櫻井郁也ダンスブログ Dance and Art by Sakurai Ikuya/CROSS SECTION

◉新作ダンス公演2024年7/13〜14 ◉コンテンポラリーダンス、舞踏、オイリュトミー

photo (WS in Luxembourg)

2013-01-03 | 海外公演の記録 past dance works in EU











振付センター


____________________________
【Coming Stage】
櫻井郁也ダンスソロ・次回公演
In the attachement please find the detailed program.
Sakurai Ikuya Official HP (JP/ENG)

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ルクセンブルク公演報告2

2012-12-31 | 海外公演の記録 past dance works in EU
【ルクセンブルク・ワークショップ風景】

とにかく対話が多い。
ルクセンブルクで開いたワークショップで、それは如実に感じたことだった。

6年前のポルトガルで指導した時にも思ったことだし、さかのぼると、活動を始めて間もない頃にドイツで踊った時にも、やはり終演後に観客はさかんに語りかけてきてくれた。

言葉とは別の次元が現れる「踊り」なるもの。
それを味わったあと、逆に体内に眠っていた考えや感情が溢れて、沢山の言葉が出てくるのだろうか。
ヨーロッパに行くたびに、僕は浴びるように言葉をきく。
はじめに言葉があった。
という有名なフレーズが、彼の地にあって、急速に説得力をもつ。
しかし、言葉から表情へ、表情から姿へ。
踊りは、対話を奥へ奥へと、導いてくれる。

ルクセンブルクに過ごして1週あまり、以前ここで報告したソロ公演『HAKOBUNE』の幕が降りて翌日、急にワークショップが満員〆切になった。

会場は、主催者である「ルクセンブルク振付創作センター」である。
国と民間が共同運営するそのセンターは、名前の通り、踊りの創作と研究のためにプロに解放された場であり、中央駅からスグの好立地。用途や広さが異なる複数のスタジオとキッチンやミーティングスペース、また、試験的な公演ができる小劇場があり、専門知識をもつマネージメントスタッフや技術者が常駐する。この国でダンスが大切にされていることが、すぐにわかる。

集まった人たちには、ダンサーに加えてカメラマンやアーチスト、そして、結構な高齢の方も何名か(かなり見惚れる踊りをされた)いらした。

現地に着いた時は、まだ人数に余裕があるときいたが公演すぐに定数を越えたということは、これは、やはり観たものとの関わりをもっと強くしたいという人が入るのだろうと思ったら、その通りだった。

スケジュール上、週末の2日間にしたいと希望したら、センターが用意した時間は一回丸半日を2セット。結構長いし、東京に比べて受講料も高いから、よほど好きな人か専門家が来るのかと予想していたから、嬉しかった。
僕のレッスンスタンスは誰もが踊る喜びを味わい高め合う場づくりだから、国内でも外国でも、文字通りの経験年齢男女問わずにやりたい。
だから、観客がポンと来てくれるフットワークは、それだけでうれしかった。
舞台から降りたアーチストと一緒に汗をかく、そして話しをする。これはホットだ。

さて。

ヨーロッパのなかでもルクセンブルクは特に多言語多人種の地域だ。そのせいもあるのか、身体表現が実に豊かだと感じた。表情が強い、手の動きが大きい、足取りが強く、動きのスピードが個々特有。
まるく纏める踊りは大変かもしれないが、個を問う踊りである舞踏には文句なし。逆に、もはやカテゴリーは不要という前提が一人一人の肉体に染みていて、本当に私たちが待ち望んでいる踊りの地平とは何か、を問う場づくりを考えるキッカケにさえなった。

集まった冒頭から、次々に手を挙げる。踊る前に、まず今の思いを話してもいいかと、次々に口を開く。
舞台の印象、踊りについての自分の考え、日々生活しているなかでの自己探求、僕へのメッセージ、(作品から感じた)日本のこと、3.11のことから放射能とヨーロッパの現場のこと、芸術の果たす役割のこと、エトセトラ。言いたいことを言ってそして議論するから、実に興味深い。しかし、言葉で納得してから踊るのは、どうなのか。
言葉を鎮めよう、あえて沈黙して、流れ出る言葉を体内に圧縮してみたい。そしてカラダを動かし、出せるエネルギーを出し合い、それからじっくり話してもいいか。そんな始まり方をした。

みんなで鏡の前に出た。そして、じっと自己の姿を見つめたまま凛と立つ、自身から目を逸らさずに立ち尽くし続ける。
次に目を閉じた動きの稽古、そして触覚だけで場所を調べ直す稽古。
ともかく、沈黙の時間を過ごした。日本のレッスン場では、やった事のない稽古手順だが、僕自身個人的にはやる、この準備的な作業が、以外に好評だった。
衆目のなかで、ひとり、になる。
コミュニケーションなるものから、一時のあいだ距離を置いてみる。
そんな、カラダの時間というものが、とても新鮮だったみたい。
これはしかし、僕からすると、踊りの始まりなのだ。
踊りはお喋りではない、踊りは表現である前に、滲み出る何か。コンタクトである前に、姿。見せる動作である前に、見られている状態。風景。現象。
言葉はディレクションをもち、明晰な思い考えがあり、内から他者に放射されるエネルギーの形だと、僕は思う。だけど、踊りは、ちがう。
社会の大半を成す言葉の世界が、取り残して平然としている、迷宮や、揺れや、未明のうずき、そんな非合理な心の響きを、そっとすくいあげてゆく作業が踊りにはある。そんなことを感じてもらいたかったのだった。

対話が変化していった。
問答するような内容から、余韻を分かち合うような内容に、さりげない瞬間の快や不快、さっき聴いた音の印象、いま踏んでいる床の温度や部屋の空気、話しながら今味わっているコーヒーの暖かさについて、僕の声のトーン、日本語の耳ざわり、エトセトラ。

そして自由な踊りへ。またトレーニングへ。そして再び自由な踊りへ。

限られた時間に、習えるだけ習おうという感触は、次第に去り、限られた時間だからこそ、ゆったりと過ごし合おう、という感触に変わっていった。

ダンスは特別なことじゃないのね、と、微笑んだ女性がいた。僕も微笑んだ。

最後に、僕は自分で作った音楽を流した。そのなかで踊るみんなの動きや表情は、とてもデリケートになっていた。感情をぶつけるのではなく、そっと音楽に寄り添うような、声になる前のひそやかな心の揺れを、カラダが確かに受け止めているような、そんな踊りが空間と共存している。
シンプルだった。優しかった。

こんな風に僕も踊りたい。そう思える風景に出会って、はじめて稽古は成立する。
そのことを確かめられたのが、ルクセンブルクでのワークショップだった。

気がつくと、ヨーロッパと日本の違いは気にならなくなっていた。
東京で、いつもの人と、いつも通りにやっている、いつものクラス風景が、出てきていた。

参加していた方々全員の顔が、胸に焼き付いている。

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海外公演の報告(2012年10月・ルクセンブルク)

2012-11-20 | 海外公演の記録 past dance works in EU
そろそろ、ルクセンブルク公演の報告をしたい……。

支えていただき、励ましていただいて実現した舞台だった。
倒れては立ち上がる。リハーサルと並行して、そんな単純な作業を執拗に繰り返しつつ、作品を膨らませた。理知的な方法とは思えないが、肉体や集中力を検証したかった。ソロダンスには思考回路だけでは何ともならない領域がある。自作自演は、甘さが何よりも怖い。
そんななか、東京公演でいただいた視線の力を思い出していた。作品を磨き込んでゆく杖になった。
ひとつのカラダは数知れない魂に支えられていると思う。
育てたものを正確に踊る、そこに徹した。想像以上の好評を得ることが出来た。
感謝、というコトバでまとめてしまいたくないけど、やはり、書いておきたい。
ありがとうございました、本当に!!

さて、報告したいことは沢山。
上演、プロセス、ワークショップ、人々、風景、予感、
何回かに分けて。
すでに始動している新作(2013年3月末公演)への結線も張ってみたい。

きょうはまず、写真を少し。


ーーーーーーーーーーーー



漆黒のなかに微かな火が揺らぐ。
舞台に散りばめられているのは沢山の卵。その内部で微かな火が、ちらちらと光を放つ。
さらに目を凝らすと無数の光の点が渦をなしつつ、宙空に浮いている。
静かに人影が立っている。


ムーブメンツは沈黙から生まれる。
気配、呼吸。動き出しは、ダンスにとって最もデリケートな瞬間だ。
重心のわずかな移動が衣装の衣擦れの音をきめる、床と体重の接点がどう定まるかで、空間全体のひろがりが良くも悪くもなる。
客席に、どこまで静寂を呼び込めるか。心臓が止まりそうになる。



ダンスのステージはマラソンに似ているかもしれない。
エネルギーを使いに使って、もう無理かな、と思う時点を越えてから、やっと始まってゆく次元がある。
イメージが本当に活きてくるのは、そこからだ。













作品の終わりには、カラダは崩れそうなまま立っている。
なんとか背筋を入れて、感謝を込める。

とても長い静けさのあと、強い拍手の波が来た。
手をたたきながら立ち上がる人が次第に増える。
声が上がり、ドッドッドッと足踏みが始まる。劇場が残響して楽器のなかに居るみたいだ。
客席から、力を与えてもらっている実感があった。
新しいダンスが始まる予感がした。



(続く)

