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ふなやすさんの数字と戦う生活

転職と同時にブログタイトルも少々変更ですよ。

大縣神社の名物が田県神社のお土産な件について@3.13レポート2

2005年03月15日 00時04分37秒 | 歴史やら神社やら
さて、田県神社と大縣神社名物といえばあれやこれの形をした飴です。
こんなもの売っていいのか?と思いますが、多分ここだけは日本国内で唯一許されているのでしょう。

ちなみに男性器のソロでの飴は売ってますが女性器のほうはペアでないと売ってないみたいです。

これだけ売ってると壮観なもの、ちなみにこれは一個300円

ところで・・・・田県!?
ここは大縣では・・・??
拡大してみればわかりますが大縣なのに田県神社のお土産が売ってます。
なんだかよく分からないことになっていますが、キニシナイことにします。
ちなみにお土産屋のおばちゃんに写真撮らせてもらっていいか?ときいたところあっさりと快諾、どうやら写真を撮られることに離れているようでした。

大縣神社の豊年祭3.13レポート1

2005年03月14日 23時52分11秒 | 歴史やら神社やら
豊年祭といえば明日田縣神社で行われる豊年祭が全国的に有名ですが、昨日は大縣神社でも行われました。
田縣神社は男性の陰部、大縣神社は女性の陰部、ホトの部分をお祭りする神社として有名です。

大縣神社本殿と鳥居前の石柱
豊年祭は一年の米の豊作等を祈るお祭りですが、やはり田県神社の強烈な印象のお祭りのイメージがつよくどうもそのようなイメージになってしまいますが、田縣神社のようにすごい神輿とは出ず、どちらかといえばフツーのお祭りでした。

これが神輿、田縣神社のような神輿は結構すごいので許可とか要るのかなあ

この旗などを見ると大縣神社だなあと思わされますが
私が行ったのは一時過ぎ、ちょうど神輿巡航が帰ってきたところでした。

神輿巡航の先頭は天狗、

さらにそれに太鼓などが続くのですが

なんかおばさんが変なかっこ・・・やっぱりこれはホトを示すカッコなんでしょうか?
さらに先ほどのみこしが続きます。

この後本殿、さらに姫の宮に入っていきました。

さて行列の中こんな飾りつきの棒があったのですが

神輿が姫の宮についた時点でみんなの襲撃を受けただの棒に・・・

飾りの部分は「おまんど」というそうです。これを奪えば厄払いなどになるとか、なんだか分からないけどみんなが奪い合っていたのでドサクサで奪いました、地元民じゃなかったけどよかったのかな(;゜~゜)y─┛~~
結構

私は三時前には早々に帰ってしまいましたが私が帰った後餅投げがあったみたいです。
餅投げやるって事は結構地元に密着したお祭りってことですかねヽ(´ー`)ノ好きですけどね餅投げ

2.26

2005年02月26日 03時23分23秒 | 歴史やら神社やら
昭和維新の歌
一番 泪羅の淵の波騒ぎ 巫山の雲は乱れ飛ぶ 混濁の世に我れ立てば 義憤に燃えて血潮湧く

