竹内均さんについて
竹内均さんは、2004年にお亡くなりになられたが、東大教授から名誉教授、ニュートン編集長を歴任されていた。
若い頃から、早寝早起きを習慣化し、毎朝4時に起きるのが、あたりまえのような習慣であったようだ。
いわゆる、世に名を残す偉大な人物には、早起きの習慣がある人が多い。
竹内均さんのほかには、大前研一さんも4時起床だったそうで、70歳近くなった現在は、5時頃になることもあるとのことだった。
船井幸雄さんも健在な頃には4時前には起床されていたそうだ。渡部昇一さんは、研究で、エンジンがかかると、溶鉱炉の火が燃えたぎっているのを消すのはあまりにも効率が悪い、という比喩で、夜の勉強、研究に火がついてくると、徹夜も厭わない、ということで、早起きだけを習慣にすることはなかったようだが、研究の時間、努力の時間が常人とは違うようだった。
竹内均さんは、毎朝6時過ぎ頃には、自分の研究室に行くのが習慣化していたので、東大の紛争の時には、朝に学生がバリケードを築く前に研究室に入ってしまっており、教授で唯一、紛争中の研究室いた、というようなことを本に書かれているのを読んだことがある。
竹内均さんには、やはり三笠書房の本で、大変勉強させてもらった思い出が深い。
サミュエル・スマイルズの本を、ほぼすべて翻訳して三笠書房から出版されていたのだ。『自助論』『向上心』『続・向上心』『自己実現の方法』などといった本だ。
もともと、サミュエル・スマイルズの本は、幕末に留学した中村正直の訳で、「西国立志編」として、福沢諭吉の「学問のすすめ」とともにベストセラーになり、明治維新後の日本のいわば、知的・思想的原動力を形成しバックボーンとなった有力な本の1冊である。
明治期に確か200万冊くらい売れたというから、少しでも学問のある人はすべての人が読んだと言っても過言ではないほどだ。
中村正直は、留学中にイギリスの驚異的な発展は、どのようにもたらされたかを、一生懸命探ろうと考えていた。日本にも、イギリスのような驚異的な発展を根付かせたかったのだ。しかし、その根本的な理由がわからなかった。
わからないまま、日本に帰国する船に乗る直前に、英国の知人から1冊の本をもらったのだ。英国でもベストセラーのように読まれていたそうだ。中村は、帰りの船の中で、その本を読んでみると、長らく疑問だった、イギリスの驚異的な発展の理由の答えは、「これだ!」と合点がいったのだ。これを日本語に訳して「西国立志編」として出版したのだった。要するに、セルフヘルプの精神だった。
サミュエル・スマイルズは、もともと医者だったが、その後、著述に専念することになる。サミュル・スマイルズは、中村正直が手にしたSelf-Help(1859)のあとCharacter(1871)、Thrift(1875)、Duty(1880)Life and Labour, ( 1887)などの著作をのこしている。
竹内均さんは、これらをほぼすべて翻訳して三笠書房から私たちに供して下さったのだ。
1冊だけ、本明寛さんが訳した『探求心――仕事と生きがいについて』という本があるが、この本も大変感銘を受けるいい本だった。
竹内均さんは、日本語の新渡戸稲造の「自警」やヒルティの解説本も出版されている。
ほかのも、ご自身の書き下ろしも何冊かあったが、これがまた素晴らしかったのだ。同じく知的生き方文庫だったが、「人生を最高に生きる法」とか「知的人生を生きる方法」とか、オールコットの訳書「知的人生を生きる」とか、そのほかにも他の訳書も含めて大変いい本が、たくさんあったと思う。
三笠書房の単行本や知的生き方文庫で、古本で手に入れることができる。アマゾンなどでも安く購入できるはずだ。私の感覚からすると、本の定価の10倍から100倍の価値があるような感覚だ。古本でも文字が読めれば価値は変わらない。是非お勧めしたい本たちだ。
余談だが、竹内さんは、昔、高校生向けに大学受験の参考書なども執筆されていた記憶がある。
また、まだ、ICレコーダーなどが普及していない頃に、家や、研究室に複数の簡易録音機のようなものをおいておいて、文章のアイディアが湧くとすかさず、録音していたそうだ。
インスピレーションのようなものは、メモや録音をしておかないとすぐ、どこかに行ってしまい、2度と戻ってこないこともある。それを、秘書にテーおこししてもらっていたそうだ。
こういう工夫は、ひとつの知的生産の技術として、大変参考になると思う。
