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シンガポール&美浜 発信 文左衛門の部屋

写真集★シンガポール&美浜の海・景色・街・食
私小説★男女・愛・起業・歴史・外国・人生
コラム★心の梅雨を飛ばす気

人生海図 第2章(8) (N0.19)

2014年12月16日 08時53分38秒 | 小説

第2章(8)

「そうね。由布子の思う通りにやっていけばいいのよ。京都のほうは、何かあれば、適当に話しておくから、やれるだけやってみて。
淳さんには、今の仕事なんか小さすぎるのよ。あの人は、グローバルカンパニーとの提携とかがちょうどいいのよ。その意味では、
落ち着いたら、あの浦瀬さんの話をもっとまじめにやる方向があってもいいわね。」

「うちも、そない思てます。まずは目前の事、色々綺麗にせなあきまへんし。淳はんは、お姉ちゃんの言うてはるような人どす。
ご本人はんが、わかってはらへんのどすえ。」

「由布子、何でも話してね。何でもするから。あの人と厳一さんとは同じような、まあいえば、心に魔物のような力が潜んでいるのよ。
そのパワーは、仕事ではグローバルカンパニーくらいでないと、持て余してしまうのよ。浦瀬さんの話の山本音吉研究では、お二人に、
その魔物の取り扱い方を知る機会があるかも知れません。」

ホテルが近づいてきたので、麻子の口調が戻ってきた。

麻子の部屋で着替えた由布子は、タクシーで麻子と一緒に店に戻ってきた。

そこにはなんと浦瀬が来ていた。

珍しいことだった。

「由布子はん。お久しぶりでんな?お元気やとお聞きしとりました。小野マスターから電話もろて、何や、急に宝田がシンガポールに戻ったようやと聞きましたんで。
何事か、起きたんでっか?」

「まあ、浦瀬はん。おーきにどす。今夜は、うっとこで飲んでいかはる?予約は入っておますけど、ちょっと、お話しとかなあかんなと思てることあるんどす。
どないどすか?」

薄いベージュに黒いペインティングで京都の自然が描かれた様な柄のワンピースを着た由布子からの誘いを浦瀬は断れなかった。

「はあ、光栄ですわ。ほんならちょっと待ってて。今、野暮用をキャンセルするさかいに。」

「キャンセルしはってええんどすか?うちは、うれしいけど。ほんまに?」

浦瀬流の押しの一手で、同僚との飲み会をドタキャンしてしまった。

これが後で、浦瀬を苦しめることになって行くことになった。

「はい、由布子さん、キャンセル完了ですわ。おれ、ワインて、あんまり分からんけど、なんやパチパチしたんは、2度楽しめるんやと、昨日教わったんで、
そんなんありまっか?」

「おーきに。うっとこには売るほどありますえ。今日は『クレマン・ド・ブルゴーニュ』どないどすか?」

「なんでっか、その何たらワインとかいうやつは?まあ、パチパチしてたら同じやろ。ほんならその何たらワインとかいうやつ、お願いしまっさ。」

「おーきに。ほんなら、1本目は、うちからのサービスですえ。」

「え、ほんまでっか?ついでになんか食べるもんもお願いしまっさ。」

「ほんま出せへんのんどすけど、由布子スペシャルで、かまぼこにいくら乗せたり、チーズをはさんだりしたんは、お嫌いどすか?」

「いあや、そんな組み合わせは、うれしいわ。いきなり、フランス料理出てきたらどないしょと、思とったんですわ。」

「ほんなら、ちょっと用意さしてもろてるあいだ、先に飲んどってくれはりますやろか?」

由布子は、浦瀬に私のどこまで話をするかを考える時間を稼ぎ出した。

浦瀬が研究者と明日、『小野』に行くことを知っているだけに、私の代わりにどんな人物かを知って、私の方向の決め手になるのかを由布子なりに見定めておきたかった。

そんな由布子の私の事を一番に考えてしていることが、結果、浦瀬をとんだことに引きずり込むことになっていくとは、用意周到な由布子にしては珍しい。

神が試練を与えたとしか言えなかったことになっていった。

2014年12月16日
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人生海図 第2章(7) (No.18)

