Last Updated:April 1,2021
2010年3月30日、フランスのパリ控訴院(Cour d’appel de Paris)は1999年12月12日に発生した老朽タンカー「エリカ号(Erika)」の沈没とそれに伴うフランス史上最悪というブルターニュ海岸の重油汚染問題につき2008年1月16日に出された第一審のパリ大審裁判所(Tribunal de grande instance)刑事法廷の判決を支持し、エリカの依頼主である「トタル(Total.S.A.) (筆者注1)および老朽船(25年前に建造され腐食問題等があった)の航行性・安全性認定につき十分な検査義務懈怠につきイタリア国際船級認定協会会員会社リナ(RINA) (筆者注2)に各37万5,000ユーロ(約4,613万円)の過失・注意義務違反による「罰金刑」を言い渡した。
また、これら2社はフランスの複数の地方自治体や団体等に対する「損害賠償金」として各2億60万ユーロ(約250億円)の支払が命じられた。
さらに個人の責任に関しては、エリカ号の船主であるジュゼッペ・サバレーゼ氏(Guiseppe Savarese)と同船の技術・海運管理者であるアントニオ・ポララ氏(Antonio Pollara)に対し各7万5,000ユーロ(約9,450万円)の最高額の罰金刑が科された。
この裁判問題は、フランス・ドイツだけでなく米国のメディアやロースクール (筆者注3)も環境法裁判問題として大きく取り上げられている。しかし、わが国では一部のブログ等で紹介されているのみである。(今回のブログ原稿執筆中にも4月3日午後5時過ぎ、オーストラリアのグレート・ケッペル島から約70km東の浅瀬で中国最大の海運グループ所有(中远集团(Cosco Group)の石炭バルク船「深能一號(Shen Neng 1)」(筆者注4)が座礁したニュースが入ってきた。深能一號は1993年製造、全長230m、65,000トンの石炭と950トンの燃料重油を積んでおり、重油がすでに漏れ出しており、今後、船体が折れる恐れもありクイーンズランド州政府は連邦政府と対策を協議していると現地メディアが報じている)。
世界的に見てわが国の原油輸入量は最大規模である。今後のわが国の石油資本のチャーター責任等を問われうる問題として現時点での可能な限り正確な内容を紹介する。またエリカ号は日本が造船した船であり、わが国でも 老齢シングルハルタンカーの油流出事故を契機とした造船・保守・安全技術等から見たわが国の対応や、国際海事機関(International Maritime Organization: IMO)(筆者5)を中心とする課題の取組等が行われているが (筆者注6)、専門外の筆者はあくまで裁判の過程およびフランス環境法の海事事故罰則法等を中心に紹介する。
海に囲まれたわが国では1997年1月大しけの島根県沖において、C重油約19,000キロリッター(k/l)を積んで上海からペトロパブロフスクへ航行中のロシア船籍タンカー「ナホトカ号」(建造後26年経過)に破断事故が発生、沈没した事故の記憶も新しい。(筆者7)
なお、筆者は本文で述べるとおり今回の判決の根拠となる「環境法」の罰則規定とパリ控訴院の判決文との比較が必須と考えたが、現時点では判決分野や詳細な解説資料は入手できていない。(筆者注8)トタル等被告は今後フランスの最高裁に当たる破棄院(Cour de Cassation)(筆者注9)への上告の可能性につき判決内容に基づき慎重な見直しを行っており、裁判の経緯はなお環境裁判の先例として注目すべき問題といえる。
今回は、2回に分けて掲載する。
1.事実関係と裁判の経緯 (筆者注10)
1999年12月12日、トタルがチャーターした有害性の高い燃料(toxic fuel)C重油約3万トン以上を搭載したマルタ船籍タンカー「エリカ号」が荒天の中で2つに分断した。(筆者注11)
約2万トン以上の有害燃料がフランス西ブルターニュから30海里のガスコーニュ湾に流失し、約400キロメートル以上のフランスの海岸は継続的な汚染を被り15万羽以上の鳥が死んだ。
7年間にわたる調査に続き、13週にわたる裁判所の審理の後、2008年1月16日にパリ大審裁判所刑事法廷は最終的かつ海事法や海洋汚染環境問題で最も重要な影響を持つ判決を下した。(筆者注12)
2.海運事故の複雑性の背景
1980年代以降、メジャーズはより安価な搬送船隊をセールスし始めたが、石油の船舶での搬送体制はますます複雑化している。すなわち多くの会社が関わり以下述べるとおりエリカの最後の輸送旅で見られるとおり、責任関係も極めて不明確になってきているのが現実である。
①エリカ号の所有者はマルタのテヴェーレ・シッピング(Tevere Shipping)であるが、その主たる株主がジュゼッペ・サバレーゼ氏である(同氏はロンドン住で個人としてエリカ号の財務、管理、法律、商業、船体保険およびP&I保険につき責任をもつ立場であった)。
