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報告ときどきピアノ

事実継承した時代証言者/永い目のリアルタイムでご覧を

情報警報だなあ

2025-08-18 23:58:33 | 日記

  なにをみても物に従うよう 仕向けてあって、ものすごい!

それに、

あたかも定説みたいな口調や見せかたで、嘘八百を垂れ流しされているんだから、みんな頭がおかしくなっても おかしくない😟。。。

こんなとき、とっくに戒厳令でも出るのではないか だけど、

そんな 国の力はぷっつん だろうなあ。

つい、聞いたままに見たままに受け入れてしまう人が大勢と思うまでもなく、

まっさきに、嘘が出ていることに、はらわたがにえくりかえる。

そう、戒厳令といえば、ポーランド。

キュリー夫人とか、コペルニクス(だったかな?)とか、いかにも知能優れた人を輩出していた国だけれど、私が憲法のテコ入れ教育を受けている1977年頃には、けっこう国が荒れていたとみられ、戒厳令が出る という、歴史的なニュースが聞かれた。

たしか、キュリー夫人の父上も、強国に挟まれて かげを薄められがちな祖国を思い、ここは我々の土地だと足で地面を踏みたたくタイプの人だとされてたっけ。最初に読んだ子供の頃には、共感までには理解できていなかったところ、まさに今、自分は そういうタイプだとなってる・・・そして、国の中でのタイプってことは、さほど共感しないタイプも少なくなかった、国民によって熱が違っていた という、行間も よめてなかったなと。

子供の頃は、家で泣きじゃくると顔がはれてしまってバレバレだったので、感情の強さって、怒りより悲しみが強いかなって、思っていたけれど、

ややおちついたときにやっとできる涙を思えば、必ずしもそうは思えなくなってきたことがある。 それからは、どちらもつよくなるいっぽうで、交錯や合体となり⋯ って、比較してる場合じゃないか。

戒厳令とは‥たしかのおそらく、外出禁止などの行動制限だけでなく、情報を止める ということがあったはず。

けして短くない期間で、2回は発令されていたかと。

この日本がまだ国として存在の望みを持つなら、

こんなに、過去のことを嘘だらけにまき散らし、重要な局面はひた隠す 情報状態ともなれば もう、いっときでも流出を止める措置をとるのは、一つの手だと思う。

現在までに、ちゃんと知っている人は、もう発言できていないし、情報をしん酌(正しく判断)できてきたような人すら、情報発信の場からはずされているわけで。(継続が大事なのに。極力すばやく静然と元どおりにすべき。)

生きて確認がとれることと そのつなぎを確保していき、

そうでない物情報は、必ず大噓が含まれているのだから、注意喚起する。

 

誰もが、生きて全体確認がとれている状態ではないものには影響されぬよう、影響させぬよう、ふんばる努力をしてもらわないと。

物に頼ってきてしまった発言しかできない ほとんどの人や 波及前提のものは、もう頼れない。

そもそも子供の頃から変わらぬ記憶がある場合しか、その過去として発言すべきではないし。それを残された物などで誤って判断してしまい記憶変えているような人は非常に多いはず。

 

最良策を考案していただきたい。もちろん、人間で。

 

国  というのは、人間にとって必要な社会の 最良のかたち だと、習った。

日本国憲法を守っていない状態は、基本的に国とは言わない。

 

・・・・・・

前の記事で、漢字一文字で国名を表すことにふれました。

が、とうぜん、今から調べたりしないでください。私が国と漢字を示したものを見ている時点で、紙面にて改ざん変わり したのを、見届けています。

(覚えられない原因の理由には、こういうことが少なくないのです。)

違うものしか見れなくなっていく現実を知れば、

物に求める危険に 嫌気がさすはずなんです。

 

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ずいぶん下まで きて みえてきた

2025-08-18 10:47:59 | 日記

    私の考え方の性質は、自分でも親に言ってきていなかったな。

母の理解とは180度ほど違うかのようでした、いろいろ原因あれど。

でも、どちらも 時代の風潮とは違っていたのは同じ 😅(詳細 保留)

母とはきほん、同じような志向だったのに、悩まされるのは親子断絶ごと。

努力すればむくわれるとだけ思って、

こんなに頑張っててもダメ? でもいつかは‥

のくりかえし。

けっきょく何事も、" 自分の努力がむくわれることだって ほんのほんの一瞬くらいはあるのかな” って程度だったので、

自分の物事を過大評価(?)していたようなことに。

 

逆に過小に考えてきたのは、

地球レベルにないこと(注視はしていたつもりの)‥私でも。

 

推理するに、日本は、面積的にも かつての10%を はるかに下回ってしまいました。

体積はもっともっと小さくなります。

そうなると、地球は

ますます空気を手放し‥(物を引き寄せる力、引力  に関わる 重力がなくなっているから)

地球の空気の層、大気圏は、極端に薄くなっています。

 

人間が、大気圏を出たことを、宇宙に行った と言っているとすれば、それって

昔の大気圏(地球の上空)どころか地球上に上ってもいないのに、宇宙に行った気にさせられているわけです。

そして、物はもう、おとなしくなどしていない~いつでもどこでも意図的に変わっているのです。

 

天国と地獄 という言い方を かつてしていたのは、そういう意味だったのかと、思えてきました。

時代が進めば、水平線がほぼ一直線と同義であった かつてのことが、まるでユートピアや幻想かのようになっていくけれど、それは今からすれば(地球の中心からは)天国の位置にちゃんとあったわけですね。

かつての地の中に相当する 現在の地上の位置は・・・💧 たしかに、地獄化してる。

地獄とは、人間のハテ無き苦しみの世。

   英語の天国と地獄も、かなりよくできてるとわかる(想像できる)。

 天国のヘヴンは、イーヴンに似ている。

かつての地球と人間のありようを 維持できている(過去から変わりなく保てている)ことが、天国なのだと。

 

地獄(苦しみ)の代表的なことが、えん罪(無実の罪)だと、

                                                     私は身をもって思っています。それだけに、

憲法で求める合理性を求める気持ちは人一倍強く、

何事も、可能な限り正確にしておくことが その出発点です。

そうすれば、

"あらぬ苦しみ" を出さなくて済む ; 自分にも ひとにも

 

   つねに失ってきている物事含めて、

すべてを人知 結集で  見通せていた

正当な伝承の記憶にある  日本国憲法は、   永遠の最高法規 

 

   平和な世では そんなに意識しなくてもよくても、

これからこそ、ますます重視せねばならない

最後の一手です。

 

守られなければ それだけ、最後の一手の効力を失うことは いうまでもありません。

極力、主旨理解に努めることと、

このブログで申したような、これだけは! の具体的なこと(偽情報でかってに外しに従わされているような、本当に必要なほうの憲法に沿った法律)は、

言われずとも 厳に 守ってくださいますよう、お願いします。

 

 

 

 

 

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食 i

2025-08-17 08:15:57 | 日記

   昔、台湾でよく目にしたのは水田に黒い水牛。

水牛の角はなかなか立派だけど、いつもおとなしく田んぼの真ん中に鎮座したり、立ってこっちを物珍しそうに見てたり。

日本では例によって、田んぼの仕事、大変なんだよの授業・・低学年のときは10人くらいのすげがさか何かをかぶった本業の方々が田植えの実演してくれて、あとで絵に描いたし、6年生のときも、田んぼで実習のまね事をしました。

