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リンドバーグの反戦演説とルーズベルト政権

2018-06-19 10:11:53 | 戦勝国史観



 アメリカは何故、第二次世界大戦に参戦したのか?  誰がアメリカを戦争に引きずり込んだのか? 日米戦争に関しては、日本側だけに落ち度があったかの如く語られ続け、アメリカ国内の事情が全く頓着されない傾向がある。ある日突然、日本軍に真珠湾を攻撃されたから、已む無く参戦した、なんていうのは、子供向けのお伽話に過ぎない。アメリカという大国を動かす巨大な歯車は、真珠湾攻撃の遥か以前から戦争参入に向けてフル回転していた。そのカラクリと軌跡を知る上で、チャールズ・リンドバーグの有名な反戦演説を読み解いてみたい。

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 1927年、大西洋単独無着陸飛行で一躍英雄になったリンドバーグは、第二次世界大戦前夜、アメリカの戦争参入に反対する所謂「孤立主義」団体・アメリカ第一委員会(America First Committee)の主要なスポークスマンになっていた。1940年11月、フランクリン・ルーズベルト大統領はアメリカ史上初めて3選を果たすやいなや、ナチス・ドイツと苦戦中のイギリスを支援するべく、軍需物資の大増産に舵を切る。だが、国民の大部分はアメリカの参戦に反対していた。そうした世論の代表格が、リンドバーグだったのである。真珠湾攻撃の約3か月前にあたる1941年9月11日、リンドバーグはアイオワ州デモインで演説し、アメリカを戦争に引きずり込む3つの勢力を声高に非難した。いわゆる反戦演説なのだが、ルーズベルト政権やユダヤ人勢力を真っ向から批判したため、演説会場はブーイングと拍手が入り乱れる殺伐とした雰囲気となった。



チャールズ・リンドバーグの『Des Moines Speech』を読み解く。
出典:http://www.charleslindbergh.com/americanfirst/speech.asp

❝The three most important groups who have been pressing this country toward war are the British, the Jewish and the Roosevelt administration.❞

『この国を戦争に引きずり込む最も重要な3つの勢力とは、イギリス人と、ユダヤ人と、ルーズベルト政権だ。』

 アメリカを戦争に引きずり込む3つの勢力の1番目はイギリス人。フランスの敗北後、イギリスは単独でナチス・ドイツに勝てないことを百も承知していたので、あらゆる手段を使ってアメリカを戦争に引き込もうと画策していた。第一次大戦中でも、アメリカ国内で同じような世論工作を行い、アメリカを途中参戦させることに成功している。リンドバーグ同様、アメリカの参戦に反対していた孤立主義のハミルトン・フィッシュ下院議員は、イギリスの最大の標的となり、落選させるための様々なキャンペーンが行われた。ケネディ元大統領の父親で、駐英大使をしていたジョセフ・ケネディも、孤立主義的な発言を新聞に報じられ、辞任に追い込まれている。

 2番目の勢力はユダヤ人。ユダヤ系アメリカ人がナチスに迫害される欧州の同胞に同情して、ナチス・ドイツに敵愾心を抱くのは至極当然のことだった。リンドバーグ自身もそうしたユダヤ人の心情には理解を示したものの、そのためにアメリカがドイツと戦争し、多くの若者を戦場に送ることには違和感を持っていた模様。驚くべきことは、戦前のアメリカでは、このように堂々とユダヤ人批判ができたということ。今のアメリカでは、「ホロコーストの被害者」ということで、正攻法の批判さえ「ユダヤ人差別」認定されてしまうため、絶対にできないだろう。