②船級証書の発行担当の船級認定会社は、イタリアのRINAであった
③エリカ号は日本で1975年製造された(他の同規模のタンカーより鉄鋼が10%少ないなど安価なことから非常に人気のある船であった)。
④エリカ号はマルタ国旗(マルタ国籍)を掲げていた。(筆者注13)
⑤期間契約傭船主(time charter)はセルモント・アームシップ(Selmont Armship)であった。
⑥トタルは、所有者のほか、船積会社、航海チャーター主、安全保障機関(vetting agency)という4つの法人格として活動していた。
原告は、フランスの州(province(地域圏))、環境保護協会、フランス沿岸地域、重油の撤去に多大な負担を負った関係機関、町等であった。
さらに驚いたことに、パリ大審裁判所刑事法廷は通常海運オイル流失等の補償機関である「国際油濁補償基金(IOPCF)」による補償を否定した。
3.裁判の経緯
(1)2005年11月、ダンケルク商業裁判所(Tribunal de Commerce de Dunkerque) (筆者注14)が指名した専門家グループによる司法調査(judicial inquiry)が完了した。
(2)2007年2月~6月、パリ大審裁判所刑事法廷 (筆者注15)で審理が行われた。
(3)2008年1月16日パリ大審裁判所刑事法廷判決が下りた。1月末にトタルや検事および数人が判決を不服として控訴した。1月16日、トタルの同判決の解説。
1月25日、トタルは(1)汚染の犠牲者に直ちにかつ取消不能な形で裁判所が定めた補償金を支払うこと,
(2) 海上輸送の安全性を向上させるという望ましい目標に反し、不当であると判断した裁判所の決定に対しては上訴する、旨公開した。
(4)2009年1月5日、パリ控訴院で控訴審理手続が開始された。
4.パリ控訴院判決を巡る法的論点
パリ控訴院判決が支持した2008年1月のパリ大審裁判所刑事法廷判決につき筆者の友人もいる国際的なロー・ファーム“HoganLovell LLP”の海事法専門の若手弁護士Christine Gateau氏の論文「裁判所は重油流失にかかる待ち焦がれた判決を下す(2008年4月30日 Court Issues Long-Awaited Decision on Oil Spill Liability)」が詳細な分析を行っており、本ブログでも全面的に引用した。類似のものがないだけに貴重な分析論文である(なお、ガトー弁護士の論文は登録(無料)しないと閲覧は出来ない)。
Christine Gateau氏
(1)フランス環境法の刑事責任の規定内容
後述する「MARPOL条約」は、船長(commanding officer)や船主(owner)等は海洋汚染を引き起こす原因となる行為を意図をもって行ったとき、または当該行為が炭化カーボン(Hydrocarbons)の流失原因に関し船に損傷を与えるであろうことの蓋然性を認識していたときのみ責任を問われると定める。
しかしながら、フランスの2010年4月3日最新改正統合版「環境法(Code de l'environnement)」(筆者注16)Article L218-10条 (筆者注17)はこのMARPOL条約に規定にかかわらず別の原則すなわちArticle L218-22条に基づく構成要件を異にした刑事罰を定める旨明記している。(筆者注18)
すなわち、同条(L218-22)は概要次のとおり定める(筆者が仮訳)。
第Ⅰ項「フランスおよびその他の船籍の船長等船舶や石油プラットフォームのコントロール責任者が刑事法典121-3条に定める条件のもとで軽率(imprudence)、過失(négligence)または法律・規則の不遵守(inobservation)を引き起こしたとき、および1969年「油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約」に定める領海、公海上で海難事故につき炭化カーボンの流失の回避等の措置を怠ったときは、現行規定に基づき罰することができる(Sans préjudice des peines prévues)。
当該違反行為が218-10条に言う船舶や石油プラットフォームにあたるときは、2年以下の拘禁刑および20万ユーロ(約2,500万円)以下の罰金刑を科す。」
第Ⅱ項「第1項に定める海事事故が、直接または間接的に法律や規則等に基づく特別な安全および慎重保持義務の明らかな意図的違反であり、環境に対する重大な被害を与えたとされるときは、次の各号の刑に処する。
第1号 船舶または石油プラットフォームが218-10条にあたるときは5年以下の拘禁刑および 50万ユーロ(約6,250万円)以下の罰金刑を科す。
