Being on the Road ~僕たちは旅の中で生きている~

日常の中にも旅があり、旅の中にも日常がある。僕たちは、いつも旅の途上。

美麗的日本和我 (美しい日本と僕)/教会巡礼・平戸第1回

2021-07-04 17:53:39 | 旅行

2020年の記録

 

真っ青な空に白壁のコントラストが美しい平戸口教会

 

【旅程】

福岡空港⇒松浦⇒平戸⇒雲仙⇒口之津港⇒鬼池港⇒天草⇔大牟田⇒久留米⇒大刀洗⇒福岡空港

 

 

仕事を終えた後、福岡空港前の激安レンタカー店を出発。貧乏性なのか、根っからのケチなのか、どうしても激安、最安値をチョイスしてしまう。しかし、安いには安いなりの理由がある。走行距離10万キロ超の疲れた軽自動車は、片側1車線の自動車専用道路を走っていると、ピタリと追尾されるので、やれやれである。福岡市内を抜けるまでは、土地勘がないのと渋滞でイライラ、有料道路に入ると既述の通りである。福岡市内は、バッチリ晴れていたものの西進するに従い、雲が厚くなる。

 

佐賀県に入り伊万里市でトイレ休憩のあとは、一目散に西へ。佐賀県を抜け、長崎県松浦市の「道の駅・松浦海のふるさと館」で、さすがに疲れて一服。(ともかく、安全第一!)

 

台風の接近もあって、波しぶきを浴びるほど海は荒れている。風も強く、雲の流れが速く、枝の揺れはとまることがない。

 

 

カトリック福崎教会の現聖堂は、1985年(昭和60年)に新築されたものだが、それ以前は、1954年(昭和29年)教会・保育園併用の施設として建設されたものを1973年(昭和48年)に改築したものだった。

 

 

カトリック平戸口教会は、この地区に住んでいたコロンバン会のグリニー神父によって1952年竣工された。

 

 

カトリック田平教会田平天主堂は、1918年(大正7年)に信徒が開梱した瀬戸山地区の丘陵地に棟梁・鉄川与助の設計・施工により竣工された。(レンガ造瓦葺き平屋建て) 戦時中には天主堂の半分が兵舎として使われたことから、米軍の機銃掃射を浴びている。2003年(平成15年)重要文化財指定。

なお、田平地区には、隠れキリシタンの歴史はないため、世界遺産(「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」)の構成資産から除外された。

 

田平天主堂は、重要文化財指定となっているだけに美しさと重厚さを兼ね備えている。見学者もチラホラと来堂している。丘の上に建ち、ローケーションも良く、予約をすれば堂内の案内も受けられるが、あくまでも宗教施設、神聖な祈りの場である。

 

平戸大橋を渡って平戸島に入る。この頃から天候が急速に悪化する。(平戸大橋の二輪車通行禁止となる) 平戸市街は、ゆっくり散策したいところだが、時間がない。雨が強くなる前に今日の最後の目的地・平戸ザビエル記念教会へ急ぐも道に迷い、なかなかたどり着けなかった。やっとの思いで到着した時には、空は厚い雲で覆われ、雨粒が落ちて来ていた。

 

 

平戸ザビエル記念教会は、1931年(昭和6年)竣工の鉄筋コンクリート造のゴシック様式の教会堂で、左側にのみ八角塔があるアシンメトリー(左右非対称)な景観を作っている。蛇足ながら教会の周辺は、光明寺、瑞雲寺などの寺院がならぶ。

 

 

唯一の旅館泊、(以降はビジネスホテル)夕食は大宴会場を1人貸し切り。「旬の地魚が食べられる漁師直営網元の宿」と期待していたが、テーブルにならんでいるのを見て、「エッ、これだけ?まぁ、海荒れてるし、GoToトラベルで格安だし・・・・」(黒のお盆の範囲)、ところが、着座すると出てくる、出てくる、写真右の刺身、たたき、いか刺し、トビウオの塩焼き、蟹の味噌汁,茶碗蒸し・・・・・。ここに2泊したら身体壊しそう、もちろん大満足でした。

 

 

旅は続く