明日、9月23日（土・祝）から公開となる、内モンゴル自治区を舞台にした中国映画『草原に抱かれて』。昨年の東京国際映画祭で見た時は、こちらでご紹介したように、これは公開されるかも、と思った秀作で、やはりパンドラが配給してくれて公開となりました。ただ、タイトルが原題を訳した『へその緒』から、イメージ優先の『草原に抱かれて』になってしまったのはちょっと残念で、下の現地版ポスターのように、母と息子をつなぐへその緒のイメージを強調した方が面白かったのに、と思いました。新たにパンドラからいただいた画像を使いながら、映画のデータとストーリー、そして見どころをご紹介しておきます。
『草原に抱かれて』 公式サイト
2022年／中国／モンゴル語／96分／原題：臍帯／英語題：The Cord of Life
監督・脚本：チャオ・スーシュエ
出演：バドマ、イデル
配給：パンドラ
※9月23日（土）新宿K's cinemaにてロードショー
中国の内モンゴル自治区。フフホトの街でしょうか、近代的な大都会のライブハウスで、馬頭琴を弾きながら電子音楽機器を従えて歌うのは、シンガーソングライターのアルス（イデル）。そのライブの途中、携帯に「母」という着信マークが出たのが気になり、アルスは母（バドマ）が兄夫婦と暮らす地方都市フルンボイル市の集合住宅を訪ねてみました。すると、母は認知症が出始めているのか、「草原の家に帰る」と言い張り、兄夫婦は対応に困って母を部屋に閉じ込めている状態になっていました。アルスのことも誰だかわからない母でしたが、アルスは母を連れて、草原に残っている昔の我が家へと帰り着きます。
長らく留守にしていたので、自家発電装置も蓄電池がダメになっていて使えず、修理にきてくれた電気店の娘タナにいろいろ助けてもらい、その夜は懐中電灯とランプで過ごすことに。ところが、草原に来て落ち着いたのか、笑顔になっていた母は、夜中に出て行ってしまったらしく姿が見えなくなります。結局、タナの助けを借りて警察の手を煩わせ、やっと森の中にいた母を見つけてもらって連れ帰ります。そんなことがあったため、アルスは母と自分を柔らかな長いひもでつなぐことにします。それは何だかへその緒を連想させるものでした。
母はどうやら、昔嫁に来た頃夫とその両親と共に暮らしていた、大きな木のそばにある家に帰りたいようでした。その木は半分枯れている木で、その地に戻らない限り、母の心は安らぎを得られないようでした。アルスは家にあったオートバイとサイドカーを手入れし、ゲル（モンゴル風テント）を乗せたリアカーを後ろに付けて、母と共にその大きな木を探しに旅立ちます...。
本作で興味深い点はいくつかありますが、その一つは母親を演じるバドマの演技力です。「モンゴルが誇る女優」と配給会社の解説にあり、撮影時点では50代の半ばだったようですが、アルツハイマー型認知症患者を演じるために、きれいごとでは済まない演技をいろいろと見せてくれます。認知症の場合症状は人によって千差万別なので、こんな患者さんもいるとは思うのですが、さっそうと馬に乗る姿を登場させるとかして、「驚かされる認知症患者さん」の面も見せてほしかったな、と思います。「まるで少女に戻ったかのようになっていく母」という解説があるように、「幼児返り」という表現は使いやすいものの、実際の認知症の人を見知っていると、ちょっと違和感を憶えてしまいました。
一方で、息子アルスはとてもチャーミングに描かれています。最初のライブハウスシーンはいかにも現代の若者、という感じですが、演じるイデルはシンガー・ソングライター、馬頭琴奏者、ホーミー・アーティストとして活躍している歌手だそうで、それだけに彼が音楽を奏でるシーンや作曲をするシーンにはぐっと惹き付けられます。「ホーミー」というのはモンゴル独特の発声による歌で、「喉歌」と訳されたりもするようです。そういうパフォーマンスに加え、本作では作曲のシーンもあり、のちに恋人になるタナに説明する形で曲を作ってみせるシーンなど、手の内を見せてくれて予期せぬ大サービス、という感じでした。ルックスも甘くてやさしげで、本作によってファンがかなり増えるのでは、と思います。
母親が見る幻影として登場する、あの世の描写も控え目ながら興味深く、そういうファンタジー部分も違和感を感じさせない懐の深い映画です。「半分枯れている木」というのが何かの象徴では、と思ったのですが、それが最後までわからなかったのがちょっぴり残念です。もし、これだ、と思われるものをお感じになった方がいらしたら、ぜひコメントで教えて下さいね。先日終了したテレビドラマ「VIVANT」により、モンゴルが大いに注目されることになりましたが、中国側の内蒙古自治区にも触れてみて下さい。最後に予告編を付けておきます。
映画『草原に抱かれて』予告編
