しーさるの鉄日記

駅降り行動(姫新線新見口)


中国山地の駅降り行動、今日は木次線の残った2駅と姫新線の新見口を攻めることにした。

旅館を5時40分くらいに出て出雲三成駅へ。出雲三成駅に向かっている最中、ディーゼルの加速音が。出雲三成発5時50分の松江行だ。土日運休だと思っていた列車だったが、日曜運休で土曜の今日は運転日だったのだ。この列車を使わないで、出雲八代まで歩いてもスケジュールとしては成り立つわけだが、後で後悔することになる。

出雲三成は右側に駅舎のある相対式、両ホームは備後落合寄りの構内踏切で結ばれている。以前は2面3線だったが、1線撤去され今の形となった。備後落合寄りで駅舎は2001年に改築されたもの、駅入り口の右側には交流サロンという休憩所があり、その奥には仁多特産市という物産施設が入居している。左側はコンビニが入居していたが、今は奥出雲町の観光案内所になっている。奥出雲町の玄関口で、駅前には奥出雲交通のバスも停車する。国道向こうにはコンクリート造の上屋の整備されている。

出雲八代は備後落合方面に向かって左片面、以前は相対式だったが、右側の線路が撤去されて今の形になった。この駅も駅舎は開業当初から使われているものだ。委託駅で事務室にはNゲージのレイアウトがあった。周辺の集落には昔ながらの旅館があった。これで島根県内全駅の駅巡りが終了した。

出雲八代発7時17分発の列車で備後落合へ、3分乗り継ぎの芸備線で新見へ向かった。新見に着いたのは10時31分、次の姫新線列車まで2時間半近くもあるが、隣駅の岩山駅を通るバスがあったので、それを使うことにした。姫新線は以下の順序で駅降りした。数字は新見からの駅数。

1岩山-5月田-2丹治部(歩)3刑部-4富原

岩山は、新見に向かって右片面、以前は相対式だったが左側の線路が撤去された。駅舎は1929年の開業時から使われている木造で、入り口の電灯がいい雰囲気を醸し出している。木造駅舎もいい雰囲気だが、その隣の便所もいい雰囲気だ。
丹治部(たじべ)は右片面、1994年に改築された山小屋風の大きい駅舎には大佐公民館田治部分館が入居しており、週に1回くらい使われている。駅前には郵便局がある。

刑部(おさかべ)は相対式で右側に駅舎のある構造、両ホームは新見寄りの構内踏切で結ばれている。また、津山寄りで横取線が分岐している。駅舎は1993年に簡保の補助金で建て替えられたもの。以前は部屋が待合室として開放されていたが、今は封鎖されている。周辺は他の駅に比べると民家が多く、駅から歩いて5分のところにはスーパーがあった。

刑部を出ると峠を越えて、新見市から真庭市に入る。富原は左片面、以前は相対式だったが、右側の線路が撤去され、いまの形になった。駅舎は1994年に建て替えられたもの、去年の9月までは委託できっぷの販売が行われていた。道路を挟んで川が近く、津山寄りでは、川と橋が見えた。

月田は左片面、以前は相対式だったが、右側の線路が撤去され、いまの形になった。ログハウス風の駅舎は昔からある木造と思いきや、1997年に建て替えられたものだ。駅周辺は木材の工場が集中しているので、駅舎の中には木材事業協同組合が入居、待合室にも木材加工品が展示してあった。今日巡った駅で利用客が一番多く、国鉄時代は急行も停車していた。

中国勝山以東の駅降りは終わっているので、姫新線全駅の駅降りが終わった。


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