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しーさるの鉄日記

駅降り行動:米坂線(米沢口)


米坂線の駅降り2日目、今日は米沢側から攻めることにした。でも、その前に奥羽本線福島方面の3駅を攻めた。

まず、1駅飛ばして大沢から。大沢は相対式、ホーム全体はスノーシェッドに覆われている。出口及び待合室は下りホームの山形寄り、そこからスイッチバックの線路沿いに通路が続いており、その途中に上りホーム脇の通路に繋がる構内踏切がある。スイッチバックの線路はスノーシェッドの外も続いており、旧駅ホームまで続いている。旧駅ホームの構内踏切跡を渡り、奥羽本線のスノーシェッドを越えると、大沢の集落がある。

米沢行で戻って、関根で下車。関根は相対式、駅舎は上りホーム側にあり、両ホームは福島寄りの構内踏切で結ばれている。以前は下りが島式の2面3線だったが、3番線の線路はなくなり、雑草に覆われた点字ブロックが残っているだけだ。駅舎は簡易的なもの、平地なので周辺の建物は他の駅より多く、食堂や旅館もある。福島から複線だった奥羽本線は、この関根から赤湯まで単線となる。

また、福島行に乗って、峠で下車。峠は島式、といっても2本に分かれており、米沢寄と待合室の辺りだけで繋がっている構造だ。米沢寄りの階段でホームから下りると、下り線を渡る構内踏切を経由して、スノーシェッドに覆われているスイッチバック跡に出ることができる。こちらのスイッチバック跡は線路が撤去されているので、クルマの乗り入れが可能だ。また、スノーシェッド脇にも出口があり、滑川温泉や姥湯温泉への送迎車はそれを使って折り返す。スノーシェッドを出ると峠の茶屋があり、餅やそばを食べることができる。峠の茶屋の力餅はホームで立ち売りしており、普通列車の車内からも買うことができる。

奥羽本線の庭坂~米沢間の普通列車は、朝2往復、データイム1往復、夕夜3往復の計6往復しかない。こんな閑散区間だが、大沢のスイッチバックを復活させて、飯田線秘境駅号のような観光列車を走らせれば面白いかもしれない。峠では停車時間を確保して、慌てずに立ち売りの力餅を買えるようにした方はいいだろう。

米沢に戻った後、ホテルをチェックアウト、米沢市内を30分ほど歩き、南米沢駅へ向かった。米坂線の2日目の駅降りの順序は以下の通り。数字は米沢からの駅数。

1南米沢-4中郡-3成島(歩)2西米沢-7今泉-11羽前沼沢-6萩生(歩)5羽前小松-8犬川-9羽前椿

米沢の米坂線ホームは、頭端式の櫛形構造、階段を昇り降りする必要はないものの、5番線ホームは改札から50m歩くことになる。米沢を出た米坂線は陸橋をアンダーパスした後、右カーブで奥羽本線から分岐、最上川を渡り、進路を西へ進める。
南米沢は坂町方面へ向かって右側に片面ホームのある構造、駅舎は7年前に建て替えられた新しいもので、待合室には米坂線で唯一の券売機、ジュースの自動販売機がある。周辺は学校が多く、利用客数は米坂線の中間駅で最も多い。南米沢から米沢といった短距離利用もそれなりにある。駅前は、学生がトレインアンドライドできるように自転車が50台ぐらい置いてあった。駅周辺は住宅街でスーパーも徒歩圏内にある。

西米沢も右側に片面ホームがある構造。米坂線は米沢の町を囲むように走るので、南米沢も西米沢も、駅舎の位置は町のある右側となる。西米沢も駅舎は新しく4年前に建て替えられたもの、中のトイレもバリアフリー対応のきれいなものだ。利用客数は南米沢の半分を上回るくらいで、中間駅では3番目に利用者が多い。駅周辺には食堂と工場ぐらいしかないが、10分ぐらい歩いたところにはニトリなどの郊外型商業施設がある。

