えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

右腕の記憶⑩

2018-03-03 00:25:14 | 書き物
右腕の記憶⑩

岩田さんと別れて、今日も彼の部屋に帰る。
駅から手を繋いで歩いているとき、
「美樹ちゃん…もうさ、一緒に住もうよ」
少し、お願い気味の声。
火事の直後に言われた時、はっきり返事をしてなかったからかもしれない。
顔を見ると少し眉を寄せた顔。
「うん」
「え?うんて?」
「うん、住もうねって返事したの」
「なんだ、良かった~」
「もうちょっと、渋ると思った?」
「まあね、仕事もあるしダメ!って言われるかもとは、予想してた」
「…何かね、心配してたの、ほらすぐ自虐トークするから」
おどけて言ってみせたら、やっぱりって顔をされたけど笑ってくれた。
「でも、こうして何日か過ごしてみたら、心配することは何も無かった。面倒見て貰いっぱなしだけど」
「面倒なんかじゃないし、そんなこと気にしなくていいから」
そんなこと言われても…
彼の負担になってないか気になるじゃないか。
「私にばっかり手が掛かってないかなって…そこはちょっと心配…」
どうしても言わずにはいられなくて、つい言ってしまった。
彼が立ち止まって、私の手も引っ張られる。
「手が掛かるのはお互いさまだから、そんな気にしないでいいんだよ。俺が風邪引いて寝込んだら、看病してくれるでしょ」
道の端で向かい合って、私の顔を覗き込んで言い聞かせるように、言ってくれた。
「うん…元気になって欲しいから、看病する。敦は大事な人だから」
彼を見上げてじっと見つめて言ったら、彼の顔が心なしかふにゃっとした。
「ここでそんなこと言うなんて…反則。」
嬉しそうな顔の彼を見て、すごく嬉しかった

けれど…どうしても聞きたくて、また歩き出しそうになった彼を、引き留めた。
「ねえ、心配ばっかりしてネガティブなこと言ってるのに、なんで我慢してくれるの?イライラしないの?」
たぶん、眉が下がって必死な顔をしていたんだと思う。
敦の顔が困ったな~って表情になった。
「それは、美樹ちゃんと同じで大事な人だから。大事な人が俺のこと、いつもいつも心配してくれるんだよ。イライラなんて、しないよ」
「でも私、敦のことじゃなくても心配ばっかりだし…」
こんなに食い下がって、さすがに敦もイラッとするだろうな。
そう思って顔を見ると、呆れた顔はしてたけどイラッとはして…ない?
「ほんとに心配性だね~」
笑っちゃってる…
「そんな心配ばっかりしなくてもって思うけど」
彼の手がくりくりっと私の頭を撫でた。
「人の心配までしちゃうんだから、優しいんだなって思うだけだよ」

2週間後、敦の部屋へ引っ越しをした。
そんなに荷物が多い方ではないけれど、大人二人では少し狭い。
そして、月が開けたら書店勤務。
やっぱり、書店で働くということに興味があったから。
やりたいと思ったことは、ちゃんとやろうと思った。
片付け終わってコーヒーを飲みながら、お疲れさまと言い合った。
「ありがとう、収納BOX用意してくれて。ほんと助かった。」
「実はもっと物が溢れるかもしれないって思ってたんだ。意外と荷物少なかったね」
「引っ越しするから、かなりバッサリ物を捨てて来たからかな~」
う~ん、と大きく伸びをした。
「それでも、また色々増えるかもしれないから、もうちょっと広い所、探したほうがいいかもね」
意外な言葉が彼の口から出て、驚いて身体を彼の方に向ける。
「広い所?ここで充分じゃない?いくら荷物が増えたって…」
部屋は一つだけど、リビングが広いこの部屋を、彼は広々使ってた。
二人でも、多少荷物が増えても大丈夫だと思うけど…
すると、彼が笑顔で少し声のトーンを落として、
「荷物もだけど…これで、美樹ちゃんが高橋になって」
「そして、ここに」
そう言って、私のお腹をそっと撫でた。
「誰か、来てくれるかも、いや来て欲しいから。ね?家族が増えたら手狭だから」
「ちょっと待って。高橋になるって…」
「え?一緒に住むなら、籍入れたほうがいいでしょ」
「う…ん、まあそうだけど…」
うっすら考えてはいたけど、敦はもう決めてるのか…
それに、家族が増えるって。
籍も家族をつくることも、私も頭の片隅にあった。
けれど、どう思ってるか分からなくて…口には出さなかった。
いま、彼の方から言ってくれるなんて、思ってもみなくて。
「ねえ、いいの?早いとは思わないの?その…籍を入れるとか、家族が増えるとか…」
「早くもないよ。一緒に住むならそうしたいって、考えてたんだ。だから…美樹ちゃんがいいなら」
嬉しいのと、ちょっとホロッと来てしまったので、笑ってるつもりなのに目尻が潤んだらしい。
「いいに決まってるじゃない…」
俯いて答えたら、ポタッと滴が落ちた。
彼が驚いてる。
「み…」
彼が言葉を発するより早く、
「嬉しいんだよ!」
と、目尻をまだ潤ませながら、急いで笑顔を見せた。
「そっか。良かった、同じ気持ちで」
ソファに寄りかかった私を引き寄せ、ふわっと抱き締めた。

引っ越し作業のためのTシャツとジーパンの、くたくたな二人のまま、家族になることを決めた。
ハグをして頬に頬を寄せて。
心配性な私は、もう心配なことをたくさん思い付いてしまう。
でも、今この時は、この甘い気持ちに浸っていてもいいのかもしれない。
「言っておくけど、今日はこの先の心配なことは言わないで」
「あ、言われちゃった。ちょっと考えちゃった」
「ずっとダメとは言わないけどさ。もう、美樹ちゃんの性分なんだから。でも、プロポーズした日くらい…」
「あ、プロポーズ、なんだ…」
そうなのかな、と分かってるけど、改めて言われるとかなり恥ずかしい。
「プロポーズです」
断言されて、今度は私がふにゃってなる。
「嬉しい。心配なことなんて敦がいれば全然ない」
いつもの笑顔で彼が応えてくれた。


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