9月23日の東奥日報 「天地人」に、「40を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たねばならない」。かの有名なリンカーン米大統領の言葉の中にある。と書かれていた。
ふと思い出し、倶楽部にある
「顔 美の巡礼」 柿沼和夫の肖像写真 という本を取り出してみた。
表紙の三島由紀夫氏は「自決」二か月前の昭和45年9月、南馬込の家の屋上で写した。出来上がったのをみて、「いい写真だなあ」と、自分の顔に見入ったという。
又、川端康成氏は、昭和47年4月18日、鎌倉長谷の自宅における密葬の日。秀子夫人が「この写真を祭壇に飾ってください」と、大きな額を両手に掲げておいでになったという。
ともに自ら命を絶った御二方である。そういう思いで見るからなのか、瞳の行き先が何か悲しげで、訴えるものを感じる。
若かりし頃、テレビのコマーシャルで外国の恋人同士が写っていたのを見た。その女性の顔が、とても穏やかで、幸せそうに微笑んでいたのを今でもはっきり覚えていて忘れられない。
私は、心配事があるとき、嬉しいことがあるとき、嫌なことがあるとき、顔をみればすぐ解ると、家族も、友達もいう。要するに単純なのだとは思う。最大限自分をかばって、よく言えば素直で、悪く言えば我儘なだけである。
しかし、60歳を過ぎての私の顔は……どんなだろう? 多くは望まないが、穏やかに見える顔にだけはなりたいと願うばかりである。
そういう点からすれば、この本に写っている69名の皆さまは、やはり、それなりの顔をしていらっしゃると関心するばかりです。