定住生活が主流になったのも、稲作で安定した生活を送れるようになってからですよね。

申してたように、江戸時代では 90%が農民。

江戸時代には大飢饉(ききん)が3回、つまり食べるものがなくなって、飢え死にする人が大勢でたのだけれど、これが物凄く酷い惨状だったと伝えられています。

一応、気候変動が原因とされていますが、そういう気候はね…。

お米など、作物は南方が作りやすかったけれども、品種改良して耕作地を広げたり気候変動に強いものに長年改良してきたわけで、保存方法の技術はとても高度になったと聞きました。

俵(たわら)に管状のスコップをつっこんで検査用の米粒を採取していましたよ。

 

  平成に訪れた とんでもない規模の貯蔵施設では、例の方がやはり「ここもなくなってしまうだろう」と、悲観的なことを口にして(私は複雑な気持ちで耳半分で聞いてました)、

おそらく平成終わるころには、どちらも ぜんぶ消えたりおかしなことになって、生きている人のほとんど誰も、国のものが奪われてきたとは気付いてない 超悲惨な状況を(私は)目の当たりにした

わけですか。。。

 

ちなみに、お米が育たない気候でも 早く育って飢えをしのげる画期的な一手が

さつま芋(青木昆陽の発明)。

かつて 薩摩(今の鹿児島)藩は、日本の食糧を握っていたっぽい。

さつま芋も栄養優れているけど

お米も、胚芽を残して精米すればビタミンBもちゃんとあって、とくにお肉を食べなくたってよいのです。

昭和になって白米が主流になったことで よく出ていた病気を かっけ といい、膝に近いももの内側の肉を押さえて離してもすぐには戻らないという現象、膝の下を軽くたたいて反応の有無をみていたのもコレだったかと。

 

日本人の多くは、歴史的に、豊富な清い水と お米に育まれてきたのです。

 

   さて、中途半端に意味深に習ったこと⋯

外国の名前を 漢字一文字で表したりします。

見た目どおり、読みの音になぞらえていますが、

じつは、(日本にとっての?)深い意味を込めてあるんだそうです。

でも、きほん、内容は教えられませんでした。

だいたい、漢字が充てられた国も、現在 誰もがよく見て知っているものしか記憶しておらず、ふがいなし😞

そのうち、アメリカ‥ 米 だけは、一言だけヒント。

 

「日本にとって米は大事」

 

 

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鎖国と伝承

2025-08-16 07:40:50 | 日記

※ 改ざん出て消えていた部分を緑色で復活させました🙇‍♀️

 

プロパガンダは、現在までに反対にとらえられているっぽい。

正しくは、

と日本人の私が言うには 気が引けるけれど、

反体制活動、反政府、西洋においては反戦イメージ的なことだったのです。

世代間の伝わりができなくなることで、

言葉を扱っていたはずの本国の大衆が、事実関係を裏返してしまって対処を逆にしていく‥

現在、日本に起こってきてしまっているけれど、

日本だけではなかったのですね。

   言葉うやむやから逆転になった挙句、反対にとらえられるようになったことって、実に多いと

思い知らされてきています。

 

私も学習可能だった機会を経験していたのに、完全なる十分とは言えず、現在使われがちな言葉づかいを安易に使っていたんだ と ほかのかたの発言で、気づくこともあったりはしました。

なにかと難しさあります

 

    巨大な黒幕が定まってしまっているので、

一見、同じようなことを書いているかに見られそうですが、

毎回、ほんものの斬新な新発見をしていただく必要がありますよ。

 

もともと、同意できるだけの正しい系統の理解がおありなのが望ましくはありますが、そうはいかなくなってきた現代なので、

万難排して つけてくださいませ。

 

    日本が特徴的なのは、江戸時代の鎖国政策。

これは、完全に外国を封じたわけではなく、

幕府のようなお上が、まるで会社の資材部のように、自国に受け入れてよいかを吟味していたもの。

これは、西洋を知るオブザーバーとなりました。

 

また日本語という言葉に 成り立ちを大事にする体系があったために、主な外国のことを日本のほうが把握していたという逆転現象も見られました。

(忘れてしまって申し訳ないですが、かつては各種憲法の主なところを拝見できました。)

 

しかし、今や日本でも、自国のことをすっかり反転するがごとくにです。

さらに、

外国人のほうが日本を知っていたという現象は、昭和などではみられましたが、もう打撃を受けてしまって😥…のようです。

 

ちょんまげ、江戸時代が いかに特徴的で、ものごとの指標になるか の一つ

 

日本は、いくさ(戦)を封じた江戸時代が、世界でも驚異的に長く続いた国。

織田信長が用いた伝来したばかりの鉄砲、

幕末の黒船来航で備えることになった大砲(日本では祝砲以外での使用はありません)

の間に、

わずかな武士という例外を除いて基本武器を排したのが 江戸時代とする見方ができます。

 

(江戸時代に至る前の)関ケ原の戦いでのおびただしい犠牲、惨憺(さんたん)たることが伝えられています。

実際の殺し合いよりも、はるかに多い死傷者が出たわけだと思います。

シュミレーションは、命がけで動き続ける・・のを、甲冑など着てどのくらいの時間もつか

当時の鉄砲とはいっても火縄銃をこめる時間と成功率はいかほどか

それを知っていた人々の見立てです。

悪魔が存在したという言われかた もありました  が、

子どもの頃の私は、言葉ををまだまだ軽く軽く とらえていましたね。

(この戦に、さらに争いを 乗じたのが 戦争 の言葉の強度です。)

 

その悪(魔)とは、のちに

政治をゆがませ、戦争や巨大地震を起こしたり、文明、文化を滅ぼし、物を変容させ、深刻な迷信をばらまくようになる⋯

張本人 ならぬ   地球ののっとり犯  だったと、思い知ったわけです。

 

1980年前後の主要な遺跡などに始まり、盗られつくされ

ほとんど滅びていただけでは済まず、重要なことは必ず誤認させる物が出没する世となりました。

 

このブログ、じつは最初の2記事で十分にするつもりだったんです。

世が失いかけていた憲法(まぎれもなく最高の方向)を、重視してもらおうと、呼びかけ出したら済むかなって。

すると、失いかけてるなんて次元をずっと下回っていたことが次々とわかってきて、てんやわんや のブログになりました。

 

それにしても、崩壊ばかり。

ど苦しかった

わかってくれとは言わないが~  ♪とは言わないが~⁉♪(ふるっ)

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おと(追記:12:19,13:15,14:20)

2025-08-15 11:54:15 | 日記

   昭和から日本でメジャーな高校野球

この試合中、試合を中断して黙とうをささげる。

この伝統的なことは、

通称、玉音(ぎょくおん)放送と言われる

               天皇の声を、全国各地でラジオにして流(そうと)した

ことがあった日の正午に

戦争の傷心を悼む  低く重い鎮魂*  のサイレンがしばし響きわたり、試合中にも戦うことをやめて

全員で こうべを垂れ、十分な長さ、うち静まっての 黙祷

行われて・・(いないに近い)。

形骸化通り超え、さっさと話題変え。これは黙とうではない。

過去の戦争で亡くなられた方だけに黙とうするのではないし、そんな風に限定する人がいてもいいけれど、

黙とうする主役の各選手もうつっていないようなことでは、

むしろ、戦争なんか軽いと思わせ、気持ちを寄せるどころか(戦争での被害をたたえ戦いに向かわせる)戦意高揚に すっかり変わってしまっている!

