DIAMOND online (姫田小夏:ジャーナリスト)
2024年2月2日
2019年の春節時期は、銀座四丁目交差点も中国人買い物客らでにぎわっていた(著者撮影)
経済の減速が続く中国で、高い成長を続けてきたラグジュアリーブランドも苦境に立たされている。「無類のブランド好き」と言われてきた中国人も買い物どころではないのだろうか。一方で、熱い注目が注がれるのが日本のラグジュアリー市場だ。一体、何が起きているのか。(「China Report」著者 ジャーナリスト 姫田小夏)
ブランド業界全体に立ち込める暗雲
ルイ・ヴィトンに代表されるLVMH、グッチを抱えるケリング、カルティエを擁するリシュモン…。こうしたラグジュアリーブランドの売り上げの3割は中国による貢献だと言われてきた。中国の富裕層に加え、新興の中間層がけん引し、高い成長を遂げてきた市場だ。だがこの業界にも陰りが見えるようになった。
2023年10月11日、LVMHの株価が急落した。同日の株式市場ではケリング、リシュモンも下落した。その原因として、英ロイター通信は、同年の第3四半期は物価上昇で欧米の若い世代による需要が減速したこと、中国の回復もまだら模様であることを報じた。
新型コロナウイルスが拡大する直前の2019年に、米マッキンゼーが発表した「中国ラグジュアリーレポート」によれば、2018年、中国の消費者は7700億元(当時約1150億ドル)に相当するブランド品を国内外で購入したという。これは世界レベルでの消費の3分の1に匹敵する規模だ。同レポートは、中国の消費者によるブランド品購入は2025年までに世界消費の4割を占める1兆2000億元に達すると予想していた。
中国市場はそれほどまでに注目されおり、また業界全体も楽観を崩さず中国に大きく依存してきた。ロックダウンが断行されたコロナ禍でこそ消費は落ちたが、「2023年はV字回復するのではないか」と期待を寄せられていたのがブランド品市場だった。
だが、今ブランド業界全体に暗雲が立ち込めている。
今、中国でブランド品を消費するのは若者たち…
中国では過去長らく人民服が着られていたが、1990年代後半まで、大都会の上海でもその姿がポツポツと残っていた。それでも“ファッションの街”と言われる上海では、女性たちがファッションに目覚め、旺盛な購買力を見せるようになる。ラグジュアリーブランドが本格参入をし始めたのは、上海でショッピングモール建設が始まる2000年代初頭のことだった。
他のブランドに先駆けて参入していたのは、イタリア発祥の男性向けラグジュアリーブランドA社だった。アジア市場を管理していた佐藤尚さん(仮名)は当時をこう振り返っている。
「ブランド各社は、『顧客の嗜好が多岐にわたる難しい市場』と言われるようになった日本から離れ始め、中国に力を入れるようになりました。その中国は2000年代を転換点に日本のマーケットを追い抜きました」
バブル崩壊の痛手を負う日本経済とは対照的に、中国では目覚ましい経済発展に伴い、新興の富裕層が続々と出現した。
山西省の石炭ビジネスで成功した筆者の知人は、ルイ・ヴィトンのバック大中小を大きい順に腕にぶら下げ、腕にはダイヤの時計、首にはエルメスのスカーフを巻き付けるというコテコテの“ブランド女王”に変身した。
管理を任された中国の華東地区で、佐藤さんは、欧州や日本の市場では見たこともない“金持ち”に遭遇した。「金の指輪に金のネックレス、お札で膨らんだセカンドバッグを小脇に抱え、クロコダイルのブルゾンを700万円の現金でポンと買っていくといった得意客もいました」と回想する。
このような中国の“ブランド第一世代”の特徴について佐藤さんはこう語る。
「短期的に巨万の富を築き、周囲から金持ちに見られたいという欲求が、アパレルやアクセサリー、時計などの高級品の高い需要に結びついていきました」
歳月が流れ、こうした第一世代にはすでに子や孫がいる。今、中国でブランド品を消費する主人公は「90后(1990年代生まれ)」や「00后(2000年代生まれ)」だ。
20万元(1元=約20円)を超えるエルメスのクロコダイルのコンスタンス(エルメスの代表的なバッグモデル)を購入した90后もいれば、50万元のA.ランゲ&ゾーネの時計を買ったと言う女性もいる。バレンシアガのストライプシャツ、ディオールのサドルバッグ、ルイ・ヴィトンの「スクエアードコレクション」などを立て続けに購入する00年后の男性もいれば、プーチン大統領が腕にはめていたというIWCのウォッチを購入して喜ぶ90后の男性もいる。
こうした事例からは、依然として高額消費を可能とする層が部分的に存在していることがわかる。
だが全体で見れば、「バブル崩壊か」とささやかれる中国経済の鈍化とともに、ブランド各社の今後の予測を弱気なものにさせている。
日本でブランド品がめちゃくちゃ売れているワケ
一方で、今、ラグジュアリーブランドが目を向けているのが日本市場だ。
