すまいる通信

「すまいる」は我が社の命名に含ませたテーゼ。そして、日々の暮らしのヒントそして随想を配信していければと思います。

第九交響曲

2005-12-17 13:20:37 | Weblog

 12月も中旬を過ぎると、一気に年の瀬を感じてくるものです。こういった雰囲気には、やはり「第九」が似合います。この時期、あちこちで演奏会が行われており、年末の風物詩の如くになっています。19世紀ベートーベンが、肉体の困難さと闘いながら、創り上げた人類の進歩の賛歌「第九交響曲合唱」は、今尚我々に感動を与えて止みません。この名曲は幾多の演奏家による作品がある中、フルトベングラーの指揮による演奏で聴くのが、格別です。まさに空間芸術の最高の醍醐味です。この名指揮者は、祖国ゲルマンの精神の捉え方で、独裁者ヒトラーと内面的に戦い抜き、第二次大戦後戦犯の汚名から立ち上がった人で、いわゆる「政治と芸術」といった問題の議論で、登場してきましたが、現代にその真価が、定まっていると思われます。
 それにしても、今の「耐震構造偽造事件」に見る惨状に見るに、人類の進歩どころか尊厳までもが、どこへ行ってしまったのでしょうか。人権を戦い取るといった歴史を持たないわが国での、思考の貧困さから行き着ついた最低限のモラルの欠如の問題といえましょう。骨抜きマンションを売った悪事がばれても、まだ言い逃れようとする金満家の醜態を見るにもはや恥ずかしさを覚えます。
 

「信長の棺(ひつぎ)」

2005-12-02 10:45:58 | Weblog
 最近「信長の棺」という本が、売れています。以前小泉首相が激賞したとかで話題になり、俗っぽさを感じていたものでしたが、先日の日経紙の書評の欄に紹介され、その評価が、かなり高いもので、ずっと気になっていたのですが、この度一読の機会を得ました。一気に夢中で読み干してしまうような素晴らしい内容のものでした。信長に関しては、50歳をして志半ばにして世を去った謎を多き人物であることは確かで、その最後の場の本能寺から彼の遺体が不明のままであることが、この小説のモチーフで、一種の霊感を持って書かれた本でもあります。後に「信長公記」を世に残す大田牛一を主人公にし、信長の棺が消えた真実を追究していくという一種のミステリーじみたスト-リー仕立てとなっています。歴史的に知られた事件、「桶狭間の戦い」、「本能寺の変」、それに「秀吉の姫路返し」などについて、驚くばかりの異説を展開しています。策略と陰謀の日本歴史の一端を見事に描いています。俗世にはびこる秀吉に対する人気に、一時の冷水を浴びせてくれるものがあり、最近話題になっている謎の安土城についても、その描写は素晴らしいものがあります。
 この小説の作者「加藤廣」氏は、かなり高齢でありながらもこれが処女作であったらしく、我々に勇気を与えてくれるものです。そしてこういった小説が、今現れるといったことは、嬉しい限りです。