なぜ、美容師の仕事をしていないのに
わざわざ、美容師であることを忘れないように
こんなことをしているのか。
ま、単純に、美容のしごとがすきなんです笑。
けど、業界がやっぱりすきになれなかった。
しかし!じぶんの美容は何なのかは追求して
「ちゃんとプロです」って言えるじぶんになりたかった。
そこにだけをこだわって。
あとは「国家資格」だから、わたしについている資格。
なかなか日本では、バカにされちゃうような資格だけど
ちがう国に行くと、医者とおなじくらいに扱われるところもあるんだから。
わたしは、そこに誇りとプライドを持ちたいなって。
たぶん、父の影響なんだと思います。
父は、タクシードライバーをして、会社役員の運転手をして
またタクシードライバーに戻りました。
そして「二種免許」にこだわって
よく、幼い私たちこどもに大口を叩いてたりしてました。
だから「おとうさんのうんてんがイチバン!」って思ってました。
タクシードライバーに戻るときは、その勤務区内になる地図を
ちゃんとイチから勉強しなおしている姿もみました。
けっして知らないくない道なのに、ナビもある時代なのに。
想像するに、父は「抜け道」を感覚で知っているそんな印象を感じてました。
だから、お客さんが安心する運転をするんだろうなって
あたしもよく深夜残業のときは、お得意さんのように父の車を使ってました。
もちろん身内料金で、そこはないしょです。
(父の負担を増やしてたんですけどね。)
小さな、お客さんにバレないようなサプライズを密かに隠して
役員運転手の心づかいもできるから、きっとね。
それは、美容師のしごともすごく似ているところがあります。
お客さんが店の扉を開けた瞬間、お客さんを見極める。
美容師の場合は、その人の「こだわり」と「嫌がる接客」を感じ取るんです。
たぶん、これが俗にいう「感受性」や「直感的」といって
「親近感」や「不快感」が伝わりやすかったり、伝えやすかったりします。
なんでね、ふつーの会社ではたらいている人より敏感で
やっぱり組織に向いていないって、感じるわけです。
良くも悪くも組織人はとても「鈍感」で、人に対して「無関心」が多いから。
そして父の職業とちがうのは、美容師は「職人」という意識をすごく持っています。
そこに「美意識」も必要になるから、いろんな世界をのぞくんです。
専門でも<デッサン><華道、茶道><色彩><ショー><作品づくり>なんかをします。
アシスタント時代の休店日は、休みじゃないんです。
さまざまなメーカーやディーラーの講習会へ行ったり
ひどいときは、店長や先生、先輩のお供をされたり(これけっこうツライの)
その合間をぬって、映画や美術展、絵画展、モデルハントや作品づくり。
これまた、写真を撮る人が出たり、音楽を始める人がでたり、料理にこったり・・・。
お店でヒマそうにしてても、これはたぶん今もそうだと思います。
だからなんだと思います。
わたしがお世話になった店長はよく「美容から離れてもなんでもできる!」と言ってました。
そのとおりなんです。
わたしは、美容専門時代にふつーの企業でもはたらいていたので
さらに「なんでもできるもん!」っていう感覚は若いときからありました。
だから、組織の管理職や年下先輩には、生意気にうつるんだろうな。
美容師は、カットやカラーをするだけでなくて
たくさんのことをしながら、じぶんを高める、じぶん売り物の世界だから
「相手が求めてるモノを察する」という能力が人一倍高いんです。
そして、お客さんが不機嫌にならないように
とてもデリケートな部分を触らせてもらっているから
実は、とても繊細なんですよ。
んでもって、職人の世界だから、じぶんにも人にもきびしくなります。
わたしの髪をcutしてる人は同期なんですが
その人とは<ヒト対ひと>なんです。
こんなわたしのことを知っているから、OLしているわたしに
彼はちゃんと「美容師扱い」してくれます。
んでもって、ちょっとハサミ持ってないことをつついてきます。
わたしも「ハサミ持ってなくても美容師だもん」とつつきます。
彼はどう思っているかわからないけど
わたしは、そんな彼のお客さんの中でいちばんきびしい目でみて
「絶対彼の髪は切りたくない」と、いじわるを思いながら鏡の前に座ります。
これを無言で、何気ない・意味があるようなないような会話の中でたのしみます。
ま、そのせいでわたしも店に行くときは、すごく緊張するんです笑。
同業は少なからず、あるんじゃないかなって思います。
切られながらも、まわりの手元・動きをみては、偵察しちゃいます。
元美容師という人も、人によってはたくさんひた隠ししているのでご注意を。