第2号 船舶または石油プラットフォームが218-11条および218-12条にあたるときは、3年以下の拘禁刑および 30万ユーロ(約3,750万円)以下の罰金刑を科す。
第3号 船舶または機器が218-13条にあたるときは、6,000ユーロ(約75万円)以下の罰金刑を科す。
その違反行為が218-10、218-11および218-12にあたる船舶および石油プラットフォームにあたるときは、積荷の価値またはチャーター料(la valeur de la cargaison transportée ou du fret)の2倍相当額までを科すことができる。
第III項 本条第2項第1段落につき、以下の刑を併科できる。
第1号 違反行為が218-10条にあたる新造船により行われたときは、7年以下の拘禁刑および70万ユーロ(8,750万円)以下の罰金刑。
第2号 218-11条および218-12条にあたる船舶によるときは、5年以下の拘禁刑および50万ユーロ(6,250万円)以下の罰金刑。
上記罰金刑は、船舶の価値または積荷の価値またはチャーター料の3倍相当額までを科すことができる。
第IV項 本条第Ⅰ項、第Ⅱ項に定める罰則は、汚染原因を生じさせた船舶等の所有者、法律上の代表者(法人の場合、船舶および油プラットフォームの運行命令権を有する船長等)運航管理責任者に対し適用する。
第V項 現行規定により船舶の重大な安全性、および人命の危険ならびに環境汚染の回避のための投棄行為は罰することは出来ない。
なお、フランス環境法は船舶やプラットフォームの積載量等により罰則の内容を定めており、関係条文である同法第218-10条、218-11条、218-12条につき参考までに仮訳しておく。
第218-10条
第Ⅰ項 フランス船籍の船長は、「1973 年の船舶からの汚染の防止に関する国際条約」および「MARPOL 条約(MARPOL 73/78)」ならびにその後の改正内容に基づき次の区分に該当する船舶による汚染につき10年以下の拘禁刑および100万ユーロ(約1億2700万円)以下の罰金に処する。
第1号 タンカーで総トン数が150バレル以上のもの。
第2号 タンカー以外で船舶の燃料タンク容量の総トン数が500バレル以上のもの。
第II項 上記現行規定による罰則は. フランス籍のプラットフォームにつき責任を有するものがMARPOL 条約附則第9、第10に定める違反行為を行ったときに適用する。
第III項 第Ⅰ項の罰金刑は、船舶の価値または積荷の価値の4倍相当額までを科すことができる。
第218-11条
フランス船籍の船長は、218-10条にいう条約の基づきMARPOL 条約(MARPOL 73/78)」ならびにその後の改正内容に基づき次の区分に該当する船舶による汚染につき7年以下の拘禁刑および70万ユーロ(約8,890万円)以下の罰金に処する。
第1号 タンカーで総トン数が150バレル未満のもの。
第2号 タンカー以外で船舶の燃料タンク容量の総トン数が500バレル未満でかつ設置推進力が150キロワット以上のもの。
第218-12条
第218-11条にいう刑罰は、第218-10条に定めるMARPOL 条約(MARPOL 73/78)」附則第9、第10に定める海への投棄の違反行為を行ったすべての港湾用エンジン付船舶、曳航用または後押し用エンジン付大型はしけ(tous engins portuaires, chalands ou bateaux citernes fluviaux, qu'ils soient automoteurs , remorqués ou poussés)に適用する。
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(筆者注1) 「トタル」はフランスを代表する国際石油ガス企業。英語名はTotal S.A.で、「トタール」ともいう。2000年にフランスの国際石油企業Total Fina SAおよび同じくフランスの国営石油会社Elf Aquitaine SAが合併してTotalFinaElf SAとして設立された。2003年に社名をTotal S.A .に変更した。世界各地で石油・天然ガスの探鉱、生産、輸送、石油精製・販売、石油化学および発電の事業を行っている。2006年の売上高は約1,300億ユーロ(約16兆3,800億円)、従業員数は約9万5,000名、純利益は約120億ユーロ(約1兆5,100億円)、保有する石油・天然ガスの確認可採埋蔵量は約110億バレル(石油換算)である。
(筆者注2) 日本の国際船級認定機関である「ClassNK」は、世界の90か国以上の政府から、その国に船籍を置く船舶に対して、海上における人命の安全のための国際条約、満載喫水線に関する国際条約、船舶からの汚染の防止のための国際条約、あるいは船籍国の国内規則に基づき検査を行い、証書を発行する権限を与えられている。エリカ号も最初の船級認定協会はClassNKである。
