退けてまで 勝ちにこだわり、金儲け、地位 を求める といったことが代表例。

 

大きな志(こころざし)は、

将来の 先の 先まで 見すえ、

個人や自分関係の者だけでなく、広く国や世界、人類や地球のことまで

視野を広げての行動を旨とす

といったこと

 

だから、 ビー  アンビシャス は、自分の利得だけ に小さく収まるな

という、戒め(いましめ)の意味です。 

自主的に奮い立たせる 励ましの意味も、含んでは いるけれど

なのです。

 

ぼうず、ボーイズ って、男だけなの? そんなん⋯

んです

女性は 母性本能など、命を守るためのアンテナがついているものだし、

そうやって子どもたちを大事に考えるだけで、立派な存在だから

あえて戒めなくったって

・・・。

という意味でもあるわけです。

・・・

本能寺の変 が起こらなければ…

 

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古式泳法の そういえば(追記 9:12)

2025-08-01 08:18:24 | 日記

    自分から求めて読めている本はごくわずかなのと同じく、昔主流だったレンタルビデオも、どうにもこうにも自分のチョイスでみれる縁がないのに、職場の方から紹介されたものはある程度見れるということが。思えば、単に小遣いが無いので自分でチョイスする習慣が無かったからを自分で理由にしていたけれど、徐々にモノにおいて そういう誘導を受けていたことが大きかったことがハッキリしてきました。

誰かが知っている享受できている モノの共通性を 直接確認しうる人がいないと 見れていない

⋯そのレアケースのテレビや ビデオが「ツイン・ピークス」。

あの(?)ビデオケースで、自分から借りる気はまったく起きないしで

当時は終わりかた等にがっかりのがく然、大半で人望熱い主人公が、急に逆になってしまう‥

なんて唐突で無理矢理なストーリー

ときを経て、それが創作ものよりも、現実に近かったことを思い知らされたりしたわけです。

よけいに、いやでしょう?

こんなにイヤな難問、嫌でした(何を言ってんだか)

 

映画も自分からは滅多に。でもなぜか友達が映画好きだとか縁がなかったわけではなく

そのなかで気になる、時代の差別が含まれるものは、主体となる主義主張も希薄で 私にとっては敏感、不快感が強くなります。

何でも本物を求めている私に固有のことだとは言えましたか…

 

作用受ける最先端のようなこれまでの自分にとって、具体的なレスポンスはもちろんのこと、内容を確認しあう機会を 必ず増やし、確保しておくことが 必須だったのですが、とことん逆になり、世間もその運びに…。

難題は何題もあります よ(やめれー💦)

 

1980年代半ばから、みるみる改ざんが幅をきかしてきて、本物は全滅のいま、

一般には こう言えるでしょう

    いつものやり方で などや、棚からぼたもち的に 安易に見れてしまうものには、必ず危険な、あるいは見るご自身が 危険人物と化すような 罠 が仕掛けられている…

 

本物の専門家や、唯一無二の高い技術を持った 方々ですら、

私から見れば 存在していることが間違っている物であったり、全然違うとわかる中身の見た目なのに、

改ざんで出されている偽物とは 気付けていない。

そこまで鈍らせてしまうのは、

悪質な偽決まりに縛られて活路を無くされていたり

物社会にされて物が無いと困窮する脅迫概念があったり(これは私にもある)

どんなに埋もれてあったかのような様相で 出てきても、すべて自動改ざん出され物としての対象であるという認識が薄いか無いのが原因かと。

幾千のパターンで 自分自身にかかる管理物やられている私には、至極 当然なことに、こういうつらい思いをしない人には、何の考慮もできていない ケースがあとをたたない ‥

 

基本的に従来の希望が求まらない 不自由が、洗脳的環境を作り、催眠術で特定の記憶やアンテナを違えられたりしているわけです。

 

それにしても、何でも全力で をモットーにしていた私は、

居ながらにして状況豹変されることに あたってくだけ‥ばっかり

ものすごく心痛いことばかりになっていました。

さて

そういえばで、今朝、最も高貴に伝わる日本の古式泳法 を、なんとか見せていただいた経験が あったのを思い出しました。

せっかくの機会も、私がタイムを意識する競泳にドップリになってしまっていたがために、どうしてもつかみづらかったのです。

むしろ目的が逆だったのですね。より長く、水に同化存在するように泳いだり定位置をとったりされていたに違いありません。

このように 専門は専門でも、何か 行き詰まりや 事の自由を奪われていたり、否が応でも競争に仕向けられると、大切なことが見抜けなくなってくる ということが、往々にして出てくるのでしょう。

