魔導アカデミーに通う少年と少女の話。少年はまだ幼いその少女に出会うまで敗北を知らなかった。名門ラグランジェ家に生まれた少女は、親戚たちに自分の存在を認めさせるため、誰にも負けるわけにはいかなかった。ふたりの関係の変化、アカデミーでの競い合い、少女の出生の謎、名門ラグランジェ家の秘密など。
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「今回こそは、絶対に勝てると思ったのによ」
ジークは張り出された成績を覗き込み、納得のいかない面持ちで口をとがらせた。リックとアンジェリカは顔を見合わせ、互いに肩をすくめて笑った。
「何度見たって結果は変わらないって」
「そうよ。朝もあれだけしつこく見てたじゃない」
「わかってるよ!」
ふたりから逃れるように背を向けると、ジーンズのポケットに手を突っ込み歩き出した。ふたりも小走りでジークについていった。柔らかな日の射す廊下を、三人は並んで歩く。今日はテスト結果の発表のみで授業はない。まだ昼前だが、すでに帰った生徒も多く、人影はまばらである。
「だいたいおまえ、一ヶ月もアカデミー休んだくせに、なんであんな点とれんだよ」
ジークは半ば呆れたような口ぶりでそう言った。
「もちろん、頑張ったからよ。ジークに負けるわけにはいかないし」
アンジェリカは彼を見上げてにっこりと笑いかけた。ジークは慌てて目をそらせた。
「おっ……俺だって、まだあきらめたわけじゃねぇぞ! 卒業までには、おまえに勝ってやるからな!」
耳のあたりを赤らめながら、こぶしを握りしめ、早口でまくし立てた。
「うん」
アンジェリカは再びにっこりと笑いかけた。
三人は食堂まで来ると、カウンターで飲み物を買い、窓際のテーブルに席を取った。広い食堂内はがらんとしていた。ジークたちの他には数組いるだけである。聞こえるのは遠くのかすかな話し声と、木々のざわめきくらいだった。
「あしたから長期休暇だな」
ジークはほおづえをつき、窓の外に目をやった。青葉の深い緑が、風に揺れながら光を受け、きらきらと輝いている。
「ふたりとも、今年もまた働くの?」
アンジェリカはジークの視線を追いかけながら尋ねた。
「あっ、そうだ……」
ジークは鞄を開け、中をかきまわしながら何かを探し始めた。
「あった、これ」
そう言って、しわだらけのチラシを机の上に置いた。白い紙に黒い文字が打たれただけの、そっけないものである。アンジェリカとリックは顔を近づけて覗き込んだ。
「俺、ここに採用されたんだ。時給いいんだぜ」
ジークは嬉しそうに白い歯を見せてニッと笑った。
「王立魔導科学技術研究所……? ああ、魔導を科学的に解明しようとしているところね!」
アンジェリカはぱっと顔を上げた。しかし、リックはまだチラシを目で追っていた。小さく書かれた文字を指さす。
「この仕事内容、必要データの提供……って何?」
アンジェリカも指で示された部分に目を落とした。
「要はモルモットってこと?」
「い、嫌な言い方すんなよ」
ジークは顔を引きつらせながら苦笑いした。
「でも、面白そうなところよね」
アンジェリカはめずらしくはっきりと興味を示した。リックはコーヒーを飲みながら、少し驚いたように彼女を見た。
「だろ? 普通に入ろうとしても、入れてもらえねぇからな。アルバイトついでに、いろいろ見学してこようって魂胆だ」
ジークはわくわくした様子で、子供のように無邪気に笑った。
「……私も、行こうかな」
アンジェリカは目を伏せ、ほほをほんのり赤らめながら、ためらいがちに言った。ジークは目をぱちくりさせながら彼女を見た。
「もう遅ぇぜ。応募期間は過ぎてるし、募集はひとりだし。ま、どっちにしろ、おまえは年齢制限で引っかかるけどな」
淡々とそう言うと、ジークはチラシの下の方を指さした。アンジェリカとリックは同時に覗き込んだ。そこにははっきり「18~22歳」と書かれていた。アンジェリカは口をとがらせ、ほほをふくらませた。ジークに振り向いたリックも、なぜか怒ったような顔をしている。
「ジーク、ちょっとひどくない? アルバイトのこと、何も言ってくれないなんて」
「悪かったよ」
ジークは少し体を引くと、バツが悪そうに笑った。そして、少し恥ずかしそうに目をそらし、声のトーンを落として続けた。
「前もって言って、落とされたらみっともねぇだろ」
ふたりは呆れ顔をジークに向けた。
「でも残念だよ。今年もジークとショーをやるのを楽しみにしてたのに」
「俺はほっとしてるぜ。おまえと違って好きでやってたわけじゃねぇし。あんな恥ずかしい、なんとかレンジャーなんてよ」
ジークは去年のことを思い出し、苦い顔をした。
「冷たいなぁ」
本気で落胆しているリックを見て、アンジェリカはくすりと笑った。
「まあ、今年はひとりで頑張れよな。俺は俺でバリバリ働くからよ」
ジークはリックの背中をポンと叩いた。リックはため息をついて、コーヒーを口に運んだ。
「ねぇ、二ヶ月間ずっと働くつもりなの?」
「ん? ああ。休日はあるけどな」
「そう……」
アンジェリカは下を向き、ティーカップを両手でとった。そして、緩やかに揺れる琥珀色の水面をじっと見つめた。
「少し、寂しいわね」
ジークははっとして彼女を見た。それから慌てたようにうつむくと、ブラックのコーヒーをスプーンでかきまぜ始めた。
「と、ときどきは連絡するから、よ」
「うん」
アンジェリカは顔を上げ、にっこりと笑った。そしてふいに何かを思いついた様子で、ティーカップを机に置くと身を乗り出した。
「ねぇ。今年も誕生パーティやるんだけど、来てくれるわよね? 休暇中になっちゃうんだけど、ふたりの都合のいい日に合わせるから」
長期休暇の時期は学年によって異なる。昨年は休暇後だったが、今年は休暇中にあたるのだ。
「うん、もちろん!」
リックは即答した。しかしジークは暗い顔でうつむいていた。彼はレオナルドの言葉を思い出していた。家族を不幸にしたのはサイファ自身だと……。レオナルドを信用しているわけではない。だが、気になるのも事実だ。心のどこかでサイファを疑っている自分がいる。アンジェリカの家に行けば、当然、彼と顔をあわすことになるだろう。普通に振る舞えるのだろうか。
…続きは「遠くの光に踵を上げて」でご覧ください。
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