
ピアノがない
呆然としていると
女性が淡々と話すのだ
「ピアノはあ〜あったらあ〜じゃまになるじゃー」
女性は話を続けた
「ピアノ売ってちょうだい〜ってよくあるじゃ、来てもらったけどねータダだってえー」
買取できないと言われて
引き取ってもらったそうだ
「10,000円もなったら、S子に半分やろうーおもったけど、だめじゃ」
女性が話している間
怒りの気持ちは
もはやなく
話の内容に嘘があったとしても
ピアノはもうそこにない
こんなことまで
して退けるのかと
呆れるよりか
感心してしまいそうだ
「やるね、なかなか」
嫌味で言ったワタシに
上機嫌になり
「わたしはあ、すぐ動く女だからね〜」
得意げな顔した
ワタシの心の内も知らずにだ
ついでに言えば
父や母の気持ちも考えずにだ
下手ピアノは中二でやめたのだが
実家のピアノは
アップライトのものでも
特注品だった
母は亡くなるまで
またピアノを始めるかもしれないと思い
定期的に調律師を呼んで手入れしてもらっていたし
そのたびに調律師からは
とても良いピアノで珍しいと言われると
ピアノを弾くワタシより
母の方が自慢げで嬉しそうだった
父が我が家に最後に来た時
電子ピアノがあるのを見て
「まだピアノが弾けるんかー1曲弾いてくれ」
そういうので
父の好きな曲を
耳コピで弾いてみた
静かな曲で
ゆっくり体を揺らして
聴き入る幸せそうな父の顔は
今まはっきり覚えている
「ウチにあるピアノ、ここへ持ってこようか」
そんなことも父は言っていたが
我が家にやってくることはなく
女性に消されてしまったのだ
大切な想い出だけは
女性に消されはしない
今はなくなってしまっても
そこにはピアノがあったのだからと
忽然と消えた場所を
眺めた
そして
この後
もっとワタシの気を動転させるようなことを
言い出した
つづく
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