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Retro-gaming and so on

プラチナエンド

大場つぐみ・小畑健コンビによる3作目。
実は大場つぐみの別名で他にもコンビ作がある、って話もあるのだが、その辺は触れない。
いずれにせよ、このコンビの作品はデスノート、バクマン、プラチナエンド、と3作品ともアニメ化された、って事だ。


まず、アニメがどーの、っつー前に原作漫画について話さねばならないと思ってる。
ジャンプSQに連載されてた本作、最初に読んだ時、

「あ、これはサルまんに対するムジナか」

とか思ったんだよね(笑)。

「意味が分からん」って人に説明する。
サルまんとは「サルでも描けるマンガ教室」の事なんだけど、その中に忍者マンガに関するエピソードがある。


とまぁ、サルまん内では「忍者マンガ」がある意味否定されてるような内容になってるのだが、サルまんが終了した後、作者の一人、相原コージがヤングサンデーで始めた連載を見た時ひっくり返ったものだ。


「忍者マンガを描きたい、って本気だったんだ・・・」

と(笑)。
いや、マジメな話、ムジナはギャグ漫画家としてブイブイ言わせてた相原コージのホンマ、シリアス(に成りきれてないが)な忍者マンガで傑作である。
いずれにせよ、サルまん時点で忍者マンガをマジでやりたかったのね、と。サルまんの連載が終わった事で本腰を入れたのだろう。

一方、プラチナエンドの前作に「バクマン。」がある。
「バクマン。」の劇中マンガにも天使に関するエピソードがある。



「これ本気でやりたかったんじゃね?」

と言うのが真っ先に思いついた事である(笑)。
死神は既にやったから今度はマジで天使をやりたかったんだろうな、と(笑)。

さて、このマンガ。5年くらいかけてジャンプSQに連載されてて、今年のアタマに連載終了したわけだが。
正直言うと

最後まで読んだら何が何だか良く分からんマンガだ

と言うのが感想である。
だから「何が何だか良く分からんマンガ」をアニメ化したら「何が何だか良く分からんアニメ」になるのか否や。
最大の注目ポイントはそこである。っつーかそれしか無い。



元々、このマンガは「13人の自殺志願者達が天使に見出され、新たな神となるべき候補となる」と言うたった一行でコンセプトを説明出来る優秀なマンガ「だった」。大場つぐみはコンセプトをたった一行で説明出来る作品を提供出来る為、非常に優秀なマンガ原作者だった「筈である」。
そしてそのコンセプトに絡まる「人はすべて幸せに生きる権利がある」と信じる主人公。そして「他の神候補を抹殺しよう」とする神候補の出現により否応なくバトルがはじまる・・・。
非常に分かりやすい優秀なマンガなのである。・・・いや、「だった」と言うべきか。
途中まではヒューマニズムのある意味権化である主人公と、自分の悲願をどうしても実現させたい「敵」の間でのバトルだったんだが。

ところが、マンガがホント後半戦に入る辺りで米田、と言う科学者が登場する。こいつが実はこのマンガのバランスブレイカーで、急に彼が「神は実在するのか?」と言う神学的な疑問を提示した事で急激にこのマンガの初期のコンセプトが崩壊していくように見えるのである。

結果、最終回まで読むと「何がなんだか良く分からん」マンガだ、と言う感想のみが残る事となる。っつーかぶっちゃけ「一体作者は何を言いたかったんだろう」と言う疑問しか残らんのだ。
なんだろうな、「全て築き上げてきたモノの徒労が全て無駄に帰した」ってカンジ?読後の寂寥感、っつったら横山光輝のマーズが一番近いと思う。「今まで頑張ってきたのは何だったんだ」感だ。

ネタバレしねぇように書くのは気を使うわなぁ(笑)。
いずれにせよ、「謎ばっかで終わった」原作に対しアニメは何らかの解をもたらすのか?
そこに注目してるし注目せざるを得ないのである。
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