不来庵書房 裏庭倉庫

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雑記・雑感も少々。

書評:日米開戦陸軍の誤算

2021-08-20 | 書評
ちょっとウォーゲーム方面で資料を漁っていて見つけた本。

三行要約
・日本陸軍は科学的・合理的判断から、インド洋方面へ陸海軍の全力を向けてイギリスの戦争経済に打撃を与え、脱落させるという戦略で第二次世界大戦に臨んだ。
・上記の、陸軍による科学的・合理的な戦略を連合艦隊(山本五十六ら)が真珠湾とガダルカナルでぶち壊した。
・陸軍に協力していた左翼的経済学者たちは自己保身からGHQのWGIPに乗じて、自分たちの提言を蒙昧な陸軍首脳(東條英機ら)が相手にしなかったと主張し、陸軍悪玉説を強化した。


冒頭からWGIPだのといったウヨク的な記述が出てきますので、人によっては序章で脱落しかねませんが(苦笑)、分析そのものには頷ける点があります。同様に、「大東亜戦争」という用語に少しでも反感を覚える人にはとても読みづらいと思いますが(かなり右っぽい自覚のある小生でも読み解くにはかなりの気力が必要だった)、一遍読んでおく価値はあると思います。
再読の価値は・・・・・・微妙。

要約:
・大東亜戦争は日本民族の自衛のための戦いであった。
・陸軍は科学的合理的判断から、対英米戦において負け難い戦略を構築していた。
・陸軍は陸軍省経理局・戦争経済研究班(主計課別班)を中心に、経済的側面から対英米戦を研究していた。
・企画院など、他の諸機関の分析では要素毎のデータしか着目せず(鉄鋼生産量他)、対米戦必敗を導き出していた。
 なおよく言われる「総力戦研究所の図上演習」は、総力戦研究所がむしろ陸海軍・各省庁の若手官僚への教育機関であることを考えると、教育・訓練目的のものであり、決して戦略立案を目的としたものではあり得ない。
・戦争経済研究班は秋丸次朗中佐を中心に、有沢広巳ら左翼的な経済学者にも協力を求め、広範な資料を収集しドイツ・英米・日本の「経済抗戦力」を総合的に導き出した。
・戦争経済研究班を中心とした日本陸軍の導き出した腹案は、日本の(ひいては枢軸国の)必勝戦略は東南アジアの資源地帯を抑えた上で、英米の海上輸送力に打撃を与えること。そして、英連邦植民地(インド、中東)に戦線を拡大して英本国の戦争経済に打撃を与えることでまず英国を脱落させることを目指した。
・初戦の段階で日本が優位に戦局を動かせる期間(約2年と見積もる)の間に東南アジア資源地帯を抑え、広域経済圏=大東亜共栄圏を構築することで、長期戦になっても容易に負け難い体制を整えられると考えた。
・独伊については独ソ戦が早期にドイツの勝利に終わらない場合極めて不利と見ていた。また、アフリカ・中東方面への作戦を強化するよう求めることで、日本側のインド・インド洋作戦と連携し、英本国の経済に重大な打撃を与えることを目指した。
・対米戦については伝統の漸減戦略(太平洋艦隊に対する迎撃を中心とする)で持久する、としていた。
・実際に、第一段作戦では上記方針に沿った作戦が遂行され、所期の作戦目標を達成した。
全てを連合艦隊(特に山本五十六)がぶち壊した。特に、真珠湾攻撃でアメリカの抗戦意思を挫くどころか最高潮にまで高めた結果アメリカの経済抗戦力は予想を上回るペースで上昇し、日本が優位に戦局を動かせる期間が1年以下にまで短くなった点と、ガダルカナル戦で最優秀のパイロットと多くの戦争資源を浪費しこれ以降積極的な攻勢作戦を取れなくなった点が決定的であり、ガダルカナル以降日本はインド洋方面で攻勢を取れなくなったことで敗戦不可避となった。
・有沢ら陸軍に協力した経済学者には多くの「進歩的な」学者が含まれており、陸軍に協力した事実を歪める方向で戦後に回想を発表し、陸軍が無謀な戦争へと暴走したというGHQのストーリーへと史実を歪曲した。
・戦後、有沢が保存していた資料や戦争経済研究班作成の資料が発見されたが、マスコミ(日経、NHK)は東條首相に無視された悲運の報告書という形で陸軍の科学性を否定する方向へと歪曲して報じた。

感想:
・「科学的、合理的」というが・・・・・・結果としての「想定される最大値」を、特にアメリカの経済抗戦力見積もり(特に船腹量見積もり)で決定的に誤っている時点で、戦争経済研究班による推論の過程にはかなりの錯誤が混じっていなかっただろうか。
・海軍の戦略決定過程についてはほぼ通説を踏襲しており、本書においては海軍の意思決定について全く等閑に付されている。
 尤も、海軍が艦隊決戦しか希求していないように見える描写は昭和30年代〜50年代に出版された各種戦記・回想録等にも頻出するところであり、海軍の高級将校が対米戦全体を大局観をもって見通したと思われる発言や記録は見出し難いのだが。
・史実では米軍が開戦後即座に開始した無制限潜水艦作戦に対する予測が全くない。あるいは、日本側の通商護衛に対する配慮が読み取れない。まあ、史実では日本陸軍上層部は南方から本土への資源輸送が途絶し始めた昭和19年、大陸打通作戦で東南アジアから大陸の鉄道路線を確保し、それを使って釜山まで鉄道輸送すれば解決!といった程度の見通ししかない組織ではあるのだが・・・・・・
・内容と意図はともかくとして、序盤と巻末に筆者の思想が赤裸々に綴られている部分がきつい。いわゆるウヨク的な人士以外にはまともな読者が得られないのではないか。

コメント
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