 3番目の勢力はルーズベルト政権。ルーズベルト大統領自身がいつから参戦を決意していたかは不明だが、3選される前から戦争したがる「戦争屋」だと国民から警戒されてきた事実がある。絶対に戦争しないと国民を騙しながら、徴兵を開始し、軍備を拡張し、国民を強引に戦争へ引きずり込んでいった。また、ルーズベルト政権はユダヤ系の割合が非常に高いという特徴もあった。当時、全人口の3%しかユダヤ人がいなかったのに、ルーズベルト政権では、主要閣僚の15%をユダヤ人が占めていた。財務長官だったヘンリー・モーゲンソウもその一人で、後に戦後のドイツを農業国にしてしまう「モーゲンソー・プラン」を発表して物議を醸した。ルーズベルト政権の「影の大統領」と言われた投資家のバーナード・バルークもユダヤ人。第一次大戦後、ベルサイユ条約交渉に参加し、ドイツに過酷な賠償を課した張本人の一人となったバルークは、会議の席でイギリスのチャーチルと出会い、その後、終生の友情を育むことになる。バルークはルーズベルトとチャーチルを結びつける役割を果たし、第一次大戦の再現として二度目の世界大戦を画策することになる。



❝Behind these groups, but of lesser importance, are a number of capitalists, Anglophiles, and intellectuals who believe that the future of mankind depends upon the domination of the British empire. Add to these the Communistic groups who were opposed to intervention until a few weeks ago.❞

『その3つの大勢力に続く小さい勢力の中には、大英帝国の世界支配こそ人類の未来だと信じる資本家や親英家、知識人がいる。共産主義者も、数週間前まではアメリカの参戦に反対していたのに、今や参戦支持派になっている。』

 世界大恐慌後の1932年に大統領選で勝ったルーズベルトが、社会主義的なニューディール政策を実施したのに対し、巨大企業グループはルーズベルトの政策に反対し、アメリカ自由連盟を結成する。だが、36年にルーズベルトが再選し、再び世界大戦が近づいてくると、ルーズベルトに反対する声は徐々に小さくなっていった。「死の商人」として第一次大戦で巨額の利益を得た化学メーカーのデュポン家は、ルーズベルトを敵視してきたにも拘わらず、娘をルーズベルトの息子と結婚させて、政権との結びつきを深めていく。軍産複合体とは、アイゼンハワー元大統領が1961年に退任する時の演説で使った言葉だが、戦争から巨大な利益を得る軍需産業や金融機関などが強力なロビー団体を形成して国家を戦争に引きずり込む現象は、既に第一次大戦の頃からアメリカで発生していた。第一大戦後、それが問題視(ナイ委員会)され、中立法によって海外の戦争への介入が禁じられたが、ルーズベルトは徐々にこれを有名無実化していった。1940年5月、軍産複合体は「連合国援助による米国防衛委員会」(CDAAA:The Committee to Defend America by Aiding the Allies)を結成し、欧州の戦争への介入をあからさまにバックアップし始める。彼らは、戦争に反対するリンドバーグらのアメリカ第一委員会にとって最大の強敵だった。


 1939年に勃発した世界大戦は、ナチス・ドイツとソ連が組んでポーランドに侵攻することで始まったので、アメリカ国内の共産主義者もナチス批判を控えていた。だが、1941年6月、ドイツがソ連を攻撃するに至り、共産主義者もドイツとの戦争を公然と主張し始める。社会主義的なニューディール政策を実施したルーズベルト政権には、多くの隠れ共産主義者がいた。ユダヤ人の中にも共産主義者は多い。中にはソ連のスパイとして取り込まれた者も数多くいて、これが後に、戦後の赤狩りを引き起こす原因となった。
【参考】オーウェン・ラティモアと太平洋問題調査会の暗躍

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❝The second major group I mentioned is the Jewish.❞

『2番目の勢力とは、ユダヤ人だ。』

❝Their greatest danger to this country lies in their large ownership and influence in our motion pictures, our press, our radio and our government.❞

『この国における彼らの危険性は、彼らが映画界や新聞・ラジオ、そして我が政府に対して巨大な力と影響力を持っていることにある。』

 ここは、リンドバーグの演説で一番物議を醸した部分である。言ってはいけないタブーに触れてしまったのだ。アメリカのメディアとハリウッドをユダヤ人が牛耳っている現実は、戦前もそうだったし、戦後もずっとそうだった。こうした歪な実態の結果、アメリカ世論はユダヤ人に有利に操作され、戦後、アメリカを世界一の親イスラエル国家にするまでになった。ユダヤ系のネオコンがイラク戦争を仕掛けた話は記憶に新しいが、こういう事実を指摘すると、反ユダヤの差別主義者と非難されかねず、今のアメリカでは完全なタブーと化している。イスラエルの国益のために、アメリカの若者たちが戦争に駆り出される現実を直視する意味で、第二次大戦に彼らが果たした役割を洗い直してみることは、絶対に必要だろう。


