日常は、木工小屋との行き来に終始をしています。
それがひとたび外へ出る事から得られるものは少なくは
無いのだな~と、改めて考えました。
先週末は、数年ぶりに遠征の出展へ行って来ました。
その際に、さっと食べて出展へ向かえる様な場所。
いわゆるファーストフード店にて食事をしました。
私の日常に外食の機会はほぼありません。
そもそも里山には店舗がありません🙃
ですから外食もファーストフード店での食事の機会も
とても久しぶり。
たまたま隣り合わせた若い方。
運ばれて来た食事を目の前にして、両手に箸を揃え
きちんと[いただきます]の動作をしました。
"えっ?!"と、すこし感動。
しばらく後に、たまたま僅かな食べ物を
テーブルの下に落としてしまったらしく・・・
すぐにそっとそれを拾いあげ、きちんと紙に包み
それをお盆の隅にそっと始末をしていました。
"あの・・・年齢で?!"
"あの・・・若さで?!"
"あの・・・風貌で?!"
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい😓
流行り?なのかな?どうなのでしょう?
軽快?気軽?
私の若かりし頃には考えられない様な風貌でしたので
つい・・・ ・・・ ・・・ ごめんなさい。
[人は見かけに・・・]という言葉を知ってはいるのですが
その人の食事の前の仕草。粗相に対しての後始末の仕草。
ごめんなさい、そのさりげない仕草には品位があり
風貌とのバランスの違いに、つい・・・感動をしてしまいました。
出展の際には、様々な人との出会いがあります。
それなりの時間に渡り作品の説明をしても何も言わず
さっと消える様に立ち去ってゆく人。
そうかと思えば「どうもありがとうございました。」と
丁寧な挨拶を残してゆく人。
驚いたのは、小学生。まだ低学年だったかもしれません。
一緒にいた保護者の方からの挨拶はなく、けれど
その小学生は大きな声できちんと
「どうもありがとうございました!」と言葉を掛けてくれました。
里山での日々。
慣れている場所。割となんでも好きな様に出来ます。
少なくとも、人からのストレスは皆無に近い。
それでも学びは決して多くは無いのかもしれません。
いわゆる実体験の学び。
若くとも
幼くとも
年齢を重ねていても
全ての人は、その人間性のみ。
頭ではわかっていると思っていた事に、改めて気がついた次第。
面目ございません。
今回の出来事を覚えておきたくて、つい、ここに書いてしまいました。