想い・思い・おもい ver.2

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第914回 必死だった経験

2011-07-31 00:19:29 | 私の原点
病棟で看護師をしていた頃。

18歳の大学生が急性腎不全で、夕方に救急搬送。
どうして?とおもったら、
ブラスバンド部の合宿でマラソンを行い、
急激な運動負荷により、筋肉組織が破壊されたことによる、
急性の腎機能障害だった。
(病名は、横紋筋融解症、という)

治療が適切でないと、死を招く。
18歳で、大学生となり、初めての夏休み。
それなのに・・・。
こんなことで、死なすわけにはいかない。

出血を伴う胃潰瘍で入院していた初老期の方。
治療のための禁食期間を終え、夕方から食事が始まった。
教科書的には、再出血のリスクがあり、食後の腹痛などの観察は必須だった。
そして、明け方。
吐血された。
すぐに、当直医師により、胃洗浄が始まった。
真っ赤だ。
何回、生理食塩水を胃に入れ、吸引しても、真っ赤だ。

胃潰瘍の再発。そして、それにより、動脈を傷つけたのだ。
胃潰瘍で死ぬ!まさか・・・。
内科的な治療は限界と、緊急手術にまわされた。

病棟には40人の患者さんと3人の看護師。
酸素吸入や人工呼吸器を装着されている患者さんもいる。
明け方、その人工呼吸器のアラームがなり始めた。
原因は、中央配管による酸素供給システムの故障。
告げに来てくれた医師が、
自発呼吸のない患者は死ぬ。手動で呼吸補助に切り替えて!
と、言って回る。
ボンベに切り替え、アンビューで呼吸を補助。
看護師は、その患者にかかりっきりになる。
いつ、システムは復旧するの?
それまで、酸素ボンベ内の酸素は持つの?

約2時間後、システムは復旧した。

二十歳前のサーファー。突然の肝出血。
精査の結果、悪性疾患がわかる。
日焼けして、やや痩せた、精悍な男性だった。
そんな彼が悪性疾患?それも、かなり末期。
本人も家族も寝耳に水。
それから治療が始まった。
それでも、体力はみるみる間に低下していった。
そして、肺炎を併発した。
点滴、抗生剤、酸素投与・・・。
治療としてできることは全て行っている。
あとは、彼の命に頼るしかなかった。
一晩、手を握り続けた。
命はとりとめだ。
一晩で、巨大な褥瘡ができた。


命を守るために、必死だった。
よく、医療の世界について、「病気ばかりをみて、人をみていない」と
非難されることもあるが、
急性期の医療の現場では、まず、命を守る。
命がなければ、生活も営めない。
その命を守ることに、とにかく、必死だった。
医者も、看護師も、その他、治療、検査等に係わるコメディカルな人たちも、みんな。

今、医療の世界を離れ、在宅支援に携わっていて、
「生活を守る」ということに、どれだけ必死に係っているのか?

契約書の中では、格好いいことをいっているよな・・・。
「その人の有する能力に応じて、・・・」
「自立した生活を営めるよう・・・」
「関係機関と連携して・・・」

「家で過ごしたい」
「入院はイヤだ」
「楽に死にたい」

そんな、利用者の声を、どれだけ叶えられているのか。

「これ以上のサービスは使えないよね」
「施設のほうが、楽だよね」
「一人では、無理だよね」
「家族が、可哀想だよね」

何がなんでも、在宅で・・・っていう腹をくくれているのか?
それは、家族が我慢をして、ということではなく、
家族も共に、利用者の願いを支えることができて良かったね、
といえる関係も含めて、
利用者の思いを叶えるために、
どれだけのことができているのか・・・。

在宅での生活を支えるため、
どれだけ、必死になれるのか・・・。自分・・・。


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2 コメント

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ユーザーの立場から (さはら)
2011-07-31 12:48:35
小生は介護職だったとき、入院患者として
医療現場にいました。今でいう二次救急
対応の病棟でしたから、看護師さんが命を
守るために必死で奮闘しているのを目の当
たりにしました。もう13年も前の話です。


約2か月半の入院生活では、医師、看護
師、看護助手、病棟クラーク、PT、OT,ST、
管理栄養士、事務員、レントゲン技師、医
療検査員、薬剤師、MSW、清掃担当職員等、
関わる様々な職種の人たちがチームで仕事
をしているのを目にしました。


もしかしたら、このまま重い障害を抱えて生き
てゆくかもしれない…そんな心細い思いを、看
護師さんや看護助手さんが支えて下さったの
をよく思い出しています。

まさに病棟では命を守るための戦いがあり、
戦っているからこそ、慢性期(今でいう回復期
リハ)病棟に移ってからも、医療専門職の奮闘
が今でも焼き付いています。


これが在宅で…となれば、設備の整った病院と
は条件が違いますから、様々な努力・工夫・連
携をしなければなりませんね。


いま、主任ケアマネ研修のエントリー資料で過
去の事例研究をしていますが、この視点で何が
満たされ、何が欠けていたかを振り返っている所
です。


小生は生活を守るために、必至で取り組んでい
たんでしょうか…小生が担当でよかったんでしょう
か?と思いながら…。
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感謝 (どりーむ)
2011-07-31 22:51:16
さはら様、コメントをありがとうございます。

私が勤務した病院は、大学病院等ではありませんでしたが、
当時、有名どころの先生もいらっしゃり、
重症な患者さん、
珍しい疾患の方なども受け入れ、
本当に、多くのことを学ばせていただきました。

記事にしながら、その他の多くの貴重な経験も思い出しながら、
その時の多くの出会いに感謝しております。

ところで、主マネ研修のための事例を作成中だとか・・・。
もしかして、お会いするチャンスが巡ってくるかもですね!
・・・って、
今年は、主マネ研修に誘っていただけるかどうかは、
まだ、わかっていませんが・・・。
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