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大前研一さんの新著「経済参謀」を読んで

2022年05月13日 | 魂の人間学
 大前研一さんの新著「経済参謀」を読んだ。ベストセラ―になって今でも読み継がれている、「企業参謀」を捩った本の題名だ。大前さんの本を読むのは、ちょっと久しぶりだ。
1990年代に出版された「平成維新」という本をきっかけに、ご著書を熱心に読むようになったが、「企業参謀」から「国家参謀」のような、立場からの提言には、舌を巻いたものだった。道州制の導入をはじめこれらの書籍に書かれた提言を実行した政治家は、まだいないと言ってもいいだろう。 
 電気、ガス、水道、電話、などの工事を一回で済ませることが可能な、縦割り行政をなくし、電信柱も無くした丈夫で危機管理も考慮した安全な地下への敷設など、なるほどと思わせるものがあった。提言は具体的で何十もあったと思うが、縦割り行政は、あれから30年以上経過した現在でも続いているし、道路工事や、水道工事、電気、ガス、水道などは、大部分の地域で別々に地下を掘って工事を行っている。
 道州制も、政治の世界で、ごくたまに発言を聞くことがあるが、出ては、消えて、それらが、実行の途につくことは未だない。
 少子高齢化も20年~30年以上前から、真剣に懸念されてきたが、コロナ化を機に一気に少子化が加速してしまった。積立方式ではなく、賦課方式の現在の年金制度では、現在の少子高齢化では、稼ぎ手が少なくなって、先細りするのは明白だ。
 この「経済参謀」のご著書の中では、「少子化」、「教育」、「国民国家問題」の大きく3項目について書かれている。大前さんがライフワークと呼んでいるものだそうだ。
 第1に少子化への「処方箋」が書かれていた。フランスなど、ヨーロッパ諸国で、少子化対策に一応の成果を見ている国々の税制などの少子化対策を実例を具体的に挙げている。ここまで、具体的な実例に言及されたものは、私は初めて読んだ。
 ただ、私の年代になるとちょっとショッキングな実例は、ヨーロッパ諸国では、「戸籍」というものが、何十年も前に廃止しているところが多い、ということだった。韓国や日本のように「戸籍」がある国が、少子化が深刻、という事実も初耳だった。
欧米のやり方をそのまま模倣することなく、「この国のかたち」に換骨奪胎して、取り入れないと、うまくいかないところもあるだろう。
 ただ、私は、自分が不勉強なところもあるのだろうが、正直、西欧では、戸籍を廃止した国が多い、ということさえ初耳だったのだ。時代の変化に応じて、世代によって考え方も変わっていく。
 生体認証などを用いて、セキュリティーを強化した、国民データべース導入により、戸籍単位ではなく、出生時から死亡時までの国民一人ひとりを、国家が一元的に把握するという点も合理的だと思った。ケチをつけようと思えば、いくらでもできるのだろうが・・。
 少なくとも、こういう知見を得ることができて、この本を読んで良かったと思った次第である。
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塩野七生さん著「ローマ人の物語」とギボンの「ローマ帝国衰亡史」

2022年04月09日 | 歴史探訪
 塩野七生さんの「ローマ人の物語」全15巻を読了した後、同著者の「ローマから日本が見える」という本を読んだ。
 私は、最初、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」を読もうと思っていた。
 しかし、同時代に日本語で書かれた、塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読んだのだった。
 実は、「ローマ人の物語」を読む前に、同著者の「ギリシャ人の物語」を読んだのだ。

「ギリシャ人の物語」は、「ローマ人の物語」よりも後に書かれたのだが、私は、ギリシャに興味があったので、まず、「ギリシャ人の物語」を読んだのだった。
 この「ギリシャ人の物語」全3巻を読了して、この塩野七生さんの著作が、大変わかりやすくて、面白く、いわゆる事実に基づいた歴史小説ということもできる本でもあるのに、巻末に原語の参考文献が多数羅列掲載されていて、これは、学者の書物を上回る出来上がりだ、と思ったのが、何より、同著者の「ローマ人の物語」をギボンの「ローマ帝国衰亡史」の前に読もうと思った最大の動機だったと言ってもよいと思う。

