接骨院閑話 Ver.2024_01

「しれは迷ひしらねは迷ふ法の道
 なにかほとけの實になるらん」
至道無難禅師の句は健康にも通じるのです。

「ササヤカな闘病記」その後①

2024年02月19日 | 私見

「ササヤカな闘病記①~⑤」(2024/01/08~2024/02/05)
で説明したように、
私は平成15年(2003年)からの2年間で、
当時の体調不良(肉魚酒アレルギー)を自力で回復できた(完治)ぱかりか、
(自力とは生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)を少し見直しただけです。)
スッカリと忘れていた、
マタはトックに治ったと思っていた、
過去のケガや病気で治し損ねたモノも幾つか治せて、
今迄に体感した事がない程の良好な体調(絶好調)になれました。
(この時期は生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)を相当見直しました。)

この2年間の経験で私は、
生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しは、
それ自体が一つの治療法(回復法)である事や、
それも副作用のない安心安全で安価(実質0円)である事や、
病気予防や健康増進としても十分に通用する事を知りましたから、
平成17年(2005年)からは、
接骨院での治療(施術)の一環として、
生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを、
接骨院に来る全てのお客サンに提案するようになったのですが、
これがお客サンには余計なお世話だったようで、

それは、
「ササヤカな闘病記⑥総括」(2024/02/12)
でも述べたのですが、
カワイイところでは、
私が体調不良(肉魚酒アレルギー)を回復させて(完治)、
今迄に体感した事がない程の良好な体調(絶好調)になれた時に、
私の周囲の身近な人達が、
「どうやって治したの?」
みたいな事を聞いてくる人が多くいましたから、
私もイイ気になって、
「この人達が自分の健康(病気を含む)を考え直す参考になれば・・・」と思い、
私の経験を話した事があったのです。

ところが私の話しを聞いた人達は、
(→○○は私の心の声です。)

「今は良いかもしれないがそんな事を続けていたら病気になるゾ。」
→あなたは今が病気でしょ・・・。
 一時的かもしれないけど治った私の事を心配するよりも、
 自分の今の病気を治す事を考えた方がいいのでは・・・。
「万が一の事を考えて一度検査を受けなさい。」
→定期的に検査を受けていても病気になり、
 定期的に検査を受けて治療(施術)を続けていても、
 病気が治っていない事実をモッと考えた方がいいのでは・・・。
「その方法はタマタマあなたに合っていただけ。」
→あなたは自分に合った方法を見つけられたのですか?
「それが効いた理屈を説明しなさい。」
→それはマズ自分で考えて下さい。
 そして自分の病気が治らない理屈を私に教えて下さい。
 人の揚げ足をとる為に聞くのは止めて下さい。

「揚げ足を取る」とは
相手の言い間違いや言葉じりをとらえて、やり込めたり皮肉ったりすること。
相手のあげた足を取って倒すように、相手の失言や失敗につけ込むことから。
「ことわざ辞典 ONLINE.:揚げ足を取るとは」より
https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/232.php

「お医者サンはそんな事は言っていない。」
→それはお医者サンが知らないだけでしょ・・・。
「お前は変わり者だ。」
→毎日、元気に生活できるのなら、
 少しぐらい変わり者でも構いません。
 健康は多数決では決めるものではありません・・・。
「お前が言っている事は全く分からない。」
→少しは分かろうとして私の話しを聞きましたか?
 モッと素直に人の話しは聞くものですヨ。

このように私の話しを否定した人達は、
長く医療機関(代替療法を含む)に通院して、
長く治療(施術)を受けているにも係わらず、
それ以外にもテレピや本やネット等で知った事を、
自分なりに工夫して続けているにも係わらず、
セイゼイ一時の楽が得られるだけで、
体調不良(ケガや病気を含む)が治らないどころか、
人によっては新たな体調不良(ケガや病気を含む)が追加される一方で、
どれ一つとしてチッとも治っていないのです・・・が、
そんな事は全て棚に上げて、
実際に絶好調になった私の姿を素直に観ようともせず、
私のリアルな経験談(実話)を全て否定して、
絶好調な私に対して善意の助言をしてくれたのです。
(今では善意の助言を無視して良かったと思っています。)

次に少しカワイクないところでは、
私の接骨院に来るお客サンですが、
私が生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを提案するようになり、
暫くすると(僅か半年程で)約7割のお客サンが、
私の接骨院から消えてしまった事です。
多分、これは私の提案を聞く耳を持たないお客サンに対して、
私がシツコク生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを提案したのが、
ウットウしく思って(気に入らなくて)来なくなったのでしょう。

