下町アパッチ約十名応援団

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未だ道の半ば(1)

2007-04-28 23:21:39 | bj全般

この道を
行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ 行けば分かるさ
                 ― 一休宗純

  今から、2年前と半年前の2005年11月に開幕したbjリーグ。その道のりは決して、平坦なものではありませんでした。 バブル崩壊直前の1993年に華々しく開幕したJリーグ。果たしてそれは、日本のサッカーの強化の礎となり、ひとつのスポーツ文化に根付くまでになりました。
その直後の、バスケットボール関係者の焦りが一つの方向性を見出すにいたったのが、今年のリーグで一端の区切りを着けた「スーパーリーグ」です。開幕直後は将来のプロ化を目指し、2ディビジョン12チームで行われていたこのリーグも、バブル崩壊により打撃をうけた各企業の撤退・休廃部の繰り返しにより結局最後のシーズンは7チームで終えたわけです。
 タラレバの話ですが、もしあの時一歩でも早く、少なくともサッカーと同じ時期にプロ化出来ていれば日本のバスケットボールシーンは変わっていたかもしれません。
時に、1995年のユニバーシーアードでは準優勝、アトランタオリンピック予選では3位に食い込むなど、国際舞台まで後一歩と言うところまできていました。(ちなみに、当時の日本代表監督がbjリーグコミッショナーの河内氏です)

 結局はトップの決断力・実行力の差でしょう。リーグ創設当時の日本サッカー協会会長、川渕氏はプロ化を反対する各企業を集めてこう言い放ちました。
あまりにも有名な言葉ではありますが引用です。
「時期尚早と言う人間は、 100年経っても時期尚早と言う。前例がないと言う人間は、 200年経っても前例がないと言う」
「そもそも時期尚早と言う人間は、やる気がないということなんだ。でも、私にはやる気がありませんとは情けなくて言えないから、時期尚早という言葉でごまかそうとする。前例がないと言う人間は、私にはアイデアがないということなんだ。でも、私にはアイデアがありませんとは恥ずかしくて言えないから、前例がないという言葉で逃げようとする。大体仕事のできない者を見てみろ。自らの仕事に誇りと責任を持てない人間を見てみろ。次から次へと、できない理由ばっかり探し出してくるだろう。仕事というものは、できないことにチャレンジをして、できるようにしてみせることを言うんだ」

日本協会のプロ化は結局今回も頓挫しました。彼らのせりふです。(漢字でなんて書いてやらねーよ)
「自慢していいですか。私達は今回本当に一生懸命頑張りました。その結果と理解していただきたいです。また内部事情として、そういう雰囲気が出てきていたのでしょう。過去10年で200チームもの企業チームが廃部になりました。ですが社会・経済状況が変化して、スポーツの価値が見直されてきた。日本というのは急激にできないんですよ。段階を踏んでコンセンサスをとって、というのが日本のやり方です。日本と欧米とはやり方が違うのです。
赤字は彼らのいい訳です)

bjのチーム、新潟アルビレックスは、かつてJBLに所属する企業チームリーグの中にあって唯一のプロチームでした。
もともとは、廃部になった大和證券の選手の引受先を三井生命バスケ部(廃部)河内氏が探し回った挙句、地域チームとして発足させたのが始まりです。
そして、将来のプロ化を見据えたJBLに参加したのです。
(河内氏は、オリンピック予選で韓国・台湾に負けたときに、プロ化による強化の必要性を痛感したといいます。この件については、また後日書くかもしれません。)
 JBLはアマチュアリーグなので、興行権はリーグが管理しチームにはお金の入らない構造になっています。結局運営資金としては、スポンサーにほぼ全てを頼らなければいけませんでした。新潟アルビレックスは、Jリーグのアルビレックス新潟に集客、プロチームの運営等を指導してもらい、JBLでもっとも客が集まるチームなりました。興行権も、地方協会から買い取り何とか収益を上げることが出来るようになったのです。
 しかし結局、地方周りがメインのリーグの中ではジリ貧の一途をたどり、このままではチームが持たないという判断の中で、日本協会とリーグ機構にプロ化への話を進めるよう再三再四お願いしたという話です。しかしながら、協会とJBLはお互いに仕事と責任のなすりあいをはじめ一向に議論は進みませんでした。

新潟アルビレックスはリーグを出る決心をしました。
新潟以上に、状況の厳しかったさいたまブロンコス(当時・現埼玉ブロンコス)も同調し、JBL脱退を決めたのです。
慌てた、日本協会・リーグ機構は新潟・埼玉を引止めにかかりますが動き出した流れを止めることは出来ませんでした。

ついに、道を一歩踏み出したbjリーグ。

続きは次回



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