 そして、私は、この選択は大正解だったと思っている。
 なぜなら、「ローマ帝国衰亡史」は、なぜ、偉大な文明でも衰退していくのか、という原因探求がメインテーマになっているらしいということだった。
 それに対して「ローマ人の物語」は、前753年のロムルスの建国以前、神話のような時代から始まり、西ローマ帝国が滅亡の少し後まで15巻を通して書かれているのだ。

 これでこそ、ローマ史全体を把握し、衰亡の原因もおのずから、考えさせられるというものだ。
 高校の世界史の教科書で「ギリシャ・ローマ文明」は必ず扱われるが、教科書のほんの一部に過ぎない。それを1冊300-400ページもある単行本に全15冊にわたって、それも1年に1冊、15年をかけて書いているのだから、その勉強・研究量と執筆するためのエネルギーは、並大抵のことではない。

 それを、読者は、個人差はあろうが、頑張れば数か月、長くても1年以内くらいには読めてしまうのだから、本というものは本当にありがたいものだし、筆者の塩野七生さんには、改めて感謝をしたいものだ。
 その労力を考えれば、本というものは、本当に安いものだ。筆者には悪いが、お小遣いが足りなければ、古本という選択もあるわけだし。

 もうひとつ、「ローマ帝国衰亡史」ではなくて、「ローマ人の物語」を先に読んで良かったと思ったことは、「ローマ帝国衰亡史」は、同じヨーロッパ圏の、意識する、意識しないにかかわらず、どうしてもキリスト教文明に影響された、著者の著作であるということだ。
 八百万の神々の国、日本のメンタリティーとは、違って当り前だが、ローマは、キリストが生誕する800年も前からの歴史があり、ギリシャ文明の影響もあり、ユピテル神を尊重するが、30万もの神々を祭った多神教のローマであったのだ。

 キリスト教がメジャーになるのは、紀元300年以降のコンスタンティヌス帝や紀元400年に近くなってのテオドシウス帝からなのだ。ヨーロッパを作ったといわれるカエサルは、紀元前100年の生まれで、キリストの生誕前に暗殺されてしまっている。

 ずっとのちの「ローマ法大全」にまとめられるが、ローマ人は法を重んじた民族だった。
 ユダヤ人は宗教、ギリシャ人は哲学、そしてローマ人は法を規範にして行動したのだった。

 もちろん、神殿はどこにも建てられ、留学はアテネやロードス島、アレキサンドリアなどに行って、哲学も学ぶことも行われていた。
 こういう背景で、18世紀に生きたギボンは、キリスト教文明の影響を意識する、しないにかかわらず、受けてしまっているのはやむを得ないことだった。
 日本人とは、バックグラウンドが違っている。

 一神教の影響と、日本のような多神教の背景をもつ国民とは、違っていて当然だが、キリスト教普及以前の、カエサルが構想し、アウグストゥスやティベリウス、五賢帝時代を経たローマ帝国を、日本人とは違った視点で見てしまうことはやむを得ないのだろう。
 ギボンのローマ帝国衰亡史は、イギリスの教養階級と呼ばれているような人たちのは、ベストセラーであって、現代も読み継がれている。

 それにもかかわらず、私は、今書いてきたような理由もあって、ローマ人の物語を先に読んで良かったと思うのだ。
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「性善説」から出発する人間の集合意識で理想の未来を創る 