2014年12月11日 08時58分13秒 | 小説
第2章(7)

出国コーナーに差し掛かったとき、背中に目線を感じて振り返ると、先ほど出てきた喫茶店の窓から私を見つめて手を振る由布子が見えた。

彼女はこれから東京に戻り、私の部屋で荷作りをして、店の開店の準備をしなくてはいけない。

もう5時だった。

何もできない私が心配しても仕方がなかった。

事故のないように都心に戻って欲しいと願った。

出国して、ファーストクラスのラウンジへ行き、パソコンを開けて、グラハム博士にあす、アダムロードの日本人会の日本食レストランでのランチのプランをメールした。

了解の即答が来た。

由布子に指摘されたように、今の仕事が面白かった時期はとっくに過ぎていた。

それを見切ることができなかった。

孤独に耐えることは、海外での見えない必須条件なので、なんら仕事の話が来なくても不安にはならなかった。

それよりも適当にシンガポールに来て、食い散らかすような行儀の悪い自称起業家たちには、我慢がならなかった。

彼らは、日本へ逃げ帰ればそれで終わりだ。

が、現地で長い間懸けて積み上げてきた信頼やネットワークに受けたダメージを修復するには、もう一度作り直すくらいの時間がかかった。

そんなことの繰り返しにもううんざりしていたときに今回の事件だ。

まさに、麻子の言う危機だった。

危ないほうのクライシスを気にするあまり、機会とも言えるチャンスに目が行くことはほとんどない。

そう考えたくても、次々に起きる負の連鎖のパワーが、司令塔であるべき当事者を負のスパイラルに引きずりこんでしまう。

麻子が指摘したのはこの点だ。

別れるとき、麻子は、「大事な妹と車をお預けしますので、大切になさってください。漢字の危機は、クライシスとチャンスを現していますの。
ぜひ、チャンスのほうにシフトされることを望んでいますわ。」といったのを思い出した。

由布子が私と結ばれていくことも念頭に置いたのか、それとも、一時的な天使と考えているのか分からなかったが、昨夜の「由布子から攻めてみたら?」
が意味していることが、図らずも、突発的に起きてしまったと考えるしかなかった。

私が由布子の心配をしている頃、麻布十番のホテルには麻子が現れて、荷作りを済ませ、チェックアウトだけすればいい状態になっていた。

更に洗濯物は近日中に別のものが取りに来るからと言い残していた。

また店のほうは、小野が従業員を使って、いつもの時間で開店できるように指示を出し確認して、自分の店に戻っていた。

由布子は、ホテルで麻子の気配りに驚き、まあ、いい姉を持ったくらいに感謝していたが、慌て麻布警察を過ぎたところを入った店『oui』に着いてみると、
いつも以上にしっかりと開店されていて、麻子がアルコールフリーのビールを飲んでいた。

「お姉ちゃん、何があったんどすえ?まさか、お姉ちゃんがでけるはずないし、誰か来てくれはったん?」

麻子は、何かが書かれているらしいナプキンを紙飛行機のようにして、由布子に飛ばした。

“由布子へ、昼間、十番で血相変えて運転しているのを見かけたので、お店偵察もかねて、少し遊ばしてもらった。きっちりできているので、感心した。
自分の気持ちを大切にな。厳“

「え、厳一はんが来てくれはったん。そんなん、わるいわ。うち、どないしよ。」

「由布子、何もしなくていいのではないですか?プロとしての行為は、しっかりといただいておくことよ。そして、いつでもいいから、お返しすればいいのじゃありません。
そんなことより、私と車をホテルに送ってくださる?今日は、突然の夕方の雨で、出だしも悪そうだし、予約は8時過ぎだし、まあ、私の部屋で着物を着替えて、
お仕事に備えたほうがよろしいじゃありません。幸い、由布子に渡すようにと、お母さんから預かっている洋服らしいおみやげもあるので。いい?」

