えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

明日、浪漫亭で 4話

2020-07-09 20:38:00 | 書き物
- 4話 -
仕事が終わり、ロッカールームで支度をしていたら、仲良くしてる後輩のまゆみちゃんが小さな声で話しかけて来た。
「小川さん、田中さんと再会出来たんですよね。どうでした?変わってませんでした?」
あぁ…2年前の話、まゆみちゃんにはしたんだっけ。
「うん、雰囲気も喋り方も全然変わって無かったよ。あんなに話題になってるのに、落ち着いてて安心したわ」
「良かったですね。それにしても小川さんてすごい」
「え、なんで?」
「大ファンの俳優さんと2回も会えちゃうなんて」
「うん、まあ…幸運なのかな。でも1回目は最悪なタイミングだったけどね」
そうだ、あれはほんとに最悪な日だった。
田中さんと会えて話せただけで、救われたんだった。
「あ。そうだ、まゆみちゃんにちょっと相談があるの」
「小川さんが私になんて珍しいですね。どうぞどうぞ。なんなら、休み前の明日にご飯でも食べながらとかどうですか?」
「いいね。お願いします」
「了解です」
実は、まゆみちゃんの彼氏はラジオ局で働いてる人。
彼氏から話を聞いてるのか、ラジオ局で見聞きする芸能人の話を教えてくれたりする。
さっきの田中さんのメモのこと、誰かに相談したくて。





マネージャーの運転する車は、あるテレビ局の駐車場に滑り込んだ。
今日はここで、はじめての主演ドラマの顔合わせだ。
ここには、色々思い出がある。
2年前、同じ事務所の俳優の代役で出たドラマもこのテレビ局だった。
ちょうど、美海ちゃんと話をした直後。
与えられた役は、主人公の親友なのに主人公の恋人に想いを寄せてしまう役。
色々相談に乗る内に好きになって、親友との板挟みで苦しむ。
出演場面はポイント的にだったけど、回を重ねるごとに反響が出た。
そのおかげでセリフや場面が増えたりしたのだ。
そのドラマのおかげで、俺の俳優人生に初めてブレイクと言われるものが訪れたんだ。
あの役がなんでそこまで評価されんだろう?
たぶん…ヒロインをひたすら想う芝居を要求された時、美海ちゃんだと思ってやれたから。
そのおかげで気持ちもより入ったし、もっと美海ちゃんに会いたくなった。
でも結局会うチャンスは無かった。
そこからぐっと忙しくなったし、勤務してる書店に直接行くわけにもいかなかったしな。
実は、今回のドラマの相手役は2年前のドラマで、ヒロイン役だった人だ。
そう、俺が片思いをしてた人。
またまた俺が追いかけるらしい。
追いかける…今まさにそんな状況になってるじゃないか。
美海ちゃんを追いかけてる。
そりゃ、連絡欲しいけどけっこう唐突なアプローチだったよな…
3Fの大きな会議室に入ると、まだ少し早かったけど、相手役の岩田さんがいた。
岩田ゆり子。
若手の売れっ子女優。
そうだ。
確か、歳は美海ちゃんと同じ26じゃなかったっけ。
「おはようございます。早いですね」
「おはようございます。顔合わせだし早めがいいかなって思って。今回もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。田中さんに好きになって貰える役、2回目ですね。光栄です」
売れっ子なのに驕らない、感じのいい笑顔。
負担にならない気遣いが出来るのは、若い頃からこの世界にいるからなんだろうか。
この子が彼女だったら、きっとすごく幸せなんだろうな…
でも、今俺が会いたいのは…知りたいのは美海ちゃんなんだ。
ほどなくキャスト、スタッフが集まって顔合わせが始まった。


ドラマの撮影は順調だった。
ロケも天気に恵まれて予定どおり進んだし、キャストも徐々に馴染んで来た。
何より、相手役のゆり子ちゃんが役に合っていて、素晴らしかった。
主人公に追いかけられて、少しずつ気持ちが動いて変化して行く。
初めて恋する気持ちを自覚した時の潤んだ瞳。
そんな瞳を見て、俺も主人公・哲也の気持ちがすっと入って来た。
カットが掛かったら、つい美海ちゃんを思い出してしまったけれど。
美海ちゃんと言えば、連絡先を渡してからもう2週間にもなる。
…やっぱり、ダメなのか。
俺はファンとして見てくれてるだけで、それ以上の気持ちにはなれないのか…?
深夜に撮影を終えて自宅に向かう車の中、疲れと落胆した気持ちを抱えて目を瞑った。
…今日も、連絡は来ないだろう。
もう、0時をまわってるんだ。
荷物を置いて上着を脱いだら、とりあえず風呂に入ろう。
すぐにもベッドに入りたいけれど、体のケアもしないと。
スマホをテーブルに伏せて、バスルームに向かった。