だからむしろ、

余計なこだわりを持たずに偏見の無い方や

常に初めて見る子供や、その感覚を忘れない方のほうが、

事象における 正しいものの見方ができる可能性が 高まります。

 

それで、古式泳法で 思い出したこと から…

    激しい間違いを起こす 被催眠術者   と、おぼれている人 、、、

共通点を感じました。

最近はニュースがまばらですが、いっときよくあったのは

たいてい、助けに行った方が お亡くなりになるケースが非常に多いのです。

小学校の中学年で習ったのは、

わらをもつかみたい溺れる人が、助けに入った人を引きづりこんでしまうので、直接行かねばならないときは、あまり元気なうちに近づかないほうがよい ということと、

陸地近くから助けるときは、つかまるしっかりした物や応援の人を確保し、浮き輪が用意されない場合は、着ているものパンツ(昭和あたりまで、しっかりしていて何にでも使い勝手ありまして…)でも何でもよいから、つかまれるものを差し出し、距離をかせぐこと

などが教えられました。

助けるほうの人命が、それだけ危険なのです。

今後の対策のヒントになればいいな。

 

即、判断難しい現場となると、けっきょく、タラレバが増やされ、結果は同じという側面が

あらかじめ、緊急時には必要な理解がまとめられ、協力しうるよう、

大勢の知恵を出していくべきです。

ただ、全員力を尽くしたうえで わりきらざるは得ないところもあります。

 

 

 

 

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キーは 消去法

2025-07-31 13:04:05 | 日記

 

    数学の証明で、有効なものの1つに、消去法 がありますね。

反して演繹(えんえき)法は、

" 何事も、絶対には定められない " ことを教え、

示すだけで、実用として使えません。むしろ、使ってはいけません。

  こんな例外の演繹法は神棚にお預けします。

消去法以外のもう1つの証明法は、順当に数式を進めていくだけ

だから、きちんとしていた社会ではとりたてて斬新的なものが得られるわけではなかったでしょう。

社会を判断するには、範囲も広く数式ばかりではないから、消去法が有効。

 

小6の社会科で、この 消去法 がよく使われることを習います。

数学の証明法(としての 消去法)が出てきたのは、その後の中学。

(演繹法という言葉と例、性質も、中学で習いました。この、非常に数学的でないことを 数学の授業で習った時のことをよく覚えております。)

 

    起きたことについて、前後すべての関連に括目(かつもく)し、確実なことを求められてこそ、消去法は成り立ちます。

二・二六では、軍部(といっても、優秀者の配属先でしかなかったらしく、やはり習ったとおり おじけづいたとみられるようなことで率先しては戦争を反対できなかったにすぎない)管轄には実在しない 部隊 であったことが、

また(玉音放送の後らしい)最後の突撃命令は、実在していた人間によるものではなかった ことが

消去法によって 証明されました。

 

第二次世界大戦のしょっぱなと、最後だけが、消去法ができる(確実なことが求められる)ほどにおさまっていたのであり、

戦争の まっ最中は、偽情報で混乱を極め、人間は誰もコントロールできずに いたわけです。

(ご参照: ピアノソロ動画 宇宙戦艦ヤマト アニメソング

 情報混乱(に格好)の、すべての人間にとって最悪の状態の1つが、戦争です。

 

現在は、個々人に突撃命令が発生していないだけよくても、

すっかり偽情報、攻撃情報が殖され、

人間による証明を難しくしただけではなく、

誤りが推奨、誘導されて久しくなってしまいました。

 

広大な平野はなくされたのに、奥深い山は 無くされ、かつては無かった平地に変えられているような世の中です。 😭😭😭😭😭

これまでを証明できる物は やられ尽くし、

過去に耳を傾けてくれる貴重な関係すら、苦境に立たされていました。

 

はびこりきった誤りは 即座に正してもらう、

様子を見ながらでも人間(心と身体)を大事にもっていく

 

それが、憲法(人間と国)を守ること にちがいありません。

 

