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このままでは、終わらせない

2025-05-31 13:28:00 | 日記

お菓子屋でのバイトの給料は

必ず給料日にもらえるというわけには

いきませんでした

 

個人経営のそのお店を紹介してもらって

働くことになった経緯に

訳があったのですが

今はこの流れで話すより

のち先でまた大問題になりますので

その時にします

 

夜はコンパニオンの仕事をしたり

そのつながりで、いける夜間バイトも

息子を託児所に預けて働けました

 

一時間保育料1200円ですから、手元に残るのは僅かでも

その場しのぎで食いつなげられたらましなのです

 

お菓子屋さんでのお給料がまともに入らないのなら

日銭を稼ぐしかありませんし

それも私のその時の力量ではいっぱいっぱいでした

 

託児所に預けてまで働くことは

息子のためにはならないのでは

 

いつも起きて私の迎えを待っているので

心身の成長にはよくないのでは

 

そう考える日々の私へ

どこからともなく答えのように

朗報です

 

託児所の園長先生に

将棋に興味があるようだと聞いたのだ

 

息子から聞いていたのには

ご高齢の園長先生は

寝たきりになられた奥様の介護もしておられ

預かっている子供たちの遊んだり寝たりする部屋とは別部屋に

おばちゃん先生が寝ておられ

そのお部屋では奥様(おばあちゃん先生)と園長先生と

ちっとも眠らない息子と3人で静かに過ごすことがあり

そこで園長先生が将棋を指すのを息子は見ていたのだそうだ

 


それでためしに、おもちゃの小さな将棋盤と駒のセットを買ってみた


将棋には正直ピンときませんでしたが

飛び上がって喜ぶ息子には私のほうが

驚きました



園長先生は息子に少し教えてくださったのか

小さな手で

「パッチン パッチン」と言いながら

直ぐに将棋を指し始めました


 

おもちゃの将棋といっても

厚紙で作られたもので

私がそばをバタバタ通ると

駒は吹っ飛んでしまうようなものです


それでも

1人で「パッチン パッチン」

真剣なお顔つき


その所作を見ていると

パズルが買ってあげられない罪悪感も

私の中から

吹っ飛んでいきました

 


まだ字も読めない息子に

子供用の入門書を古本屋で買ってみると

めきめき上達をしていき

読めないはずの本もそのうち読みはじめた

 

そんなに時間を要さずで、です

 

 

思いのほか喜んだのは

父でした

 

父は小学生のとき

町の将棋大会で優勝して賞金がわりに

みかんをひと箱もらって

お母さんに褒められたという思い出話を聞かされたことがあったので


 

息子が将棋をしているというと

それはそれは驚いて

大喜びをしたのです

 

私には兄が二人いますが

どちらも将棋を知らないまま育ち

(もちろん私もです)

家で将棋の話が上がった記憶もありませんでしたから



孫がまさか将棋の相手になるとは

夢にも思わないくらい

嬉しかったのです



 

父は息子のおもちゃで

すぐに向かい合って将棋を始めました

 

 

息子は

おじいちゃんが、自分の理解者で

心から尊敬をする師のような存在になり

 

父は父で

将棋を指すときは

遊びや学びを共有してくれる大親友を相手にしているかのようで

 

二人が夢中になる姿は

年齢を超えた

まるで同志

 

涙もろくなった母が

二人の様子をみて

うれし涙を流し

 

今その時を思い出し

私も涙腺が緩むのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


このままでは、終わらせない

2025-05-28 13:25:00 | 日記

もうひとつは、もっとくだらない

 

小さい子供の言う話は

時には正直すぎて残酷なこともある

 

 

保育園での体操着

一年通うだけなので、前の幼稚園のもので構わないということで

他の子供さんたちと同じものに合わせずにいのですが

「Dちゃんちって、お金ないん?」

「貧乏なん?」

 

そりゃ、お米が白くなかったことでも

なんで?なんで?

どうして?どうして?

聞かれたことはあったろうけど

私が特別だといえば、息子も特別なのだと思うのだし

それを言えば

「ふーん」で済むのだ

 

でも貧乏なのかと

お友だちから言われれば

そのままストレートに私に聞いてくるのは当然で

 

貧乏じゃないと言ってわからせても

他の子供さんと決して同じようにとはいかないことで

いつかはわかる時がくる


 

お金がないの?って

息子に言わせるって

どうなんだろう、親として失格だな

 

 

お金がなくても

いいものが買えなくても

今は仕方ない

 

今度はどうやってごまかそうか...