ところが話しはコレで終わりませんでした。
全然カワイクナイところでは、
残った約3割のお客サンの半数以上の人が、
私の接骨院に通院しているにも係わらず、
頑なに私の提案を拒み続けたり、
お義理程度に自分の得意な事やヤリ易い事だけを、
気分次第でヤッたりヤラなかったりする中途半端な人で、
私が提案した通りに、
生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを始めた人は、
両手の指で余裕で数えられる程の人しか残っていなかったのです。

ところがところが話しはコレでも終わりませんでした。
今度は私が提案した、
生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを始めた人が、
突如として症状をだす人が増えたのです。
この時の症状は、
今、治療(施術)中のモノの症状が増大したり、
全く思ってもいなかった部分に症状(特に痛み)がでたりしたのです。
この経過はお客サンにしてみれば、
「マタ悪くなった」「前よりも悪くなった」と思えるもので、
(そんな人の中には私もビビる程の強い症状をだす人もいました。)
このような状況に陥ったお客サンの、
私の感覚では7~8割程度の人が、
「辛かったから」「怖かったから」みたいな事を言って、
今迄続けていた生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを、
止めてしまうのでした。

こんな状況でも、
私が提案する生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを続けたお客サンは、
片手の指で余裕で数えられる程の人数しか残っていなかったのです。

このように接骨院に来るお客サンに翻弄されて、
四面楚歌の状況で私は、
「何かがオカシイ・・・」と思いました。
何がオカシイのかは分からないのですが、
私が自力で体調不良(肉魚酒アレルギー)を治した方法や、
その時に分かった健康(病気を含む)の考え方が、
接骨院に来るお客サンには全くといっていいほど通用しなかったからです。

「しめんそか【四面楚歌】」の解説
まわりすべてが、敵や反対者で、孤立した状態のこと。味方や賛同者がひとりもなく、周囲から非難を浴びるさま。
「goo辞書:しめんそか【四面楚歌】」より
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E5%9B%9B%E9%9D%A2%E6%A5%9A%E6%AD%8C/#jn-101084

そこで私は、
この時の「何かオカシイ」を解決する事が課題になり、
マズは今の健康問題がどのような状況なのかを調べる事にしたのです。

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5回目のブログ再開します

2024年01月01日 | 私見

今回から5回目のブログを始めます。

1回目のブログは、
見ず知らずのドコかの誰かサン数人から、
「素人のクセに無責任な事を書くな!
 私は今でも○○(病名)で辛い思いをしているんだ!」
みたいな怒り(八ツ当たり)のクレームにビックリして止めました。

2回目のブログは、
そんな怒り(八ツ当たり)のクレームを警戒して、
ソフトな言い回し(曖昧な表現)を心掛けて始めたのですが、
ブログを続けていくうちに、
私が何が言いたい(伝えたい)のかが分からなくなったので止めました。

3回目のブログは、
一番長く続いたのですが、
ところが私の接骨院に来るお客サンで、
このブログを読んだ数人の人が知ったか振り(雑学博士)サンになってしまい、
治療(施術)に支障をきたすようになったので止めました。
知ったか振り(雑学博士)サンの弊害については気が向いた時に説明します。

4回目のブログは、
何となく惰性(ヒマつぶし)で始めたのですが、
イザ始めてみますと、
今迄に分からなかった事や曖昧になっていた事が、
自分なりにですが次々と解決されていき、
気が付けば頭の中がスッキリと整理されていたのです。
これを例えますと、
幾つもの点が一本の線に繋がった感じです。
すると今回ブログに掲載した記事が何となく違和感で納得できなくなり、
一度、仕切り直すツモリで止めたのです。

ソモソモ作文の苦手(大嫌い)な私が、
こんなにもシツコクブログを始めたり止めたりを繰り返すのは、
私自身が平成15年(2003年)に、
体調不良(肉魚酒アレルギー)になったのを、
一切の医療サービスに頼る事なく、
全て自力(生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)を少し見直しただけ)で、
2年間で回復できた(完治)ばかりか、
今迄に体感した事がない程の良好な体調(絶好調)になれたからです。
(この時の経緯は次から説明します。)

当時の私の体調不良(肉魚酒アレルギー)は、
決して生きるか死ぬかの(緊急性が高い)大ケガや大病ではなかったのですが、
その程度の些細な体調不良(ケガや病気を含む)でも、
私の周囲の身近な人達や、
私の接骨院に来るお客サンは、
長く治療(施術)を続けているにも係わらず、
それ以外にも自分なりに工夫した何等かの事をヤッているにも係わらず、
セイゼイ一時的に症状が軽減消失する(身体が楽になる)事はあっても、
チットも治っていない人ばかりで、
そのうえこの人達の多くは、
大した症状ではないからなのでしょうか、
普段の生活にあまり支障がないからなのでしょうか、
体調不良(ケガや病気を含む)がチットも治らないのはあまり重視せず、
治す事を諦めている人が多くいる事が分かったのです。