さて、このところ書こうとしてなかなか の事・・・

   悪誘導情報によって、消去を受けている

な とみられる 伊藤博文 公 関係のこと。

情報は これまでふれたことも含め非常に少ないけれど、

改ざんは、無意味に起こってはいないことから、気になっておりました。

   すると徐々に

長きにわたる潮流が見えてきたところ あり ですので、

今後、アップしたいと思います。

 

    あいかわらず、何かと厳しいですが。

こういうの見たら息止まりそう マジに   

 

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先日 日曜のこと

2025-07-30 21:37:28 | 日記

  通りがかり、前のおうちの方(男性:Sさん)が 葉をつんでおられる

私「バジルですか? 元気いいですね」

(たくさんあるから1,2枚ホシーなあ ← みえみえ)

Sさん「ええ…」

私「いいにおい… がしてきます」(←まだ立ち去っていない)

Sさん「(しかたなく)バジル、お好きですか?」

私「ええ!」(いただく気 マンマン)

Sさん「(おうち用につんでたのをまとめて)これ、どうぞ」

私「いえ、そんなには」(ニヘラニヘラ)

Sさん「いいんです、どうせ食べきれないから」

私「りがとうございます‥いただ❣️」

 

🙄☹️😯・・・

    わかってますって、これきりですよ🤣

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注意

2025-07-30 12:23:28 | 日記

    ぁぁぁ、もう前世紀の写真や作品、資料の正しいのは、まったく残ってないんだから、合成、変容で騙されて根本的に異なるものを ばらまくことになる 流用は、ダメだ!って…。

    こちらのブログ、ご覧になれていないんですよ。

過去に存在を知ってるものだって、

根本的な理解も無く、視線のすべてから正確に再現できないような殆どの方々は、

現在 目にしてしまったら、思わぬ大きな 誤解を させられている と、

心してください!  (一つの例を またの記事にします)

 

さて、警報が出ました⋯

津波というのは、津波という名称だけでも、人よりも何倍も大きく重たいものを覆い尽くし、流してしまう威力を もったものを言います。

数センチ でも、津波 となり得る 値(あたい)

津波の高さでは、津波の威力を想像しづらいけど、無限の面積分の重さの水が、増幅しながら一気に たたきつけられる値なんだ。

それがシレっと、メートル表示に変わってるんだよ!😱

(3m は、3センチの100倍のデカさの 津波 ですよ!)

なめるのが、もっとも危ないこと! なのに。

  ‥  〇ななきゃわからない人はまだまだ多いかも💧

 

地震の規模を示す マグニチュードの値も、ご存じだのとおり、単位は1も上がれば恐しく変わってくる💧

規模 というだけで、地球、宇宙 単位なんですよ。

 

しかし、意図的ものが多く、地球も今までとずいぶん違う、

忘れ(させられ)たころなどに、さらに、だまし込み に遭わないかも 心配だあ。

 

 

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基本の知識からですが

2025-07-29 14:12:56 | 日記

  あまりふれる立場にはないかもしれませんけれど、皇族のことに関し

学校で 習ったこととは ちぐはぐ なニュースものを目にしました。

   かねて、懸念していたことでもあるので、ここで記事にいたします ;

古来、成人年齢は十二かそこらだったかで、現代時間や考えかたとは ずいぶん違いました。

御年齢の数字が、どうなってきていたかはわかりません。

   貴族の方は、成人すると烏帽子(えぼし)が与えられたり、段階で 高さなどサイズ・デザインが変わりますので、それに応じた戴冠の儀が、成人式に相当します。

  成人として 認められること(かなり厳しい条件がございますようで)自体が、重要な栄誉なのです。

 

さきほど、目にしたような表現⋯ 単に どこかで最近 決められた年齢に達したからというだけにして、本来 異なる意味を持つ 別称を 受章するなんて、二重、三重に おかしな話だと 思われました。

 

   天皇が神のごとく思われていたのは事実でも、皇族は人間であり、国民であられます。

その人間のなかで、上にも下にも人(や意図)は ありませんが、

    古来、日本固有なる 天皇、皇族のことを、  出回りモノによって

上から目線でしか表れない言葉を使われて話にのぼせたり、憶測や歪んだ価値判断で評価しているなど、とんでもない。そんなの違憲。  どうしたって、人間のやってるモノではないと、大概わかります。

  皇室やご本人が自らお認めの既定の場 以外で、 お顔を 引き合いに出されることも、異常事態。

たとえ 一般の国民にだって、当然、憲法違反のことなのに!