案の定とはいえ、見たくないことを確認してしまった💧

・・・

確認されたところによれば、この玉音放送の 音声がきちんと言葉としてすべて聞かれたような場所は、無きに等しかったそうです。

当時を知る母も、言葉としてはまったく聞けなかった、何が言われたのかわからなかった と、私に教えてくれたことがあります。

所によっては、これは「ますます、戦えと(激励しているんだ)!」と解釈してしまったらしい😥

しかし、これでどうにか戦局ごとを沈静化する 大きな一助になった

やはり、

おおかたの大衆に 伝わる ということが、いかに大きいことであるか

というのと、

残念ながら、どんなに手を尽くしても、

伝えたいだけの情報は、明確に拡大することができない

という、限界も示している のです。


   ちなみに、8月15日は、多くの民衆が、終戦 ととらえることになった日付けであり、(日本国全体としての)終戦にはあたらない。とうぜん、近年聞かれるような ~の日 と言ってしまったらアウト。

* 日本においての 鎮魂は、死に関する深い悲しみや心の傷 を鎮める という意味であり、西洋のレクイエムを鎮魂歌と訳すような、宗教的な鎮魂とは一致しません。日本の鐘や鎮魂を意味するサイレンの音は、戦争のことで傷ついているような生きている人の魂にも深く染み入るものであるが、そう言えば長らくそんな鎮魂の音を聞いていません。(予測言われていたように、規模の大きいお寺の鐘も なくなってきているようです😥)

 

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その根拠より

2025-08-13 23:59:38 | 日記

  本日の1投稿めの記事の終わりに述べたこと  - 衆知における可能性は、まったくの100%ではないけれど、

  私なりに根拠があります。二点挙げようと思います。

一点めは

世界の歴史的に

大衆(マスメディアのマス)の 正しい認知に至ったときに、ことが前に進みだすということです。

ただ、多くの場合、異常事態が来るところまで来る という、散々なことになって 凝りてから、やっと、目的意識を共有して模索する という格好で。

でも今後は、大衆として争いを選択すればするほど、どう考えても、立ち直る機会は もう来ない。

それに、

国としての社会が世界として成熟すると、今度は国際社会を意識しての大衆…

けれど、各々の国の根っこを、さんざんやられつくされて、

文化のほとんどは荒らされ、成熟していた国ではなくなり、

果たして余裕ある成熟したままの国があるかといえば、まったく思い当たらない。

 

世界は実際にキャパ狭くなってしまったけど、国力、人間力はすっかり後退に。

せめて、人間力復活させるしかないし、

そのために、あやまち というのはやめないと。

せめて原点めざさないと。

足元を確認しないと。  すこし、話がそれるけど ・・

日本は、かなり小さな島国でした。それがまたさらに、みるみる減りました…。

もとはといえば就労ビザも、一般には認めていない建前の国だったはず。

それが己の国の 分(ぶ)であり、恒久的な見通しだったということ。

就労者がほしいなんて事態は、想定してはいけなかったはず。

いくら高齢化といっても、従来の日本人なら、高齢者(現在の80くらいか)にオリンピック目指せとはしないにせよ、長患いもせず自活、共同生活(中国でも理想的なコミュニティ住宅がありました)できる人達が大半だったわけです。

また、懸念するほどの人口増加を見ていた昭和で、いくら出生率が減ったといっても、ここまで急激に人手不足が言われるようにはならない。

国土もだけれど、戦争でもなければ、こんなに人身 失うことはない…

つまり戦争(巨大災害からの無法以下状態)になってしまっていたわけです。

 

難題、課題は積まれるばかりですが、やはり安易にお金ごとに偏重せず、自分関係中心ごとにも偏重せず、生命や心にゆとりが持てるための融通をきかせるよう 急がば回れで互いに確認していくところから始める(協力する)しか、今のところ思いつきません。

大災害でなくとも、「(憲法が)砂場で山に棒を立てた 棒崩しをされている状態」と表現されていましたから。

ちなみに、豆知識(?)申せば

日本でも わずかかもしれないけれど、土葬の慣習をもつ家もあれば、古来 山などで自給自足で生活していた方々もいらして、すべての伝統を認めたうえで 新たには同じ事を始めるようなことは認めないことにするとしていました。

動植物も生態系を損ねてはいけないと持ち込みを禁じた国は日本だけではありません。

郷に入っては郷に従え は、限りある各資源の国、日本国としては当てはめているもので、威儀を正すべきは通してください。

しかし日本人もですが、問題にあげて騒がれ続くのは例外や無理矢理や騙されているような場合で、

総じては 心されて日本まではるばる来ているような人が大勢であったことも忘れてはいけません。

 

根拠の二点め。

大衆で というより、大衆の生活範囲や思い込みの度合いにそって、地図や海図(おそらくは実際の陸地や海)が、変わっているとしか思えないことです。

まあ、その思い込み自体、あちら側からの情報止めや強制、ますます蔓延する偽情報から 来るものではありますが。

  そんな逆情報に対し、よわっちい正しい情報のほうは 草の根で抵抗するしかありません。

 

宇宙ほどに未知の世界と言われたかつての深海はもちろんの、広大な太平洋。

おそらくかつての世界、航海術においては、まともに太平洋横断したのでは中心までもたどり着けない。

    さて、昭和でも、東南アジア、インド・ネシアから続いて、島々がまるで線上にたなびくかのように存在しました。そこからミクロネシア諸島へと、つながっていく‥

私はすでに自分で確認していたけれど、ハワイの位置を確認しておいてと言われ再度確認しています。

赤道付近にあるのは どなたも感覚にしているでしょう。

では、太平洋の東西でどのあたりにあるか 覚えておられますか?

