25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

対幻想とブッシュ元大統領

2019年11月27日 | 映画
 いくつか思ったことがあり、それが何だったか思いだした2つある。
 大阪の12才の女児が栃木の小山市で見つかったことで、SNSの危なさが取り沙汰されている。若い容疑者は「悪いことはしていない」と言っているようだ。このおとこは15才の少女も軟禁していた。
 15才の少女の場合はどんなのだったかしらないが、12歳の少女の場合は逃げたのだから、自分の迂闊さに今頃は気を留めていることだろう。マスコミ情報番組は歯切れが悪いので、代わりに言っておくと、親が悪いのである。スマホの扱い方などは家庭での教育であり、躾である。
 親から逃げたい子供は多い。引きこもりも同じである。
 「イエスの方舟」騒動のとき、千石イエスを悪者にして、「娘を返せ」と叫んでいた親がいたが、「悪いのはあんたらじゃないの」と思ってニュースを見ていたものだ。結局、イエスの方舟信者たちは今も元気に宗教的生活を重んじて生活の糧を得るのに働きながら共同生活をしているようだ。
 現代の「対幻想」の実態をよく表している。一対一関係の観念の領域のことだ。自分対母親、自分対父親、自分対姉とか兄、あるいは妹や弟。自分対教師。自分対クラスの1人1人。
 この関係幻想がSNSを呼び込むとも言えるし、ヒビが入った対幻想にSNSが入り込んでくるとも言える。対幻想の崩壊の例は女児虐待死であり、崩壊までの中間にあるのが引きこもりやいじめである。恐らく母との関係が歪んだ幻想を作っている。その母に影響するのは男の存在であり、経済社会環境の存在である。母と子供の物語は一方的な子の訴えにたいして全面的に受け止めることのできる母と、それができない事情のある母がいる。程度の差こそあれ、母ならば、だれもが心当たりあることである。

 次に思いだしたことは、ブッシュ元大統領である。「朝まで生テレビ」でイラク戦争前に「イラク手をだしたらいけない。シーアの国だ。それなのにスンニ派が政権党である。国は混沌とする。族長もいる」。
 上はイランであり、隣がシリア、下がサウジアラビアである。イスラエルも横にある。この国に戦争をしかけるな、と当事の出演者の半分が言っていた。日本の小泉純一郎総理大臣は真っ先に応援のメッセージを送った。
 そらみたことか。今のイラクはどうなっている? どれほどの人が死んだ?
どれほどの一般人が死に、家は壊され、ついにはISを生んで、娘らが誘拐された。いまは混乱の極みである。ブッシュというアホな大統領を持ち、チェイニー副大統領という先の読めない指導者をもったアメリカ。石油利権を求めるハゲ鷹。小泉純一郎もぼくは愚かだったと思う。数人の判断でイラクを攻めた。今の中東はその結果であり、今のアメリカもひいてはブッシュの結果である。たったひとりの人間である。
 このことも記しておこう。当事、先を見てイラク戦争に反対したのがフランスとドイツ、それにイスラエルだった。