そこまでに

規範から大きく外れており、皇族の扱いを受けていない、つまり守られていない ;

    伝統を確かに引き継ぐ古来から支える方々やシステムあっての 天皇 であられ、

理由あって 血筋も重要ですが、それだけでは成り立ちません。

  懸念のとおりか

   天皇をお支えする重要職の世代交代が うまくいかず、悪からの者、偽物である なりすましが紛れ込んでいたり(そう受けとらざるを得ない場面を見ております)も するのではと、心配しております。

と言いますのも、現場の誘導をしてしまうような立場とは、いかにも あちら側が 利用してくるような立場の代表例なのです💦

場面が増えてきてしまうと そういったことが起こる率も上がります。

一般の国民と区別されない 同じ(以下の)扱いにされてしまっては、

    皇族、天皇 でいることはできなくなっていきます。

自動的に、国民が (主権)国民としての立場も 危うく貶められて反映を受けます。

 

  国の根幹を、世界でも最も長きにわたって引き継いでいらっしゃった天皇は、

  日本国憲法の 主文のなかに明記された、日本国として(国民の象徴として)

  伝統を引き継いでいる人々の 確たる 伝統継承と その構成ごと、

国に、 無くてはならない重要な存在意義なのです。

     神事を担われますのは、天皇です

 

    古式 奥ゆかしく ございますように

  

  

 

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つなぎ

2025-07-29 02:46:34 | 日記

  いにしへの各 規定は人間、自然を守るものでした。

お魚も、大量に捕り尽くすことの無いように網の目の大きさや漁獲範囲を決めてたそうで。

何から何まで、自然と共に生きてきたのを旨としていた 日本の姿でした。

 

   海は広いな に見えるかもしれませんが、

じつは それはもう、かつての海ではありません。

 

新生 日本国も 、いろいろ あって、もう、面影も・・・

 

  私などが 悪くなることを必死に 防いでも、

上から怒鳴りつけられることのほうが多かったし

こんな日本に したのは、

うーん。

   わずかながら わからなくもない、

私が子供の頃、関東にいる母の親戚の家に行ったとき、

子供に話すには と、私は 別室にいました。

(このときの話を 母は結局まったく覚えていませんでした。ひどく体調も崩し、夜中じゅう苦しそうでした。)

父の大分の親戚のときも、(その時起きていたことが)まだ子供にはと、父以外は お家の近くで待ちました。

 

100%に近いほど、戦争関連のエグさ深刻さを、子供の子供たちは知らされることもなくきてしまい、

苦言を申せば、わがまま もの凄い日本人だらけ。

 

    日本国憲法の、つまり昔の日本人とは まぎゃく なくらいになってしまってる。

やはり、かすかにでも 昔の日本を理解できるかたは、

話さえ通じれば、昨年なども 深く頭を下げてくださってた‥

 

  大学卒業時 おそれ多くも、大変お世話になった教授からは 「尊敬している」

だなんて。。。。さすがに過ぎたることで、多少の意図をもって あえておっしゃったのだろうけど、

実るほど頭が下がる稲穂かな

は まさしく。ちゃんとした人格から共鳴されることもあるのでしょう

   伝承ごとを。

少しでも理解して 預かっているだけの 私は、媒体 でしかないから。

 

でも、厳しかろうが、意地っ張りにも やめて 投げ出すようなことだけは しなかったのは 褒めてくれたように受け取っておりました。

 

このブログも、少しでも これからの方、ご子孫おられる方々のためになれば と思い、

ご理解の材料や、現況から来る指標を 綴っております。

 

人間どうし、協力して 前進を互いに歓迎していってください。

もう、地球も 人口も いくばくもないかもしれないし、

昔の日本人が 大事にしてきた 自然の循環、ふところ は、

あと どの程度なのか…

頭の片すみに入れ、

何が起こっても 分別がつけられるよう、

ちゃんと、わかって実行し、わかって実行するかたを わけへだてなく支えてください。

 

悪影響の はびこった現在は、格好、パフォーマンス、一時的な印象だけでは 危険です。

中身がしっかりしているかです。

本当に起こっていることが どういうことか、問題の要素は ある程度 把握しました。

(まだ説明十分とは言えないかもしれませんが。)

まず、それを合理的に考慮することは 義務 と言わせていただきます。

 