 

 

せめて心だけは

いつも豊かでいよう

 

 

そう思うと

私はすぐにバカげた遊びを思いつく新米、貧乏ママ

新しい遊びだと言って

息子と向かい合って始まったのが

「ゆたかと、ゆたこでヨイヨイヨイ」

 

先ず

 せっせっせーの

よいよいよいっ



ゆたかとゆたこのヨイヨイヨイ

で始めると


「心は、いつも」

「今日も、朝から」

など

テキトーな号令をして

パチンと手を叩きながら

右、左と手を合わせて

「ゆたか」

「ゆたこ」

と連呼しながら

手合わせをする



つられた方が負け

っていう


全くくだらない

手遊び


母の前でやった時には

ハンカチで両目を覆う母が

肩を震わせながら

涙を拭いていて



ヤバい

泣かせてしまった



と思ったら


涙が出るほど可笑しくて

笑っていたのでした


久しぶりに母が爆笑するのを見て

今後は母が笑えるように

孝行せねばと思ったものです




 

 

 

 

 

 

 


このままでは、終わらせない

2025-05-26 18:02:00 | 日記
息子は
どちらかと言うと
脇ペロ体操の方が


私は
ゆたかと
ゆたこ
の方がと


衝撃的な思い出の
大きさに差があるのは
ふざけたものと
意図していたものが
子供と大人では違うからだと思う




幼少期
左利きだった息子は
無理矢理に右利きに矯正しようと
周囲の大人達によく指導されると
右だか左だか?
わけわからなくなって
混乱してしまう


不器用そうに
右で持っているペンや箸が
いつの間にか左手にうつると
器用になるので
無理矢理治さなくてもよいのではと
私はよく思ったもので


当時の環境の中でそれを言えば


「子供の将来を考えるべきだ」

「今正してやらないと、後で後悔する」

親の私も
厳しく言葉をもらうわけで


根強く残る風潮があったのは
その頃はまだ
左手用の道具などが
少なかったからということも
あったのでしょう





右だろうが
左だろうが
どっちでもいいとは思えど
困るのは
この先の息子だ


真剣に考えてやらねばいけません



左利きは
手を使うこと
ものを掴むとき
ボールを投げる手も
必ず左手になる


それを
なんとか右手から動かせれるようになれば
次第に右利きに変わらないかな...