2022年03月22日 | 魂の人間学
 あの世には残念ながら「地獄」という領域があるが、生まれ変わる人は、天国の住人でなければ、生まれ変われないしくみになっている。
 かつて地獄にいたことがある魂でも、地獄で反省して、地獄を脱し、天国に上がって来れた人のみが生まれ変わることができる。地獄からは生まれ変わることはできないのだ。
だから、人間は善人として生まれる。性悪説、性善説で言えば、性善説が正しい。ただし、文字通り、「生まれた時の人間性は善である」という意味で。
 人間には、自由意思というものが与えられている。素晴らしい目標や一生を選び、努力していく一生も自由に選択できるし、悪の道を選択する自由意思も与えられているのだ。
 善なる赤ちゃんとして生れながら、成長していくうちに 周りの環境などから、知らず知らずに内に悪の道に染まってしまう場合もあるだろう。悪への道を選択することも自由意思なのである。
 個々に話を聞けば、同情すべき点があることも多い。しかし、悪に染まってしまったからと言って、その後の自由意思もある。心の底からの「反省」「悔い改め」によって善への道を選ぶ機会は必ずあるのだ。それを選択しないということは、自由意思で悪の道を選び続けているということになる。
 人間が幸福になるには、意識して幸福への道を選ぶ必要がある。人間が善人になるには、善への道を選び続ける必要があるのだ。そのうち習い性、習慣になってくる。良き習慣を身に着けることは、幸せになるための大切な土台なのだ。
 人間は、生まれた時には、善であるということは、希望が持てる事実だ。
生れた後の環境や教育などは、人類の努力によってより良いものにしていくことができるからだ。子供の家庭環境を健やかな成長ができる環境にし、正しい教育を受けることができる世界。それだけでもユートピアの第1歩であろう。
 個々の努力の集積が、人類の集合意識になる。それぞれの努力によって人類全体の善なる理想の未来、光り輝く地球の未来を選び取っていきたいものだ。
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人間は、生れてくる前に人生の計画を立ててくる

2022年03月15日 | 人間学
 今日の話は受け入れられない人がいるかもしれない。しかし大切な話だと思うので、あえて書くことにします。
 人間は、生まれてくる前に生まれた後の自分の人生について、計画を立ててくる。
生れた瞬間に生前の記憶はほぼ失われることになっているので、顕在意識では忘却していても潜在意識の深いところでは、覚えている。
 それが、ほんの少しずつしみ出すように生前に立てた計画や記憶、なすべきことなどをインスピレーションで与えてくれるようにはなっている。この存在は、一人ひとりに必ず存在する「守護霊」、「守護の天使」などと呼ばれることもある。
 だから、自分の親や生活環境なども、ある程度、決めた上で生まれてくるのだ。結婚する、しないや、結婚相手も決めて生まれてくる場合が多い。ただ、この世は、すべて思うようになる訳ではないので、結婚する場合は、第1候補から第3候補くらいまで、3人くらいと約束してくる場合が多いらしい。前述したが、親子の縁も約束してくる場合が多い。
例えば、音楽家やスポーツ選手になる計画の人は、子供の時から親がそういう教育をしてくれる家庭に生まれてくるようにしている場合が多い。親子そろって計画を約束しているのだ。。
 だから、運命とは、あの世で決めてきた計画が約5割、潜在意識の領域である、守護霊・守護の天使、指導霊と呼ばれている存在の助力と本人の努力が残る半分半分くらいであるそうだ。
 このうち、生まれた後になって自分で変えられるのは、自分の努力がメインなのだ。だから努力が大切なのだ。自分の努力に応じて、そして、願望や祈りに応じて、守護・指導霊の助力も増えてくることが多い。自力も大切だが、やはり他力も必要なのだ。
 ただし、生まれた後になって計画を変更する場合もあるし、それは可能ではある。ただ、フレキシブルに生前の計画(シナリオ)は、何パターンも用意してある場合が多い。
 ひとりだと思っていても、守護霊あるいは努力に応じて指導霊も見ていてインスピレーションやあの世の領域で助力してくれる場合が多いということだ。
 人事を尽くして天命を待つ、ということが必要な所以でもある。

 
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淵田美津雄自叙伝 真珠湾攻撃総隊長の回想 (講談社)を読んで