由布子は、麻子の手回しというか、すべての先を見通した手配に乗るしかなかった。

先ほど、淳之助に向かっていた由布子とは別人だった。

「おーきに。感謝どす。ほんなら、お送りさしてもらいますえ。」

麻子を車の停めた駐車場へ連れて行くと、知り合いの管理人が、ベントレーを嘗め回すように観察していた。

由布子に気付いて、慌てた風で、

「しっかりと監視していましたので、大丈夫です。この車種は、新型ですね。実物を見るのは初めてです。ある意味いいクリスマスプレゼントです。」

「いっつも。おーきにどすえ。ほな、鍵いただかしてもらいますえ。」

ドアを開けて麻子を先に乗せると、由布子は、運転席に乗り込んだ。

管理人は、西洋と東洋の動く人形に見とれていた。

「由布子、淳さんはどうだった?会社に相当大きなことが起きたみたいね?あなた、いつ行くの?もう決めているんでしょ?」

麻子が由布子と二人だけのときに使う口調で聞いた。

「はい。週末にちょっと行かさしてもらいますえ。会社は閉めることになるんかもわからへんし。」

「それでどうするつもり?」

「はあ、事業資金は出しまへん。生活は立ち行くようにさしてもらおうと思てます。淳はんのお気持ちも聞いてみんことには、うちの勝手ばっかりできまへんし。
厳一さんにも見られてしもうたのは、却ってよかったかもわからへん。」

2014年12月11日
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人生海図 第2章(5) (No.16)

2014年12月02日 08時33分27秒 | 小説
第2章 (5)

二人を並べてみる機会は私も少なかったので、切迫している事態にも拘らず、不埒にも心のときめきを感じた。

由布子が素早く走りよって、

「お姉ちゃん。堪忍どすえ。この分はまた返しますよってに。」

麻子は私を見て、

「ますます手の掛かる生徒さんだこと。でも、緊急事態では仕方がありませんわ。大事な妹と車をお預けしますので、大切になさってください。
漢字の危機は、クライシスとチャンスを現していますの。ぜひ、チャンスのほうにシフトされることを望んでいますわ!さ、由布子急いで。
着物で大丈夫?飲んでいなくて?」

「お着物は大丈夫どす。飲むほうは、お商売どす。ほんなら、お借りしますよって。お姉ちゃんは、どないしはるの?」

「人のことは気にしないで、直近のミッションに集中してくださる。さあ、行った、行った!淳之介さん、また、東京でお会いしましょう。
そのときは、チャンスに変えておられること固く信じておりますわ。」

「お二人にはお世話になります。落ち着いたらまた連絡します。今日のこと忘れません。クライシスをチャンス。至言です。ありがとう。麻子さん」

由布子が運転席に乗り、私が助手席に乗るのを見てまた羨望のまなざしが飛んだ。

ただ、由布子と写真を撮ったフランス語を話す集団のリーダーらしい人物が、旅行者の趣を消して、麻子に近づいていったのを目の端が捉えた。

まあ、麻子なら全く安心だ。却って返り討ちにならないかと、その品のある好感を持てた人物が少し心配だった。

飯倉から首都高速に乗って、順調に走れるまで由布子は無言だった。

私も思いもかけない事態の発生の後を、まるで準備してあったかのような手配で美しい天使達に助け出された幸運にあやかって、
麻子の言うようにクライシスをチャンスに変えたいと思い始めていた。

「淳さん、有明まで来たので大丈夫どす。よかったら、少しお話しておくれやす。うち、何がお手伝いでけるか分からんけど、まず、聞かせてくれはりますか?」

「うん。ありがとう。今回入金予定の仕事は、うちの売り上げの40%近くを占める金額がこの12月から何回かに分けて支払われることになっていた。
手続きとしては、役員会も承認していた。社長は医学の博士で、日本市場をよく知り抜いているので、私の提案を最も早くから、一番先頭に立って、支持していてくれた。
それですっかり安心して、他の新たな案件にも資金を先行投資していたのだ。このタイミングで、この入金予定の資金が今回分の遅延でなく、もし、キャンセルだと、
うちの会社はほとんど倒産の可能性がある。シンガポールで、私の個人の資金すべてを投入して、何ができるのかを見極めないといけない。今言えるのはそれだけかな?」