今回の裁判の被告であるRINA (Registro Italiano Navale )も、ロイズ等と同様、国際船級認定機関である。
(筆者注3) エリカ号事件についてはピッツバーグ大学ロースクールの情報サイト“Jurist Paper Chase”が3月30日に報じている。そこでは、重油の流失事故に基づき厳しい罰(懲罰的損害賠償)を受けた事例として1989年3 月24 日エクソン・バルディーズ号がアラスカのプリンス・ウィリアム・サウンドで座礁して船体が亀裂し、41,600k/l の原油を流失した事故を取り上げている。
本海事裁判では、裁判所により物的損害賠償のほかに懲罰的損害賠償(懲罰的損害賠償は、主に英米法において用いられる制度であり、加害者の不法行為の非難性が特に強い場合に抑止・制裁の意味を込めて実際の損害補填としての賠償に上乗せされて課される賠償のことを指す)が科された。
この裁判について筆者なりに独自に調べたところ、元大東通商 安藤誠二氏が「連邦海事法に於ける懲罰的損害賠償金 Exxon Valdez 号事件連邦最高裁判決 Exxon Shipping Co. et al v. Baker et al (USSC No. 07-219, Decided June 25, 2008)」において下級審から連邦最高裁判決にいたる長期間の裁判判決の内容を逐一詳細にまとめている。
エクソン裁判についてはWikipediaでも詳しく解説されておりここでは省略するが、米国の懲罰的損害賠償制度についてはわが国でも最近、消費者庁「集団的消費者被害救済制度研究会」等の場で検討が行われており、おおもとの米国でもそのあり方を巡る一連の連邦最高裁判決や議論が高まっているといえる。
安藤論文に基づきエクソン裁判の争点を整理すると次のとおりとなる。
Phase I(Exxon 社とHazelwood 船長の無謀(recklessness) 認定と付帯する懲罰的損害賠償金の可否)、Phase II(漁業者とアラスカ原住民に対する填補損害賠償金の確定)、Phase III(懲罰的損害賠償額の決定)の3 段階に分かれた。
Phase I では、Hazelwood 船長の酒癖、事故当夜の行為、および酒癖治療の無効化につきアンカレジ地方裁判所の陪審は、Hazelwood 船長とExxon 社が共に無謀であり、そのため懲罰的損害賠償金の責任妥当性があると判断した。
Phase II で同陪審員は漁業者に対する填補損害賠償金を2 億8,700万ドル(約266億9000万円)と裁定した。
また、アラスカ原住民は2,250 万ドル(約20億9,200万円)の填補損害賠償金で和解した。
さらに、Phase III では、陪審はExxon 社に対して50億ドル(約4,650億円)、Hazelwood 船長に対して5 ,000ドル(約46万円)の懲罰的損害賠償金を評決した。これをエクソンが不服とし控訴しまさに地裁、連邦控訴裁、連邦最高裁を行き来するロングラン裁判が始まったのである。
なお、安藤論文は2008 年7 月23 日脱稿であることから連邦最高裁から差し戻された後の第9巡回区連邦控訴裁判所の判決については言及していない。
このため、筆者は2009年6月15日の同控訴裁判所の差し戻し判決内容につき補足しておくと、最終的に原告は請求権発生日からの利息約7,000万ドル(約65億1,000万円)を含む5億750万ドル(約472億円)を受け取ることとなった。
(筆者注4) 「深能一號」は中国最大の海運会社「中远集团総公司(Cosco Group:コスコ・グループ)」の所有船であり、詳細はWikipedia でも紹介されている。 IMOの船舶登録番号:9040871 1993年築 DWT(積載重量トン) 70181トン、 中国コスコ・グループ(COSCO グループ所有船)である。
なお、4月7日夕方、筆者は中远集团HPの船舶所有一覧で「深能一號」を探したがなぜか見当たらなかった。
(筆者注5) 国際海事機関(International Maritime Organization : IMO)については外務省のサイトで詳しく解説されている。
(筆者注6) わが国の資料としては、 平方 勝ほか 先進的構造研究プロジェクトレポート「 単船殻タンカー延命使用(CAS適用)に関連するIMOの動向」(「タンカーによる大規模油汚染の防止対策に関する研究」の中の「ダブルハルタンカーの構造の経年劣化に関する研究」の成果のひとつ)、「油流出に関する国際シンポジウム(石油連盟主催の国際会議):「タンカー事故:周辺国の蒙る被害と課題 - 経済的・技術的視点から -」2003年2月における川野 始「タンカー構造と船体の破損強度について」、岩瀬 嘉之「IMOバラストタンク塗装性能基準と当社(大日本塗装株式会社)の国内認証制度への対応」等を参照した。
