シギショアラから出発。
ルーマニアは結局、 3都市で8日間いた。これは自分にしてみたらかなりのハイペースだ。それでも1月の予定を考えるとクロアチアは後回しをせざるを得ない。やっぱりソフィアでの予想通りになった…。次の目的地をハンガリーのブダペストにし、ひとまずセルビアへと向かう。
ここから国際バスは運行されていなかった。どこから国境越えをすればいいかよくわからなかったが、とりあえず国境近くまで移動するために、シギショアラからまずルーマニア中西部に位置するアラッド行きの列車に乗る。車窓からの景色は相変わらず収穫の終わった田園風景が続いた。この路線には特別大きな都市は無く、ツーリスティクなエリアでもない。停車する駅はどこもルーマニアの田舎町といった趣で、車内はずっと閑散としていた。どこが始発駅だったのかわからないが、大きな荷物を抱えた乗客が人に迎えられて下車していったり、まもなく葉が落ちきりそうなポプラの木の下で駅員が列車を見送ったり、そんなのんびりした光景だった。
アラッドで乗り換え、購入したチケットの終点、ティミショアラに着いたのはもう夜になってからだった。
ここからベオグラード行きの夜行列車があると踏んでいた。確認するために読み方のよくわからない時刻表を四苦八苦しながら見ていると、流暢な英語を話す長髪の男に話しかけられる。こういうタイプはたいてい客引きだ。適当にあしらっていたが、長いこと丁寧な口調で話しかけてくるので、思わず「ベオグラードに行く」と男は「それは朝にしかない、しかも国際列車は高いぞ」という。なるほど、時刻表を見る限り事実らしい。困った…。
「ここは宿も高いからね、俺に任せろ」そう言い、彼は付近にいたタクシードライバーに話しかけ、セルビア国境までの料金を聞く。距離的に考えて決して法外な額ではないと思う。でも払えるような金額ではない答えだった。
「どうする?」肩をすぼめるロンゲ君。どうするってお前…。ん~、これ以上こいつをかかわっているとろくなことにならない気がする。「ちょっと考える」と言い残し、駅構内にある喫茶店に入ることにした。
持っているガイドブック「ロンリープラネット」にはティミショアラの地図はない。宿情報が一軒あるが、ほとんどガイドになっていないような記述で、これを見つけ出すのは結構しんどい。しかもティミショアラには「安い宿はない」とある。男の言っていることはある程度、事実のようだ。仕方ない、朝までその国際列車を待つか、そう思い、喫茶店を出ると、男はまだそこにいた。
「国境まで行く列車がある。そこまで行ってからバスに乗ればいい」
そういう大事なことは先に言ってくれ。
手持ちの地図でその地名を確認すると間違いなく国境の町だった。男の手引きで一度乗り換えのあるその切符を購入する。料金は驚くほど安い4.20Lei。これはこいつに感謝せねばならぬ。男はその後、どこかに行き、列車が到着するころにまたやってきた。多少、残ったルーマニアの金を渡してチップにするかと思っていたが、あちらから御請求がきた。
「これまでのガイド代として10€くれ」
10€?何いってんの、そんな金を払えるわけないでしょ。
「でも、これと同じことを日本でやったらいくらになる?」
日本にはこんなやつはいない。案内は無料だ。それに日本の給料とこの件は何の関係もない。
「でも、君はガイドを受けた、10€くれ」
しらん、俺は何も頼んでいない。お前が勝手にやったんだろ。
「けど、僕がいなかったらこのチケット買えなかったでしょ」
何言ってんだ、お前がいなかったら、自分で探しだしていた、実際、そうやってここまできたんだ。
と、実際、助けられたのだが…、ちょっと高すぎる金額がきたので、チップすらも渡す気は全くなくなり、めちゃくちゃな言い訳をたれまくった。あっちが「じゃあ5€」と勝手に値引きしてきても絶対に応じなかった。男もしつこく、到着した列車に乗り込んでもついてきて、しばらくもめに揉めまくった。自分も依怙地になり、最終的には「絶対に払わない!!」と言い切り、荷物ごとその場から離れると意外にも着いてこない。
やっぱりこういう展開だったか…。しかし、そうだとわかっていたのだし、払いたくないのだったら、最初から相手にしちゃいけないんだよな…。
乗換駅は何の変哲もない小さな駅だった。乗り合わせたトレンチコートを着たヤク中っぽい男の助けが無ければ確実にわからなかった乗換駅だ。乗り換えたディーゼル機関で狭軌の列車は乗り込むとすぐに発車した。その車内でまたどうにかなったと思う。
どこかに移動する時、どうにかなると思い、ろくに調べもせずに動くことが多くなった。確かにどうにかなってきた。でも、それってどうにかしてきたのだろうか。どうにかしてもらったのじゃないだろうか。誰かに助けられてここまできた。そのことに味をしめて、どうにかなる、誰か助けてくれるさと進む。本当は一人じゃ何もできないのに…。
そんな感傷に浸っているのも束の間だった。列車が終点に着き、プラットホームに降りると警察らしき男が待ち構えていた。自分のところにピンポイントでやってきてくる。
「どこに行く」
「え、セルビアだけど…」
すると、こっちだ、と歩き出す。そして、警察車両に乗れという。全く状況がつかめない。でも、こんな手の込んだことを、こんな僻地でする詐欺師がいるだろうか。その時点では深く考えずに、ほとんど思考停止状態で言われるがまま車に乗った。車は走り出す。振り返り、駅舎とその周辺を眺めるとそこには驚くほど貧相でちっぽけな駅舎があるだけで、バスターミナルどころかバス停らしきものすら見えない。
あれ、終点からバスに乗れって言ってなかったっけ…。
その時点で激しい後悔に襲われた。
うわ~、ティミショアラのあの男とこいつらがグルだったら、こりゃただじゃ済まないな。。。
暗い夜道を走る車、金網で仕切られた先には楽しそうに雑談をする警官二人、疑心暗鬼と被害妄想のスパイラルに陥った頭で見ていると、こいつらなんか悪巧みしているんじゃないかと訳のわからない妄想にかきたてられてしまう…。
あぁ、どうにかなる、同時にどうにでもなれ!!
