アジア映画巡礼

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第24回東京フィルメックス<追加レポート>王兵監督2作品『黒衣人』『青春』

2023-11-27 | 中国映画

昨日終了した第24回東京フィルメックスで、ご紹介してなかった作品を5本ご紹介します。本日は、今回コンペの審査員の1人だった中国の王兵(ワン・ビン)監督の2作品です。

『黒衣人』 

 2023/フランス、アメリカ、イギリス/60分/英語題:Man in Black/原題:黒衣人
 監督:ワン・ビン( WANG Bing )

映画は、競技場か劇場の客席から始まります。誰もいないそこに現れたのは全裸の老人。年齢は70~80歳で、背が高く、がっちりとしているものの、肌が白いので肉体労働の人ではない感じ。文字通りの全裸で、前を向いてすっくと立つシーンなどは、局所もそのまま映し出されます。この年になって、何を好き好んでこんな作品に出演を? と思っていると、やがてビオラかチェロの音が聞こえ、主人公は体をかがめたり、スキーの滑降の姿勢のようなものをしたりします。そして、テノールのいい声で歌い出し、「考えたくない」というセリフを発したり、ピアノを弾いたりし、玄人はだしの演奏を聞かせます。やがて、オーケストラの音に被って、自らの生涯を語る「1949年13歳で甘粛省の小学校を卒業し、1949年9月18日人民解放軍の文化工作隊に入隊...」という独白が始まり、この老人が作曲家である王西麟であることがわかります(中国語版Wikiはこちら)。そして、文革時代などの彼の苦難の歴史が話され、「紅い色が怖く、毛沢東の影が怖かった。今86歳だが、いまだにうなされる」等々、家族も含めた悲惨な経歴が語られます。バックに流れていたのは、「交響曲第3番」といった彼の作曲した曲だったのでした。

上映後、Q&Aに登壇した王兵監督は、「1人の人間の肉体でこの映画を構成する、ということでこういうカメラワークになった」と語っていましたが、撮影監督のカロリーヌ・シャンプティエさんとは20年来の付き合いなので、コミュニケーションは非常にうまくいった、とのこと。王西麟さんへの尊敬からこの映画はスタートしたそうで、最初はセリフのないサイレント映画を構想し、字幕を出してそれに音楽を重ねる、というプランだったそうで、本作は王さんへの自分の個人的な贈り物という位置づけだ、と語りました。

「魯迅の”身体”という概念と関係があるのでは?」という質問に対しては、「私は魯迅の作品は好きではないんです。だから、それに影響されたとか、タイトルをそこから取ったわけではない。王西麟さんの世代の人には魯迅信仰みたいなものがあったが、魯迅からもう百年が過ぎている。今を考えなくてはいけない」といった発言も。そしてどのように撮ったのかという質問には、「1人の人の全裸を撮影するのは、撮られる人にとっては恥ずかしいことだ、というのは理解している。私自身も迷い、意向を尋ねたが、最終的には全裸で出演していただくことになった。私の考えでは、誰しもが自分の痛み、苦しみを身体で受けてきたのだと思っている。心の痛みでも体が受け止めてきたのだし、私自身にもそういうことがあった。身体とどのように向き合うか、それは身体に対する敬意だと考えている」と語りました。

さらに、「途中でスキーヤーがジャンプする時のようなジェスチャーがあったが、あれは何を意味しているのか?」という質問も出て、私も疑問に思っていたので耳を澄ませました。「あのシーンを撮る時は王さんにお任せしたのだが、1950年代から30年ぐらいの間、中国で行われていた大衆の面前で人を批判する時、批判される人はああいう姿勢を取らされていたのです。それで王さんは、強制されたその時の姿勢を再現したわけです」そう聞いて、あの三角形の高い帽子を被らされ、首に”罪状”を書いたプラカードをかけられて、ひざまずく人の姿が鮮明に浮かびました。身体がそれを何十年経っても記憶していたのですね。ネットから見つけた文革当時の写真を付けておきます。

 

『青春』

 2023/フランス、ルクセンブルグ、オランダ/215分/英語題:Youth(Spring)/原題:青春(春)
 監督:ワン・ビン( WANG Bing )

1人の老人を捉えた『黒衣人』とは打って変わり、こちらは上海や蘇州、杭州に近い浙江省湖州市織里鎮という町の縫製工場で働く大勢の若者を捉えた作品です。登場人物たちは初めて出た時に名前と年齢と出身地が示されるのですが、ほとんどの若者が隣の安徽省、あるいは湖南省からの出稼ぎ人です。年齢はハイティーンから30代の人まで様々ですが、一部屋にベッドが数台入った部屋がいくつも続く工場の宿舎で、バス・トイレ共同の生活を続けています。そして、上写真のようなミシンがずらりと並ぶ工場で、縫製の仕事を競い合うようなスピードでこなしていきます。最初の時は冬のシーンなので、裏地のついた上着やズボンを縫っているのですが、あまりの速さというかぞんざいさに、それで商品になるの? と心配になるほど。

中盤を過ぎると、工賃の額や月収の話などが出てくるのですが、1ヶ月で稼ぐ額が3万何千元と聞いてびっくり。現在のレートで1元=約20円なので、60~70万円というところ。しかしながら、1着仕上げて6.5元とか7元という話にこれまたびっくり。月10万着仕上げないとこのお給料にはなりません。ということは月に25日働くとして1日4,000着! うーん、何か計算がちがっているのでしょうか。本作は来年日本でムヴィオラの配給により公開されるとのことなので、その時に落ち着いてまた計算してみたいと思います。

若い男女のいる工場なので、恋愛沙汰や望まぬ妊娠などの事件があり、親が出てきたり、親も同じ工場で掃除人として働いていたりして、いろんな人間模様が描き出されていきます。ちょっと感心したのは、働いている青年がどの人も長身で細身のイケメン、こんなミシン相手よりホストクラブで働いた方が稼げるんじゃないの、という感じの人ばかりなのです。中盤ぐらいで眼鏡男子が出てきた時は安心したぐらいで、その後ぽっちゃりした青年とかも登場しますが、「出稼ぎ」というイメージに合わない青年ばかりで見ていて調子が狂いました。それにしても、215分、3時間35分もの間退屈せずに(とは言え、途中30分ほど寝落ちしました)観客に見せていく映像はたいしたものです。

修了後Q&Aに出てきた王兵監督は、「本作は2014~2019年に撮った作品ですが、5年間ずっと撮っていたわけではありません。2018年からは平行して編集も始めたのですが、その後コロナ禍になり、それが終わってからまた編集を再開し、仕上げました。『青春』は三部作にするつもりで、今日のは『春』ですから、これで終わったわけではありません」と恐ろしい(笑)ことを言います。『鉄西区』(2003)も三部作でしたが、1作品がもうちょっと短かったと思います。せめて3時間以内にしてほしいです、王兵導演。

というわけで、王兵フィルメックスの印象が強かった今年の第24回東京フィルメックス。以前のようにQ&Aが文字としてアップされないのは残念でしたが、経費をなるべくかけないで継続していく、という道を選びつつあるのかも知れません。とりあえず、今年は配信のJAIHOもスポンサーに付いたりして、クラウド・ファンディングもしなくて済み、まずはよかった、というところ。最後に会場においてあったJAIHOのチラシの裏面を付けておきます。これだと、フィルメックスの観客にも注目してもらえますね。来年は映写画面の方もロゴだけでなくちょっと色を付けて下さることを願っています。

 


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