今日は父の命日です。
父が亡くなってからしばらく
私は混迷の中にいました。
父が亡くなったと思ったら夫が脳梗塞を発症↓
心身ともにヨレヨレの状態の中、実家の片づけを↓
自分では立て直せないほどヨレヨレになってしばらくは
カウンセリングのお世話になっていました↓
こうした中で、少しだけ父の持ち物を
我が家に持ってきてありました。
しかし、ヨレヨレの日々が続き、それらの遺品は完全に放置。
通っていたカウンセラーには
気分が乗らなかったらしばらくそのままでOKと言わたこともあり、
目に着くところに置いて気分が乗る時をじっと待っていました。
待ってたところ、3年が経過。
どういう風の吹き回しか、父の命日を目前にして
突如片づけてみようとの気になりました。
父の遺品の一つは
この段ボールに入れられて
階段の途中に置いてありました。
(猫は無理やりそこに連れていかれて抑えられてます)
毎日目にしたり、
通ったりすればすぐに片付くと思っていたのに
こんなに月日が経ってしまいました。
取り掛かってからも、少し辛い気持ちになりました。
デイサービスに行っていた父、
大腿骨を骨折して病院に搬送された日の
持ち物や洋服です。
小さい手帳には、通院の予定が書かれていました。
日付からすると、大腿骨骨折する直前にデイサービスで食べた
昼食のメニュー。
こちらはデイサービスの脳トレと思われる問題。
施設の方に伺った話では
父は物知りで頭がいい人と言うポジションだったそうです。
これら分別してゴミに出しました。
父は亡くなっても惜しくない年齢だったし、
生き続けるのは難しい体の具合だったし、
「寿命」という言葉でなんら問題もないとは思うし、
でも、胸に迫る何かがあって
片付けることができて得ることのできた達成感は
その何かに競い負けてる感じです。
なんて話を何年も前に父親を亡くした知人にしたところ
「片づけられたってのは、心の整理がついたんだよ」
とか
「残しておいてもしょうがない物だよ」
とか
「それ、娘に引き継がなくてよかったよ」
とか、前向きな声掛けをしてもらいました。
そうだよね、片づけてよかったんだよね!
後2箱あるんだけど、それもいつか片付くかな…
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