テヘランからトルコとの国境に向かうバスが発着するバスターミナル、テルミナール・ガルフはいやに賑やかだった。ただ賑やかなだけなら、中国やインドの鉄道駅やバスターミナルもそれに劣らないものがあったが、夜行バスを待ち、トルコに向かうというシュチュエーションがいやに気持ちを昂ぶらせていた。
ターミナルのベンチに腰を下ろし、発車時間を待つ。バスターミナルの客引きたちはイランや周辺国の地名を威勢よく連呼しながら、客を集めようとターミナル内を歩き回っている。そんな光景を眺めていると時間はあっという間に流れているいく。
前日にチケットを買った、背は低いがでっぷりと太り突き出た腹と豊かな口ひげを持ついかにも人のよさそうなバス会社の人間がニコニコしながら手招きで私を呼ぶ。今回もボルボのDXバス、快適な移動だ。
テヘランからトルコに向かうバスは夜8時に出発した。暗くなった街には暖かい色の街灯が煌々と照っている。
早朝にトルコとの国境の町、マークーに着くとそのまま一気に国境へ向かった。テヘランに比べると気温は急激に下がった。冬用のナイロンジャケットをバックパックから取り出す。吐き出す息は白い。二度目の冬はもう目の前だ。
国境審査はイミグレもカスタムあっけなく終わった。トルコ側に出るとアララット山が大きく見える。10月30日早朝、12カ国目トルコに到着した。
イラン、トルコ国境、トルコ側で。
雲がかかってしまっているが写真右上に見えるのがアララット山。
左に見えるのはトルコ共和国建国の父、ケマル・アタチュルクの像。
同じく国境から、イラン方面を望む。
トルコはラテン文字を使用する国家。久々にまともに文字を読める国に来た気がする。
国境からドルムシュと呼ばれるミニバスに乗り、トルコ最初の町、ドウバヤズッドに向かう。前日の移動はあまり眠ることもできず、バスが出発すると同時に眠ってしまった。目覚めたと同時にバスは到着。少し寝ぼけたままドウバヤズッドの町に降り立つと、イランに比べて何だか街の雰囲気が一気に変わった印象を受けた。変わったというよりもまったく違ったものになった気がする。
到着した翌日。すっきり晴れてアララット山がきれいに見えた。
富士山に似た外見でそんなに高く見えないが5137mある。
ちなみにここは旧約聖書にでてくるノアの箱舟が漂着したとされる山でもある。
中心部から少し離れたところにある学校で。
アララット山は少し開けたところに行けば見える。
何が変わったのだろう。イランと比べてそこまで劇的な文化の違いを感じる国ではない。ゆるいとはいえ相変わらず住民の大半はイスラム教徒だし、顔つきもイラン同様半端なく濃い人たちばかり。確かに女性は黒ではなく、柄のついた色のあるスカーフをかぶっているし、イランでは外車といえばプジョーばかりだったのが、欧米各社の車が走っているからだいぶ印象は違う。でも、そういう表面的なことではなく、目に見えないもっと気分的なことだ。区分的にはまだまだここはアジアなのかもしれないが、自分が持っているトルコがヨーロッパの入り口という感覚は人や町に対する印象や旅の仕方を変えているかもしれない。 長いアジアの旅を終え、今、冬のヨーロッパへと入ろうとしている。でも、やっぱり少し遅かったかな…。
ドウバヤズッドの街角で。
ドウバヤズットの少女。
ドウバヤズットのバザールで。
トルコの小学校の制服。
最初の町、ドウバヤズットは不思議と居心地のいいところだった。町自体は半日もあれば十分な程度の広さで、名所と呼べるところは付近にあるイサク・パシャ宮殿ぐらいだがここには3泊滞在した。物価が高いと聞いていたトルコにしては(それでも最初はイラン、発展途上国との物価の差に戸惑ったが…)まだいいかなと思える範囲の物価だった。そして、ここではその値段に対して食事のクオリティがとても高かった。久しく食事の楽しみなど忘れていた気もするが、一説によれば世界3大料理の一つに数えられるトルコ料理は自分の舌にはとてもよくあった。ロカンタと呼ばれる大衆食堂では出来合いの料理がいくつか見せの中に並べられていて、ドウバヤズットではそれが一皿3リラ(約240円)で食べることができる。