 

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草の根で 示します ー 法と 日本の建築

2025-07-28 07:03:38 | 日記

   すべて不文律となる、改ざん関係の正しい法 を示します。

少なくとも私に伝えられた 法に関する 最小限の知識が ありましたので。

資料でも物体でも画面でも 物によって 判断してはいけない、させてはいけない

 

憲法に にかなった協定や法なれば、守ること自体が重要。

 

こういう事に 耳を貸さない行為は もちろん法律違反。

 

ただ、申し遅れたのは私が司法を預っていた者という 自覚を持てていなかったこと

・・・お詫びします。

こういう 出遅れ、消極性は、反面教師としていただきたい。

 

変容 改ざん物について 取りしまる のに、物や 公共アナウンスで示せなくなったのだから、

思い返せば 言われていたとおり 💦

「 草の根 活動 で 」

大事な法を 広めていただき、各々責任をもって 守っていくしかありません。

 

前世紀以前のこと等について、資料など、物をあたって 調べても

悪い潮流に乗って罪を犯すことはできても、誤った知識を付けられるだけ!

 

まして、流用(掲示)はしないこと。

 

頼れるのは その時その時を  自分で じかに 経験で知り得たこと、 それと

そんな時代経験者の 太鼓判ある たしかな 直伝のこと

 

それ以外は、かならず 悪質な誤りが 出ているのです。

 

⋯⋯⋯  

 以下 ぜひ ご参考に・・

 

印刷や作成方法、技術。これが違っているということは、

人間が作成したものではない とわかるほか、あいまいにされていくと、

今後ますます、時代と結び付きません。

挙句、今世紀からは 違いがわかりうる人もいなくなるほか、

何もかもが まったく人間の手出しのできないものに 置き換わってしまってきています。

 

   現在までに、またたく間に 起きてきた悪影響では、

過去の人々の苦難や恩を 無きものにするだけでなく、

地球上にルーツを持たない極悪犯のやったことを、

先人や人のために本当に尽くしている人たちのせいにする 冤罪。

こうやって、恩を仇に変えることで、

攻撃心をあおり、人間 相討ち、骨肉の争い化 させられているのが

現代です 💧

 

その間に、人と地球の大事な基盤は、風前のともしび。

 

こういうことこそ、ご理解、お願いします。

 

一つ、例を。

以前、他のかたのブログにあがった

昭和の建物の建設中 とされた 白黒写真、

中層階 屋上に 作業クレーンがいくつか⋯💧 ちがーーう!

もちろん、お分かりの方は いらっしゃるかと思いますが、

ビルの屋上にクレーンを配置して高層ビルを建てていく方法は、平成に入ってから。

おそらく、資材の上げ下げ等に画期的な方法で、高層ビルが 次々に増えた時期でもあります。

それまでの方法は、足場を組み立てていく方法、(ちなみに台湾では竹組み)

高層ものともなれば、ダムやドッグ建設 同様、

   人命が犠牲になる 超 危険な作業ですが

超 職人技の結集もの、 どこをとっても、

この先、千年でもと命を張ったすばらしい出来ばえ。

 

日本の建築物といえば、基本は直線、直角。

当初 計画 区画も、もちろん。

(道路は十字路が基本、そうでない場合は ロータリー)

人工的に四角形 以外の土地は、設けられません。

現在は 人の計画によるものが、とことん無くなってしまってますね。

これを鈍くさせていたのが  1984年頃、建物の大きく見せるために作られたパース変形写真と その合成写真(人間の手によらないものを多く含む)でしょう。

本来とはまったく異なる電線や鉄塔もの 同様、そんなものが実際(立体)に出てきてしまい(多くは改ざん変容)、正直 気持ち悪くて仕方ありません。

 

   特に 日本は、木材を扱うのに長けていました。

昭和までの家具でも、細かいところまで機能的に精密に仕立てられますから、当然、建築物にも通じています。

角材の嵌め込み(組み木)の型は百を超える 高度な安定構造があみだされていました。

(大学で資料のコピーをもらったのに、けっきょく消されました😭)

 

また、建造物はどれも

   世界中どこにあっても、必ず

土地や気候、文化、風土にマッチさせ

唯一無二で、永久的に保つ安定 を基準に造られています(いました)

 