ほぼ中心です。南北のアメリカ大陸からは、はるかはるか遠い場所でした。

対して、アジアからつながる陸地の圏内であったということはできます。

多くの方が、注視していないとすれば、まるでアメリカ大陸に近いほうの島だと思ってもふしぎはありません。単に、アメリカ領ってだけで。

アメリカの入植以前は、日本人もハワイに住んでおり原住民と共存していました。

アロハシャツは、日本の着物をアレンジした服です。

 

 

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知らないことは

2025-08-13 17:09:12 | 日記

   知らないことに対する考え方

 

まず、知らないこと とは

自分自身で確認できていなかったこと⋯

当時の当事者自身ではない こと

 

それを補うのは

伝承⋯

当時の当事者たちから 共通のことを伝えられること

 

思えば、我が目視 証人 事 のときは、ご案内者は少し離れた位置に いたけれど、必ず、常に私と顔が合わない場所ながら、ご年配の方々も ご一緒に わざわざ現地にいらっしゃったのです。熊本城でのことも、当時はまだ一般的な携帯電話の普及が無かったのに、ご案内者は わざわざ、「こちらに来ている方々に確認をとってくる」と、行くときも帰ってきたときも私に告げてきていました。

それにしても、そのことが いかに重要だったかは、つくづく思い知らされました。電子機器に頼れば、偽情報しか入らないと明白だったのです。

また、ご老体にムチを打とうが、非常に大事なこととされていたことも、今になって身にしみます。

 

最後あたりの見聞だったのは、けして人目につかない、人が入る場所ではない山深くに建てるようにしていた(携帯電話が普及し始めた頃の)鉄塔のうち完成時点の1箇所(と作業中人員)を見たとき ばかりは、場所や時期的に さほど昔の方々の同行は 初めてかなわなかったようです。

 

つねに、当時の過去を知るには、

当事者本人であるか、伝承(直伝のつながり)のことであるか

この二択しか ありません!

 

あとは、最初に約束事で決められた文字や数式の範囲内の法則

である 100% になること、つまり 完結 証明 進めれる やり方 をもって

知識とできます。

 

残念ながら、物だけから本質的に正しい知識が 得られることは、

すっかりなくなりました。

 

時間の変化は 物の変化と 結びついており、

微細な変化は、すべての変化に 結びついており、

昔なら知れた 正しい知識と 異なっていることが 生じて まかり通っていれば、

改ざん(だまし方法が周知されておらず社会に深刻で巨大な害となる物的騙し)が入ってきていた からであり、

時間が短縮してしまうほど 巨大な変化 ということは、

万物に改ざんがついたのであり、

そんな 改ざんや誘導は、

地球がこんなことにされるのを、

人間どうしに、無実の罪(冤罪)を着せるためであった

 

(近代までの歴史において このことの予兆をはっきり認めた先人たちも、危害受け、嘆き考えつくした最善策の1つが、ここ審判者の1人なのです。)

 

歴然とした この状態に、誰も 見識 眼を そむけることの無いように!

 

昭和中期までのような古来正統性ない ということは、違えてあるということ

それを信じ込めば、おおいに判断を誤る

ので、そんな危険物由来のことは、早いうちに ぬぐい去ってくださいますよう、お願いします。

    知らないことは、変わってきたことを総括して、伝承から

すべてが 腑に落ちる(ストンと深く納得する)ことで補っていってください。

 

からくも、伝承が 途絶えそうになっていたと 知ることができました。

遅いけれど、

 

必要不可欠な伝承が存在していたことを 衆知にされることが、

最悪は まぬがれる 可能性が、歴史的には考えられるのです。

 

 

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かつての平和な時代の例外に学ぶ(補足 8/13 8:13)

2025-08-12 15:51:12 | 日記

馬の耳に念仏

馬耳東風

、、、なんなの? もう流行に のって

人の耳に念仏、人耳東風  って、言いかえなきゃ💦💦

 

豚に真珠(白いから白のアクセサリーは映えないのたとえ)

、、、けっこう似あうって

 

猿まね(形だけで学習していない、できない)

、、、おさるさんや動物が学習しないなんて 決めつけでは?

現代人まね  って言いかえよう💦💦

 

昔は、動物さんには耳をふさいでもらって、

人間だったら責任があるんだから、こんなことじゃダメよ

という、子どもなどに向けた てっとり早い 言い回し でしょう。

 

直接、動物さんに個人(?)攻撃にならないから、理解しやすいように。動物さんには ごめんよ ですが

   人間と区別しないことには 人間の責務は果たせないし

    人間(社会)としてやっていかないと自然の生存競争では まともに残れない のが人間というやつ。

    もはや反対歴史を教えられているから、教訓は消えてきているだろうけど、

江戸時代でもっとも社会が荒廃し、悲惨なことが起きた治世は、生類憐みの令 が出た将軍のとき。

もちろん将軍に悪意は無いし、ほかの治での問題は無かったし、めだった天災もない という条件だったわけです。

お上がこうなっちゃうと、将軍が いぬ年だっただけに「お犬様」と、法を守ってもらえるとは限らない動物たちが人間より優遇を受けていく‥ ということは、人間が猛スピードで おちぶれるんだ… (襲われた人間を守るために助けた人が、死罪となった事例など)

 

これは、イワレ怪しいただの木片やぼろ布やらを 毎日拝めと言われて 従った集落が、悲惨に滅亡していった偶像崇拝の パターンと言えるでしょう。

 

中身が、人間にとって何かが釈然としないのに上から強制力をもつ 「制度」の怖しさ とも 共通しますね。日本国憲法は  人間を表すものですから、憲法をクってくる説明にもなるというわけです。

 

似たようなことに、子どものような若年で(中国の)皇帝になった場合、必ず、傀儡(かいらい)政権を呼ぶなどで滅亡に至っていました。

皇帝の発言かを人格で定められないのに、皇帝という絶大な権力をもつ という意味で、似かよっていますね。

 

いっ見、他愛もないことに ひそむ 無残なこと ・・・

現在は 治世や 波及の可能性をもつことに 誰もが関わっているわけですし、

気付きづらいこういったことに、今後も 厳重な注意がいります。

 

なになに?

「この泥棒ねこ!」 「なにをー、この雌ギツネ!」

「そこの男!タヌキ寝入りして!」

      私からは ノーコメント。

 

でも、ほんとに、とばっちりでは済まなくなった動物も。

悪魔のやる事だったのに、ぬれぎぬ 着せられると、悲哀を感じます。

 

特に、オオカミ は、特徴が 極悪のやることと似ていたらしい。

シューベルトの「魔王」に出ているように、

最初は  猫なで声で(あ⋯っ 😹) 「こっちは いいところだよ おいで」と呼びかけてきますが、(お父さんが「それは木の切り株」だかなんだかと、愚かにも適当な理由をつけて息子の訴えを退け、そんなのじゃないと気付いている息子は 等々 ; 中略)

最後に魔王は 声色も、言葉遣いも、怖い本性をだして・・・💧💧

 

牛舎などに、狼が入ってきても、やわらかいしっぽで、いい気分にさせるのか、牛や馬たちが、狼がいるとわかっていても いなないたり等の助けを、求めないことが確認されているそうです。

ずるがしこい ということに  されているキツネも、同様。

 

じつはキツネのせいじゃなかったのに、ずっとキツネを疑っていて、

「キツネにもうしわけなかったな・・」

と、弔いと反省の気持ちで

昔は全国各地に、 お稲荷さん(キツネ)をまつった神社が

かなりたくさん見られました。

 

 

 

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自分も憲法違反に足をつっこんだから(追記 8/12 9:33)

2025-08-11 15:18:20 | 日記

   このブログは、憲法を意識していた者が 書いており、(把握できていない改ざん可能性を除外すれば、)なんら個人を攻撃するようなことでは ありません。

まちがったらいけない事がなされているとわかれば 内容に対して正しますが。

まずは、二度と間違いを起こすことがないように、極力、、協力してもらわねば、

 各所 血へど吐くようにして正しも、すべて水の泡になっていき、積年の恨みをかうことを 一人一人で 心から 理解していただきたいものです(が、そんな方はご覧にならなくなってますね。)