基本的にオリーブオイルが使われおり、米を炊く際にもオイルが使われているようで、こってりしたご飯は少々しつこいけど香ばしくておいしい。大半の料理がトマトベースの味付けだが、種類は豊富で手の入った料理は選ぶ楽しみも食べる楽しみもあった。それに加えて、このドウバヤズッドのロカンタでは無料のサラダとチャイ、それに食べ放題のパンがつく。地球の歩き方には「世界一おいしいパンといっても過言ではない」と書かれているエキメッキ。最初、その文章を見たとき「そんなおおげさな」と思ったが、実際に食べてみるとそれもまんざらではない。見た目はいわゆるフランスパンを太らせた形で外はかりっと中はもちもちしている。朝昼晩と食べる安くてうまいエキメッキはトルコでの主食になりそうだ。
イサク・パシャ宮殿。
イサク・パシャ宮殿付近から見るドウバヤズット。
イスタンブールまで1535km。
トラブゾンにはバスで向かった。トルコで感じた最初の物価の壁がこの移動だったかもしれない。前日チケットを買いに行くと40リラ(約3200円)といわれた。もちろんそれぐらいの料金は覚悟していたのだが、面と向かってそういわれるとなんだかショックにも似た感覚に襲われ本当にクラクラしてきた。そして、どちらにしてもここから動くためには買わなくてはいけないのに、少し交渉しただけで買わずに帰ってしまった。それぐらい自分にとっては衝撃的な料金だった。半日移動で、たった7、8時間の移動で3200円だなんて!!イランと比べてしまうと天文学的な値段に感じてしまう。でも仕方なく翌日、再度交渉し5リラのディスカウントでトラブゾン行きのバスに乗ることにした。トルコのバス事情はその高さにしょうがないと思わせるほど発達している。車体は大抵メルセデスやMANなど欧州メーカー新しいDXバスだ。座席もゆったりしていて乗り心地は最高。車内サービスもあって水やコーヒー、お菓子などが配られるし、休憩後も含めて発車するときは車掌がコロンヤと呼ばれる香水を乗客の一人ひとりにふるまう。けど、そんなサービスするならその分を安くしてくれとほしい…。
宿近くの路地で。
トラブゾンには夜、到着した。標高が高く、寒かったドウバヤズットに比べると黒海に面するトラブゾンは生暖かさを感じた。安宿街に行き、何軒かあたってみるが、どこも今までに比べれば高く、1泊15リラもする。こう高いといつものように長居しようという気はしぼんでしまう。
宿代は高くなったけど、翌日はいつものように当てもなく散歩してみた。トラブゾンの街は都会だった。近代的な高層ビルなどが林立しているわけではないが、中心部の歩行者専用道路には人があふれ、おしゃれをしている人ばかりだ。自分の格好がひどくみすぼらしく思えてくる。そして、ここには顔も髪もあらわにして化粧をしている女性の姿があった。イスラム教徒であるトルコ人女性ではそういった格好をしている人たちは少数派かもしれないが、一部の若い女の子、それにここは地理的にロシア系の女性が多いだけにそういった人たちが目立つ。こういうのをイスラム後遺症というのだろうか、しばらくおんなっ気のおの字もない地域が続いたからこの光景はまぶしかった。正視できない自分がいて、なんだかおかしい。華やかな街は面白い、でも華やか過ぎて少しさびしくもある。
トラブゾンの繁華街で。
トラブゾンの路地裏。
海を見たのも久しぶりだった。数えてみれば去年のタイ、パンガン島以来、およそ1年1ヶ月ぶりの海だった。横浜生まれで、学生時代は船上でバイトをしていた私にとって海はとても身近な存在だ。海を見ない日がこんなに続くのは生まれて初めてのことだった。だから、トルコに来る前からずっと海が見たいみたいと思い続けていた。
街を散歩しつつ、海岸線に向かって歩いていく。近づいていくにつれ段々と波音と海風が強く響き、流れてくる。さわやかな潮風ではなく、少し鼻につく潮の臭い、やっぱりたまらなく懐かしいものだった。その臭いに誘われて、海水を舐めてみるが黒海の海水はあまりしょっぱくなかった。黒海という名前だからといって別に海の色が黒いわけではない。とはいえ、一般的な海の色がどんな色をしていたのか今となってはよく覚えていない。黒いといわれれば黒い気がしないでもない、そんな黒海を眺めたり、海岸を歩いたり、手に触ってみたりする。
