『天女の涙』 ~倭国の命運や如何に~

今から1700年も昔の日本に栄えた古代都市、明日香京。謎に包まれた弥生時代をダイナミックに描く。

第 10 節 天滝

2016-04-16 13:12:22 | 長編小説
由と京は、荷物をまとめると湯治場を後にして天滝へ向かった。程なくして天滝の試験会場に到着する。

幾筋もの滝飛沫が見えることで名高い天滝は迫力があった。会場の受付で試験官からおみくじを引くように促される。二人は、今度も由・京の順番に引く。

由は「 六滝の十六番 」で、京は「 十二滝の十四番 」であった。二人は「 絶対に合格するのよ。」と目で頷き合う。正に、以心伝心であった。

一人になった由は、六滝に続く赤鳥居を何本も何本も潜って歩みを早める。彼女の脳裏に抑え切れない衝動が渦巻いていた。

受付の試験官からの説明によると「 まず滝壺を潜って滝穴の洞窟に入り、十六番の相札を見つけて持ち帰ること。」とのことであった。制限時間は半刻。過ぎれば失格となり、下界へ落とされる。一生を下僕で過ごす運命が待っていた。

由にとっては、天か地かというより生か死であった。相札が何処にあるかなど誰にも解らない。自らの創造力と行動力に全ては掛かっていた。天界で天女になるのは、至難の技と言えた。

試験は、半刻毎に一人また一人と滝壺に飛び込んで進行していく。言うまでもなく、制限時間までに相札を持ち帰る者は、僅かであった。陰陽道の知識を活かすも殺すも己れの胆力一つである。これくらい厳しいのが天界の掟であろう。

程なくして試験官が、「 六の十六番 」と声高に告げる。由の準備は、万端整っていた。今度は、黒ずくめのくノ一の衣装である。正に忍者そのものであった。

由は、六滝の大鳥居を潜ると滝壺に飛び込んだ。滝穴目掛けて泳いで行くと、以外なところに光が反射していた。腕と脚に力を込めて泳ぐと光の方へ突っ込んだ。

すると「 ザバッ 」と洞窟に浮き上がった。彼女の予想よりも、すんなり洞窟まで辿り着いたのだった。しかし、全身ずぶ濡れのため火を起こすのは難しい。最初から解っていたとはいえ時間もなかった。

ここで活かすのは、風水の術であった。洞窟は、この先、北西と東南の二つに分かれている。彼女は、洞窟の光は月光であることを見抜いていた。

そろそろ試験全体も終わりに近い頃、太陽は沈み朧月夜の頃合いであった。さて、月光であることはお解りのこととして、貴方なら進路はどちらを選ばれるだろう。

彼女は、もう一つ「 八陣の図 」を思い浮かべていた。普通、八陣の図では、東南の方角は鬼門に当たる。一番危ない方角に月光が差す刻限なのであった。

しかし、彼女は迷わない。光が月光から来るものならば、今の時期と刻限から東南からの月光に間違いない。彼女は、知識と経験から絶対的な自信を持った。

彼女は、東南の滝穴を進み、月光目指して、上へ上へと登り詰めていった。途中、彼女は、自分の順番のことが頭から離れなかった。「 十六番。十六番…。そうか!いざよいのばん。と読めるな!」と呟いて両手をポンと打った。

更に意を強くした彼女は、頂上目指して滝の音がより大きい方へと向かって行く。そして、頂上らしき所に着くと、三つの風穴から月光が直接差し込んでいた。

彼女は、それぞれ覗き込んでみると、それぞれに特徴がある。
一つ目の窓は、ちょうど月が見える。
「 月の窓 」
二つ目の窓は、民家の団欒の光が集合する。「 光の窓 」
三つ目の窓は、滝の源流を目前にした。
「 水の窓 」

これは、誰が考えてみても難しい。彼女も何れにするのか大いに迷った。色々考えた結果、今日は十六夜なのを重視した。何故なら、自分の番号が十六番だったからだ。相札は沢山あるが、彼女の合格札は一つである。十六夜と十六番。二つに共通するのは、「 いざよいのばん 」であった。

彼女は、「 月の窓 」から見える十六夜を見て小さく頷いた。

「 月の窓 」を覆うつるの茂みを丹念に探すと、つるにからまった木片を発見した。「 さてこそ 」と期待して短刀で切り解くと、木片は、「 六の十六番 」とある。「 よしっ!これこそ本物ぞ‼︎ 」彼女は、喜びを抑え切れずに思わず叫んだ。

同時に元来た道程を引き返す必要があった。今まで迷いなく相札に辿り着いたとはいえ、時間は押していた。半刻は、今でいうと一時間である。ゆっくりしていては、落第するのは目に見えていた。

彼女は、滝穴を小猿のように駆け下る。その姿は、まさしくくノ一そのものであった。その背中を十六夜の月光が後押しする。彼女の命運はまだ尽きることは無いもののようであった。

ところで、試験会場の番所では、刻限の終了間近を知らせる一番太鼓が「 ボーン 」と鳴り響いた。太鼓は三つまでである。彼女は、出来うる限りの速さで走った。すると、二番太鼓が更に大きく「 ボーン 」と鳴り響く。ここで彼女は、潔く腹を決めた。

滝穴の窓から滝壺に飛び込もうというのである。これは、彼女にとって成功するかどうかの問題ではない。どうしたら悔いが残らないかどうかの問題であった。

意を決して、相札を胴巻きに忍ばせる。後は、全てを天に任せるしかなかった。思いきって空を切ると、まっさかさまに暗闇へ落ちていく。

「 ドボーン 」と音がして滝壺深く沈むと暫く何も浮き上がって来なかった。観衆は、どよめいたが松明の火をかざして見守っている。そしてもう駄目かと誰もが思った瞬間、「 バサッ 」と浮き出た女人がいる。

常に期待を裏切らない。誰あろう由その人であった。由は、ゆっくりと岸まで泳ぎきると番所へ向けて一歩一歩と歩き出した。朱色の大鳥居をくぐると試験官が相札を吟味した。

程なく、試験官が「 合格 !」と甲高い声を上げると「 バァーン 」と鐘の音がした。由は、ふらふらになりながら巫女から合格札を受け取った。無事、登龍門の試験に合格したのである。

今宵佇む十六夜の朧月夜は、由を篝火で焦がすよりも明るかった。


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