「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.703 ★ 「中国は戦略的競争の相手国」米国が対中強硬路線を鮮明にした経済安全保障上の理由とは? 中国の軍事・経済的台頭により脅かされる米国優位のパワーバランス

2024年10月03日 | 日記

Japan Innovation Review  (国際文化会館地経学研究所)

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米バイデン政権で2021年、国家安全保障会議(NSC)のインド太平洋調整官に任命されたカート・キャンベル氏 写真提供:ロイター/共同通信イメージズ

 近年、新聞やニュースでも多く取り上げられるようになった「経済安全保障」。グローバル化する「経済」は、国家の安全保障という文脈にどのように関連するのだろうか。本連載では『経済安全保障とは何か』(国際文化会館地経学研究所編/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。米中・日米・日中関係をはじめ、デジタル・サイバー、エネルギー、健康・医療、生産・技術基盤の領域において、これからの日本はどのような国家戦略をとるべきなのか、各分野の第一人者が分析・提言する。

 第3回は、地政学的視点から経済安全保障の現在地を分析。中国との競争姿勢を鮮明にした米国の戦略認識と、その背景にある安全保障上のパワーバランスを考察する。

<連載ラインアップ>
第1回 日本が経済安全保障戦略で「黒字国」から「赤字国」に転落した3つの構造的理由
第2回 経済社会秩序を守る「経済安全保障」政策の展開は、なぜ政府にとって困難を伴うのか?
■第3回 「中国は戦略的競争の相手国」米国が対中強硬路線を鮮明にした経済安全保障上の理由とは?(本稿)
■第4回 コロナ禍やウクライナ侵攻で浮き彫りとなった、サイバー空間における経済安全保障の課題とは?(10月7日公開)
■第5回 国家安全保障の要と言えるエネルギー産業、日本の供給体制はなぜ脆弱なのか(10月21日公開)
■第6回 英国はなぜ国家間のコロナワクチン争奪戦に勝利し、世界初の接種を実現できたのか(10月28日公開)

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。


戦略的競争としての経済安全保障

経済安全保障とは何か』(東洋経済新報社)

 日米関係において経済安全保障が重視されるようになった背景には、米国の対外政策における戦略的競争(Strategic Competition)の概念が経済分野を射程に入れたことに起因する。

 米バイデン政権で国家安全保障会議(NSC)のインド太平洋調整官に任命されたカート・キャンベル(Kurt M.Campbell)は、スタンフォード大学で開催された会議において、米国の対中政策に関して「関与政策と幅広く表現されていた時代は終わった」と宣言し、今後の「主要なパラダイムは競争ということになる」と言及した。

 米国の対中政策にはオバマ政権後期からトランプ政権にかけて、構造的とも言える変化が生じている。トランプ政権は2017年12月に発表した「国家安全保障戦略(NSS)」において、中国を「現状打破国家」とみなし、2018年1月に要旨が公表された「国家防衛戦略(NDS)」では、中国が「長期的な戦略的競争」の相手国と位置付けられた。また2018年10月のペンス副大統領の演説は、中国の軍事、経済、政治体制、社会に対する包括的な警戒を先鋭化させた内容となった。

 こうした対中政策の包括的な競争路線は、とりわけトランプ政権後期の対中経済政策によって鮮明になっていった。トランプ大統領は中国との貿易に包括的な制裁関税を課し、貿易戦争は熾烈化していった。

 また、中国企業を主たる念頭に置く対内投資規制と審査の強化、先端技術の輸出規制、政府調達分野における中国製品の規制など、中国との経済的取引を制限する措置を矢継ぎ早に展開していった。そして、さらに人権分野でも香港における民主化デモ弾圧や、新疆ウイグル自治区問題をめぐり、米政府は中国に対する批判と圧力を強めていった。

 この時期に注目すべきは、米国内においてトランプ政権及び共和党保守派のみならず、民主党議員やシンクタンク、米産業界などが軒並み中国に対する姿勢を硬化させたことである。2018年の中間選挙では米下院で民主党が地滑り的勝利を収め、主要な政治課題で共和党政権との対立を深めていた。