二番 権門上に傲れども 国を憂うる誠なし 財閥富を誇れども 社稷を思う心なし

三番 ああ人栄え国亡ぶ 盲たる民世に躍る 治乱興亡夢に似て 世は一局の碁なりけり

四番 昭和維新の春の空 正義に結ぶ丈夫が 胸裡百万兵足りて 散るや万朶の桜花

五番 古びし死骸乗り越えて 雲漂揺の身は一つ 国を憂いて立つからは 丈夫の歌なからめや

六番 天の怒りか地の声か そもただならぬ響きあり 民永劫の眠りより 醒めよ日本の朝ぼらけ

七番 見よ九天の雲は垂れ 四海の水は雄叫びて 革新の機到りぬと 吹くや日本の夕嵐

八番 あゝうらぶれし天地の 迷いの道を人はゆく 栄華を誇る塵の世に 誰が高楼の眺めぞや

九番 功名何ぞ夢の跡 消えざるものはただ誠 人生意気に感じては 成否を誰かあげつらう

十番 やめよ離騒の一悲曲 悲歌慷慨の日は去りぬ われらが剣今こそは 廓清の血に躍るかな



二月二十六日といえば2.26事件2.26事件といえばこの2.26の映画とともに名曲「昭和維新の歌」が有名です。
当日雪の振る中皇道派の将校たちは政治の中心である警視庁や首相官邸などを襲撃、高橋是清元総理等を殺害、しかし最後は陛下のお怒りをかい武装解除、主要なメンバーや大きな影響を与えたとされる北一輝等も処分されます、しかし一部明らかに大きな影響を与えた人物が無罪になるなど昭和史の謎の部分も同時に持っているとされています。

日本を救おうとする熱い魂は最後は陛下に見捨てられた哀れな悲しき結果、さらに歴史の結果はかなり最悪なことになりました。何が当時すべきベストだったか、明らかにこれではないはずですが、どうにかしようとする心だけは今でも日本人の心には届いているようです、だからこそ、「動乱」「2.26」「叛乱」などの映画が出来、ヒットしたのでしょう。

城山八幡宮と末森城

2005年01月15日 12時26分40秒 | 歴史やら神社やら
城山八幡宮に行ってきました。
城山八幡宮は地下鉄本山駅から徒歩五分程度のところにある城です。
祭神は応神天皇・神功皇后・仲哀天皇、さらに途中で八幡社、浅間社、山神社、一ノ御前社、白山社などを合祀したためイザナギ・イザナミ・木花開耶媛命・大山祗神・菊理媛命なども併せて祭る。
現在の位置には昭和になってからの移転のため社殿、鳥居などは比較的新しいものがおおい

鳥居

末森城について

末森城は織田信長の父信秀によって築城されました。もともと信秀の根拠地が古渡城だったことからおそらく当時力を伸ばしつつあった徳川家康の祖父清康と遠江の今がわけに対する備えだと思われる。織田信秀はこの城で病死、信秀の没後は信長の弟の信行が城主となるが信行は重臣達に擁されて信長に対抗したため、信長によって清洲城にて謀殺された。 末森城は、翌年に廃城となる。
現在城址の大半は城山八幡宮、一部は愛知学院大学の敷地となっている。


都会のど真ん中でさらに開幕前の城でありながら堀がしっかり残っているなど、城址が残っている条件が少ないはずなのにしっかり遺功が残っている珍しい城

城山八幡宮からの風景、結構高い

初詣と正しい神社参拝方法

2005年01月01日 19時52分42秒 | 歴史やら神社やら
地元の氏神さんに初詣にマッタリいってきました。
いやー地元の小さな、神主常駐じゃない神社なのにやたらと人がいて三十分ぐらいならばされました。
前の仕事の関係で初詣などもう二度とやることないとおもっていたのでちょっとそこにいる自分が意外でした。
なんとなくその世界から出てきてふつーのひとのフツーの初詣を見てると色々突っ込みたくなる私ですが、こんなところでひけらかすものじゃなしに、アフォくさいので辞めましたが、ここを見た方はきちんとしたやり方をやっていただければ幸いとおもいますので簡単に解説

手水について
右手で柄杓をもってまず左手をさらに持ち替えて左手で柄杓を持って右手を洗ってください、そののち右に持ち替えて左手を器にして水をためてその水で口をちょっとゆすいで、飲まずに捨ててください(注意1)そして最後にその器にした左手をあらったのち、今度は柄杓を傾けて柄杓の柄を洗ってもとあった場所におきましょう。
(注意1)柄杓で直接口をゆすがないように(今日私が一番突っ込みを入れたかったところはここ、)

