第2章(8)
「そうね。由布子の思う通りにやっていけばいいのよ。京都のほうは、何かあれば、適当に話しておくから、やれるだけやってみて。
淳さんには、今の仕事なんか小さすぎるのよ。あの人は、グローバルカンパニーとの提携とかがちょうどいいのよ。その意味では、
落ち着いたら、あの浦瀬さんの話をもっとまじめにやる方向があってもいいわね。」
「うちも、そない思てます。まずは目前の事、色々綺麗にせなあきまへんし。淳はんは、お姉ちゃんの言うてはるような人どす。
ご本人はんが、わかってはらへんのどすえ。」
「由布子、何でも話してね。何でもするから。あの人と厳一さんとは同じような、まあいえば、心に魔物のような力が潜んでいるのよ。
そのパワーは、仕事ではグローバルカンパニーくらいでないと、持て余してしまうのよ。浦瀬さんの話の山本音吉研究では、お二人に、
その魔物の取り扱い方を知る機会があるかも知れません。」
ホテルが近づいてきたので、麻子の口調が戻ってきた。
麻子の部屋で着替えた由布子は、タクシーで麻子と一緒に店に戻ってきた。
そこにはなんと浦瀬が来ていた。
珍しいことだった。
「由布子はん。お久しぶりでんな?お元気やとお聞きしとりました。小野マスターから電話もろて、何や、急に宝田がシンガポールに戻ったようやと聞きましたんで。
何事か、起きたんでっか?」
「まあ、浦瀬はん。おーきにどす。今夜は、うっとこで飲んでいかはる?予約は入っておますけど、ちょっと、お話しとかなあかんなと思てることあるんどす。
どないどすか?」
薄いベージュに黒いペインティングで京都の自然が描かれた様な柄のワンピースを着た由布子からの誘いを浦瀬は断れなかった。
「はあ、光栄ですわ。ほんならちょっと待ってて。今、野暮用をキャンセルするさかいに。」
「キャンセルしはってええんどすか?うちは、うれしいけど。ほんまに?」
浦瀬流の押しの一手で、同僚との飲み会をドタキャンしてしまった。
これが後で、浦瀬を苦しめることになって行くことになった。
「はい、由布子さん、キャンセル完了ですわ。おれ、ワインて、あんまり分からんけど、なんやパチパチしたんは、2度楽しめるんやと、昨日教わったんで、
そんなんありまっか?」
「おーきに。うっとこには売るほどありますえ。今日は『クレマン・ド・ブルゴーニュ』どないどすか?」
「なんでっか、その何たらワインとかいうやつは?まあ、パチパチしてたら同じやろ。ほんならその何たらワインとかいうやつ、お願いしまっさ。」
「おーきに。ほんなら、1本目は、うちからのサービスですえ。」
「え、ほんまでっか?ついでになんか食べるもんもお願いしまっさ。」
「ほんま出せへんのんどすけど、由布子スペシャルで、かまぼこにいくら乗せたり、チーズをはさんだりしたんは、お嫌いどすか?」
「いあや、そんな組み合わせは、うれしいわ。いきなり、フランス料理出てきたらどないしょと、思とったんですわ。」
「ほんなら、ちょっと用意さしてもろてるあいだ、先に飲んどってくれはりますやろか?」
由布子は、浦瀬に私のどこまで話をするかを考える時間を稼ぎ出した。
浦瀬が研究者と明日、『小野』に行くことを知っているだけに、私の代わりにどんな人物かを知って、私の方向の決め手になるのかを由布子なりに見定めておきたかった。
そんな由布子の私の事を一番に考えてしていることが、結果、浦瀬をとんだことに引きずり込むことになっていくとは、用意周到な由布子にしては珍しい。
神が試練を与えたとしか言えなかったことになっていった。
2014年12月16日