黒海で釣りをする。
黒いかね、黒海。。。いやきっと黒くない。
海を後にして、散歩を続けると市場にたどりついた。都会的で取っ掛かりをつかめなかったトラブゾンでもやはり市場の人たちは陽気できょろきょろと周りを見つつ歩いている私をすぐ相手してくれる。市場の中に入り、写真を撮りつつぶらぶらしていると中に店を構えている一軒のチャイ屋に招かれた。この国の人たちも他のイスラム国家の人間同様もてなし好きだ。招かれるがままにお店でチャイを飲ませてもらう。トルコのチャイは小さな湾曲したグラスに入っている。基本的には煮詰まった紅茶をお湯で薄める。渋みが強く、さわやかな香りが強いその紅茶はそのまま飲むと少々渋みが舌に絡み付いてうまくないが必ずついてくる角砂糖を少し多いかなと思うぐらい入れて飲むと渋みも消え、かといって砂糖のしつこさもなくおいしく飲める。不思議な紅茶だ。
招いてくれた本人も私と何かが話したいというわけではない。トルコ語はわからないし相手は英語をわからない。言葉でのコミュニケーションは取れなかった。でも、それでよかった。チャイを2杯ご馳走になって店を後にした。
トラブゾン市場の様子。ここの港で水揚げされたアジやサバなども並んでいた。
トラブゾンの夜はなんとなくすることがなかった。街歩きに疲れてもそれでもまだ宿に戻る気起きず、でも街歩きをする気も起きず、バーで呑むことにする。これも久々にまともなうまいと思える冷えたビールだった。ゆっくりと呑みながら、外の光景を眺める。窓の外には都会的な格好をした人々が歩いている。たった500mlのビールを一杯しか呑まなかったが、それだけでそれなりに酔える自分はなんて経済的な男だろう。ほろ酔いで夜の街を少し散歩する。視界が開ける高台から海を眺めていると風が気持ちいい。決して退屈ではなかったのだけど、でもトラブゾンの夜は少し長かった。
トラブゾンも3泊で切り上げた。その後のルートをなかなか決められなかったが、寄り道をせずに一気にトルコ中央に位置するカッパドキア地方に行くことにした。
ターミナルのベンチに腰を下ろし、発車時間を待つ。バスターミナルの客引きたちはイランや周辺国の地名を威勢よく連呼しながら、客を集めようとターミナル内を歩き回っている。そんな光景を眺めていると時間はあっという間に流れているいく。
前日にチケットを買った、背は低いがでっぷりと太り突き出た腹と豊かな口ひげを持ついかにも人のよさそうなバス会社の人間がニコニコしながら手招きで私を呼ぶ。今回もボルボのDXバス、快適な移動だ。
テヘランからトルコに向かうバスは夜8時に出発した。暗くなった街には暖かい色の街灯が煌々と照っている。
早朝にトルコとの国境の町、マークーに着くとそのまま一気に国境へ向かった。テヘランに比べると気温は急激に下がった。冬用のナイロンジャケットをバックパックから取り出す。吐き出す息は白い。二度目の冬はもう目の前だ。
国境審査はイミグレもカスタムあっけなく終わった。トルコ側に出るとアララット山が大きく見える。10月30日早朝、12カ国目トルコに到着した。
イラン、トルコ国境、トルコ側で。
雲がかかってしまっているが写真右上に見えるのがアララット山。
左に見えるのはトルコ共和国建国の父、ケマル・アタチュルクの像。
同じく国境から、イラン方面を望む。
トルコはラテン文字を使用する国家。久々にまともに文字を読める国に来た気がする。
国境からドルムシュと呼ばれるミニバスに乗り、トルコ最初の町、ドウバヤズッドに向かう。前日の移動はあまり眠ることもできず、バスが出発すると同時に眠ってしまった。目覚めたと同時にバスは到着。少し寝ぼけたままドウバヤズッドの町に降り立つと、イランに比べて何だか街の雰囲気が一気に変わった印象を受けた。変わったというよりもまったく違ったものになった気がする。
到着した翌日。すっきり晴れてアララット山がきれいに見えた。
富士山に似た外見でそんなに高く見えないが5137mある。