こういう和の精神を持ち、精魂込めるところこそが、日本風(のやり方)なのです。

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ちょっと変わったこだわりより

2025-07-27 15:39:32 | 日記

本日2投稿めです/

    先日のブログで 私が子供の頃から 寿命オタクだったと申しました。

初めてに近い読書が、ベートーヴェンの伝記。

   与えられた本の中には全部を読み終えないうちに本が失くなってしまったものが…

それは、「若草物語」、「ヘレン・ケラー」、「一休(さん)」

   買ってもらった本を見たのに、読む段になって開くこともなく消えたのが…

「シューマン」

大学生にもなって、ハタと気付けば、

ただでさえ少ない読書なのに、

伝記に限ったわけでもないのに、読んだ本の題名は

人名・・

「アンクル・トム物語」「さぶ」「アンナ・カレーニナ」「ジャン・クリストフ」

ときを経て「真田太平記」「ダニエル・シュタイン」(この2つは伝記に近い)

・・ おいおい💧 でしょ?  少ないから挙げれちゃうし。

「ジャン・クリストフ」以外は、全部 人から あてがわれるようにして読んだという自発性のなさ。

マンガだって最初は借り物とかばかり。

こんなことでは💦 と思い、他の題名のと意識したりしたのに、結局、そんなには読めるに至っていません。

 

じゃあ、上記の読んだ中身は?‥ 今やもう確認できないはずです。

「アンクル・トム物語」では、読んでいる途中から改ざんが出ていて、なんとか読んでも どうもつながりが抜けていたり、再び本を開けば、読んだところが完全に欠落していました。

山本周五郎の「さぶ」については、時代を反映した非常に重い やるせない市井の話でしたが、これまでに まったく別の場所や時期に読まれたお二方の感想をきけば、どうしたって まったく違うものを読んだとしか言えないものでした。

    多少、話がずれましたが、私が人の寿命に関心を持ったのも、こういう生涯をテーマにしたものを読むことになったのと、父方の祖父母が短命で、会うこともできなかったことがあるかもしれません。

 

   きっかけ としては、

ベートーヴェンの最期  ; 病床で両手を突き上げ叫び声をあげて… ;

なんとも 印象的で。 

そしてモーツァルト、つづく シューベルトでしょうか。

モーツァルトは 35と わりと早め、

シューベルトは我が祖母の亡くなった年齢くらい。

ベートーヴェンの50台半ばというのは、しっかり長めと思えました。

四半世紀なんて すぐ過ぎちゃう現代では、そんな風には感じません。

 

今 考えたら、クラシックと呼ばれる巨人(代表格)が現れるのは 長~い江戸時代まっただ中。

日本も、優れた文化が何度か多く花開いています。その中で 現在までに忘れ去られたものは沢山あったようです。

 

モーツァルトのことを語りだせば、関連の言及の余地を感じますが、

ええと、ここでは寿命なので。

いっとき前に、短い生涯のわりには、書いた楽譜が多すぎる と言われました。

いくら すでに頭にある音楽を無駄なくサラサラ書いたとしても、収まりきらない というもの。

(大阪で作曲家の先生のご関係で 写譜がご職業の方が、私に話しかけてくださったことを思い出しますが、またできれば にしましょう…)

それだけでなく、遠い外国までガタゴト揺れる馬車に乗って旅をしている時期がかなりあったり、プロデューサー的なこと、音楽家のとりまとめ、指揮、人事、お上と打合せ、礼装・・・まあ、書き出すのだけでも追いつかないくらいのことをやっていたわけで。

さすがに、モーツァルトの35年は、最初から今まで同じ数字です。

これらをちゃんと35年の事実におさまるようにする説明は、お分かりの通りの2点。

・昔時間は、現在よりもずっと長い。

・突出した才能の持ち主は、単純作業も無駄なく速いし、先がわかる個人には、やることを無駄なく構成して実現が速攻可能だということ。

(こういう人はもう、なかなかいないので、結集で補う方法でやらないといけないか)

ちなみに、メンデルスゾーンが短命で 28。その昔、あれ?と思って きちんと計算しなおしたので、これが正しいはずです。

    有名な人が、死人に口なしになったら、悪影響常套手段によって たいがい、人物を貶められていました。(もう、現在は生前からやられるし。)