負のオーラを出して、不幸がよってこないように後部座席にどしんと座っていたが、車は何事も無く、ルーマニア側の国境、イミグレーション前に到着した。係官はこんな時間に、警察車両に乗ってやってきた東洋人に対して、いたって普通の様子で対応をする。そして、出国スタンプはあっけなく押された。
駅で警官は自分を待っていたとしか思えない。だとしたら一体、誰が、自分があそこに行くことを知らせたのだろう。長髪の男?券売のおばちゃん?今となっては全くわからない。
セルビア側までの道に人通りは無く、それどころか車も走っていない。一軒だけ開いていた免税店で買い物をしてから、のんきにセルビアのイミグレの前まで行くと、
「どこに行く」
はぁ、ベオグラードに行こうと思いまして…
「そうか」
で、ベオグラード行きのバスは…
「そんなもんない、朝まで待て」
…、……!!ない?!ないんだ…でもよく考えればそりゃないよなー、もう夜の10時なんだから…。
国境を通過するトラックをヒッチしようとするが、ろくにやってこない上に、どの車もベオグラードには行かないという。イミグレ内で寝かせてもらおうと思うが、だめ。少し歩いたところに24時間営業のレストランがあるからそこで夜を明かせという。
ますます暗く、人通りも民家もない道をレストランに向かって歩いていく。だんだん悲惨な展開になってきたなぁ。
セルビア人とのファーストコンタクトは胡散臭すぎた。最初にあったレストランでは、言葉がまるで通じなかったせいもあるけど、身振り手振りで、食事して朝まで居たいんだけど、と伝えるとなぜか切れられ、出ていけといわれる。??、なにか悪いことしましたか。次のレストランはトラックドライバーの休憩ポイントのようで2、3組の男たちが食事をしたり、酒を飲んでいたりした。泥酔状態のドライバーから「バスなんかねえよ、ベオグラードまで30€で連れて行ってやるぜ~」と絡まれたり、言葉の通じないレストランからはぼられたりする。トラック野郎たちは「チン(中国人)がホニャラフニャラ…」と勝手に自分ことを中国人と決め付け、たまにこっちを見て、ゲラゲラ笑っている。中国人と間違われることに関しては、どこの言語でも異常なほどに敏感に反応することができる。いつもだったら「俺はジャパンだぜ」と笑い返すけど、疲れているから今日はもうどうでもいい…。ただ時間が過ぎるのを待った。
やっと朝になり、バス亭の場所を訪ねるが「バスなんかない」と再び言われる。なんで?信用できず、外に確認しに行く。外に出てみたもののどこがバス停か検討も着かない。闇雲探していても仕方ないのでイミグレで聞こうと思い来た道を引き返していると、警官とすれ違った。ちょうどいいからこの人に尋ねよう。
「バス停はどこですか?」
「バス?今日は日曜だからないよー」
…、一瞬、冷たい風が吹き抜けた気がした。そうだった、今日は日曜日だった。キリスト教では日曜は安息日なんだ。仕事をしちゃいけない日なんだ。旅行者だって、宿でのんびり過ごさなきゃいけないんだ。けど、バスぐらい動かそうよ、公共交通機関なんでしょバスって、本当にないのかよ。それにイミグレの人たち、英語をしゃべれるんだから最初に教えてくれよ。
しかし、一体、自分は何を待っていたのだろう。終点の駅に着けばバスがあると思い、国境を越えればバスがあると思い、朝になればバスがあると思い…。はぁ、何か一気に疲れた、そしてどうでもよくなってきた。
もういい、金を払ってでもトラックに乗ろう。レストランに戻ると、ドライバーの一人がちょうど出発をしようと準備をしていた。ベオグラードまで乗せてくれと頼むと、30€と返答。値引きして15€になった、高い、かなり高い。悪い癖でどうでもよくなると、金銭感覚もかなりルーズになる。いいや、もう、それで乗る。
大型トラックの座席は高い位置にある分、見晴らしがよかった。といっても、眠かったのでろくに風景は覚えていない。ただ、道路上に犬の死体がいやたくさん転がっている。ドライバーはロシア人だ。単語のみの英語で家族紹介や質問をされる。
そうか…、きれいな奥さんとかわいい娘さんがいるんだな…、名前は…、マリア、いい名前だね…、ロシアはもっと寒い…、そうだろうね…、なんといってもロシアだもんな…、俺の名前?テッペイ…、日本の横浜ってとこに住んでんだ…、まぁ…、眠いからどうでもいいよそんなこと!!
ベオグラードの街中で。これから2泊します。