さて

  無益な争い とう言いかたをしますが、国や社会全体にとっては

争い自体が 非合理的。

論争だって、社会的余裕のあるときに、東も西もなく、左も右もないから、役に立つつもりもない遊びの範囲で ナカヨクやっときな

でした。それに気づいてもらえるつもりだったのでしょう。なのに赤ちゃん返り⋯

 

   今や名前には残っていない、我々よりもずっと優秀だった方々や、さまざまな成功や犠牲の経験則で、最高にしてうち立てられた元々の 日本国憲法。

じっさい、最高になるべくしてあったし、人生まるごと あてはめても、深く、永遠の真理だと、慎重で疑っておくことを忘れない私も、太鼓判を押すものです。

その 最高 法規は、正しく最高に 解釈できてい なければ、逆効力になってしまいます。

(カンフル剤 ※ と言われたゆえんでしょう。)

基本的人権に符合しているか 、もっとも納得のいく解釈や応用ができているか、

  先人の説いている憲法を、最高法規とできている

ことそのものが  法を守れている第一歩です。

 

この法の遵守 無くして、人間社会は成り立てません。

   真実を心得ていれば、言わずもがなですが。

 

すべての人間を、ていねいに 人間によって把握しておくこと

が、人間社会を 保つこと

    そうでなかったら、人間ではなくなります。

 

  ところで私にも、幼少期から、迷うことなく尊敬できた両親とのことで、とくべつ強烈なことが多々ありました。

もちろん、終わったこととして切り換えながら過ごしつつも、対処をあきらめないつもりで、極力忘れないようにしました。

   どんなにキテレツなことがあっても、何千年も変わらず万人の真理であったことと照らし合わせれば、原因を割り出しやすくなる経験則になります。

ところが

   ヤラレがひどすぎて、自暴自棄を許したということは、気付けば 自分も憲法違反になってしまってた わけです。(自分を大事にすることは、義務)

  べつに罰せられるわけではない 自暴自棄にも、とんでもなく悪しき動機が 存在します。

親が、親である‥本来の望みを 否定する  とわかっていた恨みの確信犯なのです。

 

  ムリヤリさせようと持ちこまれても意地でもしなかった、一時的に 親に手をあげる ようなこと…

(注: 力士も動かしたり転がしたりする催眠術ですから、見た目 結果とはまったく別の損傷ごとが存在します。また、理にかなった人身上の正当防衛は、法律で許されているので、繊細な判断が欠かせません)

こっちのほうがよほど、本質的に悪くないけれど、これはこれで、自分がおじゃんになりかねない。

 

最近になってようやく…

   両親ともに、私1人の人間を 完全に脳内分離となる操作が 私が子供の頃から入ってきていたことが明確になると、なおさら、自分は、悪いほうの意図をかなえてしまっただけで、本来の親心のほうには攻撃してしまっていたのです。

さらに、けっきょく、母娘(長女)はニコイチになっていたと知ることになります。

 

それにしても、やたら 二重人格のケースの情報は入っていたけれど、

まさかに この私 1人を、相手に完全分離されてしまい、

実在の私のほうには、悪者がこさえた人格として対処される結果に持ち込まれていった苦痛。

この人達(家族全員)全くの反対でしかとらえてない と悟ったとき、苦痛の真っ只中ではありました。

   一生涯かかっても、第三者の意図であったとは、なかなか判別しにくいことでした。

 

その後、

私に対して 私のアリバイのようなものを知る人々が

ある時点で とつぜん豹変をしていったりしたのですから、いわば意図的な、脳操作の存在のほかは ありません。

 

    (予告者のような方は そういうことを知っていたのかもしれませんが)

結構な新発見です。大陸みたいな ありがたさではないけど。

人間から、生涯かけて わかったことは、生かすようにしてください。

このことから

  こういった(記憶やコミュニケーションの)異常事態は、断じて 病理 及び能力の範疇ではない‼ ことも、全証明できます。

 

このような極端に悪質な脳操作のほうが、非常に高度化する中、

野蛮な迷信と 間違い対処のほうは、ますます大手を振ってきていたわけですね…

(何事も、唯一無二の人間から 言えること 、情報扱いは過ちなきよう、心してください。)

 

総じて、

  波及しやすいほうや、強制力破格なほうが、誤っていて 劣悪です

が、考え方は やはり昔に習う以外に ないはず。

 

どうしても、納得いかないが生じていて 判別や 対処に 困るときの 暫定は、

各々 五分五分の理解に、喧嘩両成敗

で、とどめるべきです。(理不尽な肩入れや個人攻撃は御法度。)

誰もが 納得いく元の改善と解決に 臨機応変に つなげなければなりません。

 

国だって、その応用。

昔は 国の責任は 比較的ちゃんとしていたと見られますが、なにしろ 悪影響; じかにヤラれることが隠されながら拡大してきて、

ついに戦前時大人世代は、ほぼ途絶えてしまったことで、事実無根ばかり表にさせることとなってきて久しくなり、さらに悪化は止めづらく。

 

   目前的に楽にやれてしまう事や、見かけ評価意識は、 努力とは言いません。

万人に 不得手となった 面倒に感じやすい ことこそ、努力がいることです。

万人が万人に対して、快楽だけを求めてはいけません。

 

めちゃくちゃ かたいブログですが、草の根活動で 知っていくことこそが、あり得る対処法、どうぞよろしくお願いします。

 


※ 蘇生に使うとみられる強心剤の化学物質は、揺らすと爆発を起こす 危険な物質で、扱いは細心の注意が必要でした。

 

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思い出すのは

2025-08-11 02:07:51 | 日記

   残されてきた言い伝え

オオクニヌシノミコトは、おむすびを何食分か持たされ、遠い旅に出る

 その道中、三夜、ある神の指定した庵に泊まるが、一夜ごとに、危険生物の大群に襲われるという試練を出される

そのたびに、教えられた呪文や、一夜ごと ほうびに与えられた神器を駆使して、

みごと三夜の試練(ヘビや・・の大群)を退けた後、日本列島の創造主から認められて、この国を与えられる(任される)

オオクニヌシノミコトとは、心優しい神である うえに、賢く勇気がある と。

 

日本で住む民族は、このオオクニヌシノミコトの任された土地で生きていけることになったわけだとの、伝説です。

日本としては、とても大切なことで、

どなたも オオクニヌシノミコト には、親しみをもっている

と、ずっと思い込んできました。

ところが、驚愕、ショッキング、そうでもなかったのですね。😣

 

私がこのブログを始めるころは、いびつに変わり果てた姿の日本列島を見せつけられることもまだ少なめでしたが、それからさらにで、みるみる変えられてしまいました😭。

このことを思い起こすだけでも、とんでもなく つらい嘆き ですが、

同じくらい感じられるかたは、いったい、いかほどおられるのでしょう?⋯

 

令和にもなれば 悪影響が進みきって、

日本の国土や生物には、必ずと言ってよいほど異変が見られています。(このようなことも懸念してか、遺伝子研究は  倫理 意図的にストップをかけたようです。)