2022年03月09日 | 魂の人間学
真珠湾攻撃総隊長の回想
淵田美津雄自叙伝(編/解説 中田整一)講談社(2007年12月8日初版発行)という本を読んだ。
淵田美津雄さんは、1901年生まれ。私の母方の祖母と同じ年の生まれだ。
私にとっては、おじいちゃん(世代)の回顧録とでもいうべき本である。
そして、太平洋戦争の日本のキーマンによる自叙伝でもあることが分かった。
 真珠湾攻撃の空中攻撃隊360機を率いる総隊長であり、ミッドウェー海戦にも参謀として参戦し、終戦の調印式のミズーリ号上にもいた、陸軍大学校も卒業した、元航空参謀でもある高級軍人である。
実は、この本、随分前に、本屋で手に取って見たことがあったが、その時は購入しなかった。約14年の歳月を経て、読むことになった本だ。何かの縁があった本というべきだろう。
感想は、正直に「面白かった。」「本当に面白かった。」というのが本音だ。
 面白かったというのが、語弊があるのであれば、本当にためになった。勉強になった。
源田実という人は、良く耳にして知っていたが、淵田美津雄という人は、あまり聞いたことがなかった、というのが正直なところだった。
 真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、中佐、大佐として、航空参謀として、戦艦大和をはじめとする日露戦争時代からの海軍の伝統的思考であった巨砲艦隊主義は、当時から著しく発達した航空機の重要性が上がっており、伝統的思考から脱さなければならない、と現場思考を持っていたが、いつもの日本型組織の弊害で、中佐・大佐級の権限では、その伝統を覆すことかなわず、あにはからんや、戦艦大和は、ミッドウェーでは、後方に温存、大事な戦闘で使われずじまいだった。などという現代でも通じるような日本型組織の弊害のようなことも書かれていたのだった。
 1945年8月5日まで、広島に仕事で、滞在し、もう1日宿泊する予定が、急用で呼び出されて、しぶしぶ移動したところが、翌日午前8時15分に広島原爆の投下。泊まっていた宿は、ほぼ爆心地で、跡形もなくなっていたという。
 調査で、被爆直後の広島を歩いている。同行した高級将校たちは、原爆病で大勢が亡くなったというが、淵田さんは、何故か何とも無かったという。
 加えて、8月9日の長崎の原爆投下後の長崎の調査にも入っているのだ。それでも、体調に異変はなかったという。
 ただし、自分の中の大いなる心の変化を体験した。人類史上なかった戦争被爆地に原爆投下直後に2カ所とも入って調査しているのだ。そして終戦。マッカーサーが降り立つ予定の厚木基地で、終戦を認めないで武装し続けていた旧知の仲間を機転をきかせて病院に送って解決したりもしている。
 そして、戦後は、GHQの調査や裁判にも出廷し、世間の風当たりは強く、軍人恩給まで止められてしまい、天皇は人間宣言し、本人は奈良の田舎で、農業や自宅の大工仕事などをして暮らすしかなかったという。軍人勅諭や天皇のために捧げた半生は、敗戦によって、周りの価値観が変わってしまった。
 その後、渋谷で日本軍の捕虜になったという人からキリスト教のパンフレットを手渡され、読んでみると、今までの人間が作った価値観から、絶対的な価値観のようなものを得たと思った。日本軍が殺してしまった宣教師の祈りの中身を知りたいという欲求もあり、聖書を読んでみると、宣教師の最後の心境が手の取るようにわかった。十字架のキリストと同じ心境であったのだ、と。
 そうして、真珠湾攻撃総隊長の名を隠さずに、キリスト者として、アメリカにも10カ月もの伝道旅行にでかけている。戦時中は敵の大将、将軍とも会って、「昨日の敵は今日の友」を実体験している。引退後のマッカーサーにも食事に誘われている。
 旧海軍仲間からも、アメリカ人からも一部の人たちからは批判されたが、気にせず、キリスト教の伝道に励んだ後半生だった。
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