次に参拝について
これに関してはどこの神社でも二礼、二拍手、一礼でとのっているのでそのとおりでいいとおもいます。拍手を打つ際にちょっと右手をずらしてやると、ちょっとプロっぽくてかっこいいとおもいます。ええ、個人的見解なのですが、あとお賽銭入れる前と拝礼が終わったと、神様の前に立つときと前を去るときにも軽く一礼すると丁寧になるのではないか・・・とおもうのですが、(神社本庁HPにはかかれてませんが・・・)
これらに関して公式な作法は神社本庁のHPにも図つきで持っているので参考にどうぞ



お神酒をいただこうとおもいお神酒の看板に引かれてふらふら・・・でも先生!!巫女などいなくておっさんでした、残念!!
さて、おっさんの酌で酒をいただこうとしたら300円でお持ち帰りの枡にはいった酒もあるとかないとか、神社の銘入りということで、枡じゃなきゃただというに枡入りの方を買ってみました。(無駄金無駄金♪)

福男強奪対策

2004年12月21日 22時11分11秒 | 歴史やら神社やら
西宮神社福男強奪対策
まあなんというか・・・
全国の神社が抱えている問題かとおもわれますが・・・
でもこういう事件が明るみに出るだけでもよいのではないかと、
こういう事してとった福男やら初なんちゃらやらはご利益ないぞーって意味でですが、
神事とかにかかわることですから、堅気の人よりもそうじゃない人のほうが結構まじめだから行儀正しいとおもいます。(と、いうか堅気じゃない人たちは威圧感あるからそんなことする必要ないような・・・)ちなみにテキヤの人たちは結構怖かったですが、
熱田神宮も初熊手のために物凄い人が上知我麻神社に元旦押しかけるということもありつつ、使者が出るのがフツーな尾張大国魂神社の裸祭りなど人だかりのトラブルはこの世界ではつき物ですが、人為的に起こされるものに関してはどうしようもないです、今年もどこかで似たような事件が起こるんじゃないかとおもわれます、皆様、ご注意を、そしてモラルをまもりませう、

※この記事はちょっと神社の世界に足を突っ込みかけた人が書いた記事です。

白鷺城平成の大修理

2004年12月20日 01時18分40秒 | 歴史やら神社やら
姫路城平成の大修理
前回の大修理からかれこれ50年近く、平成の大修理ですか、
前回の大修理はプロジェクトXでも取り上げられていたほどの大修理でした、前回は昭和の巧みが多数、今回はそれから五十年、巧みと呼ばれる人がますますへっていますが、前回よりいろいろな記述は向上しているので前回と難しさはトントンではないかとおもわれます。
しかし修理費二千万円、どこから出るかわかりませんがまあ妥当じゃないかと、どうせかねつかうなら変なことではなくこういうところでパーと使ってほしいものだとおもっているのでよいのではないかとおもうのですが、反対する人はやっぱり反対なのかねえ

斎宮歴史博物館入館者100万人達成!!

2004年11月22日 20時42分15秒 | 歴史やら神社やら
入館者100万人達成 明和の斎宮歴史博物館

大変めでたいことです。
斎宮歴史博物館 といえばわが母校が深くかかわった博物館で、特に国史学科の先生方が深くかかわっていらっしゃいました。
正直こんな田舎の博物館よっぽどのマニアしかこないんじゃないのか?とかおもっていたのですが、15年と35日、思ったよりはやい達成だったように思います。

斎宮とはなんぞや、この辺りのサイトを見ていただければわかると思いますが、元来宮中で祭っていた天照大御神を伊勢に移したのでそれを天皇に代わってお祭りに行くもの、斎宮は未婚の皇女が任命されます。任期は天皇の代替わり、肉親の死去、本人の病気などで交代しますがとくにないとおもっていいかと、伊勢の多気郡に住み、神宮の三節祭(6.12月の月次祭・神嘗祭)の際に伊勢神宮参内し、両宮に大玉串をささげる奉仕を行う・・・(大祭における天皇の代理人、ともちょっと違い気もしますが、噛み砕くとこんな感じでしょうか?)(参考文献『神道事典』弘文堂、國學院大學日本文化研究所平成11年)
以上のように思っていただければ結構かと思います。(詳しく書くと長くなりすぎるのでサイトのほうをご覧ください)また多数の研究書がでていますので詳しく調べたい方はこちらのほうがよいかもしれません。

