2・26事件のNHKアーカイブ 226事件肉声の衝撃 という番組がある。2・26事件は、昭和維新を目指す運動だが、尊皇討奸、尊皇斬奸を旗印にしている。特攻隊の映画で、菅原文太が、凄まじい形相で 君側の奸を排除すべし というようなことを言い自刃していた記憶がある。ヤクザの文太よりすごいと感じた。
アーカイブでは、反乱軍と説得に当った将校の、当時の生の電話のやりとりが紹介されている。
真崎首班内閣でないとダメなのか という会話がある。真崎は、皇道派のカリスマということだったのだろう。青年将校が問題とした、社会の底辺の悲惨を背景にしている。それは、彼らの幼なじみの妹が貧苦のため身売りする社会に対する憤りがあったと考えられている。
君側の奸というのは、天皇の腐敗した側近という意味であるが、実質的には、財閥に奉仕する官僚政治家という意味である。
ちなみに、ナチスが独裁を確立した後、ドイツで共産主義が下火になったのには理由がある。ナチスは富豪、典型的にはユダヤ富裕層の資産を没収している。社会主義者がやりたいことをしたため、社会主義は存在意義を失った面がある。
実際、ナチス経済も統制経済であり、国家のための企業という、今の中国のような状況だったと考えられる。
社会主義の歴史では、ポルポトに似ている。というより、ポルポトは、マルクス経済学に最も忠実な政治家だったと言うべきかもしれない。自由な経済活動を否定することが共通している。
ところが、天皇制は、国家の体制であり、経済の体制、まして、法則ではない。
明治維新が目指した経済を天皇制のもとに管轄するというのは、本来の天皇制の趣旨に沿わない。
もともと、自由な経済活動を否定することと、財閥優遇は違うことは確かであり、経済統制のために、自由経済を窒息させることは、小のために大を殺すことにほかならない。財閥制御は自由経済発展の為に必要と理解すべきことである。
明治維新は、自由な経済活動を政策の基本に据えたから、財閥の弊害が起きたのだが、昭和維新は、経済活動そのものを国家統制する動きと考えられる。間違った方向性である。では、軍の中枢にある有能かつ正義感に溢れた人がどうして、そういう考え方に取り憑かれたのか。
それは、明治以降の学問的伝統によるものと考えられる。つまり、マルクス主義、とりわけ、それに付随する階級支配国家觀。東京帝国大学経済学部の主流、もしくは、重要な派閥は、マルクス経済学。つまり、マルクス主義は、明治以降の官学なのだ。
自由経済は、天皇制の中身ではないが、貨幣経済は天皇制が推進したところがある。日本的な共同体は、始めから、貨幣経済と分かち難い存在だった。いわゆる公地公民制は、本来の天皇制とは異質性が多いし、制度そのものは、多分に外来的な、実質的には増税政策、貴族階級支配の移入と考えられる。
明治維新で目指された天皇制は、天皇主権国家であるので、皇道派が登場するのは理解できるところでもあるが、全体としての明治国家の方向性は、国民の自由な活力によって、社会を発展させようとしたものと考えられる。
それは、国民は天皇の子であり、国民をいつくしみ育てるのが天皇(アマテラス)の本来の姿という、古代からの共通認識の下に存在するのが、天皇制である。
天皇制が、マルクス主義的に歪曲されたのが、皇道派の理念と考えていいだろう。
それは、寛容と改善を至上命題とするイスラム教をマルクス主的に歪曲したのが、イスラム原理主義イデオロギーであることと似ている。
アーカイブでは、反乱軍と説得に当った将校の、当時の生の電話のやりとりが紹介されている。
真崎首班内閣でないとダメなのか という会話がある。真崎は、皇道派のカリスマということだったのだろう。青年将校が問題とした、社会の底辺の悲惨を背景にしている。それは、彼らの幼なじみの妹が貧苦のため身売りする社会に対する憤りがあったと考えられている。
君側の奸というのは、天皇の腐敗した側近という意味であるが、実質的には、財閥に奉仕する官僚政治家という意味である。
ちなみに、ナチスが独裁を確立した後、ドイツで共産主義が下火になったのには理由がある。ナチスは富豪、典型的にはユダヤ富裕層の資産を没収している。社会主義者がやりたいことをしたため、社会主義は存在意義を失った面がある。
実際、ナチス経済も統制経済であり、国家のための企業という、今の中国のような状況だったと考えられる。
社会主義の歴史では、ポルポトに似ている。というより、ポルポトは、マルクス経済学に最も忠実な政治家だったと言うべきかもしれない。自由な経済活動を否定することが共通している。
ところが、天皇制は、国家の体制であり、経済の体制、まして、法則ではない。
明治維新が目指した経済を天皇制のもとに管轄するというのは、本来の天皇制の趣旨に沿わない。
もともと、自由な経済活動を否定することと、財閥優遇は違うことは確かであり、経済統制のために、自由経済を窒息させることは、小のために大を殺すことにほかならない。財閥制御は自由経済発展の為に必要と理解すべきことである。
明治維新は、自由な経済活動を政策の基本に据えたから、財閥の弊害が起きたのだが、昭和維新は、経済活動そのものを国家統制する動きと考えられる。間違った方向性である。では、軍の中枢にある有能かつ正義感に溢れた人がどうして、そういう考え方に取り憑かれたのか。
それは、明治以降の学問的伝統によるものと考えられる。つまり、マルクス主義、とりわけ、それに付随する階級支配国家觀。東京帝国大学経済学部の主流、もしくは、重要な派閥は、マルクス経済学。つまり、マルクス主義は、明治以降の官学なのだ。
自由経済は、天皇制の中身ではないが、貨幣経済は天皇制が推進したところがある。日本的な共同体は、始めから、貨幣経済と分かち難い存在だった。いわゆる公地公民制は、本来の天皇制とは異質性が多いし、制度そのものは、多分に外来的な、実質的には増税政策、貴族階級支配の移入と考えられる。
明治維新で目指された天皇制は、天皇主権国家であるので、皇道派が登場するのは理解できるところでもあるが、全体としての明治国家の方向性は、国民の自由な活力によって、社会を発展させようとしたものと考えられる。
それは、国民は天皇の子であり、国民をいつくしみ育てるのが天皇(アマテラス)の本来の姿という、古代からの共通認識の下に存在するのが、天皇制である。
天皇制が、マルクス主義的に歪曲されたのが、皇道派の理念と考えていいだろう。
それは、寛容と改善を至上命題とするイスラム教をマルクス主的に歪曲したのが、イスラム原理主義イデオロギーであることと似ている。