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備忘録

そりゃメモ書きにきまってるさ

英作文

2014年03月22日 | Weblog
 次の文章を英訳せよ。

「人々は犯罪を不合理なまでに恐れる傾向があるとしばしば言われる。高齢者、特に貧しい地

域に住んでいる高齢者は、強盗に襲われる可能性は低いのに、襲われはしないかと心配する。

若者のほうが高齢者より暴行の被害者になる確率はずっと高いのである。しかしながら、これ

は犯罪を恐れる人々は危険な事態を避けるために、暗くなってからは外出しないなど、その行

動を変えるという事実を無視している。そこで、犯罪の被害者となる危険率は実際より低いと

思われる。」

 ・・・・・・・・・・・


 いかが?
 英語になりまして?




 実は、

 これは大阪大学の入試問題で、しかも英文和訳問題として出題されたものだ。
 もとが英語だけに比較的「英語らしい英語」にしやすいはずだ。(ついでに言えば、あまり

こなれていない翻訳のほうが、さらにやりやすいだろう)
 もとが日本語の文章で英訳せよという出題にはかねてより執拗に強い疑問があった。ただ英

語に置き換えただけでは英文にならんだろう。それは英文を日本語に置き換えただけでは日本

語にならないのと同じだ。(ついでに新聞で見るセンターテストにも一貫して疑問がある)
 同様にして、もとが日本語のものを英語にして、これを和訳せよ、なら、まだしも自然な日

本語になりやすいであろう。
 生活習慣やものの感じ方や考え方のレベルまで英語世界と共通する部分が増えているから数

十年前と違ってこういうことはずいぶんやりやすくなっているはずだ。
 が、21世紀の大学は、いまだに明治時代とあまり変わらないことをやっている。
 入り口から変えていかないことには、ますます時代に取り残されていってしまうことだろう


 ま、私の知ったことではないが。

転生

2014年03月22日 | Weblog
 やはり、この世での出来事、人との出会いなどなどは、いかに偶然を装っていようとも事前

に、前世にてありしことどもの引き続きにて、(おっと、古典を読んでいたせいかすぐに影響

が出て・・・)ありたり。
 ゆえに、だれそれの生まれ変わりだ、などと言うような輩が出てくるのも不思議ではないが

、話はそれほど単純ではない。
 例えば、そういうことを知りたくて遺伝子やゲノムやらを調べる。
 そういうところまで科学は進んできた。
 しかし、そもそもの始まりは、何の生まれ変わりかが知りたいということである。
 それくらい本当のところはわかりにくい。
 加えて、現世においても前世同様にもろもろの事情が変転していく。
 殺されるにしても事故にあうにしても、つながっているのは確かなんだが、それを不運と呼

ぶにしても、つながりがすべて解明されたならお定まりの通りと言えるかもしれない。
 とはいえ、やはり、どのように決まっていたということは断言しにくい。
 なんせ、ゲノムだのなんだのと先天的に決定されていると思い込んでいたものが、ちょっと

したことで変更されてしまうということが分かってきたらしいからである。
 ま、これもそんなおおげさなことではない。
 赤ちゃんから爺婆までざらりと眺めていれば容易に分かりそうなもんである。
 妙なところに一本毛が生えてきたり、癌になったり、欝になったりする。
 ずっと同じというわけにはいかないだろうくらいのことは推測可能だろうが、心情的には受

け入れにくいのかも知れぬ。
 もろもろの関係性やらなにやら一切を含めて転生であることくらいは確かだが、何がどう転

生して、今生でどう変化するのかまではほとんど人知の及ぶところではない。
 保守とも言うが、あまり好き勝手に弄繰り回さないことが肝心であろう。
 それを神様だの、権現さまだのと言ってきたが、今ならさしずめ環境問題なんだろう。

最後のページ

2014年03月22日 | Weblog
 人生は一冊のミステリー文庫本のようなものである。
 早く最後のページをめくってみたい。
 しかし、それは辛抱・我慢だ。
 ついでに、
 途中がいつもわくわくしながら読めるとは限らない。
 それどころか、
 とんでもないページにぶち当たるかもしれない。
 ホラーあり、ファンタジーあり、・・・
 反対に、
 すいすい読めるかもしれない。
 しかし、
 次の1ページに何が書いてあるかはページをめくってみなくては分からない。
 ああ、はがゆい、もどかしい。
 おまけに、なんと、最後のページがどこかも分からないのだ・・・。
 結末は文字通り分からない。
 途中だと思ってもそこが最後の1ページかもしれない。
 それは、あまりに
 唐突に終わる物語。
 でも、手にした感じで半分くらいはいったかなとか3分の2くらいいったかなとか、残りは