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❝Our theaters soon became filled with plays portraying the glory of war. Newsreels lost all semblance of objectivity. Newspapers and magazines began to lose advertising if they carried anti-war articles. A smear campaign was instituted against individuals who opposed intervention. The terms "fifth columnist," "traitor," "Nazi," "anti-Semitic" were thrown ceaselessly at any one who dared to suggest that it was not to the best interests of the United States to enter the war. Men lost their jobs if they were frankly anti-war. Many others dared no longer speak.❞

『映画館はやがて戦争を賛美する映画の上映ばかりになった。ニュースから反戦感情を煽る映像は排除され、新聞や雑誌が反戦記事を載せると、広告が無くなりつつある。参戦に反対する人々を誹謗中傷するキャンペーンが行われている。アメリカの参戦は国益の反すると主張する人々に対し、「売国奴」「裏切り者」「ナチ」「反ユダヤ主義者」などのレッテル貼りが間断なく行われている。戦争に反対すると失業してしまうので、もうだれも口に出さなくなる。』

 ドイツとの戦争に反対し、ユダヤ人を批判したリンドバーグは、その後ずっと、「ナチ」「反ユダヤ主義者」というレッテル貼りをされ続けた。そうした批判に堪えかねて、妻のアンは「私生活でリンドバーグが反ユダヤ主義的な言動をしたことを一度も見たことはない」という手記を発表している。現在の日本では、「戦争反対」を喚いている側が、敵対者に「ナチ」「差別主義者」というレッテル貼りをして攻撃しているが、戦争に反対していたリンドバーグがそうしたレッテル貼りをされた史実は興味深い。


❝We have become involved in the war from practically every standpoint except actual shooting. Only the creation of sufficient "incidents" yet remains; and you see the first of these already taking place, according to plan -- a plan that was never laid before the American people for their approval.❞

『我々はまだ弾を撃っていないが、既に戦時中と同じ状況に置かれている。開戦の切っ掛けとなる明確な「事件」だけがまだ起きてないだけだ。そして、その最初の事件は計画通り既に仕組まれている。その計画とは、国民の承諾を得ることもなく、知らぬ間に立てられているのだ。』

 ルーズベルトは1940年末の大統領選で三選されると、直ぐに戦争準備に着手した。1941年3月にはレンドリース法(武器貸与法)を可決して、大量の武器や軍需物資を中華民国、イギリス、ソビエト連邦らに供給を開始。真珠湾を攻撃される前であるにも拘わらず、退役軍人を中心とする義勇軍「フライング・タイガース」を中国に派遣したりもした。後は、アメリカ自身がドイツに宣戦布告する口実となる「事件」を待つだけの状態にあったことは、リンドバーグのこの演説からも明らかである。その「事件」をドイツにやらせるのは困難であったが、ドイツと軍事同盟を結んでいた日本は中国と戦争中で、アメリカは日本の主要な石油供給源だった。謂わば、アメリカは日本の生殺与奪の権を握っていたのである。

 リンドバーグの演説から遡ること2か月前、1941年7月に日本軍が南部仏印に進駐したところ、8月になってアメリカは石油の対日全面禁輸に踏み切った。これが正に、「アメリカ参戦の口実を作るために仕組まれた計画」だったわけだ。当時の日本は、石油需要の8割をアメリカから、2割を蘭印(オランダ領東インド)から輸入していた。石油供給源を絶たれれば、アメリカ国内の油田を占拠できない以上、蘭印を獲るしかない。蘭印と日本を結ぶオイルロードにはイギリスの海軍基地があるシンガポールと、米領フィリピンがあり、米英との戦争は不可避となる。