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performance in Europe(Luxembourg)

2012-10-02 | 海外公演の記録 past dance works in EU
10月の海外公演詳細です。お知り置きいただけると幸いです。
もし期間中在欧の方いらっしゃいましたら、ぜひとも、ご来場くださいませ!
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SOIREE DE DANSE CONTEMPORAINE
Sakurai Ikuya Dance-butoh solo
"HAKOBUNE"
25.10.2012 20:00
opderschmelz -Grand Auditorium
= Centre culturel régional Dudelange, LUXEMBOURG

Participated in TOUCH OF NOIR Festival
Concurrent performance:”CALLEJON” by Yuko Kominami

SAKURAI IKUYA :DANCE /DIRECTION/CHOREOGRAPHY/ SOUND COLLAGE/LIGHT DESIGN

SAKURAI EMICO:ART INSTALLATION/COSTUME DESIGNE
TOMÀS TELLO: SOUND OPERATOR

BRICE DURAND: LIGHT OPERATOR
SAKURAI IKUYA/CROSS SECTION :PRODUCTION
DURATION 60-65 MIN.


venue:opderschmelz - Centre culturel régional Dudelange
1a rue du Centenaire L-3475 DUDELANGE,Luxembourg

Ticket and Theater information

WORKSHOP in Luxembourg city

SAKURAI Ikuya : WEB
_____________________________
"HAKOBUNE" :Sakurai Ikuya = "Hakobune" is the japanese word for ark and symbolizes here the journey from destruction to regeneration. The solo dance piece, created and performed by Ikuya Sakurai, choreographer and dancer from Tokyo, consists of an incessant movement of the dancer's body during a whole hour. It realistically portrays images of life, death and rebirth through the energy which is ceaselessly released with the intense concentration and the transformation of the dancer's body.The piece was created from Ikuya Sakurai's personal experience of the Tohoku earthquake and the explosion of the nuclear plant in japan 2011. Through this performance he expresses the mourning for the dead and the encouragement for the surviver's future. Hokobune is about destruction, loss, radioactivity which keeps on falling, as well as the human figure who tries to find the light from out of the darkness. Ikuya Sakurai's dance piece prefigures a modern apocalypse and, at the same time, a beautiful meditative performing art which entrusts infinite sympathy for the human body and life.

CALLEJON : Yuko Kominami (20-30min.)=Calléjon means alley in spanish. The dancer moves in the alley, forth and back, getting lost, finding back and leaded to a dead end. Is she a rat in a bag or a flower blooming out of season? In the kaleidoscope of light, shadow and darkness, the questions about destiny become irrelevant. We all encounter death (and birth) somewhere, just here? We can laugh or cry, resign or struggle, rage or love. We keep on going through the alley.

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Sakurai Ikuya

Sakurai Ikuya is a dancer/choreographer based in Tokyo. He was born in Nara, ancient city in Japan in 1964. He grew up in a traditional climate and practiced gymnastics since the early age. At the age of 18, He became a pupil of one of the pioneers of butoh, Akira Kasai in Tokyo. Along learning butoh he worked as his assistant until 1995. Pararell to the dance practice, He studied film and drama directing at Nihon University college of art and its graduate school. His film was awarded with the special recognition award by the jury at Munic International film festival. From 1993, he started to launch a career as a dancer/choreographer of contemporary dance and butoh. In 1997, he has created a company with artist Emiko Sakurai a company “Sakurai Ikuya/CROSS-SECTION”. Until this date, he has created and performed more than 40 dance pieces, and also has been teaching professionals and amateurs, through exploring the new possibilities of butoh. 2000: Participated in "Theater X(cai)" International Dance Festival Tokyo.  2001and 2006-2009: participated continuously in  "Dance Hakushu" Festival directed by Tanaka Min.   2002: Choreographed for NHK educational TV Program. 2006: Invited from 10th “a sul” Contemporary Dance Festival in Portugal.  2012: participate in Echigo-Tsumari Art Triennale Niigata Japan. As major works : “De profundis ─1: Mists”/2: Rain Tree”(1994/Tokyo), “SHINKUH-RITSU”(1995 / Stuttgart and Hamburg / Germany ), "Dance for Marcel Duchamp”(1995 / Maebashi /Japan), “ Dance toward Nonviolence and Disobedience No.1-No.4 ”(2001-2003 / Tokyo),  “TABULA RASA”  (2006 / Loule and Faro / Portugal ), "4 dance for 4 seasons" (2008-09 spring ,summer, autumn, winter / Hakushu / Japan) ”Le corps sans organes ”(2010/Tokyo)

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櫻井郁也ダンスソロ『方舟』
~ルクセンブルグ招聘公演
10月25日 20:00開演
ルクセンブルグ・デュドランジュ・オ―プデアーシュメルツ劇場
・大ホール

Sakurai Ikuya Butoh-dance Solo ” Hakobune "~ SOIREE DE DANSE CONTEMPORAINE~theatre"Opderschmelz" Grand Auditorium,Duderange,Luxembourg
照明:ブライス・デュラン
音響:トマス・テロー
製作:ルクセンブルグ・デュドランジュ文化センター
同時上演:小南ゆう子『カリヨン』
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※早春3月のplanB公演が招聘となり、大劇場版に育てる作業となります。ダンスの内容や美術は大きく変化して、タイトルも『方舟』という名になりました。作品のことなど、くわしい記事もこれから記載してゆきますので、よろしくお願いします。まずは上記、ぜひお知り置き下さいませ!

※プロデュースのオープデルシュメルツ劇場は現代アートセンターやメディアセンターと連携した新しいスタイルの劇場で、世界遺産でもあるルクセンブルグ旧市街から30分のロケーション。(パリからもTGVで2時間ほどです。)照明のブライスさん、音のトマスさん、ともに初の共同作業を快諾してくだって、目下、交信中です。そして、ポルトガル公演につづき、小南ゆう子さんが公演作業を共にしてくれています。さらに今回は『カリヨン』という名の踊りを創作して同時上演しくれます。ゆう子さんはダンスクラスOGで名実共に仲間です。ずっと一緒に舞台を踏みたいと思ってきたのが、いよいよ実現します。

※上演地のルクセンブルグは紅葉が美しい国とききます。秋の深まってゆく季節感のなかで、いかなる交感と出会いが生まれるか、楽しみでなりません。

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【Coming Stage】
櫻井郁也ダンスソロ・次回公演
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ポルトガル公演9

2007-01-31 | 海外公演の記録 past dance works in EU

櫻井郁也/十字舎房ポルトガル公演報告・最終回
第4章「ファロ公演~地の果てにあった懐かしさ」(3)


【ソールドアウト】
10月13日。ファロ公演、本番日。
この日は、フェスティバルの千秋楽。僕の他に、京都の由良部正美さん、オランダで活動するポルトガル人ダンサーのマリア・ラモスさんが公演。(お二人ともエレガントかつ、なかなかの強者、そして、人間的にも魅力あるプロ。同じ舞台が踏めて感謝。)そして、ステージのあとは、深夜まで及ぶパーティー&ビデオ上映でフェスティバル全体の幕となります。

チケットは、ソールドアウト。
20名以上の人がキャンセルを待っている状態になっています。

いよいよ、この国での仕事納め。

いつもの美しい夕陽をながめ、教会の鐘をきいて、カラダに集中。
そして・・・。

【TABULA RASA】
舞台に出た瞬間、感じた視線の鋭さ。これは、何なのでしょうか。

ステージに立つ者には、強烈に観客の気持ちが伝わってきます。
楽しむことには命がけのラテン気質。そして、「美にはどん欲」。

生演奏の日本&ロウレー版に対して、このステージは、完全ソロバージョン。シンメトリカルな空間構成のなか、複雑な録音を経たサウンドコラージュとただひとつの肉体が、からみあいます。50分間ノンストップ/転換なし。ぎりぎりまで要素をそぎおとしました。

作品タイトル「TABULA RASA」とは、白紙還元という意味です。
この50分は、踊り尽くすことによる、身体浄化の風景でなければならない。
ステージの肉体は文字通り一つ。
丁寧に、かつ、叩きだすように踊る。シンプルに・・・。
そう決めて、一気にドライブをかけました。

恐ろしいような沈黙のなかで、踊る、というより「さらし続ける」という時間が流れていきました。

ワイルドな視線、骨を舐められるような眼差しです。
ここは、やはり宗教と芸術の国。働く場所、祈る場所、感受する場所、それぞれに人生がかかっているのでしょう。そんな人々にとって、劇場は教会に劣らぬ大切な場所。感性だけ、他に何も要らない場所・・・。

全開した毛穴から汗が体内に逆流し、ひりひりとした感覚。
麻痺する感覚のなかで、聞こえてくる呼吸音。

わずかな指先の動きが、ずしんと丹田を叩きます。
カラダが動いているんだな・・・。
ふと、そう感じた時、幕となりました。

作品とはいえども、生身の人間が生身の人間に向かい合う以上、そこには現在進行形の何かがあります。
この瞬間にしかない共有感があるからこそ、演者と見者との強い対峙関係が生まれ、その関係のなかで生成するものがある。それが舞台公演の味わいです。
この日、この場所で生まれたものは何だったのでしょうか。

