アジア映画巡礼

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宿題フィルメックス<下>:グー・シャオガン監督作『春江水暖』

2019-12-31 | 中国映画

宿題提出の後半は、フィルメックスで人気が高かった中国映画『春江水暖』です。ストーリー等はこちらでご紹介しましたが、フィルメックスの紹介文には、「杭州の富陽の美しい自然を背景に、一つの家族の変遷を悠然と描いたグー・シャオガン監督のデビュー作。絵巻物を鑑賞しているかのような横移動のカメラワークが鮮烈な印象を残す」と書かれています。まさに悠々たる川の流れのような作風で、これを作ったグー・シャオガン(願暁剛)監督が1988年生まれの31歳とはとても信じられません。この作品に魅了された人も多く、中国語圏映画に詳しいライターの浦川留さんも、ブログで「極私的マイベスト2019」の1本に選んでいらっしゃいます。杭州市富陽区は昔の名前を富春と言ったそうで、そこを描いた有名な絵巻物が元代の1350年頃に書かれた「富春山居圖」なのだとか。それもあって、絵巻物への連想がなされたようです。 


『春江水暖』
 2019/中国/中国語/154分/英語題:Dwelling in the Fuchun Mountains/原題:春江水暖
 監督:グー・シャオガン(願暁剛)
 主演:チェン・ヨウファ(銭有法)、ワン・ホンチュエン(王風娟)、スン・チャンジェン(孫章建)


11月24日の上映後に行われた、グー・シャオガン監督のQ&Aは以下の通りです。司会はフィルメックス・ディレクターの市山尚三さんです。


市山:先に僕の方から、彼とどこで出会ったか、というお話をしてご紹介に代えたいと思います。去年のカンヌ映画祭に行った時に、中国のある財団が若手監督を10人ぐらいを招いて、毎日ワークショップをやっている、というのがあったんです。それに是枝監督、ジャ・ジャンクー監督と3人で参加したことがあったんですが、そのワークショップのパーティーの時に彼と会ったんです。彼は派遣されてきた若手監督の1人としてそこに来ていたんですが、パーティー会場で「ちょっとこれを見てほしい」と言われて、まだ製作途中のこの作品の一部をパソコンで見せてもらいました。パーティー会場はうるさいものですから、外へ出てロビーに行ったりして見たんですが、それはある長回しのシーンで、これはすごい、と思いました。それで「一体いつできるんですか」と聞いたら、「これからまだまだ撮影があります」というので、「でき上がったら絶対見せて下さい」と言ったのが最初の出会いでした。するとその翌年のカンヌ映画祭では批評家週間に選ばれていて、そこで完成した作品を見たら素晴らしかったため、「ぜひともフィルメックスで上映して紹介させてほしい」と言いました。それまでは全然、監督の名前とかも聞いたことがなくて、初めてそこで会って、すごい作品だと驚いたのですが、こうしてお迎えすることができて嬉しく思っています。では、ひと言ご挨拶から。


監督:コンニチハ。まず、本日映画を見に来て下さった皆様、ありがとうございます。それから、市山さんがこの作品をフィルメックスに招待して下さったことにとても感謝しています。僕は初めて日本に来たんですが、今まで日本の映画やアニメをたくさん見てきました。とても日本に親しみを持っていましたので、日本に来られたことに感動しています。観客の皆さん、見て下さって本当にありがとうございました。

市山:では、ご質問のある方。

Q1(男性):この映画の魅力は圧倒的なカメラワークだと思うんですけど、僕には登場人物たちの、とても個性的でリアルな存在感が素晴らしかったです。このキャスティングについては、どういったことで決定されたのかお聞かせ下さい。

監督:この映画の出演者は、僕の親戚を使いました。劇中の4人兄弟のうち、一番上の兄夫婦は僕の伯父さんと伯母さんです。3番目と4番目の二人は、僕の父の弟、つまり叔父さんです。二番目のキャラクターについては、実際にうちに魚を届けてくれていた漁師の人を使っています。脚本を書く段階で彼らに当て書きして書いて、その後実際にその人たちに出演してもらいました。実際の人物を使って撮影したのには、2つの理由があります。まず一つは、僕の初監督作品なので、自分の知り合いを使うことで製作費を節約できるということ、二つ目は、この映画は時代の風景を切り取ることと、市井の人々の雰囲気を伝えることがとても重要だと思ったからです。最初のレストランのシーンに出てくるように、リアルなものを描きたいと思いました。


Q2(男性):初監督作品ということで、影響を受けた映画監督とか、好きな映画監督、あるいは映画以外にどういうものから影響を受けたのか、ということと、あとこのサウンドトラックの音楽はどなたが作ったのか教えて下さい。

監督:この映画の前提としては、今見ていただいたような物語を撮りたいと思ったわけです。それで、いかにストーリーを通して現代の街の変化、時代の変化を描くかということを考えました。その時ヒントになったのが、タイトルにもなっている「富春山居圖」で、そこからヒントを得ました。「富春山居圖」は中国の伝統的な絵巻物なんですが、映画を絵巻のように描けばいいのではないか、ということを思いついたんです影響を受けた監督についてなんですが、台湾ニューウェーブのホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督とエドワード・ヤン(楊徳昌)監督です。ホウ・シャオシェン監督の作品の個性は、たとえば詩であったり散文であったり、中国の伝統的な文人の視点でもって世界や物語を組み立てていっている、ということだと考えています。そういう文人的な視点と絵画を融合して、作品を撮りたいと思っていました。


