アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

<山形国際ドキュメンタリー映画祭2021>で見た3作品

2021-10-14 | アジア映画全般

だいぶ遅くなってしまったのですが、土、日に見た<山形国際ドキュメンタリー映画祭2021>での上映作品についてちょっと書いておきます。私が見たのは、次の3作品です。

『夜明けに向かって』 This Stained Dawn
 パキスタン、カナダ / 2021 / 89分
 監督:アナム・アッバス Anam Abbas

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パキスタンで女性運動を繰り広げる人たちの物語です。冒頭、女性運動の簡単な歴史が、その時々の首相や大統領の顔と共に紹介されます。そして、アニメによる表現も時々に挟みながら、現在のパキスタンで「オーラト・マーチ」(”オーラト”とは”女性”のこと。auratはヒンディー語ではऔरत、ウルドゥ語では عورت で、元はアラビア語です。”オゥラト”または”アゥラト”の方が近い表記のように思いますが、字幕では読みにくいので”オーラト”になったのでしょう。字幕はヒンディー語を専攻した福永詩乃さんで、とてもスムーズな訳でした)を毎年組織している女性たちを登場させていきます。特に中心となるのがカラチ在住の活動家たちで、ライラ、ラシダ、アイシャ、モニーザといった若い女性たちが次々と登場し、家庭環境や活動の様子を見せていきます。途中、鉄道構内の敷地に住んでいる人々の立ち退き命令に反対する活動なども入れながら、クライマックスとなる「オーラト・マーチ」までの彼女たちの奮闘を描きます。「オーラト・マーチ」当日はカラチだけでなく、ラホール、ムルタン、クエッタ、サッカル、イスラマバードなどでの女性たちの行動も描かれていきます。これまで全く知らなかったパキスタンの女性運動が一挙に目の前で説明された感じで、イスラーム原理主義者らしき人々の妨害ぶりなども生々しく、驚くことばかりでした。まだ現在は、教育を受けた比較的裕福な女性たちが中心となっているようですが、それを広げるための努力も見られるものの、先行きは相当に大変そうです。

This Stained Dawn Trailer

 

『燃え上がる記者たち』 Writing With Fire
 インド / 2021 / 93分
 監督:スシュミト・ゴーシュ、リントゥ・トーマス Sushmit Ghosh, Rintu Thoma

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こちらも主人公は女性たちで、UP州で2002年から発行されている新聞「カバル・ラハリヤ」(”カバル”khabar खबर は”消息、ニュース”で、”ラハリヤ”lahariya लहरिया は”波形、波紋”の意味です)の記者達が登場します。女性記者たちはダリト(被差別カースト)の出身で、教育程度は高くないのですが、先輩記者から学んで、農村を中心にニュースを掘り起こして行きます。数年前からは、週1回発行される紙での新聞以外に、映像を使った配信もすることになり、それまでスマホを使ったことなどなかった記者たちは先輩に教えてもらったりして、撮影や編集のテクニックを学んでいきます。先輩格の記者の1人がミーラーで、既婚で娘もいるのですが、夜遅くまで取材に駆け回り、がんばっています。しかしながらその取材ぶりは穏やかで、警察官や地方政治の大物も彼女の控え目な取材ぶりについつい情報を与えてしまう、という構図がなかなか興味深かったです。他に、スニータ、シャームカリといった駆け出しの記者たちも登場し、取材する姿を見せてくれます。昔は「不可触民」などと差別されたダリトの人々ですが、今も村のはずれにある粗末な家に住み、トイレがないことも多いのです。「政府は”各家庭にトイレが普及した”と言ってるけど、ウソよ」と取材者に言うミーラは、ダリトの人の家に入る時きちんと入り口で履き物を脱ぎます。こういった、大手マスコミの取材者とは違う取材ぶりをいろいろ見せてくれ、心を打たれました。びっくりしたのは「カバル・ラハリヤ」の慰労を兼ねた年1回の社員旅行で、何と豪華飛行機の旅で雪深いカシミール州のスリナガルへ。日々の奮闘と苦労に対するご褒美なんですねー。「カバル・ラハリヤ」のYouTubeチャンネルも、ヒンディー語ですがぜひ覗いてみて下さい。

『夜明けに向かって』でも感じたのですが、スマホが現在アジアの国々では強力な武器になっています。性能のいい昨今のスマホは、昔のカメラと同等の質の動画を提供してくれ、どんどんみんなの行動範囲を広げてくれています。日本のスマホも、ニュースとメールやメッセージを見て、食べ物や花の写真を撮るだけではもったいない。もっと活躍させましょう!

Writing With Fire (Trailer)

 

『理大囲城』 Inside the Red Brick Wall
 香港/2020/88分
 監督:香港ドキュメンタリー映画工作者 Hong Kong Documentary Filmmakers

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こちらは、とても正直な闘争記録でした。雄々しい闘いぶりだけでなく、ひるんだり、混乱したりする学生たちの姿も記録され、見ている方が泣きそうになる箇所も。また、警察が説得なのか皮肉なのか、香港や台湾のポップスを流して立てこもり者たちを刺激する場面も記録されており、周傑倫(ジェイ・チョウ)の「四面楚歌」、許冠傑(サミュエル・ホイ)の「学生哥」、陳奕迅(イーソン・チャン)の「十面埋伏」などというタイトル名が字幕に出てくるのに唖然としました。「勝手に使うな!」です。後半、高校の校長というような人々が入ってきて、学生たちを説得して投降させようとするシーンは何だかうさんくさく、実情をもっと知りたかったのですが、警察の分断作戦の一つだったのでしょうか。よくぞこんな記録が残った、と見終わったあとささやかな感動を覚えました。危険を回避するため、監督名は「香港ドキュメンタリー映画工作者」となっていますが、字幕翻訳者の名前もそれに準じて、「香港ドキュメンタリー映画翻訳者」となっていました。確かに、個人名を出すと中国側の黒名単(ブラックリスト)に載ってしまう恐れもありますものね。私の大好きな香港がどんどん壊れていく、と涙した1日でした。

【第十二屆台灣國際紀錄片影展】敬!香港/CHINA獨立紀錄片|理大圍城 Inside the Red Brick Wall

そして本日、受賞結果が発表されました。『理大囲城』が見事大賞を受賞しましたが、これが何らかの励ましになることを祈っています。

[インターナショナル・コンペティション]
ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
 『理大囲城』(2020/香港)
  監督:香港ドキュメンタリー映画工作者
山形市長賞(最優秀賞)
 『カマグロガ』(2020/スペイン)
  監督:アルフォンソ・アマドル
優秀賞
 『ボストン市庁舎』(2020/アメリカ)
  監督:フレデリック・ワイズマン
 『ナイト・ショット』(2019/チリ)
  監督:カロリーナ・モスコソ・ブリセーニョ
審査員特別賞
 『最初の54年間 ― 軍事占領の簡易マニュアル』(2021/フランス)
  監督:アヴィ・モグラビ

[アジア千波万波]
小川紳介賞
 『リトル・パレスティナ』(2021/レバノン、フランス、カタール)
  監督:アブダッラー・アル=ハティーブ
奨励賞
 『ベナジルに捧げる3つの歌』(2021/アフガニスタン)
  監督:グリスタン・ミルザイ、エリザベス・ミルザイ
 『メークアップ・アーティスト』(2021/イラン)
  監督:ジャファール・ナジャフィ
特別賞
 『心の破片』(2021/ミャンマー)
  監督:ナンキンサンウィン
市民賞
 『燃え上がる記者たち』(2021/インド)
  監督:リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ

 


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