【声・問いかけ】

みなさん、立ち上がって、とても長いあいだ拍手を下さいました。
深くお辞儀をするなかで、ループするように脳裏をよぎった言葉がありました。

「光あるうち光の中を進め。ヒカリアルウチ・ヒカリノナカヲススメ、ヒカリアルウチ・ヒカリノナカヲススメ、ヒカリアルウチ・ヒカリノナカヲススメ・・・。」

降って湧いたようにぐるぐると響くのです。トルストイだったと思うのですが、女の人の声で聴こえる気がするのでした。憑いているのでしょうか。拍手は続きますが、その向こうの真っ暗なところに、気持ちが行きました。何かが居るのかもしれない、何か知らないものが、、、。ひときわ大きく眼を凝らし、客席のさらに向こう側の暗闇を見つめるうち、この言葉は幽かになって消えました。

カーテンコールを2回おこない、あとは、空っぽの舞台が、そこに残され、カラダにも心にも、何もない空間がぽっかりと口を開いています。それは、とても美しい空白です。

僕にとって、作品とは問いです。
作品が成立した時、それはこちらに問いかけを始めるんです。
ワタシは誰?そしてワタシを生んだアナタはナニモノなのか?と。

ここにきて、挑戦が始まった気がします。

【廃墟の礼拝堂で】
ファロを後にして、僕らはリスボンへ。
全ての仕事を終え、ポルトガル最後の思い出にと立ち寄ったのが、ここ、カルモ教会跡です。
坂道が複雑に交差し、立体的な迷路のごときリスボン中心街。
その一角にある小さな入口をくぐり抜けたとたん、目の前に広がる光景に唖然。

ここは、周囲の壁と列柱を残し、すっかり屋根が抜け落ちた巨大な礼拝堂の廃墟なのです。
リスボン大震災の遺構とのことですが、その由来をこえて、豊かな詩情がこの場所にはあふれています。

緑の芝生に点在する瓦礫、壊れてなお微笑する天使像・聖人像の数々。
石の巨大アーチによって青空に描かれる、危うい放物線。
天を突き刺すような列柱群。
静寂。
廃墟の壁には祈りの声が封印されているようです。


佇むうち、雨が降り始めました。
大粒の雨がどっさり。
なのに、太陽が燦々と輝いている・・・。
長かったこの旅で、始めての雨。お天気雨です。

まぶしい太陽光を受けて、キラキラと雨が降ります。

スッと力が抜けていくのを感じました。
こころの奥には、そこはかとなく笑いがこみあげてくるようです。
一体何がおかしいんでしょうか。いいえ、おかしいのではありません。
僕は、ただ、心の底からほっとしていたのです。
ただ、カラッポになっている。それだけ・・・。

巨大な礼拝堂の廃墟に、光の粒が天から降り注ぐようです。

【人生への生真面目さ~フェスティバル雑感】
振り返ってみれば、すべては出会いから始まりました。
今回のアーチストは、日本側の組織や批評家などなどを通さずにディレクターが、直接来日して、自分の足と眼で選ばれました。

興味がある。我々は今、東京に来ている。会わないか・・・。

さすがにびっくりしたけれど、今考えればすごい行動力です。
だれかの推薦や評判ではなく、直接眼で見て、人物と会う。という方針なのだそうです。たしかに独特のアーティストチョイスでした。当たり前と言えばそれまでですが、なかなか出来る事ではない。
そんなことを彼らは10年以上も持続してやっている。

そして、大きなプロジェクトなのに、彼らは器用さを用いませんでした。

家族のような少ない人数で、てんてこ舞いしながら世界を飛び、自力で見つけたアーティストを地元に紹介していく。
感情を露骨に表し、困り果てながら、ひとつひとつの舞台を手作りしていく感じがありました。
いまだに色んな事を思い出します。正直、大変だったけれど、手応えのある公演旅行でした。
何よりも、頑なまでに自分の眼を信じる姿勢。そこには、学ぶべきものを感じました。

彼らをはじめ、この土地に来て、ずいぶんいろんな人と出会いましたが、ポルトガルの人々に対して今思う事は「人生に対する生真面目さ」。
彼らは、与えられた人生を満喫する事に、使命感さえ持っている感じがしました。

彼らは、すごく大事に自分の命を生きている。
だからこそ出来るんでしょう。「生身の人付き合い」を大事にしてくれます。
山あり谷ありの道中、人との出会い・付き合いの中で、他人への警戒心やバリアーを見事に感じませんでした。トラブルや感情の行き違いは沢山あった。けれども根本に「道徳」というものが、まだ生きている社会、人と人がぶつかりあっても大丈夫な社会です。
僕ら日本人は、どうでしょうか・・・。

行く先々で日本の現代に対するあこがれの言葉を聞きました。ポルトガルの人々は、日本にまだ、夢を持っていてくれます。単なる異国趣味ではなくて、同じ現代を生きていく人間の共同体として、何かを学ぼうとする態度で日本および日本人を見つめているのです。

オリーブとブーゲンビリア、眼もくらむ光の洪水と白い街、食と芸術に酔いながらもどこか哀しげな、地の果て・時の果てを見つめているような、あの人々の表情を、忘れる事ができません。

___________________________________
長々と展開した、この報告。これで、とりあえずの完結ということに。
当初の予定よりも、記事の量も連載時期もかなり多くなってしまいました。
もちろん、まだまだ書ききれていない事柄もあります。舞踏や身体についてのまなざし、作品創造への新たな課題、西欧と日本の文化差異・・・。この一連の記事を書き公演旅行を総括しつつ、多くのテーマにぶつかりました。そのあたりは、今後あたらしいトピックで、また書いていきます。

最後になりましたが、このツアー実現のために、僕らはとても多くの方々のお世話になりました。No Fundo Do Fundo/Portugal, Japan Foundation/Japanはじめ、この公演旅行を支えて下さった団体・個人の皆さんに改めて謝意を表します。本当に、ありがとうございました!今後とも、十字舎房のステージプロジェクトをよろしくお願いします。

※この記事は2006年9月~10月に行われたPortugal " a sul" International Contemporary Dance Festival招待公演の報告です。

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【Coming Stage】
櫻井郁也ダンスソロ・次回公演
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ポルトガル公演8

2007-01-16 | 海外公演の記録 past dance works in EU
連載中の海外ツアー報告。残りわずかですが、よろしくお願いします!

櫻井郁也/十字舎房ポルトガル公演報告
第4章「ファロ公演~地の果てにあった懐かしさ」(2)


【イメージハンティング】
ポルトガルで、舞台作業と連夜のワークショップを行いながらも、時間さえあれば、あちこち歩いていました。これから上演するダンスのための、イメージハンティングです。

迷路のような白い街角。
ひなびた漁師町。
点在する廃墟。
小さな教会の周囲にひっそりと佇んでいた集落。
ビーチでの、乾燥した砂とアフリカからの風を受けた大きな波。

実にさまざまな風景の中で、はっきりとつかめてきたのは、この土地ならではの光の表情の豊かさ、日本には無いような陰影と色彩のカオスでした。

陽光が強い分、影もまた濃く黒い。
切れるような月の光、不動の星。
あちこちに咲き乱れる花々は、さしずめ光の化身です。
それら、自然の光に、仄かな電灯の点滅が、ささやかに語りかけるようで、これはこれで切ない美しさを醸し出しています。

そんな景色を肌が吸っているのでしょうか。
スタジオリハーサルでも、次第に立ち居振る舞いが変化し、作品にも濃い陰影が現れはじめました。

そして、さらに興味深い体験が、内部に起きた日がありました・・・。

【塩田・光の呼吸】
ファロ郊外、ある夕刻。
目の前に、真っ赤な夕陽と広大な塩田がひろがっています。

ワークショップでの舞踏体験に感動してくださった数名の方々が、僕らを小さな旅行に招待してくれました。
その最初のヴュー・ポイントが、ここ。

アルガルヴェは塩の産地でもあります。
そして、奇遇ながら、僕らの作品「TABULA RASA」の舞台美術には、重要な要素として、塩によるインスタレーションが含まれているんです。

作品では、死者の世界とこの世をまたぐようにダンスが展開するのですが、美術家の櫻井恵美子は、その境界線として、浄化のシンボルである塩を素材に、禅画を想わせるようなドローイングを舞台上に施したのです。
彼女は、舞台にも、自らの美術作品にも、しばしば塩を登場させます。
そのシンボル性にも増して、塩の持つ独特のマテリアルや美しい白の扱い方には、いつも惹き付けられます。

作品に含まれる重要な要素と、その上演地の産業が重なり合っている、というのは、とても不思議な偶然、霊的な働きを感じました。
さらに、今は黄昏時。僕らの作品も夜明けと夕刻の二つの境目を、その情景としています。
シンクロナイゼーションというのでしょうか・・・。

僕ら一行は、ほとんど何も話さずに、太陽が沈みきるまで、留まりました。

互いに差異をもつ、異邦人同士が、同じ太陽をただ見つめる体験。

足元の大地の底から、沸々と湧き上がるように白い塩が泡を吹いています。
そこに、強い夕陽が射し、淡い血液の色のような色彩がひろがり、地平線に溶けて。
鳥の一群が、真っ黒なシルエットのまま、深紅の太陽に呑み込まれていきます。

