『天女の涙』 ~倭国の命運や如何に~

今から1700年も昔の日本に栄えた古代都市、明日香京。謎に包まれた弥生時代をダイナミックに描く。

『 天女の涙 』 第 1 章 第 1 節

2016-03-03 19:30:20 | 長編小説
第 1 章 天界の掟

第 1 節 天界の巫女


作/安 達 紀 行


天界に愛くるしい一人の女の子がいた。名は由(よし)という。名の通り自由闊達で、眉目秀麗な女人の品格を備えていた。

由は、気宇壮大な女人でもあった。天の子は、下界を忌み嫌うのに、由にはそういう風が全くなかった。いや、それどころか下界に憧れさえ抱いていたのだ。

由の父は、毘沙門天。つまり天神で四天王の一人である。由は、毘沙と呼んでいる。

母は、福といい天女である。つまり、七福神の巫女であった。天界で宮仕えしているところを、毘沙に見初められて夫婦となり、由を産んだ。

福は、気の強い女性であった。由に対する躾はいつも厳しかったが、愛情も人一倍であった。これらは、計算された彼女らしい配慮と言えよう。

それは、毘沙も福に同じく、由への愛情を惜しみなく注ぎ込む姿は、まさに天神の鏡とも言える一つの理想形であった。

しかも、毘沙の場合は、福と比べて優しく寛容であり、そして威厳に満ちていた。それは、この世で由を誰よりも愛し、守りたいという強い気持ちの現れであったのだろう。

毘沙は、幼い由によくこう言って聞かせた。「 由。そなたの名は、宇宙の宙から取った名ぞ。全ての空を捨ててこそ、自由の身となるのだ。よいぞ。よいぞ。」そう言って微笑みを絶やさぬ毘沙は、この世で最高の優しい顔付きになる。由は、そんな毘沙がたまらなく好きであった。

このような、父と母を持つ由は、両親に対して、とても素直で従順であった。それは、ちょうど良い愛情を父と母の両方から受けて育ったからであろう。

毘沙も福も、由を甘やかすことなど一切なかった。由も幼い頃から両親に頼らず、自立しようと日々精進して来たのである。だから、いつかきっと両親に恩返しして親孝行しようと心に決めていたのであった。

しかし、由は、一方で「皆は、下界を忌み嫌うが、私は違う。いつか下界へ降りて活躍してみせる。」と思っていた。

由は、幼い頃から両親への孝行か、下界で活躍する夢かのどちらかで揺れ動いていたのである。


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