竹内均さんは、2004年にお亡くなりになられたが、東大教授から名誉教授、ニュートン編集長を歴任されていた。
若い頃から、早寝早起きを習慣化し、毎朝4時に起きるのが、あたりまえのような習慣であったようだ。
いわゆる、世に名を残す偉大な人物には、早起きの習慣がある人が多い。
竹内均さんのほかには、大前研一さんも4時起床だったそうで、70歳近くなった現在は、5時頃になることもあるとのことだった。
船井幸雄さんも健在な頃には4時前には起床されていたそうだ。渡部昇一さんは、研究で、エンジンがかかると、溶鉱炉の火が燃えたぎっているのを消すのはあまりにも効率が悪い、という比喩で、夜の勉強、研究に火がついてくると、徹夜も厭わない、ということで、早起きだけを習慣にすることはなかったようだが、研究の時間、努力の時間が常人とは違うようだった。
竹内均さんは、毎朝6時過ぎ頃には、自分の研究室に行くのが習慣化していたので、東大の紛争の時には、朝に学生がバリケードを築く前に研究室に入ってしまっており、教授で唯一、紛争中の研究室いた、というようなことを本に書かれているのを読んだことがある。
竹内均さんには、やはり三笠書房の本で、大変勉強させてもらった思い出が深い。
サミュエル・スマイルズの本を、ほぼすべて翻訳して三笠書房から出版されていたのだ。『自助論』『向上心』『続・向上心』『自己実現の方法』などといった本だ。
もともと、サミュエル・スマイルズの本は、幕末に留学した中村正直の訳で、「西国立志編」として、福沢諭吉の「学問のすすめ」とともにベストセラーになり、明治維新後の日本のいわば、知的・思想的原動力を形成しバックボーンとなった有力な本の1冊である。
明治期に確か200万冊くらい売れたというから、少しでも学問のある人はすべての人が読んだと言っても過言ではないほどだ。
中村正直は、留学中にイギリスの驚異的な発展は、どのようにもたらされたかを、一生懸命探ろうと考えていた。日本にも、イギリスのような驚異的な発展を根付かせたかったのだ。しかし、その根本的な理由がわからなかった。
わからないまま、日本に帰国する船に乗る直前に、英国の知人から1冊の本をもらったのだ。英国でもベストセラーのように読まれていたそうだ。中村は、帰りの船の中で、その本を読んでみると、長らく疑問だった、イギリスの驚異的な発展の理由の答えは、「これだ!」と合点がいったのだ。これを日本語に訳して「西国立志編」として出版したのだった。要するに、セルフヘルプの精神だった。
サミュエル・スマイルズは、もともと医者だったが、その後、著述に専念することになる。サミュル・スマイルズは、中村正直が手にしたSelf-Help(1859)のあとCharacter(1871)、Thrift(1875)、Duty(1880)Life and Labour, ( 1887)などの著作をのこしている。
竹内均さんは、これらをほぼすべて翻訳して三笠書房から私たちに供して下さったのだ。
1冊だけ、本明寛さんが訳した『探求心――仕事と生きがいについて』という本があるが、この本も大変感銘を受けるいい本だった。
竹内均さんは、日本語の新渡戸稲造の「自警」やヒルティの解説本も出版されている。
ほかのも、ご自身の書き下ろしも何冊かあったが、これがまた素晴らしかったのだ。同じく知的生き方文庫だったが、「人生を最高に生きる法」とか「知的人生を生きる方法」とか、オールコットの訳書「知的人生を生きる」とか、そのほかにも他の訳書も含めて大変いい本が、たくさんあったと思う。
三笠書房の単行本や知的生き方文庫で、古本で手に入れることができる。アマゾンなどでも安く購入できるはずだ。私の感覚からすると、本の定価の10倍から100倍の価値があるような感覚だ。古本でも文字が読めれば価値は変わらない。是非お勧めしたい本たちだ。
余談だが、竹内さんは、昔、高校生向けに大学受験の参考書なども執筆されていた記憶がある。
また、まだ、ICレコーダーなどが普及していない頃に、家や、研究室に複数の簡易録音機のようなものをおいておいて、文章のアイディアが湧くとすかさず、録音していたそうだ。
インスピレーションのようなものは、メモや録音をしておかないとすぐ、どこかに行ってしまい、2度と戻ってこないこともある。それを、秘書にテーおこししてもらっていたそうだ。
こういう工夫は、ひとつの知的生産の技術として、大変参考になると思う。
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