そして、山陰に太陽が隠れる一瞬・・・。
淡い淡いグリーンの光が、闇との境目に現れて消えました。

ティンクトーラ。生死の境を象徴する、存在光。

ジュール・ヴェルヌが描いた、「緑の光線」とは、このようなものだったのだろうか。

この風景は、僕の内部に強く滲みわたりました。
心の中で、宇宙の不滅に、消えゆく人間の儚さが対置されます。

この静かな体験は、僕にとって、同時に、この後行われるファロでの公演にとって非常に大きなインスピレーションと影響を与えました。
作品「TABULA RASA」の東京初演に添えたサブタイトルは《ひかりもまた呼吸する》というもの。踊りの中の直感から添えた、この言葉のレアリテが、異国の日没風景のなかで鮮やかによみがえったのです。

心の内にある基盤が、外側から揺り動かされたとき、僕のダンスはリアルなものとして具体的な形を生成しはじめます。
この塩田で、この土地の地霊が僕の身体に揺さぶりをかけはじめました。(つづく)

※次回記事=ファロ公演本番について。1月下旬アップ予定。
※この記事は2006年9月~10月に行われたPortugal " a sul" International Contemporary Dance Festival招待公演の報告です。

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ポルトガル公演報告7

2006-12-30 | 海外公演の記録 past dance works in EU
櫻井郁也/十字舎房ポルトガル公演報告
第四章「ファロ公演~地の果てにあった懐かしさ」(1)

ポルトガル最南部に位置するファロ市。強烈な陽射しを反射する白い街です。
この秋、ヨーロッパでありながらイスラムの香りただよう、この土地で、ワークショップを行いながら、僕らはツアー最終日に行われる公演の準備を進めていました。この章は、ワークショップ最終日を経て、公演までの話題です。

【一輪の花】
10月7日。ワークショップ最終日は、思い出に残る始まり方でした。
開始前のフロア中央に、一輪の花がポンと置かれているのです!
この土地に来て、何度となく見て来た、大きなブーゲンビリアの花。
漆黒のダンスマットに横たわる、柔らかなピンクの花を見つめながら、参加者たちが静寂を楽しむように、この数日間で稽古した呼吸法を行っています。
「ありがとう・・・」
心の中にわき起る喜びをかみしめながら、開始のドラを鳴らしました。
その響きにこだまするように、穏やかな動きが始まります。

まず、その日の自分の感覚で動き始める。その動きに対して、僕が課題を出し、全体を方向づけていく。そんな方法が、この6日間で、すっかり定着していました。
この日、一人一人の動きは、穏やかながら実に積極的です。
僕は、動きを見つめながら、フロアの花を振付席へと移しました。
人々は、その花に視線を注ぎながら踊っています。その視線が実に、やさしく、所作は大きい。
「出来てる・・・」
内心、そう思いました。
舞踏は、見せるものである以前に捧げるものであり、表現以前に問いかけなのだ、と言うつもりでしたが、その必要は無いようです。

そのまま続けて!僕も入るから・・・。

特別な課題は不要と感じました。とにかく、今日は踊れるだけ踊ってもらおう。
最後の日は、自分の中からイメージを出し、課題を見つけてもらうことが大事だ。
そう思いました。

「ハッ!」「ィヤーッ」・・・。合いの手を入れながら、音楽やドラ、そして身振りを入れていきますと、どんどん出てきます。脊柱がうねり、だったんを踏み、震え、一本足で立ち。
エネルギッシュな魂振り(タマフリ)の現場だったと思います。

踊りが絶えることないままに、いつしか1時間半。勇気を持って、僕は終了のドラを鳴らしました。
響きのなかで、全員が動きを停止。激しい呼吸が穏やかになり、笑顔が浮かぶまで、じっとその場に佇んで・・・。
ワークショップの全行程は、終わりました。
振付席に置いたブーゲンビリアの花を再び手に持ち、僕はフロアの中央へ。
花は、ただ無心に咲いています。
無言のうちに、みんなで、その美しさをたたえあいました。

この6日間、徹して来た事は、まず身をさらすこと。
大事な人にでも良い、信じる神にでも良い。まず何者かに対して「現在そのままの身体」をさらけ出す。無防備。そこからでないと、踊りは始まらない。イメージは後からついてくる、ということでした。

原初でもなく、未来でもなく、ただこの現在であろうとすること。
それは懸命に生きている己の姿を掛け値なしに見つめようとする態度であり、全的に他者の視線を受け入れようとする「踊り」の始発点である、ということを感じ取ってもらえたと思います。(つづく)

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ポルトガル公演報告6

2006-12-20 | 海外公演の記録 past dance works in EU
櫻井郁也/十字舎房ポルトガル公演報告
第三章「舞踏ワークショップ~ポルトガルの人々」(3)


引き続きFaro/Portugalでのワークショップレポートです。

【越境を前提として】
ワークショップは進行しています。
言葉の温度に反応しているんでしょうか。意味の通じる英語に直される前に、日本語に対して彼らの身体は動いている・・・。

コトダマ(言霊)、という言葉があります。ここポルトガルでの稽古では、身体と魂をつなぐ要素として、その存在を感ずる事しばしばです。

日本語という、ほとんど通じないはずの言語に耳を澄ましながら動いていると、音楽を聴くような態度で言葉に接することができるのでしょう。僕の口頭から滑り出ることばの一つ一つを受けて、身体が微妙に変化し、説明調のことばでさえ、冷静に聞くというよりは、その硬柔や速度感にノッテいくような感じで身体が揺らぎ・動く。
アシスタントのYUKOは、とても繊細なテンポのコントロールと息継ぎを行いながら、英語に直していってくれます。
英語によって論理が働いた瞬間、身体にも一種のコントロールが与えられ、揺らぎは具体的なベクトルをもった運動に変換されます。そして、また僕の日本語のなかで、ベクトルは破壊され、未知数の揺らぎへ・・・。

意味の共有というよりは、発話衝動と呼吸を共有しながら、20名あまりの肉体が感覚と論理のなかで、大きく波打っている感じ。彼らの動きは、見知らぬ響きの海に投げ出された生々しい身体の震えのようにも見えます。舞踏の根本は心身両面での「ふるえ」の表出にあり、と僕は思っているので、この状態は、実に興味深く映ります。

日本でも、僕は舞踏のクラスや作品の振付作業で無数のことばを発しています。
敏感に耳を澄ましてキャッチしてほしい反面、その一言一言への論理的な理解を促す気持ちは、ありません。
解ってもらおうとして発する言葉に、肉体は停滞し、時にこわばります。
だけど、理解を徹底的に放棄しながら言葉を発していくと、なぜか肉体は動くのです。しかも、言葉を増幅させるがごとき動きが現れる。
それが、ここポルトガルでは、より強烈です。
僕を含めて、全員がヴァイブレーションで関わる以外、仕方ないのですから。

論理とは別の次元で、身体のイメージを抽出・構築する、ことばの処方があるのではないか、と思います。
僕らの口頭からあふれ出る「ことば」は、実にさまざまな要素が複雑にからみあったものであり、「生身のことば」は、文字で表現された言語コミュニケーションとは別の次元をもっています。さらに、「通じない」ことを前提とした時、それはリズム、速度、熱の伝達手段として、強く機能し始めます。

呼吸感・速度感・ゆらめき・滞り・強弱・熱感覚、などなど、単語や文脈に対する知識をカットしたときに、より強く感じられることばの要素は、どこか音楽やダンスに似ています。

そのことに対する気付きでしょうか。徐々に、英語への反応も変化しています。
やや重量感のある日本語は足腰や脊椎に、英語独特の風のような流れは眼や爪先に反応が起きているような感じがします。
いつしか、日本語と英語の境目はあいまいになり、音楽と言語の境目さえあいまいになって、肉体の波に還元されていく感じは、壮観。

ことばを語る行為とは、喉が空気とダンスしている結果なのですから、当然なのですが・・・。

やがて、声と打楽器のあいだを、跳躍し、踏みしめ、回る身体。
たくましい姿です。ダンスの原点を、見ているようでワクワクします。

【BUTOH】
ところで、この地に来て、ヨーロッパでの舞踏観を耳にしました。
当初はアヴァンギャルドな舞台芸術として。それが「BUTOH」として認知されるに比例して、自らも踊らんとする方々が増えて来た。
しかし、いま、やはり「舞踏は、日本人の身体でないと出来ないのではないか」と議論する批評家や学者もちらほらいるんですって・・・。

だけど、そりゃ迷惑デス!というのが、僕の立場。
舞踏は身体の背景を大事にしているけれど、それは個々人の立脚点を大事にしようとしているのであって、日本というローカリティーを問題にしているわけでは無いと思いますので。まず、何よりも個人。

もちろん、舞踏とは日本で生まれたダンスの処方です。僕たち舞踏家は、明治以来の脱亜的価値観と一線を画したものとしてやってきたわけですから、日本および日本人の身体・生活を担った、いわばルネサンス的な背景を否定する事は出来ない。

しかし、それはもとより踊る個人の生活背景を存分に抽出したいという作舞上の欲望のあらわれであり、何も日本人でない人が日本的である必要は全くないのです。身体への集中から、現在その人を支えている背景がハッキリ出れば良いのではないでしょうか。

舞踏は、西洋の踊りに対立するものでも、バレエや能などの様式芸術に対する異論でもなく、ライフスタイルの推移に対応して現れた、ごく自然な身体観の反映であった、というのが僕の考えです。
まずは先入観としての「日本・日本人」というバックグラウンドから自由になり、己の肉体と向かい合ってもらう、という事が、なによりもこの6日間のレッスンで行われねばならないと思いました。