異変は、 昭和の頃まで まったく見られなかったことで、

今は、すべてにおいて、もはや特徴的な原形をとどめてはいない といっても過言ではありません。

 

従来は、生物も 特徴は はっきりしていて、

現在のように特性どっちつかずのような種や(犬以外で)雑種というのは、まず見られませんでした。

国土もゆったりしていて、各半島も同じくでゆったりしていましたし、瀬戸内海など、陸地をはさむ海は はるか広々と雄大、極上の特色ある景色であったようです。

 

   気候のみならず、地形の特徴と その地に住んでいる人々の気質や造形は  似ている

というのが、私の見立て でしたが、

こうなってみて  より、"あってたな 👍" と、思えます。

 

昔の日本人は、

   いさぎよさ 明朗  清さ 正しさ 精悍 直線 直角 メリハリ 精密  空間の美 

といったことが 好まれましたが、これは昭和までの国土の特徴に、まさに ぴったりでしたもの。

 

  そうすると  いまの自分の性格・・  おもいやられます。。。😞

さて、

しろうさぎ のおめめは、みんなかったんです。

なんか、母に たくさんあった赤いほくろ と、いなばのしろうさぎ の目 とが、結びついたことが やんわり記憶されております。(一応、私にもありますが、減ったかな?旧友もあるらしいって。アッチコッチ 縁って ありますよね)

 

 

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守る守りかた

2025-08-10 09:52:41 | 日記

  伝承、伝達が大事と説いているはずの日本国憲法。

日本国憲法 自体も、変えられたら絶対にいけない 物質には託せず、

制文法で始めても、ほぼ、伝承 から、ついには

   必ず、太鼓判的に 正しく確かな直伝のみ (100%ちかく不文律)に なりました。

 

万物は、悪しき意図によって 占拠されてしまったから。

 

それにしても、「日本国憲法で これだけ覚えといて」で、伝統を重んじるはあっても、標語的なものには、一般に言われていないのかな

と、ふと思ったとき、

言論の自由 

を、深掘りしてみたら、

かろうじて、でも どうやら まさしく、これではないか

と 見えてきました。

 

あまねく(すべての)基本的人権が、尊重されていなければ ならない

の代表的な指標、

言論の自由 が、保証されなければ  ならない

 

ちゃんと伝わって情報や意思が通ったか・・

残念ながら これは、ほとんど 自覚で はかるもの

 

また、伝わらなかったことで、痛い思いをする人には わかるけど、

痛くもかゆくもなかったらいいと 思うような人、

ましてや

伝えられそうになったら、多くは悪誘導だろう、疑心暗鬼に攻撃心へと変える人

優遇されていた立場が変わるのでは と 情報排除する人

そんな多くの現代日本人に なんて、

わかりようも ないわけです。

 

近年とくに、思い知らされたのは、

   面と向かって必要を伝えたとき、同じ日本語なのに、

あきらかに日本人ではないアジア系、アフリカ系の方には

100% 近く 伝わった結果が得られたのに

日本人ということになっている人には 100%近くは あっても瞬殺され、

マイナス100%という伝わり結果(伝わっていない最悪を とことん更新した状態)

 

日本人だった人が、

日本国民でなくなってしまっている(なんら憲法を守っていない)。

重要な 以心伝心も、言葉も、機能しなくなっていたり、

断絶へと とんでもない覆しが生じる…

 

通信アウトの状態は、すなわち戦争です。

(じっさい たとえ目に見える暴力などなくても、これだけで 心身に巨大な打撃が存在する。)

 

    無いよりはよい電話やメール(ラインはあきらめざるを得ない)、なかなかです。ある親戚など、繫がっても本人なのか何なのか、こちらから用があって電話したのに、最後までに何も言わせてくれないで、電話をとったほうから無関係でお門違いな勝手なことをわめき続けてる、これと類似のケースがどれだけあったことか😭

いろいろ経験最先端としては、原因各パターンの混ぜ合わせ確率を ある程度わり出していけますが、

何も知らない大半の方は、差し出された悪情報100%で 処理ならぬ処分してしまって、相手に大迷惑にもっていくのです。

 

情報(音や物など)の基本は、S O S 。

情報が違えられるだけで、速攻、人生がダメになることが起きます。

(悪モノは、人間の大事を掌握し、最悪に変えますから。)

 

いついかなるときも、あまねく人間の尊きを守れているかを、

人間自身で律する心がけ、

互いの解決すべき最善に、生命ある限り向き合う

   が、日本国憲法の守り方だと、今のところ私は 思います。

 

 

 

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時間軸と指標をおもう

2025-08-09 10:23:57 | 日記

おこしいただいてまして、ありがとうございます

   このあいだ、世紀をまたいだかと思ったら もう、百年の四分の一、四半世紀に達したのだから、現在の年数感覚では、とうていはかれませんが、

自分の子供の頃からの感覚を思い起こすと(前にもふれてますが)

あれは3年前♪ の3年は、親にきいても とにかく長い感覚。

時間の変化は、なだらかではなく、

残念ながら、意図的なので、たいてい苦しむ時間はのばされ、楽しめる時間というのは少ないために、5年 10年が短くなってきていても、感覚的には、すぐに 時間が変わっていることに気付きづらくされたとみられます。

私がこう、結論する決定打といえば、

サラリーゥ~マン在職中、初めて重病や特定の目的でもなく、平日のど真ん中の水曜日の1日で、有給休暇をとってみたときのこと

なんと、とても長かった!のです。ものすごくリラックスできました。

あじをしめて これからも‥と、当然?思いましたが、どうしたって、二度とかなわなかったし、人事関係にやられまくってからの2003年から後の業務は休日も出たほうが楽なくらいの、無目的の休日をとりづらい、とりたくない、とれない業務状態になってしまい、

つづく作戦水曜日休暇は不発に終わりました トホホ

そうこうする間に、勤務形態はかなり変化をみせてきたので、時間の短縮は 短期でもお子さんのほうが感じたりするかな。いや、スマホな時間って感覚鈍るか。

中学校の美術の授業といえば2時限続けてあったのが、現在は1時限だって😦

一定の長めの時間を自分で進めていったり、その忍耐力だったりが養われないのはもちろん、必要な準備や片付けも含めて履修なのに、は先生の仕事に流れてる…

こんなことになってみると、逆に、図画工作、美術の勉強 というのは、自分で技術を磨くだけでなく、主体性や協力性、計画性、おちつき、発想への過程、運営力、結果確認と次回への改善 等々、

昔なら、人間に必要な 相当、多くが養われる機会だったのだな と

話をきちんとできていない社会反映としてもうかがえます。

 