音楽に関しては、ドウ・ウェイ(唯)という中国の歌手に協力してもらいました。彼は中国のトップスターであるのですが、最近はニューオーケストラと言いますか、芸術的に何か突破したような作風に変化してきています。最近の彼の作風というのは、まるで西洋のオーケストラのように、第1章、第2章、第3章ととても抽象化されてきています。長い作品だと1曲40分だったり、あるいは上下2枚のアルバムに分かれていて、60分ずつの作品があったりします。彼の音楽は、中国の伝統的な古典文化と現代文化とが融合しているように感じられます。形式的ではないスタイルですし、国際的な視野があったり、現代的な要素も含まれています。中国伝統文化をいかに現代に持ってくるか、というのが、僕たちの映画の目指したところでもありました。この映画は撮影に丸2年かかっているのですが、一番難しかったのはやはり、古典をいかに現代に持ってくるかという点で、その点ドウ・ウェイの音楽は大きな示唆を与えてくれました。彼の音楽は、とても自然に、かつ軽やかに古典と現代を融合しているので、それに大変影響を受けました。


Q3(男性):最初は長いな、と思ったのですが、2時間30分、引き込まれて拝見しました。最初に、なぜこの長さになったのかうかがいたいのですが、あと、2時間30分たったあとで「第1巻 完」と出てきたので(笑)、第2巻はどうなるんだろうと気になりました。まあウォン・カーウァイ(王家衛)監督の『欲望の翼』みたいに、第2巻がなくて終わっちゃうのかな、という気もするのですが、そのあたりを教えて下さい。

監督:まず最初のご質問ですが、元の脚本では5時間あったんです。その原因は、春夏秋冬すべてを描こうと思ったからです。1年目は全部は撮り切れなかったんですが、それは資金の問題からでした。その後2年目で製作会社と宣伝会社がついてくれたものの、会社側の希望として、3時間以内の作品にしてくれ、と言われました。それは、中国の映画市場ではやはり、長すぎる映画は回転率が悪くなるので上映できないからです。僕たちはそれに対して「努力します」と返事して、結果的に2時間半の映画にまとめることができました。やはり会社からアドバイスされたように、中国の市場を考えてのことです。元々の映画は、この5時間の脚本を3時間以内に縮めたものに比べると、もう少し脇役の話だったり、枝葉のストーリーが織り混ざっているものでした。ただ、中国の映画館では150分以上の作品は回転率が悪くなりますし、公開およびセールスにとってあまりよくないので、最終的に2時間半の映画となったわけです。


第2巻、第3巻、というか続編に関しては、絶対に撮りたいし、今すぐにでも撮りたいと思っています。こういった続き物という形に関しては、最初からそうしようと思っていたわけではなく、第1巻を撮っていく中で考えられてきたものです。この映画を撮ることは美学の探究でもあり、僕と僕のチーム、スタッフたちは最初からこういう映画にしようと考えていたわけではなく、撮りながらいろいろ変化していったのです。それは、内容的にもそうですし、僕たちの映画、芸術に対する考え方も変わっていきました。僕としては、このあとも自分のチーム、この映画のスタッフたちと一緒に続けていきたいと思っています。もっと自分たちがプロフェッショナルとしてやっていきたいということも踏まえて、引き続き第2巻、第3巻を撮っていきたいと思っています。

この映画の冒頭に詩を、「富春江の水が東シナ海に流れ込む」といったような詩を入れたのですが、これは南宋の時代を想起させるものです。南宋と言えば最も有名なのが、「清明上河圖」というとても長い、歴史的な絵巻物です。僕たちはこの映画のことを、映画作品ではなくて1枚の絵巻物のように考えています。ですので、これは10年で1つのシリーズといいますか、1つの作品を作り上げるという構想が今出ていますし、その10年を通して、杭州の時代的変化を描いていきたいと思っています。第1巻、2巻、3巻...とそのあとに続く作品が、まるで南宋時代の「清明上河圖」のように長い巻物として見られるようになったらいいと思っています。それはもしかしたら、10年後、20年後、50年後、過去の人にすればとても意義と価値があるものになるのではないかと思いますし、また未来の人が見れば、とても面白い、時代を記録したものになるのではないかと考えています。


市山:もう時間なので、この辺で。最後に監督、ひと言。

監督:さっきはちょっと緊張していたのですが、市山さんが僕たちの出会ったきっかけを語って下さいました。実は僕と僕のスタッフの間では、市山さんにあだ名を付けていたんです。そのあだ名は「野菜買いのおじさん」というもので、野菜市場に出向いて毎朝自宅で食べる野菜を買っていく人、というものです(笑)。市山さんは、いろんな映画祭でお見かけします。どの映画祭に行ってもうろついてらっしゃるのをお見かけしますし、どのスタッフとも交わったり特に交流したりすることもなく、映画を見ては次のスクリーンに向かう、ということをしていらして、とてもカワイイ、チョーかわいいと思っていました(爆笑)。


市山:ありがとうございました。光栄です(笑)。はい、もっといろいろお話ししたいのですが、時間がなくて申し訳ありません。(大きな拍手)

というわけで、やっとフィルメックスで気になっていたQ&Aをアップすることができました。グー・シャオガン監督はお話が長いので、右腕が腱鞘炎気味ですが、これで安心して2020年を迎えることができます。皆様も、どうぞよいお年をお迎え下さい! 出年再見!!



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