僕の中では、ことば・音楽・ダンス・幾何学といったものが、ほぼ同じ次元で共存しています。解釈ではなく、感じ取る事。そう徹すれば、これらから感じ取れる事は無数にあります。それらが周囲の環境と微妙に振動し合いながら身体の内外に交錯するありさまが、僕自身にとっての「舞踏」です。舞踏とは意味の解体。あらかじめ規定された、あらゆるコードに対する、生身の肉体の反乱です。

あくなき越境と高度な文化交錯という状況下で、「BUTOH」は、魂の交感に到ろうとするスタンダードなダンスのスタイルとして発展し始めているかに思えてなりません。それは「舞踏」が、個人の身体性を重視するダンスであるという特徴をもっているからだと思います。芸術は、根本的に存在を未知に向かって解き放つためのもの。あらゆる統合・統制から自由になりたい、という衝動を受け入れる可能性を、舞踏はもっていると思います。個人背景の尊重と差異ある存在の共存ということが舞踏の基本的な世界観かと思います。

だから、民族性やスタイルの出所以上に、踊る当事者個人の肉体と、それが向かい合っている瞬間へのセンスのほうが第一義なのではないかと思うのです。



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ポルトガル公演報告 5

2006-12-06 | 海外公演の記録 past dance works in EU
櫻井郁也/十字舎房ポルトガル公演報告
第三章「舞踏ワークショップ~ポルトガルの人々」(2)


【ワークショップ初日】
「はじめまして、どうぞこちらへ!まずは床に横になって、リラックスしましょう。気持ちが落ち着いたなら、床を感じ、あなた自身の呼吸に耳を澄まして下さい。ただその事だけを行いながら、開始までの時を味わってみて下さい。」
ポルトガルでの舞踏ワークショップ初日は、そんな風に始まり、以後6日間この開始風景は続きました。

ひとり、またひとりと、訪れる人に同じように声をかけながら、いつの間にかレッスンは始まっていきます。
名乗る必要も無く、経験を語る必要も無いスタート。
何も無い所に、ぽんと肉体を置いてみること。
稽古に必要な、あらゆる情報は、言葉を介さずとも、そこに置かれた肉体から読み取ることができます。

いつの間にか、スタジオはフルです。受講者は16名の全日参加者に数名の一部参加を加え、20名あまり。でも、ただ呼吸音だけが響く、静かなフロア・・・。
日本でのクラスと全く同様の空気が、すでに流れ始めています。
やはり同じ人間なんですね。

教会の鐘が鳴り、ムーブメンツの開始。
「イメージしましょう。そこに横たわっている、あなた自身の体を。そして、あらためて呼吸してみましょう。命を吹き込むように・・・。」

 安らかに横たわり、意を持って立ち上がる。それが初日の稽古テーマです。

 自らの身体を、命を支える器として、また、宇宙形象として想起する事。そして、生命衝動としての呼吸と動きを再認識すること。

 日本から持っていった打楽器を鳴らしたり、思いつく言葉をかけたり・・・。いろんな形でうずくまっていた身体が、呼吸の中で波打ったり固まったりを繰り返しながら、ほぐれ、床に投げ出されていきます。

 フロアに横倒しになった身体は、上から見ると星の形をしています。星形=5方向に展開するベクトルの結晶形。それが我々共通の「ひとのかたち」とするならば、そこに命をいかにして吹き込み、二足歩行の尊厳ある姿へといたろうとするか、というイメージを構築することにしました。
 
 内部器官の律動によって吹き込まれる息が、肉体を隆起・変容させながら感情を発生させ、光や空間や時間に向かって、無限のフォルムを解き放つ。その観想のなかで生まれる新たな運動への連鎖。イノチとカタチの追いかけっこですね。
それを僕らはダンスと感じるのかもしれない。

 宇宙ってなんだろうと思います。空虚としてポカンとひろがっているのではなく、エネルギーを生み出すためのたえざる運動体として存在する、一種のシステムなんじゃないかな~、なんて、僕は勝手に思っているんですけど。だから、僕ら自身の体の動きも、そのあたりとの連続しているように感じて仕方が無い。日常生活で、僕らは意志や感情の表れとして動きを理解しているけれども、それは同時に、生命を発生させるためのシステムの延長にあるんじゃないかな、とも思うんです。
そんな妄想もちょっと共有できると面白いですよね。
 原点に返るならば、人間みな近似のかたちをもって生きているわけですから、
肉体に舞い降りるいのちを想像しながら動き、動きの中で体験する、という点では、なんとかやっていけるのではないか、と僕は思いました。
 
 ともかく、この、初日の稽古に、ここでは異国の踊りを学ぶのでなく、あなた自身の肉体と向かい合うのだ。というメッセージをこめました。まずは人間のフォルムを見つめてみる。という出発点を共有したかったからです。

 最後に分かったのですが、20代から60代にわたるその面々は、バレエダンサー、ヨガ教師、サイコロジスト、セラピスト、海洋動物学者、パンマイマー、写真家、画家、企業家、などなど、非常に個性豊かな方々でした。

 でも、まだ互いが何者なのか知りません。初日、肉体と向かい合いたい、という気持ちから、僕らは互いの名前さえ知る事をためらいながら、肉体をまずさらけだしてみました。ダンスだけを通じて6日間のつきあいを始めたわけです。

【ファロの稽古場】
 ここで、このワークショップの会場ともなった、僕らのステイ先の紹介を・・・。
古いワイン貯蔵庫を改装した3階建てのレジデンス・シアター、つまり滞在型の劇場に、僕らはずっと寝泊まりしていました。

僕らは「キャパ」って呼んでましたけど、ちゃんとした名前は、アルガルヴェ・パフォーミング・アーツ・センター。略して「CAPa」。
「君たちはここで暮らし、ワークショップを行い、公演もやるんだよ」「そりゃ便利だね」みたいな話で、僕らはここにやってきたんですが、外観は道路わきにさりげなく佇む使い古されたビルディング。
しかし、入ってみると・・・。贅沢です、この施設。

ファロの中心街から歩いて5分程度。すべて人骨によって建てられている礼拝堂で有名なカルモ教会の近くに、この施設はあります。教会の周囲はカフェやレストランでにぎわう広場にショッピング街。これを抜けると、純白の家々がびっしり並んだ迷路のような旧市街、そして海。港と隣接して塩田の広がっている風景は詩情豊か。生活にも観光にもとても良い立地条件。

いつでも公演OK状態の中劇場が一階フロアにあり、僕もここで公演をする予定。
劇場部分は黒一色の内装、適度に広いステージと高い天井、客席は見切れナシの立体構造。

2階から上は、キッチンのある広~い事務所に、もっと広い稽古場が(なんと)2つ。
一つは公演対応可能な仮設バトンあり、10メートル四方リノリウム(ダンス用のマット)でさらにスカスカのフロア。そのまわり、あちこちにある扉の向こうは、シングル・ツイン・トリプルなど、宿泊用のプライベートルーム。屋上からはファロの街全体とその向こうに広がる海が見渡せます。

寝て、起きて、練習して、人が集まり、レッスンして、ちょっと階段降りた所で公演をやって、シャワー浴びて、寝る。そんな生活を、ここで2週間以上も続けていたんです。今思えば夢みたい・・・。

ディレクターのJULIETTA女史とJOSE氏を中心に、デザイナーやコーディネーター、舞台スタッフなどが、まるで家族のように、ここで仕事をしています。
事務所のキッチンでランチを作り、一緒に食べ、冷蔵庫のワインを空け、働いたり、パーティーをやったり、公演をやったり。
子供がうろうろしていたりもするんです。
僕が練習していると、ディレクターさんとか、掃除のお姉さんとかの子供が、そばで遊んでたりする。センターとか言っても、なんだか生活の香りが充満していて、人間臭いんですよ。ココ。

こんな場所、東京にもあればいいのに・・・。 何度もそう思いながら、2週間あまり、ここで暮らしました、働きました。

ひょっとしたら、一生忘れないんじゃないかな、というような思い出が、ここにはあります。
一緒に滞在した、日本人アーティストの皆さんとの交流、ワークショップを通じてのドラマチックな出会いと別れ、最終公演での努力と熱狂。
もう、充分だ、でも、また来たい。
そう思う程に、濃厚なポルトガル体験を、僕らに与えてくれたのが、ここ「CAPa」と、ここに集う人々でした。(つづく)

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ポルトガル公演報告 4

2006-11-30 | 海外公演の記録 past dance works in EU
さて、東京WSも無事終わった事ですし、今日は、ふたたびディープなポルトガル公演の話題を続行。

櫻井郁也/十字舎房ポルトガル公演報告
第三章「舞踏ワークショップ~ポルトガルの人々」(1)


【朝】
朝7時半というのに、人影はまばら。
酔っぱらいがひとり。
ぼこぼこの石畳の道には、夜宴の残照が、まだ残っています。

ロウレーでの公演を終え、僕らはフェスティバルの拠点である、この地に戻ってきました。
そして、僕は朝の走り込みをしている、その情景。

ゆる~いテンポで開店準備しているカフェのおじさんが、
ハッハッと走る僕の姿を、ものめずらしげにながめつつタバコを一服。
あの東洋人、何を急いでるんだろう?みたいな視線。