とにかく右から右からだ



そんなことばかり考えて
右手をぷらぷら振り回していたら
息子が私の指先をペロっと舐めた


「ママもペロっとしてみて」


手をぷらぷらワキの下で振り回しながら
その手をペロん



できるわけない



それを見た息子が
キャッキャキャッキャと
笑い転げるので
おかしくなって
何度も繰り返すと
首の筋が攣りそうだ



バランス悪いから
反対の左でもやった



右も左もと
繰り返すと


息子も真似だした


それはまた
私を笑い転がした



わけのわからないルール
「これはねー、右からやらにゃいけんのよ
掛け声はねぇ、右も左も」


そんなことを
真面目に言えば、また可笑しいわけで



突然私が
「右も左も」
と号令をかけると


「ワキペロ、ワキペロ」


右から始める妙な動作



世界にひとつ
我が家だけの
2人だけの
変な体操


「ワキペロ体操」



アホらしい
バカみたいなことでも




右と左で混乱する度に
時と場所を分けて
小さなワキペロ
大きなワキペロ体操をした



ルールは必ず右からやるだけ



それを息子が覚えていて


「ワキペロって、あれなんやったん、たまに思い出すんやけど、意味わからんけー」



そうやって
呑みながら、また笑い転げていますが


あのですね
あれのおかげかもしれませんよ
右利きになれたのは


今度そう言ってみよう


いや
自分が頑張って直したんだと
言うに違いないけれど



















このままでは、終わらせない

2025-05-22 16:23:00 | 日記
手遊びになるパズルも
頻繁には買ってやれず
出来ては崩してばらかし
また始めるスタイルは


当然だけど
直ぐ慣れ飽きてしまいました



絵を描いたり
絵本を読んだり
好きなことに熱中することもあるけど
長くは続かない


お金があれば
幾らでも買ってあげられるけど
そんなことでは
薬に頼ることと
なんら変わらない



少しコマが進むと、立ち止まる
ゲームでもやってるのかと
奇妙に思えてなりませんでした




スタートは
入院一歩手前のぐぢゅぐぢゅ肌で
ゴールは
つるんと剥き卵肌


そりゃあ
ワープしてゴールって訳にはいかないかと



脳天気な私の良いところは
難しく悩んで
暗い気持ちで塞がないところです




そのかわり
模索したり
工夫したりするのは
面白がる性格




息子と2人の暮らしで
卑屈になったり
他を妬んだりすることも
全くありませんでした



だからなのか
上手くいかなくなって
八方塞がりになっても
お手上げだと諦めかけても


何処か
誰か
何かのお陰様で
また前進することができるので直ぐ




だけど
そういうことに気づくまで
何度も闘いながら
くじけそうになり
また立ち向かえば
倒される



考え方や
ものの見方や
身の振り方を改めるまで
いくらも同じを繰り返す始末




今もたまに悪の連鎖が起きると
やばい、マズい、と
方向転換することがありますが



結果的には
私には色々起きて良かったんです




それに起きたマズいことは
まあまあ自分で拾い集めたような気がしてならず



自業自得ってことが多い



世間知らずが思い知らされたってのもある




知らないままで
生きる
世間知らずで向こう見ずの
歩む道から

気づけば
沼地にハマってしまい

慌てて暴れ
もがきながらも


学べば一歩、改めればまた一歩と
抜け出していたようだと



振り返りながら
思ったりします



解決しないことも
出来ないことも


ない


自信持って


.....はいいませんが
(言えんのかい、ですね)



行動するも
考えるも

何ひとつ無駄なことはないように
思えます





話を戻しますが
息子とは手遊びも沢山しました



「あれって、一体なんやったん?ほんま意味がわからんけー(笑)」
息子が笑う記憶に残しているのは


今や私も恥ずかし過ぎて
笑うしかないものが多い


中でも
「ゆたかと、ゆたこのヨイヨイよい」
「ワキペロ体操」



かなりヤバい



どんなのかって
いいますと


恥を忍んで
言っちゃいます


(次回で)









このままでは、終わらせない

2025-05-20 19:20:00 | 日記
まいったことに

向かい側の奥さまに
3合のお米を差し上げてから
頻繁に電話がかかってくる


それも朝早くからです


私は母に何かあったのかと心配になるので
朝早い電話や、夜中の電話はドキドキする


恐る恐る出ると
毎回この奥様で


内容は
「Dちゃんのママ、ごめーん、ご飯もらえるー?寝坊しちゃったあー」

こんな風なことで


やれ寝坊した
スイッチ入れ忘れた
とか
色々理由を作っては
ご飯をもらいにやってくる


断られそうだと察すれば


「Dちゃんのママー、ごはんありますかー?」


子供達に電話をかけさせ
当たり前のように
弁当箱を持ってくる


弁当箱を

子供達がです
  



マズいマズい
一日の始まりから
これにはまいった



ご飯をあげたくないわけではない



でも
よいことでもない



私も一応子供の親
我が子を利用して
ご飯をもらったりはしないし


相手の都合も構わず
お米をもらったりするようなところを
子供には見せるなど
言語道断だ





時間がある時にでも
ご飯を炊いて冷凍しておくこと
炊き忘れても後から届ければいい



お互いの子供達にとって
どちらかが言いなりになるような
変な関係になるのもよろしくない


奥様には
そう話して


きっぱり
丁寧に
断った



父の気持ちが
あらためて理解できた



それに
せっかく父が
私達にくれたお米だ



お米がないわけでもない
炊き忘れた奥様に
炊いて差し上げるための
お米ではない



お米が
そのうち違うものになっても


それこそ大変だ



油断しないでおこう
今後も気をつけよう
たとえ良い人であってもです


考えかたは
誰もが同じではないのだ



私もちゃんと買おう
自分達が食べるお米なんだから


当たり前だけど
そういうことです


我が振りなおす
襟を正す
気持ちになったのは
間違いありません


私と父の米騒動には
こんな続きがあったのでした