方法として多いのが、エログロ化。改ざんで下ネタ的なことを発生させては瞬時に増幅させてくる・・ ご本人を語る本筋とは まったく関係無いこと。

そんな 関心薄い人には いっけん他愛ないことで

実際の見習うべき人物像や、人類の気付きや地球の真実は撲滅されてしまう…

 

現代残される潮流だけでモノを見れば、過去からホンモノは学べない。

 

さて、昔は私が寿命オタクであったのを知られてはいなかったはずだけれど、

学校では、ピカソのような寿命の長い人は、注視しておいて と言われました。

しかしその後、残念ながら情報枯渇状態に近かったかも。

 

そもそも、寿命短めの人もですが、かなり長い人の年齢もしっかり私の興味の対象。

江戸時代くらい昔の人の90といえば、今で言えば140 は いくでしょう。

中国 以外での  有名どころといえば、90超えだけで珍しいくらいなので

言わずもがな・・・のはずが、改ざんされてますので あえて ;

 

画家では ピカソ。  ダリも 情報入らなくなってきたけど、長めでしょう。

音楽家では フランツ・リスト

日本では 一休 さんです。

 

言わずと知れた‥ と言いたかったのに それぞれ どうやらです。

ピカソの長生きだったは、昭和の人には同時代にかかり、いくらなんでも有名なので、年齢の数字は大きな影響出てはいないでしょう。でも、作品は‥ゲルニカをはじめ、多くの代表作の絵(の複写)は、もう見れません。題名が同じにされていてもまったくの別物!

ピカソだけでなく 本物を反映するはずの写真類はすでに短命、今や騙し以外見れません。

 

    私のようなオタクこだわりからでもなきゃ 寿命を覚えられていなかった人は、近代から最近までに かなり有名になってきても、ずいぶんと数字が変えられたようです。

つづき を、またにいたします。

 

 

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いまさらでも 情報警報

2025-07-27 11:00:59 | 日記

   まるで、国内外の大衆の意見かのように語っている、耳や目にするメディアもの。

しかし現在、最終末端的に届けられるのは、完全に大衆になりすました編成のもの。

情報をやられていると、完全に悟った 第二次世界大戦後(本当は 戦後 という言い方で済むはずが、そうもいかなくなったので、このブログではほとんどすべてこのような記述にしています)メディアには、悪影響を極力避けるための規定が ありました。

だから、かなりの悪影響があるにはありましたが、害をそんなに大きくしない範囲で、実在の人間による憲法判断(情報が正確であること)が残っていたのです。

しかし、発信側も 受け手側も、

本当の規定や歴史を把握できていない人々が増えるにつれ、

問題ないものを書けている記者がいるとしても、とくに自分で見れるもの以外では、主旨が変えられていたり まったく波及に載せられなかったり していたことが確認されていたし、

結局、すべてが その事態に巻き込まれるしで、大嘘も事実も見分けのつきづらいネットものが、警戒すべきタガがはずれて情報の担い手になったりと。

 

 " 現在 見聞きできるものは、

過去の事実とは真逆方向に悪影響濃く誘導受けるモノばかりになりました。"

これは、オブザーバーを委任された 生身の人間から 断言いたします。

 

この意味で、目にするような政府は、ノンコントロールであり、まったく本来の国を示してくれはしません。

形骸化でも 残っていれば ですが、

名称が変わることで、とことん悪いことが通りやすいシステムに置き換えられてきているのだ と、言わざるを得ません。

言葉や、主要なことの意味や名称が 変わる・・・

これは、言語を奪われ、まつりごと を 占領されてしまている状態。

 

メディアは、事実に対して 完全に客観的な表現をせねばなりませんでした。

記事もアナウンスも、いっさい表現・表情に、私的見解も出してはいけません。

記事・解説・論、どれも明確に分け、

文責は 記者個人と最終確認者(編集委員、編集長)が 必ずとれるようにします。

 

すべて崩れているということは、どういうことか

放送倫理のほとんどすべてが 守られていない

(すでに1980年頃からは、極悪犯からの情報がのさばっている状態でした。)

 

これは、第二次世界大戦 中の 情報混乱に劣らぬ 厳しい状態なのです。

 

悪影響の危険な投入物で、 実際とは異なっていても、あたかも、共通性ある 自分の認識、支持される意見、他の人も同じくするはず ‥といった 思い込みを 

どなたも 少なからず 持ってきているのです。

  ( ここでは、偽教育、逆教育 のことを、洗脳 と 言っております。 )

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