 戦後、南部仏印進駐を悔やむ発言が元軍人から聞かれるが、日本を煽って参戦の口実にすることを狙っていたアメリカにとって、南部仏印進駐をしてもしなくても結果は同じだっただろう。日本が中国と全面戦争をしている以上、アメリカ側は好きなタイミングで石油禁輸の切り札を切る口実があった。近衛文麿首相はルーズベルトとの首脳会談を切望するが、アメリカ側は拒否。11月26日、米国会やメディアに全く知らせぬまま日本側に提示されたハル・ノートが、日本に日米戦争を決意させる事実上の最後通牒となった。ハル・ノートを作成したのは、戦後にソ連のスパイだと疑われて自殺した財務省通貨調査局長、ハリー・デクスター・ホワイトである。



❝We are on the verge of war, but it is not yet too late to stay out.❞

『我々は戦争の瀬戸際にいる。だが、まだ手遅れではない。』

❝If you oppose our intervention in the war, now is the time to make your voice heard.❞

『もし貴方がアメリカの参戦に反対するなら、今こそ声を上げようではありませんか。』

 実際にはもう手遅れだった。「計画」は既に回り始めていた。日本軍の先制攻撃により、戦争に反対してきたリンドバーグら孤立主義者たちも開戦に賛成せざるを得なくなり、それまでバラバラだったアメリカの世論は戦争に向けて一つに団結してしまう。山本五十六の真珠湾攻撃は、正に「飛んで火にいる夏の虫」だったわけだ。せめて、真珠湾にアメリカの空母部隊が停泊していて、これを全部沈められたのなら、もうちょっと善戦できたかもしれないが、旧式戦艦を数隻沈めただけでは割の合わない作戦だった。

 リンドバーグの反戦演説を読んだルーズベルトは、「奴はナチだ。」「まるでゲッペルスが書いたような演説だ。」と罵ったと言われている。ルーズベルトはFBIを使ってリンドバーグの電話まで盗聴させたが、不審な点は見つからなかった。開戦後、リンドバーグは陸軍航空隊に志願するものの、ルーズベルトは拒否。已む無く、彼は民間人として南太平洋の戦場に赴いた。そこで、日本兵捕虜に対する連合軍の数々の残虐行為を目撃することになる。

 アメリカにとって日本との戦争は、ナチス・ドイツとの戦争に付随するオマケにすぎなかった。ドイツと開戦する口実を作るのために、ナチスからユダヤ人を救うために、日本はアメリカとの戦争に引きずり込まれたのである。その結果、予期した以上の損害を連合軍に与えはしたものの、結局、最後は日本中を無差別に爆撃された挙句、ナチス・ドイツに使うために開発された原爆を2発投下されて無条件降伏する。因みに、原爆を開発するマンハッタン計画を主導したのは、あの「死の商人」デュポンだった。

 イギリスのチャーチルは、ヒトラーに勝つために、必死になってアメリカに参戦を懇願し、アメリカ国内での世論工作を行った。アメリカは参戦する口実を作るべく日本を挑発。死に物狂いになった日本は、大英帝国の東洋の拠点・シンガポールやビルマを占領し、インド兵捕虜を説得してインド国民軍を結成する。戦後、イギリスは彼らを処罰しようとした結果、インド全土に大反乱が発生し、結局、インド、ビルマの独立を認めざるを得なくなる。大英帝国を守るために、英独の局地戦にアメリカを引き込み、アメリカの参戦口実を作る為に極東の局地戦を合体させて遂に世界大戦にしてしまったチャーチルは、戦争には勝ったものの、大英帝国を崩壊させる原因を作っただけだった。

 日本人は過去の「戦争犯罪」を頓珍漢に反省ばかりして、開戦に至るメカニズムの科学的な分析をほとんどしていない。そんな有様で呪文のように憲法9条を拝み続けても、未来の戦争を防げるはずがないだろう。リンドバーグの反戦演説は、そんな冷徹な現実を物語っている

 


初稿:2017年12月23日

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