櫻井郁也ダンスブログ Dance and Art by Sakurai Ikuya/CROSS SECTION

◉新作ダンス公演2024年7/13〜14 ◉コンテンポラリーダンス、舞踏、オイリュトミー

ピーター・ブルックの訃報をきいて

2022-07-07 | アート・音楽・その他

この数日、何度となくピーター・ブルックの事を思い出していた。

7月2日に亡くなった。それを5日の朝に知った。舞台芸術の巨匠である以上に大変な知性を僕らは失ったことになる。ショックを受けたままその日の昼に踊りのクラスをやったが、人が気持ちを込めて踊ろうとする一挙一動がとても大切にあらためて思えた。

クラス中、ふとメンバーから寺山修司のことが話題に出た。踊りながら、僕の音読を聞いて踊りながら、寺山の言葉を思い出したという。どんな?かくかくしかじか。ーーー。とても素敵な言葉だった。素敵だと思いながら、思い出していたのは、演劇や舞踊や映画が革命に結びつこうとしていた、あの雰囲気だった。僕なんかが居たのは、その、もうおしまいのころだったかもしれないのだけれど、それでも、まだ、ある種の異様な渇望と絶望が熱を帯びていた頃、寺山が亡くなり土方が亡くなり、穴があいたようなところに、熱や湿度や怒涛の代わりに何か軽やかで薄情な格好良さがウイルスのよう街を犯し始めた頃、芸術が「あーと」と言い換えられ始めた頃、いきなりピーター・ブルックが爆弾のようなカルメンを持って東京に来たのだった。

カルメンの悲劇。銀座に新築されたばかりのセゾン劇場だった。杮落としの一環だったのだと思うが、出来立ての劇場の客席をブルックはいきなり解体し、素朴で座り心地の悪いベンチに取り換えてしまったのだ。そして、真新しい舞台で本物の焚き火を燃やして、その炎の中で、カルメンの悲劇を上演したのだった。もちろん話題になった。だけど思い出すのは、どちらかというとそのような事件性やインパクトではなく、俳優の声や仕草や汗、あるいは手に持ったタンバリンの音、そして気がつけば食い入るように見つめたラストシーンだった。人間の内側に秘められた激しさをそのまま目撃してしまったようだった。舞台芸術が本来もっているラジカルさを、突きつけられた気がした。

さらに衝撃を受けたのはブルックの拠点劇場であるパリのブフェ・ド・ノール(Théâtre des Bouffes du Nord)で見たシェークスピアだった。舞台のみならず劇場の至るところが砂まみれで、砂漠のなかの廃墟のようになっている。そこでタイタス・アンドロニカスが上演された。ティンパニとラッパが何度も野蛮に吠えるなか、凄まじい戦闘が繰り返されるのだった。シェークスピア最後の悲劇にして異様な暴力世界が生身の衝突で体現されてゆく。これは恐ろしい力が人間に取り憑いて世界を崩壊させてゆくような感じを受け、ちょっと心理的なダメージさえあった。

もう一つ、鮮やかに思い出されるのがブルックの監督した映画『注目すべき人々との出会い』。有名な神秘家G.I.グルジェフ(この人については機をあらためて書きたい)の自叙伝のような話で、当時やたら話題になった後半の秘教的舞踊グルジェフムーブメンツのシーンを目当てに見に行ったのだが、より強烈に焼きついたのは、果てしない旅の感覚と砂のイメージだった。物理的に映っているわけではないが、主人公の若きグルジェフがリアリティを求めて彷徨い旅する世界が広大な砂漠のように見えるのだった。

ピーター・ブルックの劇を通じて、僕は人間なるものが秘めている途方もないエネルギーと謎を目の当たりにさせらてしまったのかもしれない。強く尊敬し続けると思う。

 

 

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stage info.

櫻井郁也ダンスソロ新作公演

『やがて、、、(タトエバ切ラレタ髪ノ時間ト)』

7月30(土)〜31(日)

席数限定。ご予約はお早めにお願いします。(詳細=上記タイトルをclick)

 

 

lesson 櫻井郁也ダンスクラス:ご案内  

クラスの種類や内容など、上記をクリックしてください。

 

 

 

 

 

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