「ちっとも【些とも】」の解説
1打消しの語を伴って、それを強める気持ちを表す。少しも。まったく。
 「—うまくない」「—気にしてない」
2物事の程度がわずかなさま。少しでも。
「goo辞書:ちっとも【些とも】」より
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E4%BA%9B%E3%81%A8%E3%82%82_%28%E3%81%A1%E3%81%A3%E3%81%A8%E3%82%82%29/

そんな人達を観て私は、

・些細な体調不良(ケガや病気を含む)が治せない人が、
 何れソコソコ無視できない体調不良(ケガや病気を含む)になった時に、
 はたして適切に治す事ができるのか?

・些細な体調不良(ケガや病気を含む)が治せない人が、
 病気予防や健康増進を考える事に問題はないのか?

・健診検査で些細な異常が見つかって治療(主に薬や理学療法)を始めた人が、
 健診検査の結果が良くなっても「万が一」みたいな事を言われて、
 治療(主に薬)が続くのは問題ないのか?

・体調不良(ケガや病気を含む)の回復も含めて、
 健康に関する手間暇費用がかかる(それも高コスト)のは問題ないのか?

等々、
実際には他にも細々とした疑問を持ったのです。

そんな私の疑問を解決する為に、
マタ私の周囲の人達や、
私の接骨院に来るお客サンが、
少しは自分の健康(病気を含む)を見直すキッカケになるのではと思い、
生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを提案するようになり、
その一環としてブログを始めたのです。

ところが私の気持ちは余計な御世話だったようで見事に裏切られました。
それは幾ら私が生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを提案しても、
殆どの人が聞く耳を持たなかった(受け入れられなかった)からです。

「聞(き)く耳(みみ)を持(も)たない」の解説
相手の発言を聞く気がない。
「goo辞書:聞く耳を持たない」より
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E8%81%9E%E3%81%8F%E8%80%B3%E3%82%92%E6%8C%81%E3%81%9F%E3%81%AA%E3%81%84/

そればかりか私の周囲の身近な人達では、
自分の体調不良(ケガや病気を含む)がチットも治っていないのは棚に上げて、
体調不良(肉魚酒アレルギー)が治り(完治)、
今迄に体感した事がない程の良好な体調(絶好調)になった、
私の経験や姿を否定して、
逆に絶好調な私に対して、
アレコレと善意の助言(説教を含む)をしてくれたり、
私の接骨院に来るお客サンでは、
私が幾ら生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを説明しても、
全く聞く耳を持たず、
そんなお客サンに対して私もシツコク説明し続けた事で、
気が付けば約7割のお客サンが、
私の接骨院から消えてしまったのです。

ところが話しはこれで終わりませんでした。
私の感覚では残った約3割のお客サンの半数以上の人が、
私の接骨院に来ているにも係わらず、
私が提案する生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを、
頑なに(マタはノラリクラリと)拒み続けたり、
お義理程度に自分の得意な事やヤリ易い事だけを、
気分次第でヤッたりヤラなかったりする中途半端な人ばかりで、
私が提案した通りに生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しを始めた人は、
両手の指で余裕で数えられる人しか残っていなかったのです。

ヤルヤラナイは別として、
体調が良くなった(絶好調になった)私の経験(提案)を、
ハナら聞こうとしなかった(否定した)人は、
私の接骨院に来た時は、
口では「治りたい」「良くなりたい」と言っているのですが、
それではこの人達はどのようにして体調不良(ケガや病気を含む)を治して、
病気予防や健康増進をしていくのでしょうか?・・・私には分かりません。

そんな事を思いながら、
私が接骨院に来るお客サンに、
生活習慣(「メシ」「フロ」「ネル」)の見直しの提案を始めて19年経ちました。
この間に私は、
私の周囲の身近な人達から、
マタ私の接骨院に来るお客サンから、
非常に多くの事を学ばせてもらいました。
そして今では私が19年間ヤッてきた事は正しかったと確信し、
今では、

普段の体調が良好なのは普通の事。
体調不良(ケガや病気を含む)になるのはその人の不注意。
一度ナッた体調不良(ケガや病気を含む)が回復しないのはその人の努力の結果。

と考えるに至ったのです。

そこで今回の5回目のブログ「接骨院閑話」では、
この19年間で私が学んだ(気付いた)イロイロな事を、
医学的な根拠は二の次三の次にして説明していきます。

それでは始めます。

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