世界の統計データを扱う「スタティスタ」は2024年の市場の見通しについて「中国の収益については560億ドルで3.93%、日本は323億ドルで中国よりも高い4.69%の成長」だと公表した。また投資家向けの情報プラットフォーム「アジアファンドマネージャーズ」も、「日本のブランド品市場はここ数年で急速に回復し、2023年は夏のボーナスの増加と観光部門の活発化でこれらの支出が増加した」と報告している。
日本のラグジュアリーブランド市場の伸びについて、アジアのファッションマーケットに詳しい事業開発研究所(東京都)の島田浩司代表取締役はこう語っている。
「今、日本でラグジュアリーブランドが非常によく売れています。その要因には、今まで主要な客層ではなかった日本人がブランド品を買うようになったことがあります」
日本の株式市場が活況を呈していることも一因だろう。ユーチューバーやインフルエンサーなど新興の所得者層の出現、“パパ活”を通じて高額を得る女子たちや、歌舞伎町に見るような“一夜で高額を売り上げる業態”が新型の経済圏を成すようになってきたことも、「これまでにない客層の消費」を生んでいる可能性がある。
近年はネット販売も充実するようになった。こうした購入環境の変化は、身なりやマナーに気を遣うブランドショップに行かなくても、欲しい商品を手に入れることができるようになったという意味で、新たな顧客層にとってハードルをかなり低くしていると言える。
日本に再びブランド消費をカムバックさせ、すそ野を広げるようになったのは、確かに新たな消費者層の参入があるといえそうだ。
日本で売れてるブランド品、その最終消費者は?
実は日本でブランド品が売れているもうひとつの理由があった。これまでになかった“商品の流れ”だと島田さんは語る。
振り返れば、新型コロナがまん延する直前まで、日本のブランドショップは中国人観光客による爆買いによって支えられていた。インバウンド市場の黎明期においては、富裕層らが自分のために購入したものだったが、2015年以降は、日本で買ったブランド品を中国に担ぎ込むという“転売ヤー”の暗躍が注目された。
中国国内でブランド品を購入する場合、関税など諸税が加算され、本体価格は少なくとも1.5倍以上に膨らんでしまうというデメリットがある。中国人が日本や香港などでブランド品を買いたがったのは、こうした内外価格差に加え、ニセモノが存在するというリスクもあったからだが、「日本で購入するブランド品」は、円安がさらにお得感を押し上げてきた。
島田さんは「確かに中国経済は厳しいが、国民の気持ちはそんなに落ち込んでおらず、ブランド品を持ちたいという欲望は依然強い。以前のように気軽に訪日できる環境ではないとはいえ、中国人による需要は潜在しているのです」と話す。
その需要を満たすのが、業者すなわち“転売ヤー”による組織的な仕入れと転売だ。かつては訪日中国人観光客に“担がせてきた日本の商品”だが、今では組織的に日本から送り出す新たな商品の流れが生まれているのだと言う。島田さんはこう続ける。
「日本は今、中国人消費者向けの“仕入れ天国”になっています。ここ数年は中国の経済状況を反映してか、中古ブランド品の買い付けが大変顕著です」
確かに近年は日本で「ブランド品高額買取り」をうたった新聞の折込チラシが目に付く。中国人留学生の中には「休日は中古ブランド品探しに行く」という人もいる。「使用後は保存袋に入れる」という日本人の習慣が、日本の中古ブランド品の「保存状態のよさ」という高い評価に結び付いているようだ。
日本が中国人消費者向けの“仕入れ天国”になり得るのは、日本から中国への国際配送の“環境整備”にもある。中国系物流企業が日本で活動していることは当コラム(『訪日中国人のカネは日本に落ちない?中国本土へ吸い上げる「囲い込みモデル」の貪欲』)でもお伝えしたが、“転売ヤー”は中国系物流企業を利用することで、日本郵便の「EMS」よりはるかにスピーディかつ安価に商品を中国に輸出することができる。
日本で高まるブランド品需要、その一部を支えているのはやはり中国の消費だったようだ。「中国政府による規制もあり、以前より転売活動はやりにくくなった」という見方もあるが、これについての詳細は稿を改めお伝えしたい。
一方で最近の中国では、アイドルやゲームなど、自分たちが追いかけたい対象が細分化するようになった。「欲しいものは必ずしもラグジュアリーブランドではありません」とするコメントも耳にする。日本がそうだったように、中国の若者の消費行動も世代交代とともに変化していくのだろう。
もっとも、中国は「金持ちに見られないと相手にされない」といったお国柄でもある。見栄と面子にこだわる中国で、ブランド品は他人より上に立つための必須アイテムとして、今後も需要を伸ばしていくのかもしれない。
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