気ままに一筆

心に引っかかった居心地が悪い出来事や、心の隅で湧き上がってくる日本の風習への思いを感じるままにつぶやいています。

叔母のいた時・いちごのショートケーキ

2023-08-23 12:53:41 | 日記

8月20日、『洋菓子店で86年間続く横浜支店のレストランが、建物の老朽化で建て替えの為、閉鎖する』と夜のテレビニュースで流れた。店の入り口には、この洋菓子店のマスコット人形が立ち、レストランの入り口までのホールには、ミルキーや色とりどりのケーキ、シュクリームがショーウインドウの中に並ぶ。閉店の挨拶を最後に店のシャッターが下りると『家族で月1回食べに来ました。』『父親が、連れて来てくれました。』『懐かしい。なんか寂しい。』と高齢の親子が、インタビュ―に答えていた。昭和22年生まれの叔母は、この洋菓子店の銀座支店に中学を卒業後就職をしていた。当時、私にとって銀座は、なかなか簡単に行けないネオンの街で、親戚の結婚式の帰りに叔父に連れて行ってもらったのが初めてだった。入り口からレストランへ入るまでホールに並んでいたショーウインドウの記憶が、ニュースに流れた横浜店内の様子に甘い生クリームの匂いを思い出さされた。あの時の「イチゴのショートケーキ」が食べたくなった。
 叔母が、クリスマスに初めて持って来てくれたクリスマスケーキ。メリークリスマスと書かれたチョコレート板がのった「いちごのホールケーキ」白い生クリームに赤いイチゴ。それまで、バタークリームで作ったバラの花に仁丹の様な銀色の粒を飾ったケーキは食べたが、生クリームは初めて、口に入れた時のフワッと溶けてしまう感触とバタークリームにはない甘いミルクの味に感激して興奮した。叔母が、『カウンターに入っているから、私が作った。生クリームは新鮮だよ。』といいながらケーキの入った化粧箱を開けて、長径20cmのホールケーキを切り分けてくれた。ケーキの上に乗った真赤なイチゴを最初に食べるか、最後に食べるか?決めかねながら、叔母の話を聞いていた事をおぼえている。(イチゴの酸っぱさを覚えているから、キット最後まで残しておいて食べたと思う。)
現在、ケーキは専門店が出来、フルーツもイチゴだけでなく、ミカン・メロンetc……。季節によって新作が発表される。きっとあの時代より生クリームはふんわりとして美味しく、スポンジケーキは弾力があり、スポンジケーキの間に挟まった果物たちやイチゴは、甘酸っぱく美味しいだろう。でも、閉店するレストランの内部を写し出すテレビニースを見ながら、最近はどんなに珍しく美味しい物でもあの時の様に感激することが無くなってしまった。いつの間にかチョットした季節の変化に心踊らせることを忘れて、ケーキ一つに心躍らせることもなくなった自分に、『只々、あの時のイチゴのショートケーキが食べたい。』と強く問いかけた。