しばらく由布子は考えていたようだった。

右手のほうにはディズニーランドが見えた。まだ、4時だ。十分に間に合う。

「淳はん。今のお仕事、お好きどすか? うちとどっちがお好きどす?」

「何言っているの。由布子ちゃんは、小野マスターの奥様だし、第一そんな比較は考えられない。」

「もう一ぺん聞きますえ。うちと今のお仕事どっちがお好きどすか?小野はんは、別にしといておくれやす。あとで、お話できますよって。凄い大切な質問どす。
答えられへんのやったら、そこで故障したことにするよって、歩いて成田でもどこでも好きなところへ行っておくれやす。わかってくれはったん?」

ハンドルをしっかりと握りながらも、私を見つめる由布子からは、芯の強い京女そのものだった。

答えなかったら、本当に言ったとおりにその辺に停めて放り出されるのは確実だった。

「そこまで言ってくれるのなら、はっきり言うよ。由布子ちゃんの方が好きだ。実は仕事に迷っていて、もう止めたいとも思いながら、
他に道が見いだせなくて仕方なくやって来ていた。だから、、、」

「おーきに。よう分かりましたよって。きついこと言うて、堪忍どっせ。淳はん、恐らく今の会社あきまへんは。お金突っ込むの止めておくれやす。
帰らはったら、あるだけのお金で、人に損かけへんことがどこまででけるかだけ調べといておくれやす。それからその博士社長はん。責めたらあきまへん。
淳さんよりお辛いと思うんどす。今まで、淳はんを支えてくれはったんやし、ほんまは、淳さんに連絡したり、会うたりしたらあかんお立場の人でっしゃろ。
お話聞かせてもらえるだけ、幸せどす。それは、その博士社長はんと淳はんが積み上げてきた信頼どすえ。その信頼、一時のことで蹴飛ばしたらあきまへんえ。
今日は、火曜日どす。飛行機着きはったら、水曜日だす。そこから3日間、一人でがんばっておくれやす。うち、土曜日の朝、シンガポールに着くように行きますよって。
そこで、これからのこと色々話しまひょ。どないどす?」


2014年12月2日
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人生海図 第2章(4) (No.15)

2014年11月27日 11時19分04秒 | 小説
第2章(4)

その和食屋を出て右のほうに少し行った角に、カフェがあった。

そばに小さな公園があり、冬のつかの間の暖かい日差しを浴びて、子供たちが親と遊んでいた。

私がモカ、由布子がカフェラテを頼み、私が席とり、由布子が当然のように飲み物を運んだ。

回りはすべてカジュアル・ウェアばかりだったので、由布子のピンクの着物姿は目立った。

私の席の隣の外国人がビューティフルというのに、由布子は軽くひざを曲げて、ありがとうと返した。

外国人たちが着物について、フランス語で話したので、着物について少しだけ、由布子がフランス語で付け加えた。

すると、その集団は、私に遠慮しながら、みんなの東京旅行の記念にしたいので、一緒に写真をとってもいいかと聞いてきた。

由布子は、私に日本語で訳しながらも、目で、私の同意を確認して、承諾した。

その集団は私に悪いとか何とか言いながら、私はフランス語が分からないが、多分そんなことだろうと思って、由布子が外に出て行くのを見守っていた。

そこに、いきなり、緊急連絡用の番号の携帯電話が着信を知らせた。

この番号を知るものは限られている。表示を見た。

今までの春の日差しのような温もりがいきなり北極の極寒に変わるのにさほど時間はかからなかった。

会計担当のキャサリンだった。

「ミスタータカラダ?緊急番号でごめんなさい。緊急事態と判断したので。今朝、入金の件で向こうの経理担当にメールしたらしばらくして社長のグラハム博士から、
ミスタータカラダに至急会って話したいと電話がありました。内容は、電話で済むようではないので、シンガポールにいつ戻ってくるのか知りたがっていました。
とりあえず、予定を伝えながら、変更できないかフライトも含めて、ミスタータカラダに連絡すると言って電話を切り、すぐに、この番号に連絡しました。
ご都合もあると思いますが、博士は何時でもミスタータカラダの都合に合わせるので、可及的速やかに対応して欲しいとのことでした。
また博士が今日は終日会議で閉じ込められるので、メールで変更の結果といつ会えるかを知らせておいて欲しいとのことです。対応できますか?
社長のご都合をグラハム博士にメールされるとき私をCCリストに入れてください。先方の秘書に私から電話して、確認してもらうようにします。また、うちの所長にも、
とりあえずの状況は連絡しました。すべて秘密でやっています。サポートしますから、気を落さないでください。」

