DIAMOND online (山谷剛史:中国アジアITライター)
2024年7月25日
Photo:Bloomberg/gettyimages
中国ではキャッシュレス決済が急速に普及し、多くの国民がAlipayやWeChatPayなどのアプリを駆使している。オフィシャルな統計によれば、キャッシュレス決済は3人に2人が利用しているという。だがその弊害として、幼いころから現金を知らずに育った子どもたちに「お金のリテラシー」が身に付かないという課題が指摘されている。そうした子どもたちによる、ちょっと心配になるような言動の具体例を、中国のIT事情に詳しい著者がリポートする。(中国アジアITライター 山谷剛史)
「お金はスマホの中だよ!財布って何?」子どもたちが疑問を覚えるワケ
「これはお金じゃない!お金はスマホの中だよ!」「財布って何?何が入っているの?」
中国で現金(100元札)を見た子どもが、本当に親と話したやりとりだ。中国ではAlipay(アリペイ)やWeChatPay(ウィーチャットペイ)といったバーコード決済が早くから普及した結果、現地の子どもが「現金を知らない」ケースが増加。興味深い現象として、各方面でしばしば報じられるようになった。
中国は「無現金社会」と言われて久しい。もちろん現金での支払いに対応している店はあるものの、現金で支払うのはインターネットリテラシーが高くない高齢者か、中国の決済サービスに登録していない外国人観光客くらいになった。働き盛りの日本人が中国の店で現金で支払おうものなら、一見すると中国人と見分けがつかないため、周囲から「この人はなんで現金で払うんだ」とばかりに不思議な顔をされるようになった。
市場にもキャッシュレス決済が導入されている Photo:Bloomberg/gettyimages
先述したウィーチャットペイは、中国で広く普及しているメッセンジャーアプリのWeChat(ウィーチャット)の決済機能だ。今の中国では、仕事の関係者同士、学校の先生・生徒・保護者、そして同じマンションの住民同士など、公私を問わずさまざまな集団がウィーチャット内でつながり、グループ化されている。グループチャット内での送金も可能なので、なおさら現金を使う場面は減る。
ウィーチャットの保護者グループでは、「今の子どもたちの多くは『物理的なお金』をあまり知らず、特に幼い子は生まれてから現金とほとんど接触していない」と懸念する会話が飛び交っている。子どもに現金のお小遣いをあげたことはあったが、反応は薄かったと親は口々に語る。
中国の子どもが決済で使用するデバイスとしては、スマートフォンだけでなく、子ども向けのスマートウォッチも人気だ。GPSを活用して連れ去りを防止したり、保護者との連絡に気付きやすくなったりといった安全系機能も人気に一役買っているが、やはりキャッシュレス決済用のバーコードを表示する機能にニーズがある。
子どもが買い物をする際、スマートウォッチにバーコードを表示させて店員に読み取ってもらうと、保護者のアカウントから購入代金が引き落とされる仕組みだ。ただし「物理的な紙幣や硬貨」をやりとりするわけではないため、子どもの金銭感覚が薄れる弊害もあるという。
7歳の小学生が「割引」「お釣り」を知らない!?
具体的には、バーコード決済では自動的にクーポンが適用される場合があるほか、常にチャージ額から購入代金だけが引き落とされるため、小学生になった7歳児が「割引」「お釣り」が何なのかを知らないという話が出てきている。
このことに気づいて危機感を覚え、子どものスマートウォッチの支払い機能をオフにする保護者も見られるようになった。
とはいえ、中国の都市部ではネットスーパーやデリバリーサービスが充実していることから、家庭における日常的な買い物のほとんどがオンラインで完結する。社会勉強のために親が子どもを買い物に連れて行った場合、スーパーマーケットにいろいろな商品があるという気づきを与えられるものの、結局のところ親はスマホ決済で支払いを済ませる。
中国の日常風景。親がスマホに夢中になり、子どもが視界に入っていないケースもある(画像は一部加工しています 画像提供:山谷剛史)
そのため、スマートウォッチの支払い機能をオフにしたところで、子どもの「お金のリテラシー」はあまり養われない。現金対応レジや自動販売機の仕組みを知らない子どもたちや、「欲しいものは何でも自宅に届けられる」と思っている子どもたちも増えているという。
実際に、「とにかく買いたいものがある限り、(わが子は)どんなに高くても安いと言うんです。高いなんて聞いたことありません」とある親は語る。100元(約2000円)のロボットのおもちゃは安いし、300元でも安い。手元にある現金の減少を体感するわけではなく、ワンクリックや端末の操作で欲求が満たされるため、子どもの欲望はどんどん膨らみやすくなる。
教育機関が「お金の教育」をおろそかにしているわけではなく、中国では小学校1年生の算数で「元・角・分」の換算を学ぶ(1元=10角=100分)。しかし日々の生活では現金を使わないので、子どもにとっては「単なる算数の問題」の範疇(はんちゅう)から出ず、日常での支払いとはかけ離れた話として捉えられてしまうようだ。
なので、「換算や計算よりも、10元や100元で何が買えるのかを子どもたちに真に理解させたほうがいい」という意見もある。
2日間で約20万円をスマホゲームに投入!?
そして、お金の感覚がわからないまま大きくなった子どもは、ちょっと心配になるような言動を繰り返し始める。家庭内の会話で「お父さんは月にいくら稼いでいるの?10万元(約200万円)?」「これを手伝って。お小遣いでお母さんに1万元(約20万円)あげるよ」といった言葉が子どもから出てきたと報告する親もいる。
もはや身近な存在ではなくなりつつある人民元(画像提供:山谷剛史)
これがエスカレートすると、キャッシュレス決済のアカウントを“悪用”して遊びに使うようになる。中国では最近、9歳の少年がゲームにハマり、2日間で1万元近く(約20万円)をチャージしたというニュースがあった。ゲームを遊びたかったというのもあるが、そもそも1万元がどれくらいの労働や商品の対価なのかわからなかった――というわけだ。
中国メディアは記事で問題を提起し、解決案を提示している。例えば、お金に関する絵本を読んであげる。子どもの銀行口座を開き、お金の大切さを自覚させる。現金を持たせて個人商店におつかいに行かせる。本物の紙幣や硬貨を用意し、「1元コインが5枚で5元」「10元札5枚と50元札1枚で100元」といった計算に慣れさせるというものだ。
ただし、一連の記事を参考にしようとしても、やはり親世代が肝心の現金を持っておらず、「親族が集まったときに叔父叔母からかき集めて、ようやく教育用ワンセットがそろった」という笑い話も報告されている。
こうした潮流の弊害は、幼児や小学生だけでなく大学生にも広がっている。現役大学生が幼い頃はまだ現金が使われていたものの、その後の急速なキャッシュレス決済の普及に伴って金銭感覚を失い、オンラインローンの泥沼にはまるケースがたびたび起きているというのだ。中にはローンを返済できず、身の安全が脅かされている大学生もいる。
日本ではクレジットカードやバーコード決済の利用が増えつつあるものの、まだまだ現金も使われている。「交通系ICカードに慣れてしまい、切符の買い方が分からない子どもがいる」という話は聞くが、中国に比べればかわいいものである。
中国で増えている「現金を知らない子どもたち」が、将来どんな大人になるのか気になるところだ。
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