ちなみにここは旧約聖書にでてくるノアの箱舟が漂着したとされる山でもある。
中心部から少し離れたところにある学校で。
アララット山は少し開けたところに行けば見える。
何が変わったのだろう。イランと比べてそこまで劇的な文化の違いを感じる国ではない。ゆるいとはいえ相変わらず住民の大半はイスラム教徒だし、顔つきもイラン同様半端なく濃い人たちばかり。確かに女性は黒ではなく、柄のついた色のあるスカーフをかぶっているし、イランでは外車といえばプジョーばかりだったのが、欧米各社の車が走っているからだいぶ印象は違う。でも、そういう表面的なことではなく、目に見えないもっと気分的なことだ。区分的にはまだまだここはアジアなのかもしれないが、自分が持っているトルコがヨーロッパの入り口という感覚は人や町に対する印象や旅の仕方を変えているかもしれない。 長いアジアの旅を終え、今、冬のヨーロッパへと入ろうとしている。でも、やっぱり少し遅かったかな…。
ドウバヤズッドの街角で。
ドウバヤズットの少女。
ドウバヤズットのバザールで。
トルコの小学校の制服。
最初の町、ドウバヤズットは不思議と居心地のいいところだった。町自体は半日もあれば十分な程度の広さで、名所と呼べるところは付近にあるイサク・パシャ宮殿ぐらいだがここには3泊滞在した。物価が高いと聞いていたトルコにしては(それでも最初はイラン、発展途上国との物価の差に戸惑ったが…)まだいいかなと思える範囲の物価だった。そして、ここではその値段に対して食事のクオリティがとても高かった。久しく食事の楽しみなど忘れていた気もするが、一説によれば世界3大料理の一つに数えられるトルコ料理は自分の舌にはとてもよくあった。ロカンタと呼ばれる大衆食堂では出来合いの料理がいくつか見せの中に並べられていて、ドウバヤズットではそれが一皿3リラ(約240円)で食べることができる。基本的にオリーブオイルが使われおり、米を炊く際にもオイルが使われているようで、こってりしたご飯は少々しつこいけど香ばしくておいしい。大半の料理がトマトベースの味付けだが、種類は豊富で手の入った料理は選ぶ楽しみも食べる楽しみもあった。それに加えて、このドウバヤズッドのロカンタでは無料のサラダとチャイ、それに食べ放題のパンがつく。地球の歩き方には「世界一おいしいパンといっても過言ではない」と書かれているエキメッキ。最初、その文章を見たとき「そんなおおげさな」と思ったが、実際に食べてみるとそれもまんざらではない。見た目はいわゆるフランスパンを太らせた形で外はかりっと中はもちもちしている。朝昼晩と食べる安くてうまいエキメッキはトルコでの主食になりそうだ。
イサク・パシャ宮殿。
イサク・パシャ宮殿付近から見るドウバヤズット。
イスタンブールまで1535km。
トラブゾンにはバスで向かった。トルコで感じた最初の物価の壁がこの移動だったかもしれない。前日チケットを買いに行くと40リラ(約3200円)といわれた。もちろんそれぐらいの料金は覚悟していたのだが、面と向かってそういわれるとなんだかショックにも似た感覚に襲われ本当にクラクラしてきた。そして、どちらにしてもここから動くためには買わなくてはいけないのに、少し交渉しただけで買わずに帰ってしまった。それぐらい自分にとっては衝撃的な料金だった。半日移動で、たった7、8時間の移動で3200円だなんて!!イランと比べてしまうと天文学的な値段に感じてしまう。でも仕方なく翌日、再度交渉し5リラのディスカウントでトラブゾン行きのバスに乗ることにした。トルコのバス事情はその高さにしょうがないと思わせるほど発達している。車体は大抵メルセデスやMANなど欧州メーカー新しいDXバスだ。座席もゆったりしていて乗り心地は最高。車内サービスもあって水やコーヒー、お菓子などが配られるし、休憩後も含めて発車するときは車掌がコロンヤと呼ばれる香水を乗客の一人ひとりにふるまう。けど、そんなサービスするならその分を安くしてくれとほしい…。
宿近くの路地で。