(筆者注7) 1997年1月2日未明,大しけの日本海(島根県隠岐島沖)において、暖房用C重油約19,000k/lを積んで上海からペトロパブロフスクへ航行中のロシア船籍タンカー「ナホトカ号」(建造後26年経過)に破断事故が発生、船体は水深約2,500 mの海底に沈没し、積み荷の重油は、約6,240 k/lが海上に流出。また、海底に沈んだ船体の油タンクに残る重油約12,500 k/lの一部はその後も漏出を続けている。(福井県衛生環境研究センターサイトから引用)。
この被害に対する補償裁判について紹介しておく。1999年11月、地方公共団体、漁業関係者、観光業者などは、福井地方裁判所において「船主(プリスコ・トラフィック・リミテッド(ロシア)、「P&I 保険(船舶所有者または裸用船者が船舶の運航・使用または管理に伴って発生した法律上の賠償責任や費用を負担することによって被る損害に対して支払いする賠償責任保険。賠償金の額はその事故の大小にかかわらず、契約の際に取り決めた「事故てん補限度額」を限度とする。)会社」および「国際油濁補償基金(IOPCF)」を被告とする訴訟を開始した。同年12月、国(海上保安庁、防衛庁、国土交通省) および海上災害防止センターは、船主および船主責任保険組合:UKクラブ(UK P&I Club:英国)に対する請求訴訟を東京地方裁判所に提起した。
その結果、2002年8月30日、国および海上災害防止センターが、ナホトカ号の船舶所有者に対して油防除により生じた損害賠償の支払いを請求した訴訟は和解した。これを受けて、地方公共団体、電力会社、観光業者並びに漁業関係者などが、船主・P&I 保険会社および国際油濁補償基金に提起していた訴訟も和解に至った(国や地方自治体等の請求総額358億1,400万円に対し補償総額は261億2,700万円である)。(地球環境研究Vol.8(2006)「ナホトカ号重油流出事故における地方公共団体の補償請求の査定基準について」や国土交通省の公表資料から引用。
(筆者注8) 本文で述べるとおり、フランス環境法に定める罰則は罰金以外に拘禁刑もある。その意味で筆者はなぜ裁判所は個人責任があると判断したにもかかわらず拘禁刑を判示しなかったのかを判決文等で確認する必要があった。
(筆者注9) 破棄院はパリに1 庁設置されており、下級裁判所の判決に対する例外的不服申立てである破棄申立てを管轄する。
(筆者注10) 事実関係については裁判所の判決文が入手できていないため、トタル社公式サイトの情報、同、控訴時の対外向け文書(Understanding ERIKA Appeal )(海事に関する専門用語の解説も兼ねている)国際的な海事事故補償制度や原告団の構成など詳しい)の解説等で補強した。
(筆者注11) エリカ号の沈没時の詳しい模様(動画)はトタルの特別レポートサイトで見ることができる。Timelineの画面右のvideoをクリックする。
(筆者注12) 主要国に支部を置き世界的な規模で環境問題に取組んでいるNGO“Friends of the Earth”の英国支部は2000年2月、環境破壊の側面かエリカ号事件を取り上げ、英国政府への強力な働きかけの声明文で訴えている。今回のブログではその詳細な内容の紹介は略すが、環境破壊の現実を踏まえた詳細な分析を行っている。
(筆者注13)「 船舶の国籍と管轄権問題」については海事国際法専門の山尾徳雄「船舶の国籍と管轄権」が参考になる。
(筆者注14) フランス司法省の商業裁判所の解説を参照されたい。
(筆者注15) 大審裁判所(Tribunal de grande instance)は、各地に181庁設置されており、その管轄は次のとおりである。
(A) 訴額が1 万ユーロ(約127万円)を超える民事事件の個人や法人の第一審を一般的に管轄する。3人の裁判官(裁判長、副裁判長、判事)の合議による審理が原則だが、家族間の紛争や子供に関する裁判等は単独裁判官による審理も行われる。各県に少なくとも1 庁は設置されている。なお、特許侵害訴訟第一審は、パリ等の10 庁の大審裁判所のみで審理され、第二審も、第一審と対応する10庁の控訴院で審理される。
(B) 刑事事件については、法定刑として10年以下の拘禁刑または3,759ユーロ(約48万円)以下の罰金にかかる犯罪に係る刑事事件の第一審を管轄する。原則として、3 人の裁判官の合議による審理が行われる。大審裁判所の刑事部は、一般に軽罪裁判所(Tribunal correctionnel:Criminal Court)と呼ばれている。