クラシックの代名詞のような ベートーベンは、私の幼少のころ

出版まもなく「200年も前に生まれた」と記述されていました。

それだけ古いんだ と言わんとしていたのが、現在じゃ 数字に全然説得力ありませんので、

言いかえましょう。

「現在の年数感覚におきかえれば 1000年程度 前に、クラシックの全盛期はおとずれました。」

まあ、これでも長いような短いような。 うーん。

私の知っているベートーベンの肖像画では、

白い羽ペンで、まさに楽譜を書いているところ。

肖像画は、単なるポートレートではない

と言われた所以が、見れなくなると重く響きます。

バッハの紙切れに書かれていることは重要だときいたものの、

そのときの私には残念ながら よめなかったので、覚えていません。

読めない、書かれてある事柄 ってことは、少なくとも音符ではないのは

はっきりしていますが、

肝腎なその言葉が わからないまま💦これほど「知ってたら教えてくれたらよかったのにー」と思うものはないかも。いや、他にも そういうのだらけか。

まったくもって、わずかな事実しか、材料にないんですよ。要点ではあったけど。

 

話が美術と音楽

になってきてましたが、

 

  このブログで書くことって、なんら専門でもなく、日本の教育水準は世界でも高いと言われたころの小学生が習得するレベルの域を離れていません。

義務教育は、中学校までですが、(私の学年頃までは?)事情あってどうしても中学校に通えないケースを想定して、小学校卒業でも、ちゃんとやっていける内容が習得できている

ようにしてあった

らしいので、

すべてが小学校6年に元が あるのは、当然のことでした。

時間にすれば現在の大学くらいにいくわけで。

 

だから、小学生レベルといっても、要点を持っていて、的を得た(←こっちでいい気がする)ことを言いやすいんだと思っています。

人間なんだから、 昔から生き続いた 人間によって人間になっております。

そこから切り離してしまうと、単に物質になっていく⋯それだけでもヤダって、思いませんか?

 

私が言うことは、特別なことではない、変わっていなかった人間のこと。

しかし、各種 教育のなかでも重要な道徳に、ねじ切れがおこってきて、

古来つながってきている人間のことが、みんなして違うように違うように洗脳されてきてしまっているから、さらにそれにムリヤリあわすようなことをされているから、

常識のほうが 非常識に180度変わっただけのこと。

 

ここで申すことが、スンナリ見れなくなる(拒否反応)ということは

それだけ

洗脳や被催眠術具合ということです。

 

そんな作用 無く、人間的に成長できているなら 何かあったときに指摘すれば、

「それはいけなかった!お知らせありがとう」と、

指摘を歓迎され喜ばれるのが 

通常の大人、  その反対というのは、・・・異常なんです。

とても苦しいことです。だからといって

避けたり見過ごすのは罪の1つであり、人間の本分は果たせません。

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老?若男女

2025-08-08 10:15:25 | 日記

   えーっと、昔(中昔)

・・昔にも いろいろもちこんで目まぐるしいなあ💦

平成になったばかりくらいの頃かな

"人生で必要なことはぜんぶ幼稚園にあった "みたいなタイトルの本が はやったはず。そんなこんなな頃、

"同じ屋根の下で"みたいなタイトルのテレビドラマが流行ったころ、この中のセリフに出てきた記憶も。

本の内容は、結局さほどチェックしていないけど、本のタイトル、かなり言えることだ と、思われた方は少なくないと思います。

もうちょっとツッコんだ考え方をしたところ、

昔の私と同感とする人生半ばの人が書いていることになっているかもしれないことなので(←いろいろありますんで、めんどくさい言い方です)

"人生のすべて "と言い切っているのを ひかえてみれば、

かりに 正しいことが習えていても、

信頼できる各場所で得られる説法を聞いて補強したり、

さまざまな実践的経験を積んで20年 30年と経っていなければ、

必要性などの 本質理解には至らない場合が多い

ってことが言えるんだろうなあ。

 

学習して、理解を進展させていなければ どうなるか⋯

忘却して 人間として生きる基礎も 失っているわけです。

 

人間として必要な基礎を 人間の女性は、食事も自ら与える必要を感じ、子育てを意識させられますから、本能的に理解している と とらえられます。

基礎は、動かしては いけません。

基本は、人間の女性は、動と静の 静である と言いたげだったのも(熊本城の夫婦を示していたある場所でのこと)

うなずけます。

ちなみに、男子厨房に入らず とされたのは、後世に受けとられがちな男尊女卑ではなく、女性ならば毒をもるような悪さはしない と、信用されていたから と言ってましたよ。

 

あって当たり前に感謝しないといけない というのは先人の教えの定番ですね。

 

女性が仕事に入って効果を上げるのは、べつに まったくの色仕掛ではなく(むしろ逆に選択されるくらい)、職業本分に忠実であったり、みえない決まりやあるべきにしばられていない

ということで、業界の起爆剤になったりするから。

でも、女性は 脳も身体も、どちらかといえば 動かすほうを得意としてはいないし、

次世代への 繋ぎ目 だから、ゆるんだり はずれたりしては いけないのではないか

であります。

 

弱点は克服 !で いた私も、ちょっぴりゲンナリする体験をしています。

   もっとも、よりによってで 条件悪くなることが多いので一概には…ですが

走るという身体を動かすことにおいて、女性の中では実力が上のほうに上がっていても、

男性のヘタレに 本気出されると、勝ちにくい

って思わされたこと。

ただ、脳のほうは、単純に比較はできませんし、男女の優劣の差は無いとする先人も多いようです。

縫い仕事など手先に器用さがいることは女性にと考えられましたが、

(職人系)男性の器用さに、同じ日本人の女性が勝てていない気がすること、よくありました。

 

さて、幼稚園から 話が飛躍してしまいましたが、

基本(最低限)は、とても大事です 。

でも、単純で許されるのは 幼稚園まででもあります。

複雑化しても、基本を損なわないようにするのが、人間の勤めです。

 

「ピーターと狼 」の話は有名でしょうか。

一応、通して話が読まれました。憲法のテコ入れ のときです。

たしか ストーリーがわかったあとで、

先生が

「この話は、子供のうちは、" 嘘をついてはいけない"

とだけ とらえていいことになっているけれど、

おとなに なったら違うよみかたを しなければならない」

と、神妙な面持ちで 言い添えました。

 

・・・、残念ながら、最初の受け取り から

大人の自覚をもって 変えていく人は、現代には

まず いないと思います、先生 ⋯。

 

 

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共通に定められている 日本語が使われないと 国は成り立たない(追記 17:12)

2025-08-07 15:50:25 | 日記

本日2投稿め です

説明不足や、あらためて自分でも明確になったことが、出てきていますので、頻繁で恐縮ながら、取り急ぎの ご確認を ぜひ お願いします

・・・・・・

  「戦争」という言葉は、のちに 状態 を表した言葉。

「認知 」は、自発的な行為 を示す 言葉 。

とくに 後者は、日本語 の文法上の特色の 代表的な例として習っています。

このように 名詞であっても、形容 や 動詞 の定義がされているのは、日本語の特徴なんです。

 

つまり、戦争とは、するしないで表現したらいけない日本語なんです。

 

(日本語として)戦争という言葉は、明治新政府ができてから 初めて使われている言葉だと、以前も記事でふれたことが あります。

(応仁の乱の)乱、~変、(関ヶ原の)戦い、そして 戦争 

これらは 明確に区別してある と言われています。

ただ、 いずれも 状態 を示しているらしいことは、共通していますね。

 