田中さんのトークショーの翌日にでも、まゆみちゃんに相談するつもりだった。
なのに、お互い忙しかったりヤボ用がはいったり。
結局、仕事後のご飯は2週間後。
職場からちょっと離れた和食ダイニングに向かった。
駅からも遠いそこは、オトナの隠れ家というのがウリで、個室だけの店。
こんなとこ初めてだったけれど、まゆみちゃんは彼氏とよく行くらしい。
「芸能人もお忍びでよく来るんですって」
入り口の潜り戸を開けながら、なぜかそこで小声になるまゆみちゃん。
個室に案内され、寄せ鍋とお酒を楽しみながらトークショーの時のことを話した。
「ええ〜田中さんからそんなこと言われたんですか⁈あの田中陽介に!」
「まゆみちゃん、声大きいよ〜」
「あ…ごめんなさい。ですよね、いくら個室って言っても大きな声はNGですよね…」
まゆみちゃんが声をひそめ、言い直した。
「田中さん、草食系で
「うん、それでどう思う?そうですかってすぐ連絡するのも…そもそもファンがそんなことしていいのかな?」
「うーん…」
鍋に菜箸を伸ばしながら首をかしげる。
「でも、また会いたいって言われたんですよね?だから田中さんの方は、小川さんのことファンていうより1人の女性として見てるんじゃないですか?」
「1人の女性…?でもそんな…私と会ったのって1回くらいだよ?」
「いや、でも、常連さんだったのなら小川さんのこと前から見かけてたのかも…」
「そう、なのかな…」
話をしながら、まゆみちゃんがメニューを渡してくれる。
「今日はピッチが早いですね」
「うん、何かね。飲みたい気分なの」
「気をつけて下さいね。ほら、滅多にないけど具合悪くならないように。2年前みたいに」
「あ、そうだね、気をつける」
あの時は、田中さんに迷惑をかけてしまった。
思い切ってお礼を言うために席に行ってしまった時も、すごく優しくしてくれて嬉しかったな。
「さっきあんなこと言っといてなんだけど…また田中さんに会いたい気持ちはあることはあるんだよね…」
ファンなのに…なんて口にしても、胸の奥底にはまた会いたい気持ちはあるのだ。
「そっか…やっぱり小川さんは田中陽介っていう人に、ときめいてドキドキしちゃうってことですよね?」
「それはやっぱり…そうなっちゃうよね」
「だったら、まずお話して会えたら会って。それからファン感情なのかガチ恋なのか判断しても良いんじゃないですか」
「…真由美ちゃん…なんか今、すごく背中押されちゃった。そうだよね、尻込みしてないでまずは話してみるのがいいのかも」
「そうですよ!そうと決まったら、今夜にでも、ね?」
「今夜⁈それはなんか…緊張しちゃうわ」
「もう〜頑張ってみてくださいよ〜」
まゆみちゃんが言ってくれたことで、迷ってた針がブーンと振り切れた。
またお話して、会えたら(連ドラ撮影中なのに会えるのかは?)自分の気持ちもハッキリするかも…
とにかくまずは、電話してみよう。


じっくり飲んで、0時すぎにお店を出た。
コーヒーを飲もうとお店の向かいのオープンカフェを覗いたら、夜遅いのに人がいっぱい。
それでも空いた席を見つけて、狭い席に潜りこんだ。
濃いコーヒーを頼んでから、別腹なんて言いながらふわふわのシフォンケーキまで平らげてしまった。
明日は1日節制しないとね、なんて話してたら隙間があんまり無い隣のお客が入れ替わった。
私たちがずっと喋ってるのに、そのお客…モデルさんかと思うような綺麗な2人は、低い声でポツポツ会話してるだけ。
すぐ隣りの私には、『どうしよう』とか『伝えたらまずいかな』なんて言葉が切れ切れに聞こえて来る。
何だろう…
何か相談事かな。
「…そろそろ帰りますか」
「そうね、2人でタクシーにしようか」
そんな、言葉を交わしながら立ち上がり、コートを持って一歩踏み出した時だった。
「あの、パスケース落とされましたよ」
後ろから聞こえた声にハッとする。
振り返ると、隣りに座っていた女性が私のパスケースを手にしていた。
「あっ…ありがとうございます。失くす所でした」
「どういたしまして。気がついて良かったです」
にっこりと笑顔になったその女性に、どこか見覚えがあって眉を寄せる。
私が差し出した手にパスケースを乗せながら、「みみさんと読むのかしら。綺麗なお名前ですね」
「ありがとうございます」
声で誰だか思い出したけれど、今言うべきじゃない。
笑顔でお礼を言って、まゆみちゃんの後を追った。
「小川さん、どうしたんですか?忘れ物ですか?」
真由美ちゃんに訝しげな顔をされたから、「ん、後でね」と言ってタクシーに乗ってから打ち明けた。
「えぇ!小川さんの隣り、岩田ゆり子だったんですか?全然気がつかなかった」
「だよね。私も、声を掛けられて初めて気づいたよ。…あ」
「どうしたんですか?」
「確か、今撮影中の田中さんの主演ドラマの相手役…」
てことは、今日の撮影は終わったの?
「小川さん、今夜チャンスですよ。撮影終わったのなら」
「あ、そうか。そうよね…ていうかさ」
「ていうか?どうしたんですか?」
口に出そうとして、ふーっとため息をついた。
岩田ゆり子さん、瞳が吸い込まれるみたいに綺麗だった。
優しい透明な声、感じのいい笑顔。
あんな素敵な人と仕事してる人に、私が電話なんかしてもいいの?




タクシーはまゆみちゃんを乗せて走り去った。
コートや荷物を片付けてからお風呂で温まる。
どうしよう…
家にいたとして、こんな遅く迷惑じゃないかな。
確かにこんなチャンスなかなか無い。
でも…
髪を乾かしながら迷っていた。
そして、終わるとラグの上に正座してスマホを手にする。
どうするの、わたし。




















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