「了解した。的確な判断に感謝している。こちらのフライトを含めた対応が決まったら、改めて、携帯電話からメールする。多分空港のラウンジでパソコンを開けると思うので、
向こうの日本担当取締役のジャンセンでもつかまえて、何が起きているのかをメールして欲しい。これで電話を切るが、博士から何か言ってきたら、また、この番号でお願いする。キャサリン、君のサポートに感謝する。所長にも、迅速に対処する旨知らせておいてくれるかな。」

キャサリンとの凍りつくような電話をやっとの思いで終わる頃、歓声に包まれて由布子が戻ってきた。私の顔を見るなり、

「淳之介はん。北極から戻ったんどすか。お疲れさんどす。まあ、モカを飲んでから、聞かせておくれやす。さあ。飲んどくれやす。」

にこやかさの中にピシッとした緊張感を滲ませながらも、なお、私を暖かく包んで、心をほぐし、次の手を打ち出しやすいように誘導してくれていた。

「実は、予定した資金が入金されないだけでなく、社長が至急に会いたいといってきた。役員会でも決議されていたので安心していたが、
多分、気まぐれオーナー会長の一声で覆されたに違いない。今朝、入金が遅れていると連絡があって、気になっていたんだ。」

「淳之介はん。すぐにシンガポールへ帰りまひょ。うち、空港まで送らせてもらいますよって。まず、シンガポール航空に連絡して、
今日の午後7時のSQ11を押さえなはれ。淳之介さんのステイタスやったら、無理聞いてくれはりますさかい。その間に、うち、お姉ちゃんの車借ります。
慣らし運転で、京都のお店のVIP用に購入したベントレー乗って来てはるねん。今やったら、ホテルにいてはる頃やから、迎えに来てもらいますよってに。話は、車の中で。」

由布子の言うとおり、躊躇している暇はない。

幸い、シンガポール航空の顧客優遇サービスの最上級にランクされているので、緊急時には優遇してもらえる可能性は高い。

専用電話番号に連絡すると、ほとんど同時にOKが出た。

麻子と話している風の由布子に、指で、OKサインを送った。話しながら、頷いた由布子は電話を終わると、

「ちょうど、お姉ちゃんが車でケヤキ坂を降りたところやったんどす。神さんは、まだうちらを見捨ててはりません。ホテルにお電話しやはって、
チェックアウトと荷物は別のものが今日中に引き取るから、部屋もそのままにしておいて欲しいと連絡してくれはりますやろか?うちが、あんじょうやりますよって。
今この場から、空港へ行けますやろか?ホテルに戻らなあきまへんか?まず、ホテルへのお電話どす。さあ!」 

ホテルに連絡して、由布子の指示通りで了承してもらった。

ホテル側は突然のことにも拘らず、全く平常で承諾してくれたのはありがたかった。

「由布子ちゃん、連絡と手配完了しました。パソコン、パスポートすべて持っているので、ここから空港に行けます。」

生徒が先生に報告するような感じに不思議と反発はなかった。

むしろ、そうできることで、こんな状況にも拘らず、由布子をより近くに感じていた。

カフェの視線が一点に集中した方向に、落ち着いたワインレッドのベントレー ミュルザンヌが停まった。

運転席から降り立った女性を見て声にならない驚きがカフェの中を走った。

着物を着ている由布子と瓜二つの女性が車と同じワインレッドのワンピースで立っていた。麻子だった。

2014年11月27日
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人生海図 第2章(3) (No.14)

2014年11月23日 14時09分12秒 | 小説
第2章 (3) (No.14)

