アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

TIFF2022-DAY3:モンゴル語の中国映画、インド映画、スリランカ映画秀作揃いの1日

2022-10-27 | アジア映画全般

昨日は、プレス試写でシネスイッチ銀座こもりきりの1日でした。でも、見た3本はいずれも秀作ばかりで心満たされ、帰途の電車で立ちっぱなしでも全然平気。3本ともそれぞれに違っているんですが、その違いも面白く、反芻しながら家に戻りました。では、見た順番にご紹介していきます。

『へその緒』

 2022/中国/モンゴル語/96min/原題:臍帯/英語題:The Cord of Life
 監督:チャオ・スーシュエ(乔思雪)
 出演:バダマ(巴徳玛)、イダー(伊徳尓)

中国の内モンゴル自治区。大都会のライブハウスで、馬頭琴を弾いて歌うのはシンガーソングライターのアルス(イダー)。ライブの途中で「母」という着信マークが出たのが気になり、アルスは母(バダマ)が兄夫婦と暮らす街の集合住宅を訪ねてみました。すると、母は認知症が出始めているらしく、「草原の家に帰る」と言い張り、兄夫婦は対応に困って母を部屋に閉じ込めている状態でした。アルスのことも誰だかわからない母でしたが、アルスは母を連れて、草原に残っている昔の我が家へと戻ります。自家発電も蓄電池がダメになっていて使えず、修理にきてくれた電気店の娘タナに助けられ、その夜は懐中電灯とランプで過ごすことに。ところが、草原に来て笑顔になっていた母は、夜中に出て行ってしまったらしく、結局警察の手を煩わせたことから、アルスは母と自分を柔らかな長いひもでつなぐことにします。母はどうやら、昔嫁に来た頃夫とその両親と共に暮らしていた、大きな木のそばにある家に帰りたいようでした。アルスは家にあったオートバイとサイドカーを手入れし、ゲル(モンゴル風テント)を乗せたリアカーを後ろに付けて、母と共にその大きな木を探しに旅立ちます...。

冒頭からすてきな音楽世界を聞かせてくれるイダーは、実際に電子音楽ミュージシャンなのだとかで、途中PCを使って作曲する様子も見せてくれます。伝統楽器の馬頭琴なども演奏できるため、そのシーンもいろいろ出てきて、認知症の母とやさしい息子の物語に彩りを添えてくれました。母親役のバダマは調べてみたら1965年生まれとのことで、役柄では70歳を超している設定ですが、長い三つ編みの髪の毛にほとんど白髪がなかったのと、足取りがやけに軽快なので変だなあ、と思っていたため、実年齢57歳は大納得です。二人とも名演で、少しファンタジーを混ぜながら老いと死を見せてくれるこの作品にピッタリでした。監督は1990年内モンゴル自治区生まれのチャオ・スーシュエ(下写真)で、これが長編劇映画デビュー作です。どこかの配給会社が買って下さるかも知れません。

 

『私たちの場所』 

 2022/インド/ヒンディー語/91min/原題:Ek Jagah Apni/英語題:A Place of Our Own
 監督:エクタラ・コレクティブ
 出演:マニーシャー・ソーニー、ムスカーン、アーカーシュ・ジャムラー

2本上映されるインド映画のうちの1本で、監督が個人ではなく、「エクタラ(吟遊詩人のバウルたちが持っている1本弦の楽器)・コレクティブ」という集団であるのが注目を集めていますが、内容も注目に値する作品です。舞台となるのは、インド中部の街ボーパール。ライラ(マニーシャー・ソーニー)は新しい住居に越してきたのですが、集合住宅で彼女の姿に目をとめた近隣の男たちにちょっかいを出されます。彼女の外見がヒジュラー(両性具有の人を指す言葉で、トランスジェンダーの人も含む芸能集団として暮らし、祝い事などの折に歌い踊っては祝儀を稼ぐ人々)に見えるので、露骨なセクハラが絶えないのです。しかしライラは大学出で、現在はNGOのカウンセラーとして勤務しており、何とかセクハラを受けない場所で暮らしたいと、新しい住居をいろいろ捜しているのでした。ライラの親友ローシュニ(ムスカーン)は、そんな彼女の支えになってくれますが、実はローシュニは男性料理人として金持ちの家で働いていて、雇い主には自分がトランスジェンダーであることを見せないようにしていました。二人は、ジェンダー問題を取り上げる集会などに呼ばれて話をすることもあり、そんな中で年下の仲間ができたりと、楽しい時間も持てるのですが、世間の偏見のまなざしは、常につきささってきます...。