 しかしこと中国関連法案に関しては、台湾旅行法、アジア再保証推進法、台北法、香港人権・民主主義法、ウイグル人権法、外国企業説明責任法、香港自治法などの数多くの法案で、ほぼ全会一致で可決している。

 これらから得られる重要な示唆は、米国の対中政策で「戦略的競争」を追求する路線は超党派的に共有されており、また「関与とヘッジ」を揺れ動く振り子構造としての対中政策の理解は、ほぼその基盤を失ったということである。

 バイデン民主党政権が発足したのちにも、トランプ前政権が追求した対中強硬路線が継承され、そしてさらに競争が激化しようとしていることはその証左である。それが、冒頭のキャンベル発言における「関与政策と幅広く表現されていた時代は終わった」という認識に結びつく。

米国が中国に対する戦略的競争を全面的に追求することを宣言したのは、前述のトランプ政権におけるNSSとNDSである。NSSは「インド太平洋地域では自由主義的秩序か、もしくは抑圧的な秩序かをめぐる地政学的競争が生じている」という世界観を示している。

 中国はロシアと並び「リビジョニスト」として、インド太平洋地域で米国の優位性を奪い、中国にとり望ましい秩序に改編しようとする国家として位置付けられている。

 NDSは「米国の安全保障の最大の課題は国家間の戦略的競争」だとより明確に述べている。NDSの想定する世界の戦略環境は、中国とロシアが自らの権威主義に調和する世界の構築と、他国の経済、外交、安全保障の意思決定に対する拒否能力を獲得しようとしていることである。

 特に中国は、軍事力の近代化、外交上の影響力行使、侵略的な経済活動を通じて、インド太平洋地域の秩序を自らに都合よく変革しようとしているとする。

 これらの戦略認識の背景には、中国の軍事的台頭により、米国の軍事面での優越がもはや当然視できず、将来の優位も保証できないという評価がある。特に西太平洋に面する中国の周辺地域では、中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力が拡張し、米軍が戦力投射するコストを大幅に上昇させている。

 台湾や南シナ海などが含まれる「第一列島線」内の、有事における米軍の作戦行動は、中国の作戦航空機や海上戦力に徐々に優越性が脅かされ、また第一列島線を越えた広域でも、弾道・巡航ミサイルによる拒否能力に向き合わなければならなくなった。こうした中で、台湾や南シナ海をめぐる米軍の抑止・対処能力も相対的な低下を余儀なくされている。

 中国との戦略的競争は、こうした従来の領域における米国の優位が当然視されない前提から組み立てられている。安全保障の領域では、中国の空海軍力の近代化とともに、米国の一方的優位が脅かされている。

 しかし潜水艦を中心とする水中戦や、電子戦領域における優位、宇宙、サイバー、無人兵器、指向性エネルギー兵器(DEW: Directed-Energy Weapon)などの新領域を組み合わせたマルチ・ドメインの戦闘領域を確立することにより、中国に多大なコストを強いる競争を目論む。

 また経済の領域では、自由で開かれた経済秩序が国家資本主義を背景とした中国の経済的台頭を放任したという強い危惧がある。

 より強い政策介入で米中貿易不均衡を是正し、米国に対する投資を制限し、次世代技術に対する中国のアクセスを規制し、さらに自由で開かれたインド太平洋戦略によって一帯一路構想を牽制する。こうした一連の政策がトランプ政権期に体系的に模索されることとなったのである。

国際文化会館地経学研究所

2022年7月に国際文化会館とAPI(Asia Pacific Initiative)の合併に伴い、国際文化会館内に設立された民間・独立のシンクタンク。経済安全保障、経済制裁、技術覇権など、地政学と経済が融合した「地経学」の枠組みで、幅広い課題に関して分析を行い、海外シンクタンク、国内外の政官財学のネットワークのハブとなっている。

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