ジョギングとか、そういう習慣ないんでしょうか。
朝の散歩も見かけないし、ましてや都会の慌ただしい出勤風景なんか予想していたんだけど、
東京の朝とは、ちょっと違うみたいです。

教会の鐘がカラン・・・。
すごく斜めの朝日にとっても長い影。
路傍に寝そべっている犬さえ、何だか眠そう。
すぐそばの海辺からは、潮の香り。

これでも、れっきとした都会の朝です。
アルガルヴェの中心地、ファロ。
この街が、これから帰国まで、僕らのベースキャンプとなります。

まず、ここで待ち受けているのは6日間におよぶ舞踏ワークショップ。
いよいよ現地の人とのセッションです。

【舞踏ワークショップ in Portugal】

 舞踏って、何でしょう。そこから、始めなければならない。というのが、このポルトガルでのワークショップ。エージェントによると、これが、アルガルヴェ地方、初の舞踏稽古ということです。

 もちろんここはヨーロッパです。日本国内以上に舞踏への評価は定着しており、リスボンでは山海塾やカズオ・オオノも紹介済み。フェスティバルでも、僕=櫻井郁也、笠井叡先生、由良部正美さん、など舞踏家の公演がラインナップされています。
 しかし、実際に踊るとなると、大変なのは眼に見えています。一晩二晩見たものをなぞった所で感動もしぼむだけでしょう。やはり身体に直接注入するわけですから、表面的な事をやるわけにはいかない。

 色々考えました。推敲しました。歴史的背景、さまざまなアーティストの軌跡、思想、身体論、日本文化、僕らの生活感情・・・。英語テクストの準備やら。
 でも、僕はやはり現場の人間。感性と体だけが、たよりの暮らしを営む人間です。色々考えたけど、それは自分の勉強としてそっと心の内に。最初の稽古に理屈は不実。理屈は捨て、いつもどおりにやる。そう決めました。

 最初の稽古ほど大事なものはありません。はじめて練習する人にこそ、僕が一番大切にしている事を伝えておきたいんです。種を植えるようなものですから。

 型破りでありつつも全身を魂と見立てた丁寧な動きこそ「舞踏」の本質です。舞踏は、産みの苦しみ、産みの喜びが、まだまだ生々しい分野。我々も舞踏家と名乗りつつ、試行錯誤はまだ終わっていません。瞬間瞬間の思い全てを話し、一緒に汗をかいて踊り、その場で生まれるカタチやイノチを共有したい。既成のジャンル紹介としてではなく、「ポルトガルの舞踏」を一緒に生み出す作業を、と思ったのです。

 心に決めたのは、この6日間で最低限、全員が「踊れる」ように、という目標。できることなら、卵でもいいから、ポルトガル人の舞踏家を!

 そう決めたら、わずか6日、時間はありません。
 初日から本気で踊ってもらおう、と思いました。そうする中で産まれるものをこそ、大事にしたいし、異国の踊りとして通過するのではなく、文化の違いを乗り越えて、なんとか「人間の踊り」として動いたという実感をもってもらいたい。
 
 ひらめく限りの言葉をしゃべりながら、踊ったり、音をならしたりする僕。アシスタントのYUUKOが英語に、英語が出来る人は、ポルトガル語に直す。助け合いながら、20人あまりの肉体がゆらぎ、波打ち、床を這っていきます。いよいよ、アルガルヴェ初、6日間にわたる舞踏ワークショップの始まりです。(つづく)



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ポルトガル公演報告 3

2006-11-19 | 海外公演の記録 past dance works in EU
ポルトガル公演報告
第3章「ロウレー公演~楽天と熱狂と」(2)


【劇場】
 「CINE TEATRO LOULENTANO」これが、ポルトガル最初のステージを行う場所。アルガルヴェ地方ロウレー市の目抜き通りに面した、300人規模の中劇場です。
石と木で造られた、この劇場は3層の客席と10メートル四方のステージ、ライトブラウンの内装には、所々に赤と緑のアクセント。現在は、床の老朽化のため、3層目は閉ざされています。主な出し物は、コンサートに演劇・そして商業的ではない映画。毎週コンスタントに上演が繰り返されるせいか、道行く人が劇場の前で立ち止まり、「今日は何をやるのかな~」という感じで、貼り出されたプログラムをメモしていく姿が印象的。管理人さんも路上に出てタバコを一服したり、立ち話をしたり。市立劇場と言っても、あくまで敷居は低く、街の生活と一体化した”集い場所”という風情。

聞く所、100年近く経っているそうです。

【作品】
 このツアーの上演作品「タブラ・ラサ」は、初演までに一年、今回の再演までに一年。計2年を費やした作品です。僕のソロ・ダンスに恵美子の禅的ともいえるインスタレーションと田の岡氏の極めて実験的な奏法を含みながらもロマンティックな旋律豊かな音楽(アコーディオン独奏)がからみ、生と死と再生のドラマを踊りのイメージに定着した作品です。50分にわたるソロダンスは、一時の休みも無く、激しいムーブメンツに満たされ、踊り抜くこと自体が、ひとつの身体的・精神的な飽和状態を生み、それがタブラ・ラサすなわち白紙還元、捨て身の行為として提示されます。
 それを終始じっと見つめている沈黙世界がインスタレーションであり、塩によって舞台上に描かれた一本のドローイングと、高く掲げられたタブロー(それもまた、漆黒に白いペインティングの)、そして2つのもの言わぬ白いイス。音楽上の約束は、呼吸を持続する事、楽器単体の持つ最高域から最低域までのダイナミズムの発揮。そして「歌える」楽曲である事。踊りを見ながら、観客が歌えるように・・・。

【作業】
もちろん?作業は難航しました。だって、別々の常識がぶつかり合うんですから当然ですよね。手順の違い、劇場設備や情報の行き違い、作業上のルールの違い・・・。気が遠くなるような、多くの相違点をかかえながら、何時間も何時間も、僕らは待ちました。

大変だったのは、劇場設備などの基本条件に、打ち合わせ内容との大きな違いがあったため、作業が大幅に増えたこと。照明・美術のためのバトンが全く足りない。ステージいっぱいの大スクリーンは、昇降できない。必要な機材が足りない。などなど。事前のテクニカルチェックではOKって言われていたのに。(一体どこがOKだったんだろ~?)
インスタレーションや照明効果以前の問題。アーティスティックな作業を行うための「器」をつくるところから難航です。

こんなんじゃあ、上演できない!

結局、劇場の固定幕を全部取り外して仮バトンとし、大きなスクリーンはまるごと暗幕をかぶせて黒背景として活用。今は老朽化のため使われていない3階席に仮設電源を設置して補助ライティングを加える。という作業を急遽追加。小劇場なら、どうってことはない作業ですが、ここは3層構造の中規模劇場。建物自体とても古く、舞台裏も諸設備もかなりガタがきていて危険な状態。バトンひとつ上げ下ろしするにもスルスルとはいきません。


でも、だれも焦る様子は無く、の~ンびりとした打ち合わせ(おしゃべり?)をしながら、作業開始に。

東京での舞台は、あらゆるアクシデントを想定し、念には念を入れてシミュレーションやリハーサルを重ねます。正確に縮尺された図面をもとに、立ち位置や動きの経過を定め、音や照明について厳密な打ち合わせが事前に行われ、時間も分きざみで仕事内容や担当者を決め、ステージマネージャーがシビアに管理・進行します。それが、日本の舞台では常識的な仕事の仕方。善し悪し別として、外国に来てわかるのは、日本の劇場の贅沢さと合理的な仕事の進め方。

でも、ここでは違う・・・。

僕のアタマは、作品の仕込みでいっぱいなんだけれど、スタッフさんは、みな楽天的でラフ、かつ、スロー。
打ち合わせは、そこそこに。図面は手書き、寸法もおおざっぱ。タイムテーブルは当日、というより、その場で決めちゃう。ランチ&ディナー各2時間は必須。

「トラブルはつきもの、なんとかなるさ!」
「予定なんて、どうせ変わるんだから!」
「ランチは何にしようかね~?」
とにかく余裕があります。
(僕らって、もしかして神経質?)
彼らの事、無意識に「いいな」って思っていたんでしょうか、次第に僕ものんびりしたノリに。手が必要そうな時は手伝い、主張する時は安易に譲らず・・・。

とりあえず時計をポケットにしまい、劇場の中をぶらぶら。階段で筋トレ、廊下では振りの練習、客席で瞑想・・・。

そのおかげで、この劇場の良さと一つになるチャンスを、僕の肉体は得ることができたのでした。

【深い音の響き、木の暖かさ】
落ち着いてみると、まず、この劇場の音環境が、とてもおもしろいんです。

建物の構造上、反響がかなり長い。
石造りの壁面に対して劇場内の扉はすべて木造で、ホールが密閉されない状態。
そして舞台面はもちろん、バックヤードもすべて木で出来ており、使い古されており、歩くたび、それらが微妙に響いて肉体の所在を音響化します。
乱暴に歩くとギシギシと泣きますが、そ~っと歩けば、柔らかい足音となって客席に伝わる感じ。
 廊下の足音も、さらに外側の道路ノイズも、風に乗ってホール内に運ばれ、高い天井に反響して交差する。つまり、外界から遮断されたコンサートホールのような響きの良さとはちがって、ここは、色んな雑音がこだましているんです。
 これは、人によっては嫌がるんでしょうが、僕は大好き。流れゆく不定形なものや、瞬間瞬間の変化といったものが、とても愛おしいので・・・。