「由布子ちゃんが選んでくれるのなら、間違いないからそれでいいよ。」

「うち、うれしい。そんなん言うてくれはるの、淳之介はんだけどす。」

「そんなことはないだろう。才色兼備の由布子ちゃんだったら、男はみんなそう言わないかな?」

「まあ。ちょっと待っておくれやす。お姉さん、この寒ブリのセット、2つお願いどす。」

注文を済ますと由布子は私の方を向き直り、話す準備ができたとばかり、切れ長の二重まぶたの目と鼻筋の通った卵方の顔立ちを私に向け、にっこりとした。

ここが姉の麻子と違うところだった。

サービス業に身を置いている由布子は、自然に相手を立てる姿勢が身に付いていた。

それに京人形のような風情からかもし出される柳のようなしなやかではあるけれど、芯のある心持を感じさせた。

麻子は、言葉は上品でも研究者で、国際社会を戦い抜いていたので猛々しさがすぐに表に出てしまう。

内面はその真逆だったが。

由布子の京人形と比べると麻子は西洋人形かも知れなかった。

外見で人を判断すると、大事なものを見落とすことになるのを思い知らせてくれる姉妹だった。

今日は柳のような由布子と一緒にいられる幸せをかみ締めたい気持ちがあった。

朝の資金に関するメールの重みがずっしりと応えている。

何か事態が悪いほうに進んでいるような感じが突然吹き抜けたので、一瞬顔が曇った。

「淳之介はん。お仕事はどないどす?おとこはんに、こんなん聞いてええんやろかとおもうけど?なんや、
お姉ちゃんの毒気とはちゃうのがあるように、お見受けするんどす。まあ、何や知りまへんけど、ここは、
うちを見ながら、おいしいもん食べて、あとで、よかったら、聞かしておくれやす。うちはお料理に負けてしまうけど、
そこは、堪忍、お頼みどすわ。」

大きな耳音がしたかとおもうほど、由布子の言葉は我々の関係に興味を持たせるものだったらしい。

そんな空気を一瞬で察しただけでなく、何より私のかげりを見て取って、話よりも、食事中心に誘う由布子の心配りがありがたかった。

「そうだね。外にまた行列ができているようだから、美人を見ながら、寒ブリのこってりさを味わいながらも、さっさと食べてしまおう。」

「はい。そうどすな。うち、前からここのお昼食べたかったんどす。お客はんが、うまいと言わはるので、話の種に行きたいとは思ってたんどす。
そやけど、一人でジーンズはいて行こうもんなら、お姉ちゃんに、女一人ではしたないと叱られてしまう思うて、なかなか来れへんかったんどす。
淳之介はん。おーきに。感謝どす。」

私の顔を見ながら話しながらも、手入れの行き届いた細い指を動かして、食べやすい形に寒ブリをほぐして、

「はい、淳はんの分でけました。お魚の食べ方忘れてはったら、かわいそうやしと思うて、つい、お箸が動いてしまいましてん。いらんことして、すんまへん。」

そう言いながら、私の食べかけの寒ブリの皿をほぐしたのと有無をいわせず、さっさと取り替えてしまった。

私はあっけにとられながらも、なんだか気持ちが落ち着いてくるのを感じていた。

由布子は、私が心ここにあらずになるくらいの課題を抱えていることを見抜き、魚をほぐすことによって、食事をしっかり食べさせようと心を砕いてくれていた。

さっさと食べると言いながら、私の箸の動きが遅いのを見て取ったとっさの行動だった。

好奇の眼差しが、行列からも飛んできたが、それを斟酌する余裕は私にはなかった。

それよりも、由布子の心根にこたえるべく、欠食児童のように、ランチをすべて平らげた。

ふと顔を上げると、由布子も同じペースでちょうど食べ終わっていた。

「淳はん。きれいにお食べになって、よかったどす。はよ、行きまひょ。大勢さんお並びやし。うち、お勘定してきます。先、出とっとくなはれ。」

由布子は行列があることを理由にして、私に何も言わせず、払わせず、自分が勘定をすることで、次にお客を連れてくるための布石を打っている様だった。

由布子が勘定に立ったのを見て、一気に視線が集まり、これで美人の見納めかという失望感が漂い、私が出て行こうとすると嫉妬に変わっていくのを背後に感じながら、
行列の前を通り過ぎ外に出た。

由布子の気働きに助けられて充実したランチが終わった。

2014年11月23日 
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