主演の二人はジェンダー差別を受けている当事者と言ってもいいでしょう。ライラとローシュニの周囲には、オートリキシャ(三輪タクシー)の運転手であるシャ-ルク(アーカーシュ・ジャムラー)や、行きつけの食堂のスタッフのように、ごく普通に接してくれる人もいれば、不動産紹介を口実に彼女たちに好奇心むき出しの質問をしてくる一見紳士の人もいたりと、見ているこちらが気が重くなるようなシーンも多々登場します。でも、ライラはしなやかに強く、ローシュニはきっぱりと強い、という違いはあれど、二人とも自分たちに向けられる理不尽なまなざしをはねかえす強さを持っていて、見ていて爽快でチャーミングです。しっかりとした台本と演出も感じさせてくれ、「エクタラ・コレクティブ」の演出現場を見てみたくなりました。ジェンダー差別だけでなくカースト差別も描かれるなど、今のインドを知る上で日本人の目を開かせてくれる作品だと思います。藤井美佳さんの極上の字幕が付いていますので、配給会社様、いかがでしょう? 個人的にも、昔の映画の歌の歌詞がいろいろ出てきたりする会話があって、大好きな作品です。

<2022.10.29>TIFFのYouTubeサイトに、『私たちの場所』のゲスト、脚本と撮影監督を担当したマーヒーン・ミルザーさんのQ&Aがアップされています。ぜひご覧下さい。

『私たちの場所』Q&A|”A Place of Our Own” Q&A

 


『孔雀の嘆き』

 2022/スリランカ、イタリア/シンハラ語/103min/原題:/英語題:Peacock Lament
 監督:サンジーワ・プシュパクマーラ
 出演:アカランカ・プラバシュワーラ、サビータ・ペレラ、ディナラ・プンチヘワ

ⒸSapushpa Expressions and Pilgrim Film

スリランカの田舎町に暮らしていた青年アミラ(アカランカ・プラバシュワーラ)は、両親亡き後4人の弟妹を抱え、大都会コロンボに出てきます。長女は心臓の手術を受けないと助からない状態で、コロンボで入院させますが、高額な注射を打ち続けねばならず、経済的負担がアミラにのしかかってきます。工事現場で暮らし、中国企業の建設ラッシュの現場で必死に働くアミラでしたが、次男も兄に黙って下の妹と赤ん坊を連れ、街頭で歌いながら物乞いをしていました。ですが、物乞いは違法なので捕まってしまい、3人は児童養護施設に入れられてしまいます。一方、アミラは金持ちの女性経営者マラニ(サビータ・ペレラ)と出会い、妹がインドで心臓手術を受けられるようにしてくれる、というマラニの言葉にすがり、彼女のもとで働くようになりました。しかしながら、マラニの仕事は赤ん坊斡旋業でした。地方にいる妊婦に声を掛けてコロンボに連れ出し、出産まで面倒を見たあと、生まれた赤ん坊は外国人に養子に出してリベートを稼ぐ、というやり方で、女性経営者とそのパートナーの西洋人男性には莫大な金額が転がり込むのでした。連れてこられた妊婦の1人、ナディー(ディナラ・プンチヘワ)とアミラは仲良くなりますが、ナディーの産んだ娘クマーリも、養女として連れて行かれてしまいます...。

ⒸSapushpa Expressions and Pilgrim Film

監督は、『ASU:日の出』(2021)のサンジーワ・プシュパクマーラ。上写真のように子供たちがかわいいのと、赤ちゃん斡旋組織の実態がリアルに描かれるのとで、前のめりになって見てしまいます。手法がとてもオーソドックスであることから、賞は難しいかも知れませんが、債務不履行に陥っている国スリランカの現実をつぶさに見せてくれる、貴重な作品です。映画祭のカタログを読んでみると、かなりの部分がプシュパクマーラ監督(下写真)の実人生と重なるようで、それにも胸が痛みます。中国の進出ぶりも描かれていて、見ていて複雑な気持ちになりますが、このままの経済状態が続けばスリランカはどうなるのだろうと、ますます心配になる作品でした。

なお、カタログに「首都コロンボ」とありましたが、コロンボは最大都市ではあるものの、1985年に近くのスリ・ジャヤワルダナプラ・コーッテに首都は移転していて、現在でもそのままのはずです。最後に予告編を付けておきます。

孔雀の嘆き - 予告編|Peacock Lament - Trailer|第35回東京国際映画祭 35th Tokyo International Film Festival

 


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