(あら、あんたって・・・)
(こういう話、興味あったの?)
(あはははは!)
中年女性は、私の心の動きを見事に捉えた。
そうなのだ。
私はこの中年女性を誇大妄想狂とみなす反面、
もしかしたら、
ずっと私が知りたかったことの、
重要な生き証人なのかもしれないと感じてしまっていた。
ほんの少しだけだが。
(いいわ、教えてあげる)
(ここで話すと長くなるから・・・)
(あんたが夢の中で見れるようにしとくわ)
(起きてからじっくり思い出しなさい)
私は夢をほとんど見ない。
いや、寝るたびに絶対に夢は見てるはずだが、
目覚めてから夢の内容を覚えていることは少ない。
しかし、
夢と関係があるのかどうかは不明なのだが、
私は、意識がある時間帯に、
ふっ、とほんのなにげない一瞬に、
何かの情報の大きな広がりがイメージとして浮かぶ、
そんな経験をよくすることがある。
中年女性から夢の中で情報を受け取ったならば、
おそらく、
日常を暮らしながら、何週間かかけて、
広がりをもったインスピレーションとして、
それらの情報を思い浮かべることになるだろう。
(200人以上で、8年がかりで・・・)
(破局を食い止めたわ)
(でも、最後に大きな難関があって・・・)
(仲間のほとんどは、死ぬか廃人になってしまった)
(無事に生き残ったのはたった一割だけ)
この中年女性が脳出血で倒れたのは2001年のことだ。
私がこの女性に会ったのは、その数年後にあたる。
(違う、私は生き残り組だった)
(私がやられたのは、その後の別件だから)
(あの争いでは、私は五体満足で生き残った)
私はとっさに仮説を構築してしまった。
思考というよりは直感に近い。
1980年代の終わりから1990年代中頃までの8年間、
多くの人たちが知りえた数々の出来事の裏側で、
異能者たちの間で、壮絶な戦争があったのではないか?
これまで人類が築いてきた現代文明を、
このまま存続させるか、破壊してリセットさせるか、
どちらの道を進むのかをめぐって、
命を削るような争いがあったのではないだろうか?
そして、
その戦いの結果、存続させようとする側が勝利し、
日本が、そして世界が、
壊滅的破局を迎えることなく済んだのではないか?
日本における、
存続させようと守る側は当時200人以上いて、
彼らは、自分たちの命や暮らしや人生と引き換えに、
数え切れないほど多くの人たちの、
命や暮らしや人生を死守したのではないか?
誰に感謝されることもなく、
誰に評価されることもなく、
歴史の闇に埋もれ、何の栄光も名誉もなく、
ひっそりと消えていったのではないか?
この中年女性は、
自分は五体満足で生き残った少数派で、
その後、別件で倒されたといった。
おそらく、
2001年9月以降の世界の流れを決める争いがあって、
この女性は、
それに敗れてしまったのかもしれない。
(あんた、いい線いってるわよ)
(あんたも私みたいにならないようにね)
(まあ、せいぜい頑張りなさい)
私はこの日の訪問で、
夫さんに勧められるままに、
コーヒーを五杯くらいは飲んでしまった。
夫さんのみならず、
インコや熱帯魚にも別れのあいさつをして、
私はそそくさとその家を出た。
この怪しげな中年女性が、
あとどれくらいこの生き地獄の状態で生きるのか、
私にはわからないし、
決して知りたいとも思わない。