鬼面川を渡ると、田園地帯を走るようになる。成島は左側に狭いホームのある構造、ホーム中ほどに細長い待合室、その横には階段出口がある。ホームのある西側は住宅が何軒かあるが、逆側は田んぼが広がっているだけだ。簡素な駅なので、国鉄時代は普通列車すら通過していた。

直線をしばらく走ると、米沢市から川西町に入る。中郡も左側にホームのある構造、成島と違い周囲との段差はない。待合室駅舎は2001年に作られた新しいもの、それに隣接して短い上屋がある。

羽前小松はほぼ交互配置の相対式、駅舎は坂町方面ホームのある西側にあり、東側ホームとは米沢寄りの跨線橋で結ばれている。また、米沢方面線路からは坂町寄りで横取線が分岐している。駅舎は4年前と、西米沢と同時期に建て替えられたもの、待合室には小さなお座敷があった。また、井上ひさしゆかりの地とあって、ガラスケースにはひょっこりひょうたん島の人形が置いてあった。川西町の玄関口なので南米沢に次いで利用者が多く、『えき・まちネットこまつ』というNPO法人が時間によって窓口できっぷの販売などを行なう。出口は東側の米沢方面ホームにもあり、整備された公園につながっている。遅筆堂文庫のあるフレンドリープラザはこちらの出口の方が近い。
犬川は右側に片面ホームのある構造、ここも2000年に作られた尖り屋根の待合室駅舎だ。坂町寄りには古い駅名票があるものの、ペンキが落ちて読みにくい。

長井市に入ると、右側から山形鉄道が合流、小国街道をアンダーパスして、今泉に到着する。今泉は東側から駅舎、山形鉄道の島式ホーム、米坂線の島式ホームが並ぶ2面4線、坂町寄りの跨線橋が駅舎と2つのホームを結んでいる。米坂線の島式ホームの西側には側線が2本ある。側線同士の間隔は広いから、昔はもっと多くの側線があったかと思われる。米坂線は、3番線を米沢行が、4番線を坂町行が発着するが、一日3往復ある今泉折り返しは4番線から発着する。有人駅でみどりの窓口や券売機がある。窓口は、8時40分から18時までの営業、1時間の休憩が1回、40分の休憩が2回ある。山形鉄道からの乗り換え客は多いものの、利用客数は減少気味で羽前小松どころが西米沢より少ない。

今泉を出た米坂線は山形鉄道と合流して単線になる。1キロほど走ったところで白川を渡り、その先の信号所で山形鉄道と分かれ、飯豊町に入る。萩生は左カーブ上にあるので右片面である。待合室駅舎は1994年に建て替えられたもので、中には川柳が飾ってあった。駅前には庭園があり、公衆トイレも整備されている。

羽前椿はほぼ交互配置の相対式、駅舎は左側の米沢方面ホームにあり、その中間部と坂町方面ホーム端は跨線橋で結ばれている。駅舎側へは米沢寄りから荷降ろし線を利用した横取線が分岐している。駅舎は1995年に建て替えられたもの、観光協会の案内所と共有しており、協会職員が切符の販売を行なう。飯豊町の玄関口だが、利用客は少ない。

手ノ子は左片面でほぼ坂町寄りに駅舎のある構造、以前は相対式だったが線路跡どころがホーム跡もわからない。無人駅だが、駅舎は有人駅並みに大きい。以前は駅前に農協があったが、建物を残し閉鎖、国道向こうのATMがその名残を残す。国道沿いには、ガソリンスタンドや食堂があった。国道は手ノ子の手前から越前大島の先までずっと並行する。手ノ子と羽前沼沢の間で宇津峠をトンネルで抜け、飯豊町から小国町に入る。

羽前沼沢も左片面、ここも相対式だったが、線路跡は米沢寄りから分岐する横取線で残るだけで、ホーム跡は残ってない。駅舎は1983年に建てられた鉄筋コンクリート造、ホームとは短い通路で結ばれている。通路は屋根などで覆われており、雪の時でも短い距離で列車に乗れるようになっている。駅周辺は民家がそれなりにあるが、国道は駅舎と逆側、国道の方のラーメン屋へ行くには、遠回りしてトンネルを経由しなければならない。

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