 劇場が、別世界でありながら、どこかで現実としっかりジョイントしている感覚。生活の場を切り離すではなく、ほんの少しずらしてみせるだけ。人々の集う場所としての気配であり、通り過ぎる場所としての気配。広場。交差点。


 話はとびますが、こんな場所、どこかで見たな。って思うと、僕の通っていた高校の講堂でした。アメリカ軍が放置した劇場を講堂として使っていたんです。

 僕が通っていた高校(正確には中高一貫校)は、戦後、進駐軍のキャンプだった跡地を活用していました。
 広大な敷地のなかで、古びたコンサートホールのような建物があり、やはり、木と石で出来ていました。
 恐ろしく高い天井による深い反響と、舞台の複雑な構造は、学校のセレモニーよりも、もっと色気のある華やかな世界がそこに繰り広げられていたであろう痕跡をとどめていました。
 プロフィールにこそ書きませんが、僕の初めての舞台作品は、ここで生まれました。いずれ取り壊されると噂されたその講堂が好きで、たどたどしい戯曲を書き下ろし、友達を集めて演じてもらったお芝居です。
 がらんとした場所に人が集まり、ひとときのざわめきと熱によって見違えるように生まれ変わり、また、しんとした暗渠にもどっていく有様の、物悲しいような魅力。場所と人の出会いと別れを体験したかった・・・。
 そんな感触を、遥か遠い、このロウレーの劇場(この劇場も、来年は建て替えちゃうんですって・・・)で思い出しながら、演出上の、あるアソビを僕は行いました。
 通り過ぎていく音、ダンサーと音楽家が、遠く離れていきながら、場所の持つ風合いを感じ取るようなシーンをアレンジしようと思ったのです。

 今回、ロウレーのステージは、作曲の田ノ岡氏による生演奏版、数週間後のファロ公演は僕自身のレコーディングとリミックスによるサウンドコラージュ版という2バージョンでのツアーです。

 ここでは、作曲家で演奏家でもある田ノ岡氏が同行。大胆な音楽アレンジが可能です。幸か不幸か、先に述べたように仕込みは難航中、待ち時間は持て余す程あります。さっそく氏に相談。
 本来、演奏を止めた音楽家がじっと見つめる中で、無音のダンスが行われるシーンをアレンジ。舞台上で演奏していたアコーディオニストが、そっと消えて、劇場の廊下やロビーで演奏したり歩いたり。その楽音・足音・ドアの開け閉めの音などが、漏れてくる中で、ダンサーが音に追いすがるように踊る。というシーンに変更したい。
「おもしろい。やりましょう!」
快諾して下さいました。そして、さっそく練習に・・・。
ラテン的熱狂、それは、別離の胸騒ぎと背中合わせです。
僕は、このシーン・アレンジによって、この地の風情と作品の出会いを用意したかったのかもしれません。
禅的な対峙関係から、ラテン的郷愁へ、ひとつのシーンがゆらぎはじめました。


【夜の路上で】
劇場からの帰路、僕らは旧市街を散策しました。半ば崩れつつある城壁に囲まれたロウレーの旧市街。まがりくねった、迷路のような道はすべて石畳。当然のように全てが純白に統一された家々の壁は、街灯によって、ごく淡いアンバーに染め上げられています。城壁の防音効果があるのでしょうか、ほとんど車の音は聞こえず、しんとしています。聞こえてくるのは、白い家の中の生活音と、反響する僕ら自身の足音だけ。ブーゲンビリアのような花が、あちこちに見えます。風化する建物と生成する花を人の暮らしがつないでいく。時の流れの迷路に、しばし酩酊です。


【上演】
すごい拍手です。次々に、立ちあがって。いわゆるスタンディングオベーションなんですが、別れを惜しむような拍手。あたたかいです。安心しました。

たくさん待ちました。葛藤しました。
数日間の滞在・作業ののち、いよいよの本番。21時30分開演という、これまた遅めのショーです。
ゆったりとしたディナーを終えた家族連れや友達同士。日課のように気楽に集まって来た地元の人々。楽しいリラックスのひととき。一日の終わりを劇場で、という、いかにもポルトガルらしいムード。
僕の作品は「舞踏」。この土地ではまだまだ前衛のたぐいです。
でも、大丈夫だった・・・。
最初の一振りで、水を打ったような静寂がおとずれました。
お客さんたちの、すさまじい視線。心の問題に、とことんどん欲な、ラテンの気質を恐ろしい程感じます。
ソロって言いますけど、実際はお客様とのデュエット。
踊っていると、観客がパートナーのように感じてしまうんです。
この日、明らかにみんな踊っています。
イケル。という直感。
でも、僕が心配していたのは、実は子供の事。小さな子供が観に来ていたんです。何人か。
お母様と一緒に、いい子で見ていたのですが、途中、泣いてしまいました。

作品には、死の香りがただようシーンがあるんです。そこで泣いちゃった・・・。

そのシーン、これでもかと言わんばかりに低い音の連続。
アコーディオンで出せる、最も低く、内省的な音を工夫していただいた、僕としては大切なシーン。大人たちにとっては最大の見所です。身体に食い込むような視線。でも、子供にはきつい。
僕が熱演すればする程、死の香りは濃厚になります。
もう少しで再生のダンスが始まるからね、
ラストシーン。
もう大丈夫だよ。この世はすばらしい。約束しよう。もっと楽しく生きていこう。
そう思いながら踊りました。

金髪碧眼の天使。あなたの心に、何かが届いたとしたら、とてもラッキーです。

終演後の路上、何人かの人が僕の手を握ってくれました。
その中にはアンゴラからの紳士も。
「戦争が終わったら、私の国で会いましょう。ぜひ・・・」

その、ずっしりと重い握手のなかで、僕は大きな課題をもらいました。

躍動する、命そのものになること、なり続ける事。
ダンサー=「踊る人」としての責任・・・。

「君はハッピーだ。オーディエンスはとても喜んでいる。」とディレクター。

もちろん成功です。
でも、劇場を去りつつ、深夜の異国で、なぜか祈るような気分が僕をおそいました。
ささやかな打ち上げの後、瞑想に・・・。
一体何を、祈っているんでしょうか、僕は・・・。


コメント (2)
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ポルトガル公演報告 2

2006-11-14 | 海外公演の記録 past dance works in EU
ポルトガル公演報告
第2章「ロウレー公演~楽天と熱狂と」
(1)

ファロで一泊、旅の疲れをほぐした翌日、いよいよ僕らは最初の公演地に出発。
そこはファロからハイウェイで数十分の古都、ロウレー(Loule)という街、僕らを受け入れてくれる劇場は、市立劇場の「CINE TEATRO LOULENTANO」です。

【街・人々】
 ロウレーは、ヨーロッパ中世の香りにイスラム文化の雰囲気がミックスされた、異国情緒ただよう街。うんと落ち着いた竹下通り(?)といった風情の通りを中心に、古い城壁で囲まれた旧市街、オフィスや大小の商店がならぶ新市街がひろがる南部ポルトガルの古都です。

 家々の壁は、これでもかといわんばかりに純白かアズレージョ。
 あちこちには、廃墟、そして、やはり真っ白な教会が・・・。
 昼間は強烈な太陽が光と影のダイナミックな会話をつくりだし、夕陽は、それらを淡いオレンジ色に染め上げる。
 そして、夜には街の名所旧跡がライトアッップされ、セルベジャリア(居酒屋兼用のカフェ)からは、ポルトガル特有の「ため息まじりのざわめき」が・・・。

 ポルトガルの人は総じて宵っ張り。連日長時間にわたるディナーに食後酒、一体何を、と思う程えんえんとおしゃべりを楽しんでいます。要するに毎日が飲み会状態。でも、皆おとなしいので、騒いでいる人はほとんどいません。人の集まるテーブルからは、たいてい微笑みと(なぜか)ため息がたくさん・・・。

 ヨーロッパ人にしては小柄な体格、ブルーかグレーの透き通るような眼、なぜか少し戸惑ったような、あるいは、あきらめたような微笑、少し小さめの声。あまり先の事は気にしないで、でも、過ぎ行く一瞬には、なぜかこだわって、ちょっと疲れて、とりあえずフーっと、ため息。
 ポルトガルでは皆よくため息をつく。と、ものの本に書いてありましたが、行ってみると確かにそうでした。なぜでしょう。いまだにわかりません、理性では。でも、この街での数日で、僕もため息をつくようになっていました。たくさん。理性では分からないけれど、身体には染み込んでいったんでしょうか。


「ああ~、今日も日が暮れていく・・・」みたいな、人生を惜しむような宵越しの会話。この感じ、「サウダーデ」っていうんだそうです。僕らの国には無い、とっても不思議な感情の揺らぎを生きている人々。

 街も人々も、う~ん、とてもきれいです。
 この街で、光と影の、けだるく、とりとめもない美しさに迷い込み、いつしか僕は感動していました。
 そして、この感動は、上演作品「タブラ・ラサ」ポルトガル版に多大な影響を与えたと思います。(つづく)