紀宮さま結婚内定

2004年11月14日 12時14分25秒 | 歴史やら神社やら
紀宮さま婚約内定、お相手は都職員の黒田慶樹さん

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
相手の名前を出してしまっていいんでしょうか?黒田さんやりにくくなりそうですけどねえ、マスコミも変な報道とかしないでほしいものです。

しかし親父さんが豊田の社員でなんで
>幼少時から天皇、皇后両陛下と面識があり、大学時代は、秋篠宮さまご夫妻が所属されていたサークル「自然文化研究会」に所属。特に秋篠宮さまと親しく、紀宮さまとは幼なじみのような間柄

なのかね・・・とおもったら

>宮内庁によると、黒田家では、父方の伯母が旧華族(子爵)の(税所さいしょ)家に嫁いでいるほか、父方の伯父の妻が、やはり旧華族(子爵)の秋月家の出身。

税所って島津の名族じゃん・・・旧華族の秋月家って・・・・('A`)

まあ結局私等とはかけ離れた世界でおこなわれてることですね

人身御供っていうかなんというか、皇室から人をさらってくるってのはなかなかできることじゃないですが・・・やりたくないなあ、やれないからいえるんですが、責任重いし・・しかし旦那も39、大丈夫なのかね、いや、男として・・・

尾張名古屋は城で持つ?

2004年11月05日 00時52分09秒 | 歴史やら神社やら
尾張名古屋は城で持つといいます。
が、実際は違います、尾張は城で持ちますが、名古屋の城では持ちません!
その言葉が通用したのは戦前です。
現在尾張で一番歴史ある城は犬山にあります。

犬山城は当時このいったいを治めていた織田広近が城の基礎を作り、その後織田信康が城郭を建築、これが四百五十年前、さらに織田信雄(信長次男)や松平忠吉(家康四男)などをへて、幕府開闢後、尾張藩主となった徳川義直の家老成瀬正成が城主となります。
成瀬家はその後尾張藩家老として幕末まで家は続きます。さて、ここまでならよくある大藩の家老の家の話ですがここからが違う、尾張藩が廃藩置県でなくなった後も、なんとこの成瀬家、城を所有し続けたのである。現在個人で城を持っているという例は世界でも稀なようで日本では唯一だそうです。個人所有の城、維持費やら何やらでかなり管理にお金をかけていそうな・・・成瀬家って明治以後はどうやって城の維持費を稼いできたんだろう・・・気になるところではあるが、
現在日本に国宝と呼ばれる戦災で焼け残った城は姫路城・松本城・彦根城などがあります。その辺りと方を並べて堂々と日本最高の名城を張れるしろだとおもいます。

さて、前置きはともかくとして三日デジカメを買い換えた記念に行ってきました。
なんというか雰囲気がいいです。
そして眺望も最高にいいです。白帝城と名乗るだけあってかなりすごくいいです
ただ、雰囲気よすぎてカップルもちょこちょこ・・・(つД`)
写真を撮りたいからというのがメインでいまいちのんびり出来ませんでしたがまたそのうちマッタリ眺望楽しむためだけにいきたいものです。(当日ほかにも生きたい場所があった)


犬山城より岐阜方面を望む

犬山城より一宮方面を望む

犬山城の窓から木曽川方面を望む


石垣


紅葉、紅葉の綺麗な時期に来ればもっと綺麗だったのかもしれませんね

場内の階段、めっちゃきつかった