トラブゾンには夜、到着した。標高が高く、寒かったドウバヤズットに比べると黒海に面するトラブゾンは生暖かさを感じた。安宿街に行き、何軒かあたってみるが、どこも今までに比べれば高く、1泊15リラもする。こう高いといつものように長居しようという気はしぼんでしまう。
宿代は高くなったけど、翌日はいつものように当てもなく散歩してみた。トラブゾンの街は都会だった。近代的な高層ビルなどが林立しているわけではないが、中心部の歩行者専用道路には人があふれ、おしゃれをしている人ばかりだ。自分の格好がひどくみすぼらしく思えてくる。そして、ここには顔も髪もあらわにして化粧をしている女性の姿があった。イスラム教徒であるトルコ人女性ではそういった格好をしている人たちは少数派かもしれないが、一部の若い女の子、それにここは地理的にロシア系の女性が多いだけにそういった人たちが目立つ。こういうのをイスラム後遺症というのだろうか、しばらくおんなっ気のおの字もない地域が続いたからこの光景はまぶしかった。正視できない自分がいて、なんだかおかしい。華やかな街は面白い、でも華やか過ぎて少しさびしくもある。
トラブゾンの繁華街で。
トラブゾンの路地裏。
海を見たのも久しぶりだった。数えてみれば去年のタイ、パンガン島以来、およそ1年1ヶ月ぶりの海だった。横浜生まれで、学生時代は船上でバイトをしていた私にとって海はとても身近な存在だ。海を見ない日がこんなに続くのは生まれて初めてのことだった。だから、トルコに来る前からずっと海が見たいみたいと思い続けていた。
街を散歩しつつ、海岸線に向かって歩いていく。近づいていくにつれ段々と波音と海風が強く響き、流れてくる。さわやかな潮風ではなく、少し鼻につく潮の臭い、やっぱりたまらなく懐かしいものだった。その臭いに誘われて、海水を舐めてみるが黒海の海水はあまりしょっぱくなかった。黒海という名前だからといって別に海の色が黒いわけではない。とはいえ、一般的な海の色がどんな色をしていたのか今となってはよく覚えていない。黒いといわれれば黒い気がしないでもない、そんな黒海を眺めたり、海岸を歩いたり、手に触ってみたりする。
黒海で釣りをする。
黒いかね、黒海。。。いやきっと黒くない。
海を後にして、散歩を続けると市場にたどりついた。都会的で取っ掛かりをつかめなかったトラブゾンでもやはり市場の人たちは陽気できょろきょろと周りを見つつ歩いている私をすぐ相手してくれる。市場の中に入り、写真を撮りつつぶらぶらしていると中に店を構えている一軒のチャイ屋に招かれた。この国の人たちも他のイスラム国家の人間同様もてなし好きだ。招かれるがままにお店でチャイを飲ませてもらう。トルコのチャイは小さな湾曲したグラスに入っている。基本的には煮詰まった紅茶をお湯で薄める。渋みが強く、さわやかな香りが強いその紅茶はそのまま飲むと少々渋みが舌に絡み付いてうまくないが必ずついてくる角砂糖を少し多いかなと思うぐらい入れて飲むと渋みも消え、かといって砂糖のしつこさもなくおいしく飲める。不思議な紅茶だ。
招いてくれた本人も私と何かが話したいというわけではない。トルコ語はわからないし相手は英語をわからない。言葉でのコミュニケーションは取れなかった。でも、それでよかった。チャイを2杯ご馳走になって店を後にした。
トラブゾン市場の様子。ここの港で水揚げされたアジやサバなども並んでいた。
トラブゾンの夜はなんとなくすることがなかった。街歩きに疲れてもそれでもまだ宿に戻る気起きず、でも街歩きをする気も起きず、バーで呑むことにする。これも久々にまともなうまいと思える冷えたビールだった。ゆっくりと呑みながら、外の光景を眺める。窓の外には都会的な格好をした人々が歩いている。たった500mlのビールを一杯しか呑まなかったが、それだけでそれなりに酔える自分はなんて経済的な男だろう。ほろ酔いで夜の街を少し散歩する。視界が開ける高台から海を眺めていると風が気持ちいい。決して退屈ではなかったのだけど、でもトラブゾンの夜は少し長かった。
トラブゾンも3泊で切り上げた。その後のルートをなかなか決められなかったが、寄り道をせずに一気にトルコ中央に位置するカッパドキア地方に行くことにした。