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ポルトガル公演報告 その1

2006-11-07 | 海外公演の記録 past dance works in EU
帰国から2週間余り、遅ればせながら、ツアー報告開始です。  
たくさんあります!今日から、以下4章。順次アップします。
第1章「ポルトガルへ~光あふれる場所」
第2章「ロウレー公演~楽天と熱狂と」
第3章「舞踏ワークショップ~ポルトガルの人々」
第4章「ファロ公演~地の果てにあった懐かしさ」

さて・・・。

第1章「ポルトガルへ:光あふれる場所」

【東京:11月4日】
 あ~、みんな、歩調がそろっているな~。服も、表情もちがうのに、なぜか整然とした風景。街全体のテンポが、なんだか速い。ついていけるかな・・・。
 原宿、酒席から街をながめ、ふと思いました。帰国2週目のある夜でした。

 9月下旬からの3週間、僕はポルトガル南部のアルガルヴェ地方、つまりヨーロッパの最西部に滞在していました。
 たくさん歩きました。ファロ、ロウレー、タヴィラ、フセタ、リスボン・・・。どこも光が美しかった。
 いえ、遊んでたわけじゃありません。ステージで、スタジオで、踊り、教え、とまどい、笑い、怒って、抱き合って、などしているうちに・・・。なんだか、あの国のテンポや温度・湿度まで、この体が吸い込んでしまったみたいです。心のテンポが直りません。困っています。


さて、続きを・・・。



【フェスティバル】
 今回の公演旅行は、2005年に初演した「TABULA RASA」という作品が”a sul"-10th International Contemporary Dance Festivalに招待され、国際交流基金の助成によって実現したもので、目的は、2都市での公演とワークショップでした。

 今回で10回目となる、このFestivalは毎回どこかの国や地域に的を絞ってポルトガル国内にダンスの新しい風を吹かせようという趣向。で、今年は、日本特集!開催地は本拠地Faro、南部観光都市数カ所に首都Lisbonを含めた広範囲に及びます。

 非常に重要な事に、今回のアーチストは、日本側の組織や批評家などなどを通さずにディレクター(Julietaさん、Joseさん)が、直接来日して、自分の足と眼で選ばれました。
 現地で初めて聞いたのですが、今回彼らとしては、特定の機関からの推薦を通さずに、自分たちの眼で選んだものを上演したかった、とのこと。
 ディレクターシステムを採用する芸術フェスティバルとしては、正攻法・手作り・ネームバリューよりも個性と関わりたい?ということでしょうか。とにかく、アーチスト側としては、参加背景明快です。
 
 東京での紆余曲折を経て、ツアー決定。招聘9カンパニーのうち、僕らCROSS-SECTIONに割り当てられたのは、ヨーロッパでは人気の観光地「ロウレー」という、ちょっと可愛い古都の市立劇場「Cine Teatro Loulentano」と南部の中心都市「ファロ」の事務局直営劇場「CAPa:アルガルヴェ・パフォーミング・アーツ・センター」での2公演、さらに1週間にわたる舞踏ワークショップの実行なのでした。
 参加メンバーは、プロデュース&デザインの櫻井恵美子、作曲&演奏の田ノ岡三郎、振付&ダンサーの櫻井郁也(僕)の3人に加え、サポートとして在欧の小南ゆう子、計4名。あとは全て現地スタッフとの共同作業で行うことに。そして、いよいよ出発・・・。


【リスボン~ファロ:9月25日】

 はじめてポルトガルの土を踏む・・・、というよりは「光を浴びる」感じ!!
空港の雑踏をくぐり抜けると、ドバーッと太陽光の直撃です。

 待ち受けてくれていたのは、事務局のルイーザさん。「SAKURAI IKUYA/CROSS-SECTION」と書いた大きな紙を懐に入れ、フレンドリーなおしゃべりと古い友達のような笑顔。そして、タクシーへ。
 だけど・・・。荷物が多いため、タクシーは分乗。ルイーザと恵美子の乗った先頭の車は、あっという間に発車。後発の僕と作曲の田の岡氏は行き先も知らされぬままです。
 「追っかけて!」猛烈なジグザグ運転そして割り込み。大丈夫かな・・・。

 車窓からは、やはり、まぶしい太陽。やっと信号待ち、運転手さん車から降りて道を走る。ルイーザの乗る車に話しかけています。大丈夫かも・・・。
 クラクション。また走る。あっ、グルベンキアン美術館だ、アレっ、ガイドブックで見た広場だ、寄りたいな~。でも、次々と通過。そして、高速バスの乗り場で無事再会。

 すると、「バス、乗り過ごしちゃったみたい!フ~。お茶でも飲みましょっか。2時間くらい!(ニコニコ)」ですって・・・。沈黙。でも、やはり太陽はまぶしい。さらっとした空気で背中が軽い。いい天気。まっ、いいか。楽しもう!?

 この感じって、ポルトガルのノリだったんです。でも、なぜかうれしかった。ス~っと力が抜けちゃうような気楽さと出たとこ勝負の感じが、万事キッチリさせねば、という僕らニッポンの舞台人には・・・。

 「Festivalは、いい感じよ。日本のダンス、がんばってるわ。あっ、何か食べ物買っとかなきゃ。あなたたちの行き先は、ここから4時間ね。Faroで降りたら、私たちのスタッフが待ってるわ。いい所よ~!」「オブリガート!」
 あっというまの2時間。最初のティータイムで感じたのは、かざらない気風。さりげない会話の心地よさを後に、僕らは、滞在地アルガルヴェ地方Faro市に向かいました。そこはポルトガル最南部、ヨーロッパの果てです。

 さて、バスは走ります。
 乾いた土地、オリーブの林。白い家、だんだん増える白い家々。
 アズレージョ(ポルトガル特有の美しいタイル細工)で埋め尽くされた建物。
 ますます強くなる陽光。いつしか南の香りが。

 ふと見ると、でっかい看板。日本語で「コンテンポラリーダンス」って、書いてあります。あっ、コレに参加するんだ。着いたのかな。そう、そこがFaro。アルガルヴェの首都、この旅での僕らの拠点なのでした。

「ハァ~イ!」向こうから、近づいてきた笑顔は、制作のアナさん。そのそばには、アシスタントをしてくれる小南ゆう子さん。元クラスメンバーで今はヨーロッパで活躍中。長いおつきあいですが、久々の再会。
 東京から結局30時間。長旅に疲れきった我々3人の顔にもパッと笑顔が戻りました。握手をして、抱き合って、プロジェクトは始まりました。

ゆったりとした時間の流れ、いつも歓声とため息が入り乱れている街角、気まぐれ、美しい花、海、野良犬、ゆるやかな混沌、太陽・・・。光があふれている。そんな場所でした。

これから3週間、ここを拠点に僕らは仕事をするのです。(つづく)

PS: 僕らの旅行記、作曲家の田ノ岡三郎さんのサイトでも掲載中。こちらも楽しいのでぜひ!
田ノ岡三郎:日常茶飯事

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櫻井郁也/十字舎房 ポルトガル公演

2006-09-18 | 海外公演の記録 past dance works in EU
本日は、海外公演のお知らせです。
今回の行き先は、ポルトガル。
”a sul"-10th International Contemporary Dance Festival
lへの招待参加です。

アルガルヴェ地方を中心に行われる、このフェスティバルは、今年で10回目を迎え、今回は日本のアーチストを中心にしたプログラムということで、その中で僕らの作品も上演する事になったそうです。

フェスティバル側から選ばれた演目は、2005年に上演した作品「タブラ・ラサ~光もまた呼吸する」(英題:TABLA RASA)
ロウレー、ファロの二都市で、この作品を上演するほか、僕は6日間の連続ワークショップも行います。

作品「タブラ・ラサ」は、肉体の中で光と空気が互いに作用し、ダンスとなってこの世界にあふれでてくる、というイメージを舞台化したものです。
このイメージは、作品コンセプトであると同時に、僕のダンス・コンセプトそのものでもあります。
僕にとって、ダンスとは、内面の吐露ではなく、その瞬間/その場所にある光と空気をとことん呼吸し尽くす事であります。
この作品は、ソロアコーディオンによる精密な音をバックに、50分のあいだ、ひたすら踊り続けるシンプルな作品であり、30余ある僕の作品の中で、とりわけそのあたりをストレートに表現している作品だと思います。
今回この作品を上演する2つの都市は、海と太陽の美しさで知られるアルガルヴェ地方というところにあり、僕としてはこの作品が、そのような美しい街で新たな生命を得ることができるというのは、とても嬉しい事です!

また、現地でのワークショップでは「舞踏」に対するアプローチを行います。
ご存知の方も多いように、舞踏とは、非常に多くの言語的イマジネーションを駆使して行われる身体技法です。
言葉が通じない中での6日間にわたるワークショップは、とても困難です。
しかし、そのなかでこそ、整理できる事は多いと思い、この仕事を受けることにしました。

ステージ、ワークショップとも、多くの実りがありそうです。
公演日:
9/29=CINE TEATRO LOULENTANO(LOULE)
10/13=CAPa/Performing Arts Center Algalve/THEATER(FARO)

ワークショップ:
10/2~7=CAPa/Performing Arts Center Algalve/STUDIO(FARO)


ポルトガル旅行・滞在中の方、ぜひお越し下さい!


10月20日頃には帰国、その後、特別編成のクラスや本ブログにて成果を報告する予定です。
ご期待下さい!!

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