(C)大審裁判所には予審判事(juge d'instruction)が配置されている。予審判事は、重罪に対しては義務的に、軽罪および違警罪に対しては任意的に予審を行う。予審においては、犯罪の証拠収集および犯罪者の特定を行い、罪名を決定し、事実審理を管轄する各裁判所に当該事件を送付するか否かの決定を行う。その他、予審対象者に対する勾留の決定、保釈の許否等の決定を行う。(http://www13.atwiki.jp/japan-lm/pages/119.htmlを参照した。ただし、正確性を確保するため、フランス法務省および電子政府サイトである“Service –Public.fr”および“Legifrance.gouv.fr”の該当条文にもとづき修正した) 。
(筆者注16) フランス環境法の前回改正は、2004年3月である。
(筆者注17) フランス環境法の構成につき簡単に説明しておく。原文は“Legifrance.gouv.fr ” で検索すると分かりやすい。
今回問題となる刑事罰とMARPOL条約との関係に関する条文は、同法第1巻第1編第8章第1節第2副節第1パラグラフ(Livre Ier :Titre Ier :Chapitre Ier:Section 1:)が「違法行為と刑罰」に関する諸規定である(L218-1からL218-24である)。
(筆者注18) 2003年作成された資料であるが、フランスの海洋汚染事故研究センター(cedre:Centre de documentation et d'experimentations sur les pollutions accidentelles des eaux)」の海事事故に係る立法と刑事罰など処罰の規定(英文) 資料は貴重な資料である。また、環境法の条文内容は現行(筆者注9参照)の規定内容である。
[参照URL]
https://www.foei.org/press_releases/archive-by-subject/forests-and-biodiversity-press/prestige-oil-tanker-sinking-today-make-oil-companies-liable-damage-says-friends-earth
(世界的NGOであるFriend of the Earthのエリカ号事件に係る環境破壊対策の英国政府への働きかけ声明文)
http://www.total.com/en/about-total/special-reports/erika/legal-proceedings-601454.html(トタルのHPにおける裁判の経緯解説)
https://www.total.com/media/news/press-releases/paris-court-appeal-judgment-sinking-erika
(3月30日のパリ控訴院判決を受けた解説:トタルのHPにおける裁判の経緯解説)
http://jurist.law.pitt.edu/paperchase/2010/03/france-appeals-upholds-oil-company.php(ピッツバーグ大学ロースクールのPaperchase:控訴院判決の解説)
http://www.internationallawoffice.com/Newsletters/Detail.aspx?g=ebb82b1d-afeb-4701-84af-762ef0191a4b&redir=1(弁護士Christine Gateau氏の判例評釈論文)
http://www.internationallawoffice.com/Newsletters/Detail.aspx?g=ebb82b1d-afeb-4701-84af-762ef0191a4b&redir=1 (フランス環境法第218-22条)
http://www.legifrance.gouv.fr/affichCodeArticle.do;jsessionid=D9E3E89971016C30919295E48ABBA962.tpdjo04v_1?idArticle=LEGIARTI000006832963&cidTexte=LEGITEXT000006074220&dateTexte=20080324(フランス環境法第142-2条)
https://www.imo.org/en/About/Conventions/Pages/International-Convention-for-the-Prevention-of-Pollution-from-Ships-(MARPOL).aspx (IMOの「MARPOL条約(MARPOL 73/78)」に関するサイト)
https://www.imo.org/en/About/Conventions/Pages/International-Convention-on-Civil-Liability-for-Bunker-Oil-Pollution-Damage-(BUNKER).aspx (バンカー(Bunker)条約の内容)
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