2025年3月30日、坂本城に登ってきました。
こんなトコ。
史跡に行くのに困ったら、京都か滋賀か奈良に行け、と言われております。まあ、言ってるのは私だけなんですけどね。
京都市内は変に混んでそうですので、坂本城に行くことにしました。2回目ですかね。
大阪からはJRで京都を越して、膳所駅で下車。あ、ぜぜと読むのですよ。
お隣の駅は石山駅。石山寺で紫式部が源氏物語を書いたとか何とか。
京阪電車に乗換えるのですが、その途中……
2024年本屋大賞の「成瀬は天下を取りにいく」は大津市押しなんですよ。
いや大津市が「成瀬は天下を取りに行く」を推しているのかな。
私も読んでみようかな。
隣接した京阪膳所駅から京阪電車に乗ります。
京阪石山坂本線はほぼチンチン電車なんです、私好み。
約20分揺られて三井寺、大津京、近江神宮を越して、松ノ馬場駅で降りました。
穴太駅と終点坂本比叡山口の間に挟まれています。
回りは歴史の宝庫ですね。
15分弱も歩くと、
琵琶湖に突き当たります(*´▽`*)今日も青いです。
鴨ちゃんも琵琶湖水軍の船たちも楽しそう、ちょっと肌寒いですが。
城址に向かって歩くと明智塚がありました。
光秀の刀の郷義弘を埋め、更に一族の墓でもあると言われております。
せっかくですからお参りしましょう。
確かに塚がありました。
明智さん一族さん、安らかに。
そこから数分、南下しますとキーエンスさんの設備らしき建物があります。
ただしキーエンスさんの社名が外されているんですよ、最近手放したのかな?
読みにくいのですが、坂本城本丸跡と書かれています。この碑の後ろがキーエンスさん所持の建物。
研修施設か余暇用設備か分かりませんが。
更に南下。この看板の下のあぜ道を曲がりましょう。なぜって……
両側は田畑、落ちない様にしましょう。
このルート、見落としがちですので気をつけて。
坂本城址、湖中に残る石垣見学ルートです、行きましょう。
真っすぐ行けばすぐ湖、左の坂本城址に進みます。
あ~湖の水かさが高いです、今日は石垣は見れませんね~残念。
湖面が低いと石垣が現れるのです。
3年前に一度だけ見れた石垣がこちら。
ほんのちょっだけ頭を見せています。
もっと詳しい写真のニュースサイトがありました。
戻って城址公園に向かいます。
桔梗が地面に記してありました、ここを曲がりますと、
坂本城址に入りましょうか。
こんな感じの公園です。
よく整備されていますが、城の痕跡はほぼありません。
お、かつての坂本城がCGで再現されています。
湖から見た坂本城。
陸から見た坂本城。
渋い感じの坂本城(再現CGですが)。
このショットは素晴らしいと思っちゃうのです。
かつての坂本城の縄張り図。三ノ丸付近で宅地造成中に新たな石垣が見つかったんだとか。
ちょっぴり上図の縄張りが小さくなりそう(´・ω・`)
明智光秀像ですが、金柑頭かどうか分かりませんし、短足気味で可哀想……とか書いたら叱られるかしら。
この短歌のエピソードは国盗り物語に出ていました。
枯れてしまった唐崎の松を再現しようとして、浅井、朝倉の兵に攻撃される光秀を信長が妙に感心しちゃうってお話です。
我ならで 誰かは植えむ 一つ松 心して吹け 志賀の浦風
風流人な光秀さんなのです、良い歌だなあ。唐崎神社も寄って来れば良かったです。
湖岸を覗いてみましょう。
最近よく見る鴨ちゃんです。暖かくなって彼らも元気です。
振り返りますが城址は他には見当たらないのです。
明智光秀の遺徳を偲んで、桔梗の花を植えたそうなんです。
何気に慕われている明智光秀さん、私も結構彼が好き。
橋があるのですが、渡ると公園の端に行くだけなんです。
お昼を回りました。そろそろ次に行きますか。
帰り道で見掛けた城址の石碑と説明版。ここは大分陸地側にあるのですよ。
大津花火、周遊船ミシガン号、琵琶湖大橋を描いたマンホールですが、坂本城はありません。
JR比叡山坂本駅を目指していると、公園が出て来ました。
何と背後の比叡山延暦寺を建てた伝教大師最澄さんの像。
石積みと枝垂れ桜。もうちょっとで満開ですね。
穴太衆の積んだ石垣の庭ですよ。
その名も坂本石積みの郷公園。
あ、時間です、駅に行かなくっちゃ。
駅前でしたので、すぐに比叡山坂本駅に着きました。
今度は京都市の南部を目指します、どうか空いています様に、でわ。
あれ?
馬♡琴さん、長浜城かどこか、水位が下がった時に攻められてましたよね?
穴太積み、発祥の地、、ですよね
城郭が残ってないのが残念です。
幸運な方はYAHOOニュースの通り、素晴らしい湖中の石垣をご覧になっているでしょう。
ただし怖い話がありまして、公園に説明係のおじ様がおいででして、湖の水位が下がると、地震が来ることが多いのだそうです!!
宅地造成の石垣が明らかになると、見れるものが増えそうです。