おととい木曜日に母と回想法の会に参加した。
少し前から、新しく出来る会なのでぜひとお誘いいただいていた。
夫に車でホームに行ってもらい3人で会場であるお宅に向かう。
そのお宅はいつもお世話になっているOさんのウチ。家開きをしている。
ちなみに私が開催している居場所は彼が12年前に家開きをした前のお家。少し前からレンタルルームになっている。
あっ、その居場所に来てくれてるKさんが今回の会を始めた方です。
「誰でも参加ではなくて来て欲しい人にだけ声をかけてるの」と誰かに話しているのを聞いて、そうなの?とだんだん行く気になっていた。
話を戻します。
行きはいいけど帰りは?タクシーを呼んでウチに来てもらってラーメンでも食べようなんて思っていた。ホームではインスタントラーメンなど食べられないからだ。猫との再会も楽しいかなと。
朝、母を迎えに行ったら、何が何だかわからないと、困惑している。
きのう何度も話したよ、と言ってもそんなこと覚えているはずもなく、「どこに行くの?」と。
回想法なんて言ってもわからないから(私もよくわかってない)
「友達のウチに行くの」と私。
「何しに?」
「趣味の会で喋ったりして、頭動かして記憶をよみがえらすの」
「知らん人と話なんかでけへんわ」
「ちゃんとやってくれる人がいるから大丈夫よ」
「なんかわかれへんわ」
と少々パニックぎみ、。
でも強硬に歯磨きをして、お出かけの服に着替えてもらってさっさと出かけた。
夫に会っても
「なんかわかれへんねんけど…」と助けを求める風だった。
前に一度行ったことがあったので、迷わず時間前に着いた。夫と別れてお家へ。
主催の方が2人、あと1人の方がいた。私と母を入れて5名。
回想法は1960年にできて、記憶を呼び起こして、前頭葉が活性化することで他の脳の色んな部分もどんどん活性されていく、との説明を受けた。
認知症の人でも大丈夫?と連れていくのが心配だったが、そうなのかと安心した。
この日は、子どもの頃こんな子だった、がテーマだった。
母は「そんな子どもの頃のこと何にも覚えてないわ」と言う。
まず、知り合いのKさんが話し、おばあちゃんに育てられたと聞くと、「ああ、私もおばあちゃんに可愛がられてたわ、両親は商売してたから」と思い出していた。
Kさんの隣のIさんから順に話して行った。
話している方の話を遮らないようにしないといけないのに、母は思いついたことを挟み、ちょっとハラハラした。
が、たまたまその時だけであとはちゃんとわきまえて聞いてくれていた。
何も興味を示さないよりも興味を持って参加してくれたのでほっとしていた。
Iさんの次は1人飛ばして私になった。私は付き添いのつもりだったので急な展開に戸惑ったが、話し始めた。
昔のことを話すと、母は全て覚えていた。去年アルバムを見て話したのでその記憶は特によく残っているのかもしれない。
大好きだったばあばんのことは、父が下宿していた大家さんだったというのは知っていたが、大阪に来てお世話になっていたので自分の親より親みたいだったと聞いたのは初めてだった。
ばあばん40歳くらいやったね、とまた新しい情報が聞けてなんだかそんなこともここに来ての収穫だった。
私の耳掃除をしている時に妹がバンと叩いてしまったので、すぐに病院に行ったというのは前から聞いていた。耳かきを刺したまま、妹も連れて大変だったと聞いたのは初めてだった。(これは私が忘れてたのかも)
抜いて鼓膜が破れたりしたら怖いからそのまま付けて行ったようだ。
そんな色々な事件、これは私が覚えているというよりあとになってみんなから聞いた話しだと思う。
色々話して、私はおとなしかったけどしっかり者だったんだなと思った。
そこで、母は、「しっかりしてたけど、でばっていくほうじゃなかったねぇ」と初めて聞く言葉を何回も連発していた。
さっき調べたら、でばってというのはでしゃばりという意味のようだ。今度会ったら聞いてみよう。
そして、母の番。
何を話していいのかわからず、「もう90年も前のこと覚えてないわ」という。
「さっきおばあちゃんに育てられたって言ってたね」と言うと、そこから両親が商売をしていた、とか、おばあちゃんは私ばかり可愛いがるから姉二人はおもしろくなかったみたい、など話した。
高校を卒業したあとはYMCAに行っていたと聞いていたのでそのことを言うと、
英語が好きだったのでそこに行った。昔からなんでも好きにさせてもらった、ちょっとわがままやったんかな?など母の片鱗が伺えた。
会が終わってさて、タクシーで帰ろうかと思ったら、「このあとみんなでランチ行きませんか?」と。
長くなったのでつづきます。