4分の1くらいかなと当て推量がやりたくはなる。
 しかし、読んでいるうちには必ずおしまいになる。
 その意味では安心だ。
 でも終わりが見えないのはサスペンスだ。
 どこが最後かはわからないけど、
 貧乏性のせいか、付き合い始めたらしまいまで読む。
 慌ててしまいまで読むには及ばない。
 途中を存分に楽しめればよい。
 1冊の文庫本。

 ま、毎回、そういうふうにして最後のページを迎えるのであった。

 (でもまだ読み足りぬ)

電車男より山歩き男が

2014年03月22日 | Weblog
 里山を歩くのにはもってこいの天候になった。
 無風・日差し、視界ともによし。
 三床の北、金原山のさらに北に外山、六連峰(勝手に命名)がある。
 天気に誘われて出向く。
 10時頃から歩き始める。
 
 山の手入れは下草や蔓の刈り取りから始まる。
 全部やろうと思えば相当の人数が必要である。
 渋谷にも横浜にもごろごろと地べたに尻餅をついている若い衆がいて、数には事欠かない。
 定年後の老人で体力をもてあましているのやホームレスと称して何もしていないのが、まだ

ごまんといる。
 これらを国権をもって徴収し、もちろん、国権担当者もこぞって参加して里山の整備をやら

せてはどうか。
 
 枝が目を打ったり倒木に躓くということも少なくなってずいぶんと歩きやすくなるに違いな

い。
 手入れをしてやれば、山が美しくもなり、野生動物のえさも確保できるのでふもとの里人に

かかる迷惑も減る。
 くわえて、山菜やきのこが手に入る。
 川も浄化され海にまで良い影響が出る。
 根が張れば、土石流災害も減らせる。

 山を見れば、採石場にしか見えない、「業者」と呼ばれる人々がいる。
 「業者」「業界」はいたるところに氾濫している。
 これらの人々もまとめて里山整備に参加させる。
 見方が変わるかもしれない。
 
 言葉であれこれ言うよりまずは歩かせてみることからはじめるしかない。
 それには強制が伴う。
 金日成のような無理強いまでは必要ないかもしれないが、それに近い「活」を入れなくては

ならないだろう。
 
 足腰が痛いだの太りすぎだの糖尿だの・・・四の五の言うのは全部治る。
 良い面を力説して参加を促すというのも便法であろう。

 電車男なんか読んでいないで山歩き男の魅力をアピールするのもよい。
 足の使えぬ電車の男より上り下りをはじめ足腰のしっかりした山歩き男のほうが断然使える


 指先ばかり鍛えて目の弱った電車男より五感も腕っ節も確かな山歩き男のほうが格段に魅力

的である。

 素敵な男性がみんな山に行ってしまえば、女もそれにおのずとついてくる。

 ついでに、
 国権をもって減反政策改め増反政策への転換を行う。
 田畑は子供と同じで放っておいても育つがまめに手入れが必要である。
 これは少子化への歯止めにもなる。
 
 金と時間の呪縛から覚醒させるには、おそらくこの一手しかあるまい。

 理論とその解釈ばかりで実行(実効)を伴わない無駄口、減らず口、愚痴、などなどはやめ

させて、男も女も体を張った生活をさせるに限る。
 マスコミも口コミも宣伝も振り込め詐欺も全部無用である。
 山を相手に騙しは効かぬ。

 歩きながら頭を働かせると、こういう方向へ考えが向かっていく。

ID foreign-mysteries

2014年03月22日 | Weblog
主として海外ミステリーの読書録を書いています。

基本的に娯楽のための読書なので読んで自分が楽しめればそれでよいと考えています。

しかし、読むはしから話を全部忘れてしまうというのも少しむなしいし、読むことによって得

られた楽しさを他の方とも分かち合えたならさらに楽しみが増すかもしれないと思い、覚書程

度のことを書くことにしたというわけです。

ここで私の読んだものは、これからも基本的にブックオフの100円文庫です。