   和をもって 良しとなす  を目指したい民族として、主体的に戦いを好むような野蛮なことは、想定されていませんでしたし。特に正当、憲法客観的には。

現在、それをまったく顧みない言葉の使い方、意味のねじ曲げ が、多そうです。

たとえば、「目にものを見せる」というのは、当然、「きちんと実力の差を 行為や実績で示すように研鑽する」という意味でしたが、以前、新聞で子供の目に付く形で なんと😱「卑怯な手を使って相手を押さえつける」と!⁉ とんでもなく嘘の意味を教えてあったんです。😱😥

これって、幼少期、妹が同じような勘違いでとらえていたところ、母から訂正されていたことを覚えていますが、私などはすんなり元々の意味でとらえていたのに、この違いは何なのか…

姉と妹の、覆(くつがえ)らないはずの大きな立場の違いからと、学年カルチャーの違いとでもいうのか、けっこう、驚くべき段差があると感じたものですが、

母に注意された妹が、どうも納得できているように見えなかったのと、

世間では あきらかに国語でバツとなっていた悪い間違いが、もう肩入れされるように 正しい意味を押しのけていってる‥

そして、知識人まで、意味や定義が変わるものだと言ってしまっている⋯ダメです!

怖しいことなんです。  たった一つの言葉でも、

意味や使い方が変わる ということは、

言葉が侵略を受け滅亡し、野蛮に変えられるということは、

人間や国そのものをのっとられたと同じことです。

 

じっさい、妹らには、考える範ちゅうに 強制を受けて、しかも結構な攻撃性が催眠術かで発出しやすく(私など家族にですが)、自覚もしにくいとみられる現象にも 結びついています。

言葉に従来の 共通性が無くなれば、大多数がこんな性質になっていても無理もなかった のだと

言葉は、人間1人正しくったって、どうにもならないし。

 

 

ところで

すでに昭和から、発生で出てきた物 に、ヒロシマの式典が行われる場所に、言葉のついた石碑の様なものがあります。テレビで私もくり返し目にしています。

これは、あの象徴的な 何かを深く暗示したとの言い伝えのある 今や格段に小さくなってるドーム状の記念碑を造られた当初には、全く無かった後からの発生物です。

目にされる「過ちは・・・」の記述、ここから誤解や洗脳に結びついた人は多いはず。

軍備を持たないという誓いの意味の範囲内なら、ダメということでは ないので、とり除く作業はされませんでしたが、執拗に映され、次第に ほかに意味を求めてしまうと、怖しい誤認につながるわけです。

何があっても守らねばならない

「戦争の放棄」とは、戦争となり得るような状態にしない

ということ。

人の身や心を打ち負かそうという戦意を持たない

ということ。

 そうだ、それと、

   悪の違え(たいてい善良な人間をお門違いに傷つけていくことになり、攻撃性、戦意高揚にむすびついていく)には従わず、これによって傷ついている人が、さらに傷つくようなことが無いように、気を配る

これが重要で、いわゆる九条を守る 最初の一歩にあたりますね。

 

戦争の放棄は、憲法が守られてる最低限を示しているんです。

 

憲法を守らなければ超重罪なのは、わずかでも切り口がついていくと、とめどなく拡大して地獄まっしぐらになるからでもあります。

 

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正しさに戻りましょう i

2025-08-07 11:34:55 | 日記

    歴史とは、生きている伝承 。

 

現代に限らず、

物だったら、あとでいくらでも変えたりする物事が出てくるので、

歴史を物だけで 判断してはいけないことは、古来からの鉄則です。

   

   今、このときだって歴史であり、

国民 個人のアリバイ(事実関与)だって歴史の一部。

 

私が物での判断厳禁 を、今さら発令するまでもない、かつての常識ではあります。

 

ただ、度を超した 偽情報の氾濫 ばっかり になって、久しく、

もともとネット情報には信用できないものが混ざるのだから、極力の用心をしないといけない事から始まっていて、

かつ、本当を引き継ぐ正式なものは一般には出さないことを、正式な所では守っているから出てこないのが前提ということを、

あらためて、 今こそ 思い出さないといけない。

 

歴史とは、事実でないといけません。

    事実をぜったい変えずに、理解を進めるのが、万人のつとめ。

 

    現在の事実は、現在がもっとも確認しうるチャンス。

けっきょく現実的に 万物に原子変容中 でしたし。

(形あるものは必ず 壊れる崩れる失う  の教訓通り )

あとは、

当事者か動機目的習慣背景条件前兆共通性例外性やりとりの中身伝達具合

の すべての関連をもって、十分に腑に落ちる記憶によってでしか 残りません。

 

記録物等は、由来が明白であって、そのすべてが物質、形、意義として

変わってはいないと、正当に継承がつながってきていることでないと扱えないので、

この私のような、要点のみではあるけど、正しい継承を受けた者や、

子供時代に正しいこだわりをもって関連的に記憶していたような方の1983~1984年までの記憶と完全に一致している物でしか、取り扱いはできません。

   この条件整った 審判者によって、「物証は完全アウト」

が言えるわけです。

明日香の地で、私が大学時代には、その継承者にして 地元で、正しく学術管理をしていた方々と お会いしたときには、大事な記録、資料、書物が失われてきていて(どのようにかは私が結び付けれていなかったけど 言葉通りだったわけです)、ショックで泣いてしまい言葉にならなかった・・その方々も、会合冒頭で紹介を受けた時点で「この先はもう短い、存命でなくなる」と  …。

それからの 遅ればせ タイミングでもあります。

 またあのことは、  記録や書物も重要物も、保存よく、万全の管理でしまってあるだけではもちろん、だめだったということも示していました。

(それからの私は、のちの幾多のことで思い知らされます。思い返せばもありますが。)

 

のちに全国の注目を長らく集めていた正倉院展も、平成に入ってよりは、限界を迎えています。

 

私がこのブログでやっていたことは、事実と記憶の整理です。

こんなことをしなくてはならないのは、物に残せなかったからだし、

どんなに内容が 的を得ていても、文章に完結してしまうと(催眠術作用によって)記憶に残らなくなるという、とんでもない壁があることがわかっていたかららしい。

明日香の地で、完璧な2文章を自分でまとめて覚えたことは、その後何週間かは覚えていましたが、気がつけば 完璧に忘れた…こういうことは、今も、ほかの方々に 多々起こされていると見るしかないようなことばかりです💦

 

くりかえしになりますが、

その時の 事実を、もっとも確認しうるタイミングは、

くもり(偏見や疑心暗鬼など)のない見方ができている場合の リアルタイム

 

その後は  時とともに (正)確度 が 低くなるばかり  と習っていますが

   これは、大きく基本法則。

こういったことを無視すれば

けっきょく犯罪領域にかかってきますので、ほんとに、注意してください。

 

それに加え、オゾン層は破られ、改ざんやられ放題になった結果、

 陸や海など、地球の大前提ごと、 みるみる短期間に 変わってしまったし、

原子変容は、どこでも瞬時にも、刻々 起こっている状況!

 

この状況変化を よみとっての、警告を 発したわけです。

 

言葉上は、これまでのことと何ら 変わらず、基本 でしかありませんが。

 

 

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